2006年 12月 08日
SL聴き比べ:Chopin: Prelude C#min Op.45 |
ショパンは生涯にプレリュードを26曲書いている。その内の24曲が、かの有名な「24の前奏曲」という曲集だ。これは大昔に日記にも書いた通り。



ショパンはその曲集以外に単品のプレリュードを二つ書いており、一つは20世紀に入ってから発見された”遺作”プレリュードと呼ばれている曲、そして今回取り上げる作品45である。
ショパン: 前奏曲 嬰ハ短調 作品45
ピアノ: アルゲリッチ、アシュケナージ、ミケランジェリ
Wikipediaからこの作品について:
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ウィーンの出版社がベートーヴェン記念碑建設基金募集のために企画した「ベートーヴェン記念アルバム」に掲載する作品として1841年8~9月に書かれた。エリザベート・チェルニシェフ公爵夫人に献呈された。ソステヌート、2分の2拍子。冒頭から主題が提示され、転調が繰り返される。ほぼ全ての調に転調するが主題を変えることはない。末尾にカデンツァがつけられるがクロマチックの4声であり、幻想的な色彩を出すためには訓練が必要である。コーダはやはり主題を繰り返した動機であり、自由な形式に満ちている作品である。
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ふーん、知らなかった。ベートーヴェン記念碑ってのがあって、それにショパンが資金捻出で貢献? まぁ、裏は取っていないがWikiなのでちょっと引き算して覚えておこう。
転調に次ぐ転調で、華やかでありながら瞑想的な要素を織り交ぜて展開される夢のように美しい作品である。比較的離散的なテンポ取りが指示されている楽譜ゆえ、ピアニストの個性が入り込み易い作品ではなかろうか。現にこの3人の解釈は三様である。
アルゲリッチの弾き方は、若かりし日の彼女にしては抑え気味ではあるがそれでも激しく強いものがある。そしてなんと言っても速いのだ。デュナーミクの強奏部は耳が痛いほど芯を突いた叩き方で、アルゲリッチ特有の表現である。後半のカデンツァは直線的で強く、アチェレランドを掛けて駆け抜けている。
アシュケナージの解釈は彼の典型と言ってよいスタンダードでモデレートなもので、実に穏やかにして細やかな表現である。全体のテンポはゆったりとしている。曲想だが、アゴーギクは全くと言ってよいほど含まれず、デュナーミク中心の表現であり、これもアシュケナージの温厚なショパン解釈の典型と言ってよい。どちらかというと拍子の取り方はノクターン風だ。後半のカデンツァは直線的で中庸な解釈。意外とサラリと弾き抜けている。
ミケランジェリは非常に弱々しく弾き始めるが、徐々にテンポ・ルバートを強めて行き、ためらいながら軽くスキップするように走っていくという感じだ。しかし、やはり全体としては内省的な静かでか細い女性的な解釈と言える。右手も左手も一音一音を異常に大切にしており、主旋律のタッチの均質さ、透明さは比類なき純度だ。後半のカデンツァは感傷的なうねりを伴うアゴーギクのきつい表現で、速度は極めて遅い。また他の二人にはないピアニッシモでの控えめなカデンツァだ。このカデンツァから後ろも遅めのテンポで弾かれ、非常に静かに曲が閉じる。
聴いた通りのテンポ感なのかどうか、実際に時間を計ってみた。こういう時にはiPod nanoは便利なのであった。
冒頭→カデンツァ→末尾 の2区間の時間を表示しておく:
アルゲリッチ: 3:00 / 4:00
アシュケナージ: 3:45 / 4:45
ミケランジェリ: 3:25 / 4:35
アルゲリッチのテンポが極めて速いことが分かる。全体の演奏時間はジャスト4:00で、アシュケナージより45秒も短いのだ。
演奏技法と解釈はまるで違うもののアシュケナージとミケランジェリはほぼ同じ様な時間を掛けて全体を弾いていて、これは大体4:40前後だ。
3人ともカデンツァから終了までを1分程度を掛けて演奏している。アルゲリッチはカデンツァまでが速く、それ以降は相対的にゆっくり弾いていると言うことになる。またミケランジェリは1:10と更に長めに時間を掛けているように見えるがカデンツァ自体が非常にゆっくりなのでこういった数値となる。
これに対しアシュケナージは前後とも均等に時間を配分していると言うことが分かる。
三者三様とはこのことで、奔放で激しく強いアルゲリッチ、内省的だが非常に繊細な感情表出のミケランジェリ、そして中庸を行く温厚な解釈で無駄のないアシュケナージ、という結果となった。あなたならどの演奏を好むであろうか?
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ショパンはその曲集以外に単品のプレリュードを二つ書いており、一つは20世紀に入ってから発見された”遺作”プレリュードと呼ばれている曲、そして今回取り上げる作品45である。
ショパン: 前奏曲 嬰ハ短調 作品45
ピアノ: アルゲリッチ、アシュケナージ、ミケランジェリ
Wikipediaからこの作品について:
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ウィーンの出版社がベートーヴェン記念碑建設基金募集のために企画した「ベートーヴェン記念アルバム」に掲載する作品として1841年8~9月に書かれた。エリザベート・チェルニシェフ公爵夫人に献呈された。ソステヌート、2分の2拍子。冒頭から主題が提示され、転調が繰り返される。ほぼ全ての調に転調するが主題を変えることはない。末尾にカデンツァがつけられるがクロマチックの4声であり、幻想的な色彩を出すためには訓練が必要である。コーダはやはり主題を繰り返した動機であり、自由な形式に満ちている作品である。
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ふーん、知らなかった。ベートーヴェン記念碑ってのがあって、それにショパンが資金捻出で貢献? まぁ、裏は取っていないがWikiなのでちょっと引き算して覚えておこう。
転調に次ぐ転調で、華やかでありながら瞑想的な要素を織り交ぜて展開される夢のように美しい作品である。比較的離散的なテンポ取りが指示されている楽譜ゆえ、ピアニストの個性が入り込み易い作品ではなかろうか。現にこの3人の解釈は三様である。
アルゲリッチの弾き方は、若かりし日の彼女にしては抑え気味ではあるがそれでも激しく強いものがある。そしてなんと言っても速いのだ。デュナーミクの強奏部は耳が痛いほど芯を突いた叩き方で、アルゲリッチ特有の表現である。後半のカデンツァは直線的で強く、アチェレランドを掛けて駆け抜けている。
アシュケナージの解釈は彼の典型と言ってよいスタンダードでモデレートなもので、実に穏やかにして細やかな表現である。全体のテンポはゆったりとしている。曲想だが、アゴーギクは全くと言ってよいほど含まれず、デュナーミク中心の表現であり、これもアシュケナージの温厚なショパン解釈の典型と言ってよい。どちらかというと拍子の取り方はノクターン風だ。後半のカデンツァは直線的で中庸な解釈。意外とサラリと弾き抜けている。
ミケランジェリは非常に弱々しく弾き始めるが、徐々にテンポ・ルバートを強めて行き、ためらいながら軽くスキップするように走っていくという感じだ。しかし、やはり全体としては内省的な静かでか細い女性的な解釈と言える。右手も左手も一音一音を異常に大切にしており、主旋律のタッチの均質さ、透明さは比類なき純度だ。後半のカデンツァは感傷的なうねりを伴うアゴーギクのきつい表現で、速度は極めて遅い。また他の二人にはないピアニッシモでの控えめなカデンツァだ。このカデンツァから後ろも遅めのテンポで弾かれ、非常に静かに曲が閉じる。
聴いた通りのテンポ感なのかどうか、実際に時間を計ってみた。こういう時にはiPod nanoは便利なのであった。
冒頭→カデンツァ→末尾 の2区間の時間を表示しておく:
アルゲリッチ: 3:00 / 4:00
アシュケナージ: 3:45 / 4:45
ミケランジェリ: 3:25 / 4:35
アルゲリッチのテンポが極めて速いことが分かる。全体の演奏時間はジャスト4:00で、アシュケナージより45秒も短いのだ。
演奏技法と解釈はまるで違うもののアシュケナージとミケランジェリはほぼ同じ様な時間を掛けて全体を弾いていて、これは大体4:40前後だ。
3人ともカデンツァから終了までを1分程度を掛けて演奏している。アルゲリッチはカデンツァまでが速く、それ以降は相対的にゆっくり弾いていると言うことになる。またミケランジェリは1:10と更に長めに時間を掛けているように見えるがカデンツァ自体が非常にゆっくりなのでこういった数値となる。
これに対しアシュケナージは前後とも均等に時間を配分していると言うことが分かる。
三者三様とはこのことで、奔放で激しく強いアルゲリッチ、内省的だが非常に繊細な感情表出のミケランジェリ、そして中庸を行く温厚な解釈で無駄のないアシュケナージ、という結果となった。あなたならどの演奏を好むであろうか?
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by primex64
| 2006-12-08 10:25
| Compilation
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