2026年 07月 09日
麺や勝治@関内 |
今日のランチの様子から。
今日は朝から運転免許の更新手続きがあり出掛けたが、それが終わった後のランチはこちらにて。
13時半頃の到着時点で先客は2名。カウンタの中程に通された。
そして、夏季限定の青唐辛痛の冷麺を今年初オーダーした。
スープはじっくり煮出された澄明な牛骨出汁ベースで、味付けは塩ダレのみとシンプル。一掬いすると冷たく爽やか、そして淡麗にして芳醇で旨味と甘味、辛味のバランスが素晴らしい。
トッピング具材は大判の板海苔、チャーシュー、穂先メンマ、追加の温玉、そして葱の上には刻み青唐辛子が盛ってある。




麺はこの限定冷麺のためだけにワカメを練り込んで手打ちしている緑の細麺。茹で上げた後に冷水締めしてあるのでちゅるちゅる食感で冷たく、喉越し良好で気持ちが良い。緑の麺、穂先メンマなどを冷えた牛骨スープに浸漬してからつるつる啜ると、小気味の良い喉越しに加え青唐辛子の鋭い辛さが奏功して爽やかな美味しさなのだ。たまらない味に手繰る手が止まらず麺はあっという間になくなり、辛い冷製スープも全部飲み切って至高の辛痛冷麺タイムを締めた。

麺や勝治
横浜市中区常盤町3-22-4
電話:045-651-1141
営業:月~金: 11:00~15:00、17:00~0:00
土: 11:00~15:00
定休:日・祝
最寄:JR・市営BL 関内2~3分、MM21線 馬車道5分
7月9日は、レスピーギの生誕の日。
オットリーノ・レスピーギ(Ottorino Respighi, 1879年7月9日 – 1936年4月18日)は、イタリアの作曲家・音楽学者・指揮者。
生地ボローニャの音楽学校でバイオリンとビオラを修め,またG.マルトゥッチ〔1856-1909〕らに作曲を学ぶ。1900年ペテルブルグの帝室歌劇場でビオラ奏者となり,リムスキー・コルサコフに管弦楽法を師事。1913年ローマのサンタ・チェチーリア音楽院作曲科教授に就任,1924年―1926年の院長時代を含め生涯同音楽院で活動した。
《ローマの泉》(1916年),《ローマの松》(1924年),トスカニーニにより初演された《ローマの祭》(1928年)の交響詩三部作,ディアギレフの委嘱によるバレエ音楽《風変わりな店》(1919年,振付L.マシン)などの色彩豊かな管弦楽作品で名声を確立。20世紀前半のイタリアで最も国際的に知られる管弦楽作曲家となった。その後はイタリアの音楽遺産への関心を深め,バイオリンと弦楽オーケストラのための《グレゴリオ聖歌風協奏曲》(1921年),モンテベルディやフレスコバルディの音楽による編曲作品などを残した。ほかにオペラ,歌曲など。
(平凡社 百科事典マイペディアより)


まずはビール
今日は朝から運転免許の更新手続きがあり出掛けたが、それが終わった後のランチはこちらにて。

青唐辛痛冷麺 激辛+味玉
13時半頃の到着時点で先客は2名。カウンタの中程に通された。










お店データ
麺や勝治 横浜市中区常盤町3-22-4
電話:045-651-1141
営業:月~金: 11:00~15:00、17:00~0:00
土: 11:00~15:00
定休:日・祝
最寄:JR・市営BL 関内2~3分、MM21線 馬車道5分
クラシック版:今日は何の日?
7月9日は、レスピーギの生誕の日。
オットリーノ・レスピーギ(Ottorino Respighi, 1879年7月9日 – 1936年4月18日)は、イタリアの作曲家・音楽学者・指揮者。生地ボローニャの音楽学校でバイオリンとビオラを修め,またG.マルトゥッチ〔1856-1909〕らに作曲を学ぶ。1900年ペテルブルグの帝室歌劇場でビオラ奏者となり,リムスキー・コルサコフに管弦楽法を師事。1913年ローマのサンタ・チェチーリア音楽院作曲科教授に就任,1924年―1926年の院長時代を含め生涯同音楽院で活動した。
《ローマの泉》(1916年),《ローマの松》(1924年),トスカニーニにより初演された《ローマの祭》(1928年)の交響詩三部作,ディアギレフの委嘱によるバレエ音楽《風変わりな店》(1919年,振付L.マシン)などの色彩豊かな管弦楽作品で名声を確立。20世紀前半のイタリアで最も国際的に知られる管弦楽作曲家となった。その後はイタリアの音楽遺産への関心を深め,バイオリンと弦楽オーケストラのための《グレゴリオ聖歌風協奏曲》(1921年),モンテベルディやフレスコバルディの音楽による編曲作品などを残した。ほかにオペラ,歌曲など。
(平凡社 百科事典マイペディアより)
by primex64
| 2026-07-09 22:25
| My dishes -Ramen
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