J.S.Bach: Goldberg Variation BWV988@Irma Issakadze |
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2744006
J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988
イルマ・イサカーゼ(Pf)
このイサカーゼだが、レーベルや輸入元の触れ込みではグールドの再来と言う。フランス組曲やイギリス組曲も同様であるが「グレン・グールドの○○○・・」という制作レーベル側のキャッチコピーが多すぎる気がする。それだけグールドが世界中でいまだに愛されているという証拠かも知れないが、バッハ作品のピアノによる演奏の規範はグールドだけではないことを認識して欲しいもの。
このイサカーゼはグルジア出身のピアニストでキャリアはまだ長くはないようだ。しかし、このゴルドベルクの解釈はかなり大人な完成度を聴かせてくれる。で、グールドに似ているのか、と言う点だが、聴いてみるとすぐに分かる通りそれほどセンセーショナルに奇を衒ったものではなく、現代ピアニストが現代ピアノを弾いたバッハ演奏としては範を逸脱した内容ではない。
ライナーにはイサカーゼと解説者の一問一答形式のダイアログが載っているが、そこでもグールドの演奏との関わり合い方が質問され、その不躾とも思われる問いかけに対し丹念に答えている。確かにグールドのバッハ演奏にはインスパイアされたし、アゴーギクの使い方についてはごく初期の頃は規範とした事もあったそうだが、その後はグールドの演奏は聴かなくなったそうで、それは自己の中にバッハ、とりわけゴルドベルクへの独自解釈が確立されたからだそうである。
この変奏曲集はもともとが二段鍵盤付きクラヴィーアのためのアリアと変奏曲群と題される通り、単一鍵盤であるピアノで弾いた場合、左右の手が交差し、同じキーを叩くというコンフリクトした部分が出てくるため、グールド以来、ピアノで弾く場合には左手をオクターブ下げるということを行う。そのため左と右では音程が明らかに違ってチェンバロで弾くよりもダイナミックで隈取りがはっきりとした展開となる。そこがグールドのゴルドベルクが大ヒットした要因の一つでもあろう。
チェンバロは音の強弱が付けられない楽器なので、曲想上の強弱はフェルマータで遅らせたり局所的なプレストで速めたりと、いわゆるアゴーギクを使うこととなる。しかし、ピアノは強弱が付く楽器なので、これらのアゴーギクをデュナーミクに置き換えること、また混合して用いることも可能であり、グールドは呪術的なアゴーギクと微細にコントロールされたデュナーミクとを織り交ぜて独特の世界を構築した。
イサカーゼのデュナーミクは必要以上に強いものではなく、どちらかというと古来のアゴーギクによる表現が主体だ。ゴルドベルクはアリア主題の変奏が30個続くのだが、その内訳は3つの緩徐な変奏曲と1つの急峻なカノンをペアとして整然と並べたものだ。アリアの変奏は割と揺らぎの大きいアゴーギクで滑らかにゆったりと弾かれ、そしてカノンはどれもが耳を疑うほどの高速演奏で、これはグールド云々というレベルではないほど精密で高速だ。カノンでは時間軸方向の揺らぎは全く付けていない代わりに、僅かであるがデュナーミクを効かせていて心地よい疾駆感をアシストしている。
なかなかに求道的で引き込まれる演奏であった。もともとは睡眠不足を訴えていたカイザーリンク伯爵の耳元でゴルドベルクが囁くように演奏する事を想定した催眠音楽のはずだが、この熱のこもったピアノ演奏で安らかな眠りにつけるかどうかは疑問だが。
尚、使用楽器は珍しくカワイのグランドピアノで、太くて柔らかい歪み感の少ないストレートな音色が独特である。
(録音評)
OEHMS Classicsレーベル、OC628、SACDハイブリッド。録音は少々古く 2004年8月19-21日、カリフォルニアのメディア・ハイペリウム・スタジオとある。収録時の詳しいデータが掲載されていた。
Grand Piano:Shigeru Kawai SK7
Balance Engineer:Ted White
microphones:main:Neumann Gefell MV 692 / M 94
additional:T.H.E. Audio BS-3D Binaural Sphere, Schoeps CMC 6/MK 2
microphone preamps:API Audio 212L
DSD converters:dCS 904 & 954
DSD recording:Pyramix
multichannel mix:API Vision console & Pyramix
ということで、面描写的で典型的なDSD録音のサウンドである。カワイという、媒体録音では馴染みの薄いピアノの音だが、ファツィオリに類似した滑らかな音色で、そこから高域の高貴で澄明なブリリアンスを少々引き算したような音はなかなかに美しい。残響成分はそれほど多くはなくて直接音主体。ピアノ録音としてトップレベルの出来映えだ。
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