紬@六角橋 |
まずはビール
昨日は家内の高校時代の同窓会で、故郷から上京していた旧友たち数人はなぜか横浜にて延泊。で、今日は朝から横浜の市内観光を所望、家内はツアーコンダクターを拝命。ということで今日のランチも単独行動。いまだ暑さが収まらないので遠出はせず近所でランチ。
肴一品
13時過ぎの到着で、先客は二組四名。今日の突き出しは最近よく出て来るチャーシューのしぐれ煮。生姜、山椒などが程よく香り、甘めの味付けもあってかとても美味しい。これを摘まみつつ、よく冷えた赤星をくいっとやる。
昆布水と煮干しの冷やしラーメン+味玉
今朝、店主のXに告知してあったこの一品をオーダー。
今まで昆布水のドゥルンなつけ麺、極み煮干つけ麺やラーメンはいただいたことはあったが、両者が合体し、かつ、きんきんに冷やした冷製汁麺は初めてだ。
お店データ
紬 TSUMUGI
横浜市神奈川区六角橋2-10-1
電話:不明
営業:11:00~15:00
18:00~21:00(火水金のみ)
定休:月曜(祝日の場合は営業、翌火曜休)
最寄:東急東横線 白楽8分、東白楽9分
クラシック版:今日は何の日?
9月15日は、ウェーベルンの忌日。
アントン・フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ウェーベルン(Anton Friedrich Wilhelm von Webern, 1883年12月3日 - 1945年9月15日=ヴェーベルンとも発音)は、オーストリアの作曲家。生地のウィーン大学で音楽学を専攻し、フランドル楽派の作曲家イザークの研究で学位を取得。
1904~1908年、シェーンベルクに作曲を学び、アルバン・ベルクとも面識を得る。オーストリア各地の劇場で指揮者として生計を立てつつ作曲活動を続け、《弦楽四重奏のための5つの楽章》(1909年)などの初期代表作を完成。
後期ロマン派の影響から脱して無調音楽に踏み込み,極度に切りつめられた音で凝縮された音空間を構築する独自の形式を確立。1918年―1922年シェーンベルク主宰の〈私的演奏協会〉に加わり、同時代作品の演奏に携わった。1927年オーストリア放送局常任指揮者に就任する一方、12音技法(十二音音楽)による探求をさらに進め、《交響曲》(1928年),カンタータ《目の光》(1935年)、《管弦楽のための変奏曲》(1940年)などを書く。1933年に誕生したナチス政権により演奏活動を禁止され、音楽出版社の校正係としてすごした。ナチス政権崩壊後ほどなく、ザルツブルク郊外の疎開地でアメリカ占領軍の兵士に誤って射殺された。その音楽は第2次世界大戦後のミュジック・セリエルの動向に決定的な影響を及ぼすとともに、その後の作曲界にも絶えざる示唆を与え続けている。
(平凡社 百科事典マイペディアより)