2008年 11月 26日
Beethoven: Mass in C maj. Op.86@Colin Davis/LSO |
LSO Liveの秋の新譜から、ベートーヴェンのハ長調ミサ。大規模オケ+合唱のエキスパート、コリン・デイヴィスの渾身のタクト捌きが聴ける。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2758782
Beethoven:
Mass in C major, Op. 86
John Mark Ainsley(Tenor), Alastair Miles(Bass),
Sara Mingardo(Alto), Sally Matthews(Soprano)
Sir Colin Davis(Cond)
London Symphony Chorus, London Symphony Orchestra
ベートーヴェン:
・ミサ曲ハ長調 Op.86
サリー・マシューズ(ソプラノ)
サラ・ミンガルド(コントラルト)
ジョン・マーク・エインズリー(テノール)
アラステア・マイルズ(バス)
ロンドン交響楽団&合唱団
サー・コリン・デイヴィス(指揮)
・歌劇『フィデリオ』第1幕より、囚人の合唱
ロンドン交響楽団&合唱団
サー・コリン・デイヴィス(指揮)
去年はベートーヴェンの没後180周年だったのだが、日本国内では一昨年のモーツァルト生誕250周年ほど大々的には扱われなかった気がする。これは、この没後180周年を記念するLSOベートーヴェン・チクルスの一部を成すアルバムで、HMVサイトにあるように交響曲はハイティンク、歌曲はデイヴィスが担当した。
ベートーヴェンのミサはこのハ長調ミサOp.86とニ長調ミサOp.123があり、後者は一般には荘厳ミサ曲と呼ばれている。このCDにあるハ長調ミサはベートーヴェン37歳の時の作品で、残されている述懐(いわゆるハイリゲンシュタットの遺書)によれば32歳頃から難聴が酷くなったという。その後、聴力を完全に失った失意から3年間ほど消沈時期があって、そこから立ち直り始めてから書かれたものの一つがこれ。この前年にはSym#4やニ長調Vnコンを、この後にはSym#5、#6とSym#9四楽章のスケッチとなった合唱幻想曲、更にP-Con#5皇帝などを怒濤のように書き下ろしている。
ベートーヴェンは当時、強大な権力を握る教会を中心とした教条主義を嫌っていたとされ、教会のための宗教曲を殆ど書かなかった人物であり、この二つのミサも宗教作品というよりも独唱を伴う合唱曲、つまり純粋な音楽・芸術作品として書かれたと見るのが自然で、この作曲スタイルは後のSym#9などと同系統であると言える。
個人的にはどうしてもヴェルディ、モーツァルト、ブラームス、フォーレ、ベルリオーズなどのレクイエムの様に耽美的な教会音楽に惹かれる傾向があり、従ってこのベートーヴェンの二つのミサに関しては余り得意ではなく演奏の優劣に関しては余りコメントできる立ち位置にはいない。
しかし、このハ長調ミサの演奏はとても直進的な解釈ながら凛とした描きぶりが潔くて、こういう音楽表現は嫌いではないしこれなら食わず嫌いを少々改めても良いかと思わされる説得力もある。合唱パートとオケが対峙して分離するような歌曲演奏は実に多いのであるがこのLSOとコーラス/ソリストの演奏は溶け込みの妙が味わえて秀逸だと思うしソリストたちの声質/歌い方は浮遊するような軽い質量感を伴っているのも特徴で、重厚かつ厳めしいベートーヴェンの雰囲気は不思議とない。この渾然と一体になった鳴らし方はデイヴィスやコルボなど、この道を極めた人たちだけが持つ得意技なのかも知れない。
(録音評)
LSO Live、LSO0594,SACDハイブリッド、録音時期はハ長調ミサが2006年2月26日、フィデリオの方が2006年5月23-25日、ロンドン、バービカン・センターでのライブ収録。例によって録音担当はClassic Sound Ltd.でプロデューサー:ジェイムズ・マリンソン、エンジニア:ジョナサン・ストークス&ニール・ハッチンソン。
音質は超絶的だ。特にコーラス/ソリスト共に声の質が抜群に生々しく、サ行の響きがとても録音とは思われないストレスのない自然な響きだ。そこで人が喋っている/歌っているような錯覚に囚われる。とかく声の質に耳が行きがちだがオケのディテールと音質も抜群、サウンドステージの拡がりや奥行きも手に取るようだ。CDレイヤーも超高音質だが声のサ行の分離感が多少落ちる。さらっとして軽く抜けてくる声質はやはりSACDレイヤーの方が一段秀逸だ。
1日1回、ポチっとクリック ! お願いします。


http://www.hmv.co.jp/product/detail/2758782
Beethoven:
Mass in C major, Op. 86
John Mark Ainsley(Tenor), Alastair Miles(Bass),
Sara Mingardo(Alto), Sally Matthews(Soprano)
Sir Colin Davis(Cond)
London Symphony Chorus, London Symphony Orchestra
ベートーヴェン:
・ミサ曲ハ長調 Op.86
サリー・マシューズ(ソプラノ)
サラ・ミンガルド(コントラルト)
ジョン・マーク・エインズリー(テノール)
アラステア・マイルズ(バス)
ロンドン交響楽団&合唱団
サー・コリン・デイヴィス(指揮)
・歌劇『フィデリオ』第1幕より、囚人の合唱
ロンドン交響楽団&合唱団
サー・コリン・デイヴィス(指揮)
去年はベートーヴェンの没後180周年だったのだが、日本国内では一昨年のモーツァルト生誕250周年ほど大々的には扱われなかった気がする。これは、この没後180周年を記念するLSOベートーヴェン・チクルスの一部を成すアルバムで、HMVサイトにあるように交響曲はハイティンク、歌曲はデイヴィスが担当した。
ベートーヴェンのミサはこのハ長調ミサOp.86とニ長調ミサOp.123があり、後者は一般には荘厳ミサ曲と呼ばれている。このCDにあるハ長調ミサはベートーヴェン37歳の時の作品で、残されている述懐(いわゆるハイリゲンシュタットの遺書)によれば32歳頃から難聴が酷くなったという。その後、聴力を完全に失った失意から3年間ほど消沈時期があって、そこから立ち直り始めてから書かれたものの一つがこれ。この前年にはSym#4やニ長調Vnコンを、この後にはSym#5、#6とSym#9四楽章のスケッチとなった合唱幻想曲、更にP-Con#5皇帝などを怒濤のように書き下ろしている。
ベートーヴェンは当時、強大な権力を握る教会を中心とした教条主義を嫌っていたとされ、教会のための宗教曲を殆ど書かなかった人物であり、この二つのミサも宗教作品というよりも独唱を伴う合唱曲、つまり純粋な音楽・芸術作品として書かれたと見るのが自然で、この作曲スタイルは後のSym#9などと同系統であると言える。
個人的にはどうしてもヴェルディ、モーツァルト、ブラームス、フォーレ、ベルリオーズなどのレクイエムの様に耽美的な教会音楽に惹かれる傾向があり、従ってこのベートーヴェンの二つのミサに関しては余り得意ではなく演奏の優劣に関しては余りコメントできる立ち位置にはいない。
しかし、このハ長調ミサの演奏はとても直進的な解釈ながら凛とした描きぶりが潔くて、こういう音楽表現は嫌いではないしこれなら食わず嫌いを少々改めても良いかと思わされる説得力もある。合唱パートとオケが対峙して分離するような歌曲演奏は実に多いのであるがこのLSOとコーラス/ソリストの演奏は溶け込みの妙が味わえて秀逸だと思うしソリストたちの声質/歌い方は浮遊するような軽い質量感を伴っているのも特徴で、重厚かつ厳めしいベートーヴェンの雰囲気は不思議とない。この渾然と一体になった鳴らし方はデイヴィスやコルボなど、この道を極めた人たちだけが持つ得意技なのかも知れない。
(録音評)
LSO Live、LSO0594,SACDハイブリッド、録音時期はハ長調ミサが2006年2月26日、フィデリオの方が2006年5月23-25日、ロンドン、バービカン・センターでのライブ収録。例によって録音担当はClassic Sound Ltd.でプロデューサー:ジェイムズ・マリンソン、エンジニア:ジョナサン・ストークス&ニール・ハッチンソン。
音質は超絶的だ。特にコーラス/ソリスト共に声の質が抜群に生々しく、サ行の響きがとても録音とは思われないストレスのない自然な響きだ。そこで人が喋っている/歌っているような錯覚に囚われる。とかく声の質に耳が行きがちだがオケのディテールと音質も抜群、サウンドステージの拡がりや奥行きも手に取るようだ。CDレイヤーも超高音質だが声のサ行の分離感が多少落ちる。さらっとして軽く抜けてくる声質はやはりSACDレイヤーの方が一段秀逸だ。
1日1回、ポチっとクリック ! お願いします。
#
by primex64
| 2008-11-26 14:07
| Orchestral
|
Trackback
|
Comments(2)






キッチン ベルは永らくこの地で営業をしていた老舗洋食屋で、海老フライランチやハンバーグランチ、オリジナルのミニジャンボランチなどの定番洋風定食メニューの数々で神奈川大学の学生や一人暮らしの駆け出し社会人などの腹を満たしてきた名店であった。



家内は皿うどん・揚げ麺、私は皿うどん・柔らかい麺を頼んだ。ついでに外パリパリ中ジンワリの餃子を一枚、キリンのラガー大瓶も一本付けた (麺メニューは前回時より50円値上がりしていた)。ま、取り立てて特徴がある訳ではないが、薄く煮出した白濁トンコツで様々な具材をクタクタに煮込み、旨味エキスを満遍なく溶かし出したカタクリ餡をたっぷりと麺に絡めて(揚げ麺はパリパリ麺の上にトロリと載せて)作る、普通と言えば普通の長崎皿うどんなのだ。リンガーハットのように鮮やかな化調を感じることは決してない、どこまでも穏やかで滋味溢れる優しい長崎チャンポン風味なのだ。
ここは入り口のレジで注文と同時に代金を支払うという前金制。チキンまたはベジタブル(+日替わりがあるらしいが今日は既に品切れ)のカリーソースにナンかライスが選べ(どちらも650円)、その他にサイドメニューが幾つか選べる。家内はチキン+ナン、私はチキン+ライス、そして生ビール(350円)2杯とタンドリーチキン・ハーフ(200円)、食後のコーヒーを注文した。支払後にはピンクの番号札を持たされる。評判がよろしくない割に店内は混雑していて狭い二人掛けテーブル席へ相席のような格好で通された。レジ操作を含め店内を切り盛りしている女性(日本人)がどうやらオーナーらしくテキパキと店員に指示を出している。因みに店員は全員が男性でインド人(か、もしくはその近隣諸国出身者)である。厨房はごった返しておりなかなか料理が出て来ない。10分ほど待ってようやく生ビール(中型タンブラー・サイズ)が来た。種類はサッポロ黒生だが結構じょうずにサーブしてあって風味がよろしい。そして更に時間があいてからカストロ髭をはやしてターバンを巻いたガングロ店員がカリーを運んできた。
カリーソースは見た目はサラサラだが適度な粘性は確保されていて、この粘り気はソテード・オニオンおよびココナッツミルクによるもの。スパイスの使い方としては南インド料理を踏襲したもので、北インドで常用されるクミン・シードやカルダモンのような鮮やかな香味を発するスパイスは殆ど使っていない。コリアンダー・シードとターメリックを主体にフェンネル、ナツメグ、クローブスで甘みを出し、最後にフレッシュのコリアンダー・リーフを少々加えて締めるといった具合だろう。尚、塩分は控えめで辛みも殆ど感じられず、従ってもの足りなく感じる人もいるだろう。鶏肉は一口大が4~5個入っていた。
ライスの炊き上げは柔らかく、ちょっと水が多い感じ。店頭のタンドリーで一枚一枚焼かれるナンはモッチリしていて及第点。