昨年のDGのリリースからASOことアリス=沙良・オットのナイトフォールと題したテーマアルバム。
https://tower.jp/item/4753439/
Debussy:
1. Rêverie L 68: Andantino sognando
Suite Bergamasque L 75:
2. 1. Prélude. Moderato
3. 2. Menuet. Andantino
4. 3. Clair de lune. Andante tres expressif
5. 4. Passepied. Allegretto ma non troppo
Satie:
6. Gnossienne No.1: Lent
7. Gymnopédie No.1: Lent et douloureux
8. Gnossienne No.3: Lent
Ravel:
Gaspard de la nuit M 55:
9. 1. Ondine
10. 2. Le Gibet
11. 3. Scarbo
12. Pavane pour une infante défunte
Alice Sara Ott(Pf)
ナイトフォール
ドビュッシー
1 夢想
2 ベルガマスク組曲(全曲)
サティ
3 グノシエンヌ第1番
4 ジムノペディ第1番
5 グノシエンヌ第3番
ラヴェル
6 夜のガスパール(全曲)
7 亡き王女のためのパヴァーヌ
アリス=紗良・オット(ピアノ)
このアルバムについて
ユニバーサルのプレスリリースがよくまとまっているので以下に引用しておく。
暮れなずむパリの光と陰に思いを馳せる…アリス初のフランス・ピアノ名曲集
ドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだメジャー・デビューから10年。ドイツ・グラモフォン・レーベルの看板アーティストの一人として大きく成長し、世界的な活躍を続けるアリス=紗良・オット。
アリス初の小品集は珠玉のフランス・ピアノ名曲。様々なニュアンスを投影し、作品の世界を豊かに表現しています。「ナイトフォール」(夕暮れ)は、夜の帳が降りてゆく昼と夜の狭間。移ろいゆく群青のグラデーションと、忍び寄る闇の奥に潜む模糊としたミステリアスな気配。夢と現実、光と闇、それらの相反するイメージと感情といったミステリアスな心象風景を、しなやかな指先から紡いでゆきます。
〈月の光〉〈夢想〉〈ジムノペディ〉〈グノシエンヌ〉〈亡き王女のためのパヴァーヌ〉といった超メジャー曲や超絶技巧の傑作〈夜のガスパール〉も収録。名曲の新たな魅力に迫っています。
(ユニバーサルミュージック)
※限定盤(国内盤のみ)はボーナスDVD付き
なお、ASOは昨年秋にナイトフォールと銘打った日本国内リサイタルツアーを敢行しおおむね好評だった由。
ASOの録音は今まで以下の4枚ほどを聴いてきている。いまから評を読み返すと、わりと辛い書きぶりが散見され、ASOの強点と弱点について率直に指摘している。さて、その後ずいぶんと経ったが、このアルバムでのASOはどんな演奏を聴かせてくれるのか。



ドビュッシー
最初の入りはレヴリー。なんか今までのASOとはまるで違う。インテンポより僅かに遅く、そして従来からの派手な切れが聴かれず、随分と丁寧かつ丹念に弾き進める。中間の暗転部に作る溜めがとても穏やか。従前であれば展開部から一気にアチェレランドを駆って立ち上がるはずだがなんとも抑制的な表現。
ベルガマスクの4曲に入る。冒頭のプレリュードは平均的なピアニストであればここぞとハイテンポ、かつ明媚に打ち鳴らすところだが、ここでのASOは全く違うアプローチ。照度が低くて、それでいて安定度が抜群。ここで気が付くのであるが彼女が不得意として来ていた左手の低音弦の打鍵が実に粘るし遅延がないアタックを示す。そう、冒頭のレヴリーで感じたある種の違和感は低音弦の使い方にあったのだ。ここで聴く限り、ASOは左手の脆弱性を克服しているようだ。
メヌエットはちょっとだけ急ぐ感じに弾くがここでも照度は抑制。左手で弾く分散和音の低音弦の響きが豊かでポップ。これは以前には殆ど聴かれなかった新たな特色で、以前のASOと同じとは思われない。諧謔さを十二分に引き出す右手の技巧は健在だが、やはり左手の基礎の大切さを痛感した。続くのは超有名なクレールド・リュンヌ(月の光)だが、ASOの表現の抑制かつスロー基調は変わらない。だが、ここが重要なのだが、暗部が潰れず、左右手とも弱打鍵を維持しつつもディテールが全く崩れない。つまり、ローレベルにおけるダイナミックレンジが飛躍的に拡大しているのだ。
最後のパスピエは少しインテンポへ振って軽いタッチで弾き抜ける。ここで従前のASOのあっけらかんとしたチャーミングな表情が少しだけ戻る。しかし、全体が崩壊するようなエキセントリックさは皆無。
サティ
冒頭にグノシエンヌ#1を持って来ているところが意図的と感じる。悪い意味ではない。元々ナイトフォールというテーマなので、夕暮れから闇までの連続的な光のフェードアウトを表現するならば穏当な選択だ。これもまた抑制気味で照度は低いが、低音弦の豊かな響きに下支えされサティの暗鬱な特徴が見事に表出される。ジムノペディ#1はある意味差別化が難しい曲で、それだけ演奏機会が多いということ。ASOは、おそらくだが敢えて普通に弾いている。もちろん巧いのだが。サティ最後のグノシエンヌ#3は非常に暗く、アルバムの時間軸設定ではおそらくここで完全な日没なんだろうと思う。
ラヴェル
夜のガスパールの3曲は前のトラックまでと全く異なる曲想で弾かれる。ここは従前からの若年期の、そして多少荒削りのASOの特筆すべきヴィヴィッドさが遺憾なく表現されている。ただ、やはり20歳代前後にたまに見せていた破天荒かつエキセントリックさは影を潜め、円やかで熟成された和声、旋律を提示して来るのだ。ここでも一貫したディテール表現の巧さが際立ち、そして低音弦のディレイのないアタックが音の全体を引き締めている。ガスパールには息を飲むような美しいシーンがいくつも登場する。音表現としても再現芸術としても同意でき、膝を打つ秀逸な出来栄え。
最後、亡き王女のためのパヴァーヌ。一転し、またもやエナジー感と色調を抑えたしっとりした旋律トレースが耳を捉えて離さない。なんともいえない親密な空間感の表現とゆったりした時間軸の進み具合だ。低音弦から高音弦にかけてはウェルバランスな音価配置。そして過度なテンペラメントを籠めない粛々とした進め方がソフィスティケートされた淡麗でピュアな悲哀を滲出させている。高度に調和した演奏上のロジックが、深いエモーションを醸成し、聴くものの心の奥底を抉る。久し振りに聴くアリスは実は大きく成長していた。
録音評
DG 4835187、通常CD。録音は2018年03月29日、ベニューはMeistersaal, Berlin(ベルリン、マイスターザール)とある。トーンマイスターは意外なことにDGのエース、Rainer Maillard。というのは音調は敢えてディテールを明確にしない、くぐもったトーンとしている。いつのも彼ならば、かりかりに立った音像と過度なまでの拡がる音場を創成すべきところ、つまりアルバム・タイトルであるナイトフォールを音の階調で彼なりに表現したものと推察する。このディスクはやはり夕暮れ時から闇が支配する時間帯に聴くのが適当と思う。敢えてオーディオ的な刺激を排し、中音域を重視した優しい耳触りを嗜みたいものだ。企画、演奏、収録ともに素晴らしい。
人気ブログランキング
♪ よい音楽を聴きましょう ♫