フランス生まれの英国ピアノ界の俊英、セドリック・ティベルギアンが弾くリストの後期ピアノ作品集。レーベルはハイペリオン。
https://tower.jp/item/4829066/Liszt: Années de pèlerinage, 3ème année and other late piano works
1. Bagatelle sans tonalite, S216a c1885
2. Wiegenlied (Chant du berceau), S198
3. Vierter Mephisto-Walzer first version S216b
4. La Lugubre Gondola II, S200 No. 2
5. Schlaflos Frage und Antwort, S203
6. En rêve - Nocturne S207
Années de pèlerinage, 3ème année (7 pieces), S. 163
7. Ⅰ.Angelus! – Prière aux anges gardiens
8. Ⅱ.Aux cyprès de la Villa d'Este – Thrénodie Ⅰ
9. Ⅲ.Aux cyprès de la Villa d'Este – Thrénodie Ⅱ
10. Ⅳ.Les jeux d'eaux à la Villa d'Este
11. Ⅴ.Sunt lacrymae rerum – en mode hongrois
12. Ⅵ.Marche funèbre – en mémoire de Maximilien I, Empereur du Mexique,d.19 juin 1867
13. Ⅶ. Sursum corda – Erhebet eure Herzen
Cédric Tiberghien (Pf)
リスト: 巡礼の年第3年&後期ピアノ作品集
無調のバガテル S216a
子守歌(ゆりかごの歌) S198
メフィスト・ワルツ第4番 S216b
悲しみのゴンドラ第2番 S200-2
夜想曲「眠られぬ夜、問いと答え」 S203i
夜想曲 《夢の中に》 S207
巡礼の年第3年 S163
1.アンジェラス!守護天使への祈り
2.エステ荘の糸杉にⅠ
3.エステ荘の糸杉にⅡ
4.エステ荘の噴水
5.ものみな涙あり/ハンガリーの旋法で
6.葬送行進曲
7.心を高めよ
セドリック・ティベルギアン(Pf) YAMAHA CFX
セドリック・ティベルギアンについて
彼のウィグモアホール・ライヴにおけるアリーナ・イブラギモヴァ(Vn)とのデュオは何枚が聴いていて、そのシュアでソリッドなテクニックには着目している数少ない男性ピアニストだ。

パリ国立高等音楽院でフレデリック・アゲシーおよびジェラール・フレミーに師事、1992年に弱冠17歳で1等賞(プルミエ・プリ)を得る。その後、数々の有名コンクールにおいて入賞(ブレーメン、ダブリン、テル・アヴィヴ、ジュネーヴ、ミラノ)したのち、98年にパリのロン=ティボー国際コンクールで第1位ならびに聴衆賞とオーケストラ賞を含む5つの特別賞を受賞。ピアノ協奏曲のレパートリーは60曲以上におよび、これまでに数々の世界的なオーケストラと共演してきた。
室内楽にも力を注いでおり、定期的にパートナーを組むアリーナ・イブラギモヴァとのデュオ録音には、シューベルト、ラヴェルとルクー、シマノフスキ作品集(以上、ハイペリオン)、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集(ウィグモア・ホール Live)などがある。また最近では、ソプラノのゾフィー・カルトホイザーとフランス歌曲のアルバムを録音した。(Cypres)
無調のバガテル~メフィスト・ワルツ#4
このアルバムはいずれもリストの後期、それも最晩年にかけて書かれた作品を主体に集めたもの。そして伏線としては盟友であったR.ワグナーと接点のあった作品を並べている。

詳細はWeb等に詳しいので敢えて触れないが、リストは後期にかけて無調性で不協和な音楽を探求し、その先鞭をつけた人物としても有名。この無調のバガテルは題名が示す通り最初期の無調性を標榜した作品とされ、とても不思議な空間感が漂う。この作品が後世のメシアンが確立した「移調の限られた旋法」へと繋がったとみられているようだ。
しかし、シェーンベルクの12音技法やアルバン・ベルクやシュトックハウゼンらが多用したトーンクラスターとは全く異なる手法。どちらかというとバルトークやスクリャービンの後期作に近いマイルドな現代音楽であり、無調というよりかは非常に煩瑣に移調を繰り返すパッセージ、非和声が中心で和声も混ざるといった具合に聴こえる。
因みにこのアルバム冒頭はセドリックの選曲動機にとって重要な部分である。というのはこの作品は当初はメフィスト・ワルツ4番と命名されていたということ。そして後にリストは理由は不明だが曲名を無調のバガテルに変更、メフィスト・ワルツ4番は新たに別の構想で書いたがスケッチのみの未完で終わった。それが3トラック目の初期バージョン(更に後に別人が書き加えて完成)となる。なおこちらの方はリストらしい豪放磊落なオクターブユニゾンの旋律と8分音符連打による高速伴奏部を持つ超絶技巧、かつ有調性の和声音楽である。
セドリックは無調のバガテルでは瞑想的に、メフィスト・ワルツ#4では躍動的にと、硬軟のコントラストを明晰に弾き分けている。因みにメフィスト・ワルツの要求する超絶的なパッセージをいとも簡単に楽々と駆け抜けていくのはとても爽快。
悲しみのゴンドラ第2番~夜想曲「夢の中に」
悲しみのゴンドラは、リストがベネチアのパラッツォ・ヴェンドラミン(宿舎)に滞在中に窓から見下ろしたカナル・グランデ(大運河)をゴンドラでゆっくり進む葬列に感動し描写したとされる。なお1~2番が現存し、これはその2番。この滞在時、リストは同胞であるR.ワーグナーの死を予感したといい、実際数週間後にワーグナーは逝去している。とても物静かで厳かだが、得体のしれない寂寥感、いや恐怖感が独特で、落胆しきったリストが夕暮れ時にピアノに向かって背を曲げ、無調かつ非和声なスケールを緩くぽろぽろ弾いている姿が想像できる。セドリックはそういった心象を再現しようとしたのか、静謐に、噛み締めるように歩を進める。
ノクターン2題はリストの中でも傑作だと個人的に思っている。S203iはワグナーの死の直後にToni Raabの詩から啓発されたレチタティーボ的な掛け合いの曲で、
問いがホ短調、
答えがホ長調と、とても私的で神秘的な作品で危うい調性の作品。冒頭は激しい上昇スケールで激情が迸る問い、それに対してモノローグ調で静かな答えが返されるという先鋭的な構造。セドリックの弾き方は激しい。二つ目のS207は前のノクターンとは全く違ったリリカルで、まさに夢のような美しい旋律はショパンのプレリュードOp.28の一節を想起させられる可愛らしい曲。セドリックの弾き方は非常に繊細。
巡礼の年第3年 S.163
あまり詳述しないが、巡礼の年という連作集は三つあり、この第3年S163は最も晩年に書かれた作品。リスト自身が年齢的に枯れて来ていたのと精神を病んでいたことも影響してかある種の不安定さ、諦念にも似た意思想念を感じる独特の宗教感が構築されている。どれも特徴的だが端折って所感を述べる。

2~3番は
エステ荘の糸杉にとタイトルされる二部構成で、Thrénodie、すなわち哀歌あるいは葬送を意味する曲。なお糸杉は欧州においては死を象徴するオブジェクトとされるようだ。どちらも4度和音の強めの連打から導入され、どちらかというと重苦しいところに更に追い打ちをかけるように非和声コードが挿入され重厚というより、やるせない悲嘆、無念さを感じる。Ⅱの展開部からは非和声と無調性を含むメロディアスな展開となり、若~壮年期によく書いていた美しい純和音がリフレインする。
セドリックの弾き方は丁寧で、重層感のある芯を突くタッチが主体。
エステ荘の噴水は本連作中でも最も有名だろう。エステ荘は実在するユネスコ世界遺産で、現在でも園内には多数の立派な噴水がある。噴き上がる、あるいは流れ落ちる水の煌めきが高域鍵のトリルで描写される。後のドビュッシー:映像 第1集/水の反映、ラベル:水の戯れがこの曲から範をとったとも言われる。透明なガラス細工のような精密な光と影を紡ぐセドリックの打鍵は非常に美麗だ。
5番
ものみな涙あり/ハンガリーの旋法ではハンガリーの1848年革命(1848~49年)の犠牲者を悼んで書かれたハンガリー哀歌という作品が原曲。リストはハンス・フォン・ビューローに嫁入りしていた娘コジマとの再婚を巡りワーグナーと係争中だったがそれが和解に至った年に書かれた。事情は複雑なのでこれ以上詳述はしないが。陰鬱で激しい低域弦の打鍵が前半の特徴、展開部は優しく明転するも冒頭主題が再現して閉じるというダイナミックな曲想。
終曲の
心を高めよはミサ前の特有の儀式を表現した宗教的な曲で非常に荘厳な作品。

半音を挟まない全音音階スケールで書かれていて透明度が高く浮遊感、飛翔感が強い。セドリックはグリップ力の極めて強い剛健かつ澄明なタッチで描き切り、巡礼の年3年、またこのアルバム全体を締めくくる。全体を通し、セドリックの後期リスト作品に対する解釈、譜読みの深さを思い知った。また、強靭なアウトルックのみならず、微細なディテールに至るまでの丹念な描写力、そしてこれらの多彩なアーティキュレーションの基礎を支える極めて高度な打鍵技巧が素晴らしい。
録音評
Hyperion CDA68202、通常CD。録音は少し前で2017年12月5~7日、ベニューは、St.Silas the Martyr, Kentish Town, London(殉教者聖サイラス教会; ケンティッシュ・タウン、ロンドン)とある。音質は従前から定評のあるナチュラルなハイペリオン・サウンドで、ブロードなレンジ感、歪感の少なさ、奥に縦長の広大な音場空間が特徴。だが帯域幅の広さを殊更に強調せず、過度なオーディオ的な刺激は伴わない大人の調音だ。録音エンジニア:Simon Eadon、プロデューサー:Andrew Keener。
特筆すべきは本録音にはヤマハが全面協力している点で、使用楽器は最新鋭フラッグシップ=YAMAHA CFX、調律師:Shinya Maeda、Jiro Tajikaのクレジットも書いてあるし、セドリック自身もヤマハのチームへの謝辞、CFXに対する賛辞を寄せている。このピアノは骨格が太くて、それでいて鈍重にならず、また付帯音が少なく独特のキャラクタも感じられない純音系の美音を出す。スタインウェイでもベヒシュタインでもベーゼンドルファーでもなく、またファツィオリとも異なる毅然とした音色は日本製らしいと言えばらしい。
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