京華樓@横浜 |
まずは生ビール
この日は高島屋で買い物の用があって西口方面まで。その前に、近くのこちらにてランチをいただいた。

青椒肉絲
こちらは家内のオーダーで、週替わり定食のCセットとなる。



本場の四川麻婆豆腐
こちらは私のオーダーで、週替わり定食のAセットとなる。付け合わせはCセットと同じ。







お店データ
京華樓 鶴屋町CRANE店横浜市神奈川区鶴屋町2-15
CRANE YOKOHAMAビル3F
電話:045-534-6801、050-5590-3308
営業:月~土:11:00~14:30、17:00~23:30
日・祝:11:30~22:00
定休:無休
最寄:各社線 横浜 きた西口2分、西口3分
クラシック版:今日は何の日?
6月28日はヨーゼフ・ヨアヒム生誕の日。
ヨーゼフ・ヨアヒム(ドイツ語: Joseph Joachim)、ヨアヒム・ヨージェフ(ハンガリー語: Joachim József, 1831年6月28日 - 1907年8月15日)は、ヴァイオリニスト・指揮者・作曲家。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演ヴァイオリニストとして後世に名を残している。1831年6月28日、ポジョニやアイゼンシュタットにほど近いハンガリー王国領西部のキットゼー(マジャル語名ケプチェーニ)で生まれた。キットゼーはバッチャーニ=シュトラットマン家(Batthyány-Strattmann)の館のある地として知られ、現在はオーストリアのブルゲンラント州に属している。
1833年、ヨアヒムの一家はブダペストに移った。ヨーゼフは5歳になるとブダペストでヴァイオリンのレッスンを受け、続いてウィーンに渡りウィーン音楽院で修行した。1843年、12歳になるとライプツィヒに出向き、メンデルスゾーンに師事した。なお、ライプツィヒ音楽院の入学試験でヨアヒムが演奏した際の試験官は、学院長のメンデルスゾーンであった。同年8月、ゲヴァントハウスで、メンデルスゾーン、クララ・シューマンらと共演し、12歳のヨアヒムはライプツィヒの聴衆の知るところとなった。3年後、ヨアヒム15歳の時、メンデルスゾーンに伴われて初めてロンドンで演奏し、成功を収めたが、翌1847年11月4日にメンデルスゾーンは亡くなった。
1848年、17歳になったヨアヒムは、2年間ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に在籍した。その間、オーケストラのみならず、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団で第2ヴァイオリンも担当した。(後略)
(Wikiより)
※ヨアヒムの純粋な独立作品は現在ではほとんど演奏されない。しかしながら、彼は名立たる作家のVnコン(ヴァイオリン協奏曲)のカデンツァを作っては自らの演奏に使用し、そのスケッチが後世の名ソリストたちの演奏にも頻繁に使われてからポピュラーになって現代にその名を残す。いわゆるヨアヒム版のカデンツァである。他にはブラームスのハンガリー舞曲のヨアヒム編曲版も有名だ。




