Aloha Table@大崎 |
今週のメニューボード
梅雨入り宣言が出たのだが、なぜか雨は降らず真夏日に。外気温は高く、かつ湿度も相応に高いので不快指数は相当に高そうだ。そんななか、むっとする風が吹きすさぶペデストリアンデッキを渡ってアロハまで。


ヤンニョム・チーズチキン
いつも通り11:45くらいにアロハに到着。今日はいつもの窓際のカウンター席は一つだけ埋まっていたが奥のテーブルは殆ど客が入っておらず空いていた。








お店データ
Aloha Table 大崎 (アロハテーブル)東京都品川区北品川 5-5-15 大崎ブライトコア1F
電話:050-5589-6494
営業:月~金:11:30~15:00、17:00~23:00
土日祝:11:00~22:00
定休:無休(ブライトコアの都合により休業あり)
最寄:JR、りんかい線 大崎5分
クラシック版:今日は何の日?
6月24日は、ピエール・フルニエ生誕の日。
ピエール・フルニエ(Pierre Fournier ,1906年6月24日 - 1986年1月8日)は、フランスのチェリストである。ソリストとしても、室内楽奏者としても活躍した。また、フランスやスイスで教鞭をとった。1906年6月24日、パリに生まれる。祖父は彫刻家、父はコルシカ総督を務めたこともある将軍、母はピアニストであった。また、弟のジャンはヴァイオリニストとなった。はじめは母からピアノを学んだが、9歳の時に小児麻痺にかかって右足の自由を失ったためチェロに転向し、12歳でパリ音楽院へ入学してポール・バズレールとアンドレ・エッキングに師事した。
なお、パブロ・カザルスに助言を求めることもあった。5年後に一等賞を獲得して卒業し、さらにバズレールのもとで修練を積んだのち、1924年にパリでデビューした。
1927年にはコロンヌ管弦楽団のソリストとして迎えられ、フランス各地およびヨーロッパ各国での演奏活動を開始した。1934年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演して大成功を収めた。第二次世界大戦後にはさらにキャリアが発展し、1948年にアメリカデビューを果たしてからは、毎年のように当地で演奏した。
オーケストラとの共演だけでなく、フルニエは室内楽にも情熱を注いでいた。1928年にはヴァイオリニストのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテールとトリオを結成した。また、ピアニストのアルフレッド・コルトーとヴァイオリニストのジャック・ティボーともしばしば共演した。
(Wikiより)
※MusicArenaへの掲載なし




