ある風景:東横フラワー緑道 反町 ▶ 横浜 #1 |
元の反町駅の線路跡
昨日から一都三県(ちかさと)に緊急事態宣言が発出された。今回は昨年の宣言と異なって飲食業に対する狙い撃ちとの感が強く、さっそく緊急時短宣言などと揶揄されているようだ。その他、TW推進により出社率7割削減、20時以降の外出自粛など、目新しさも実効性、あるいは実現性も乏しいものとなった。
閑話休題。東横フラワー緑道は、元々は地上を走っていた東横線の廃線跡を横浜市が公費で整備した遊歩道。経緯などはWiki等に詳しいのでそちらを参照のこと。
以下の写真は現在の高島山トンネルの北側の入り口となる。2004年1月までは地上の反町駅を出ると電車はこのトンネルを通って横浜駅、更には桜木町駅まで通じていた。ここの路盤は遊歩道として整備された時に1メートルほど嵩上げされた。地面の中央に赤茶色のレンガが2列埋め込まれている。これはここを走っていた東横線のレールを象ったものだろうが、東横線は今も昔も複線なのでレールはもちろん4本あった。因みに左右にある花壇だが、以前は反町駅の上下線プラットフォーム突端に設けられた各種信号機や電源、中継装置の置き場だった。つまり昔はここに花壇はなかった。左手の傾斜した土手の上はずっと以前から横浜市立青木小学校で、地上時代の反町駅のプラットフォームから児童たちが丹精込めてお世話している花々を眺めることができた。

高島山トンネル
電車が通っていた時代の高島山隧道はもう少し口径が大きかった。この隧道の開通は大正15年(1926年)と古く、緑道として整備する段階で壁面に亀裂などが見つかったことからコンクリの内塗りを厚く施し安全対策を講じたという。ほんの15~6年前、この穴の中を複線で上下の東横線が走っていたとは想像だに出来ない。


今日の一曲
※お休み
今週の珈琲
備蓄していたブラジル・プレミアムショコラ、サンアントニオ農場(ミナスジェライス州産)。


