2009年 02月 24日
Fauré: Complete Piano Music Volume 1@Jean-Claude Pennetier |
MIRAREの新譜から、今日もたまたまフォーレ。この盤はチクルス4枚組の一枚目となるものだそうだ。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2790531
フォーレ:
・バラードOp.19
・マズルカOp.32
・ヴァルス・カプリス(全4曲)
・前奏曲Op.103
ジャン=クロード・ペネティエ(ピアノ)
ジャン=クロード・ペネティエはかつてLFJに参加していて有楽町でも演奏していた気がするが定かではない。昨今ではイザイ・クァルテットとモーツァルトの四重奏曲などを録音しているようだがノーマークだった。
どうもキング・インターナショナルの解説によればフォーレのエキスパートらしいのだが、私自身がフォーレの作品を積極的に聴こうと思い始めたのは最近のことなので解釈や演奏の優劣についてはなにぶん不案内だ。
こうやってフォーレのピアノ独奏曲を聴いてみると、オリジナルのフォーレ旋律・フォーレ和声というものはどのくらいの比率で含まれているのであろうか、と考えてしまう。時々に過去の作家の気風や作風が顔を出すのだ。
マズルカに関しては旋律は確かにフォーレのものだろうが和声展開は明らかにショパンのそれを意識し踏襲している。この小節の曲がり角を過ぎると次の小節の頭にはこのスケールが待っているのでは? という軽いデジャブ(既視感)に襲われるのだ。
だが、現実にはそういったベタな分かりやすい旋律は登場しない。これは聴き手に対するある種の小さな裏切り行為なのだが、それは悪いことではなく、即ち失望を一瞬のうちに希望へと豹変させてくれる大胆な飛翔スケールが跋扈するところがフォーレたる所以。
ヴァルス・カプリスは規模感は小さいが諧謔的な旋律が印象的な小品集、9つのプレリュードOp.103はフォーレの揺れる作風が随所でまさに揺れまくる大規模な作品集だ。
フォーレのピアノ曲は古くはジャン・ユボー、ドワイヤンなどたおやかで緩やか、そして現代ではなんと言ってもパスカル・ロジェの繊細で色彩感溢れる、いわゆる「細くしなやか」な演奏を思い浮かべるのだが、このペネティエは全然違う解釈と弾き方でちょっと驚いた。金属に例えるならロジェが銀やプラチナで出来た細いワイヤーを幾重にも折り重ねた芸風であるならば、このペネティエは軽量にして強靱なチタン合金の延べ板を連想させるメタリックで強い芸風だ。とにかく音量が多く、剛健な鍵盤捌きは太く鮮烈だ。この太く明快で男性的な解釈は死んだクラウディオ・アラウによく似ていると言ったら語弊があるだろうか。
これから全集が徐々に揃っていくのであろうが、先がちょっと楽しみなチクルスが始まったものだ。
(録音評)
MIRARE、MIR072、通常CD。録音は2008年1月で、音質は他の多くのMIRAREピアノ録音の延長線にある優秀な内容だ。演色度は低く、珍しくスタインウェイの太い部分にフットライトを当てた録音であり、少々オンマイク気味か。MIRAREはデディケートとゲストを含めて非常に多くのピアニストを擁するが、これまた凄いピアノ弾きである。録音も数多いがMIRAREとしては異色の太さを見せつけるものでこれも演奏者の個性を反映したものと言える。
1日1回、ポチっとクリック ! お願いします。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2790531
フォーレ:
・バラードOp.19
・マズルカOp.32
・ヴァルス・カプリス(全4曲)
・前奏曲Op.103
ジャン=クロード・ペネティエ(ピアノ)
ジャン=クロード・ペネティエはかつてLFJに参加していて有楽町でも演奏していた気がするが定かではない。昨今ではイザイ・クァルテットとモーツァルトの四重奏曲などを録音しているようだがノーマークだった。
どうもキング・インターナショナルの解説によればフォーレのエキスパートらしいのだが、私自身がフォーレの作品を積極的に聴こうと思い始めたのは最近のことなので解釈や演奏の優劣についてはなにぶん不案内だ。
こうやってフォーレのピアノ独奏曲を聴いてみると、オリジナルのフォーレ旋律・フォーレ和声というものはどのくらいの比率で含まれているのであろうか、と考えてしまう。時々に過去の作家の気風や作風が顔を出すのだ。
マズルカに関しては旋律は確かにフォーレのものだろうが和声展開は明らかにショパンのそれを意識し踏襲している。この小節の曲がり角を過ぎると次の小節の頭にはこのスケールが待っているのでは? という軽いデジャブ(既視感)に襲われるのだ。
だが、現実にはそういったベタな分かりやすい旋律は登場しない。これは聴き手に対するある種の小さな裏切り行為なのだが、それは悪いことではなく、即ち失望を一瞬のうちに希望へと豹変させてくれる大胆な飛翔スケールが跋扈するところがフォーレたる所以。
ヴァルス・カプリスは規模感は小さいが諧謔的な旋律が印象的な小品集、9つのプレリュードOp.103はフォーレの揺れる作風が随所でまさに揺れまくる大規模な作品集だ。
フォーレのピアノ曲は古くはジャン・ユボー、ドワイヤンなどたおやかで緩やか、そして現代ではなんと言ってもパスカル・ロジェの繊細で色彩感溢れる、いわゆる「細くしなやか」な演奏を思い浮かべるのだが、このペネティエは全然違う解釈と弾き方でちょっと驚いた。金属に例えるならロジェが銀やプラチナで出来た細いワイヤーを幾重にも折り重ねた芸風であるならば、このペネティエは軽量にして強靱なチタン合金の延べ板を連想させるメタリックで強い芸風だ。とにかく音量が多く、剛健な鍵盤捌きは太く鮮烈だ。この太く明快で男性的な解釈は死んだクラウディオ・アラウによく似ていると言ったら語弊があるだろうか。
これから全集が徐々に揃っていくのであろうが、先がちょっと楽しみなチクルスが始まったものだ。
(録音評)
MIRARE、MIR072、通常CD。録音は2008年1月で、音質は他の多くのMIRAREピアノ録音の延長線にある優秀な内容だ。演色度は低く、珍しくスタインウェイの太い部分にフットライトを当てた録音であり、少々オンマイク気味か。MIRAREはデディケートとゲストを含めて非常に多くのピアニストを擁するが、これまた凄いピアノ弾きである。録音も数多いがMIRAREとしては異色の太さを見せつけるものでこれも演奏者の個性を反映したものと言える。
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by primex64
| 2009-02-24 10:02
| Solo - Pf
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13時過ぎに入店した時には客はゼロ。家内と長女が頼んだのはハーフセットというハーフサイズの陳麻飯とハーフサイズの担々麺がセットになったものだ。どちらも辛さが指定できるが長女は担々麺の方を半辛にして頼んだ。家内はデフォルトのまま。私は陳麻飯セットといってフルサイズの陳麻飯にハーフサイズの担々麺が付いたセットだ。こちらの陳麻飯の辛さも選べるが辛み+1で20円、+2で40円、+3で60円増しとなる有料オプションだ。それと、期待はしないでくれと事前には言っていたのであるが、餃子評論家の長女としてはこれを頼まないという選択肢はなかったようだ。焼き餃子を5個頼んだ。 

で、今日はその長津田工場の敷地内で懐かしい昔の「仲間」に遭った。とても意外で驚いた。 

プロセッサとメモリのスループットに関しては大幅な改善を達成したが、次に取り組むのはディスク・サブシステムだ。パラレル伝送方式であるU320 SCSIは今後拡張されないことが言明されており、HBA(ホストバスアダプタ)メーカー、ドライブメーカー共に縮小並びにディスコンの計画である。今まで自分用のPCはオフィスも自宅も全てSCSIで組んできた流れから(というか、意地を張っているとも言えるのだが・・)、次に組むのならSCSIをシリアル伝送方式に変えて大幅な機能拡張を果たしたSAS(Serial Attached SCSI)と決めていた。




