昨秋のペンタトーンから、アラベラ・シュタインバッハーが弾くVn名曲集。バックはローレンス・フォスター率いるモンテカルロPO。
http://tower.jp/item/4303877/
Fantasies, Rhapsodies and Daydreams
1. Waxman: Carmen Fantasy
2. Sarasate: Zigeunerweisen, Op.20
3. Vaughan Williams: The Lark Ascending
4. Saint-Saëns: Havanaise, Op.83
5. Saint-Saëns: Introduction & Rondo capriccioso, Op.28
6. Massenet: Meditation (from Thaïs)
7. Ravel: Tzigane
Arabella Steinbacher(Vn)
Orchestre Philharmonique de Monte-Carlo, Lawrence Foster
ヴァイオリン名曲集
ワックスマン:カルメン幻想曲
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン Op.20
ヴォーン・ウィリアムズ:揚げひばり
サン=サーンス:ハバネラ Op.83
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ Op.28
マスネ:タイスの瞑想曲
ラヴェル:ツィガーヌ
アラベラ・シュタインバッハー
(ヴァイオリン;1716年ストラディヴァリウス「ブース」(日本音楽財団貸与))
ローレンス・フォスター(指揮)、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団
アラベラの新譜は意表を突く名曲コンピレーションだった
アラベラは前のオルフェオ時代から今のペンタトーンに至るまで、ひたすらVnコンを録ってきていて、そしてワールドツアーにおいてもコンチェルトやソナタを中心とした大規模曲に取り組んでいる。そんなアラベラの昨秋の新譜は意外なことに民俗音楽に立脚して書かれた名曲集だった。なぜこの時期にこういったテーマ・アルバムを出したのかは意図は不明だが、こうやって気軽に聴けるアルバムもたまにはいいし、アラベラの美点がぎゅっと凝縮されていて、改めて彼女の懐の深さを垣間見た気がする。
モンテカルロPOという楽団は初めて聴く。概要は以下のキング・インターの紹介文を参照のこと。アラベラの略歴については過去にもさんざん書いているので割愛。
1853年設立という長い歴史をもつモナコ公国のモンテ・カルロ・フィルハーモニー管弦楽団はパレー、マルケヴィッチ、マタチッチ、ヤノフスキ、クライツベルクなど、これまで名だたる指揮者が芸術監督を務めてきました。当録音での指揮者ローレンス・フォスターも1980年から10年間芸術監督をつとめた一人で、現在も続く信頼関係からオーケストラの歌わせ方を熟知しており、確かなテクニックと豊かな表現力を持ち合わせたシュタインバッハーとエキサイティングな演奏を披露しております。
この楽団のサウンドは煌びやかでふくよか、そしてよく弾む美音が特徴。ローレンス・フォスターはオーソドックスながらロマンティックなバトン捌きに定評があり、リスボン・グルベンキアンを率いてリーズと共に
Pコン集を録っていたりとなかなかの実力者。
カルメン幻想曲、ツィゴイネルワイゼン
ワックスマンのカルメン幻想曲は、その名で分かる通りビゼーの歌劇カルメンから著名パートを抜き出して編曲した作品。ハイフェッツに献呈されていることから内容的にはアクロバティックなVnのテクニックを披歴するような作りとなっている。なお、
サラサーテ作の同名作品を弾いて一気に世界的ソリストへと登りつめたのがムターだ。そういえばアルバム構成も似ていて、やはりVnの名曲集だった。
冒頭はこの歌劇の第一幕から前奏曲のマーチがオケの総奏でそのまま演奏され、直後、独奏Vnの高速な分散和音(上昇アルペジオ、すぐに下降アルペジオ)で短いカデンツァを作り、抒情的なハバネラ、カルタの歌へと続く。アラベラの操るG線、D線が切々としたメランコリックな旋律を紡いでいく。最後、急峻なアチェレランドを掛けてジプシーの歌へと突入、ここでのアラベラは高速ダブルストップ、フラジオレットを駆使しながら叫喚のフィナーレを迎える。
ツィゴイネルワイゼンは普通に巧いというか、滑らかにして図太い演奏設計で実にドイツ的。その代り、ジプシックな猥雑さやノスタルジーは余り感じられない。べたついた情感表現は挟んでおらず、あくまで淡々としたノンレガートで着実に歩を進める。面白みに欠けると言えばその通りだが、それがアラベラの特徴でもあるのでそのまま楽しもう。因みにフォスター/モンテカルロPOの伴奏は切々としていて、毅然としたアラベラのVn独奏と相補的な関係を作る。そのバランスの妙味も聴きどころ。コーダに向けてはアラベラの超絶技巧が炸裂し、高速ピチカート、コル・レーニョの目まぐるしい出し入れが圧巻。
揚げひばり、サン=サーンス2題
ヴォーン・ウィリアムズの揚げひばりは、牧歌的、田園風景描写的、民謡風な美しい抒情作品。息の長いVn独奏が特徴で、一貫した演奏設計が求められる意外に解釈が難しい作品と思う。アラベラのVnには豊かな歌心が籠められていて聴き惚れる。
ハバネラとは元々はキューバの舞曲であり、土着の民俗臭のする独特のリズムを特徴とする音楽形態をいうが、サン=サーンスのハバネラはその形態をあまり踏襲はしていない。もちろんキューバの情景や旅情を描いたものでもない。それでも美しい旋律は民謡風だし、リズム的にはちょっと韻を踏んだような独特な「ハバネラ的」な律動が使われる。アラベラの解釈は揚げひばりに概ね同じで、揺蕩う弦捌きはメロウで滑らか、そしてもちろん巧い。
ロンド・カプリチオーソが白眉。緩徐なパートでの仄暗い弾き込みは襞は深い。また激しく明暗が入れ替わる急速なパートでの表情が非常に豊か。終始朗々と骨太の演奏設計で、かつ歌い込みが丹念で濃密、まるで人の声帯から発せられる肉声のような旋律。これはよい。非常に満足。
タイスの瞑想曲、ツィガーヌ
タイスの瞑想曲はこのテーマアルバム中、唯一民俗音楽に基づかない曲。アラベラの演奏は普通に巧い。詳細は割愛。ラヴェルのツィガーヌは元々はハンガリー由来のロマ系民俗の音楽、つまりジプシーの系譜を写像した作品として有名。献呈の相手はVnの名手ヨゼフ・ヨアヒムの姪だったというから、これもまたアクロバティックな技巧が鏤められた作品。例の冒頭部の長大な独奏部・・これはカデンツァというには長すぎるが・・から厳しい風情がひしひしと伝わる。アラベラがここまで深刻な弾き方をしたことは今までなかったと思う。もちろん、イザベル・ファウストのような孤高の勁さほどでもなく、アリーナ・イブラギモヴァのような尖鋭的な切り込みを見せるわけでもない。あくまでもアラベラ独特の太い質量感を伴った弾き方がベースだが、譜面に対しては実に瞑想的かつ真剣な対峙の仕方をしていて、彼女の別の顔を垣間見た気がする。
録音評
Pentatone PTC5186536、SACDハイブリッド。 録音:2014年10月/レーニエ3世オーディトリアム、モンテカルロ(セッション)とある。セッション録音の割にはライブと同等、いやそれ以上のプレゼンスとアンビエントを感じる優秀録音だ。ペンタトーンは盤ごとの品質・音質はかなりばらつくレーベルで、この盤に関しては音場空間の管理が相応になされ、そしてアラベラの独奏Vnの録り方に関しても厳格な管理のもと、中央ちょっと後ろに小さくピンポイントで定位するようにミキシングされている。要するに前後の奥行き方向のサウンドステージも、左右方向への拡がりもちゃんと確保したうえで独奏パートを真ん中にホログラフィックに浮かび上がらせることに成功している。前回もペンタトーンのhr交響楽団の春の祭典を取り上げたが、あの盤とは明らかに異なる仕上がりとなっているのだ。音調に関しては少しブリリアンスに傾いていて明媚な質感なのは従前のペンタトーンに近い印象。

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