利久庵@関内 |
まずはビール
このところ東京・神奈川の感染が進んでいる。再び禁酒法時代に戻る恐れがあるなか、蒸し蒸しする時にはこれが一番。

随分前から使っているジラール・ペルゴの腕時計の調子が悪く、馬車道の時計修理専門店にメンテナンスを頼むことに。最後のオーバーホールから4年経過し限界だった。去年メンテしようかどうか悩んでいるうちにコロナの影響で出社しなくなって腕時計も着けなくなった。自動巻きの動力が切れて針が止まった時には手でゼンマイを巻いていたが、中のギアの調子が悪いのだ。肴三品
今までは正規輸入代理店の修理部門にオーバーホールをお願いしていたが、代金も正規で毎回20万円前後かかっていた。定年退職の身にはさすがに堪えるので腕が良く安価な工房はないものかと思案していたところ、FacebookだかTwitterに時折現れる馬車道の店を知って訪ねることに。で、その前に至近のこちらで久し振りにランチ。蕎麦前に頼んだのは写真の順に、厚焼き玉子、赤えんどう、谷中生姜・セロリ・胡瓜 金山寺味噌。






厚焼き玉子は安定と信頼の甘めの味、豊かな風味でほくほく。醤油を垂らした大根おろしでいただくとほっこり。赤えんどうは北海道産で、粗塩を振って一合升でサーブ。手で摘まんでいただくとこれまたほっこり純朴。驚いたのは谷中生姜。金山寺味噌でいただくのは初めてだが実に合う。味噌に本枯節が練り込まれ超美味、胡瓜・人参も絶妙。堪らずビールを追加発注。冷し夏野菜そば
こちらは家内のオーダー。






利久庵では春夏秋冬の野菜など季節の食材を使った蕎麦を出している。因みに春だと春菜蕎麦が美味しいし、秋だと茸などの食材を使った限定蕎麦も秀逸。今回は夏なので、まんま夏野菜の蕎麦だ。具材は見ての通りだが、茄子、白瓜、アスパラ、隠元、水菜がまさに今の旬であり、路地ものの上質品を使用しているためか香りが極めて良く、土臭い懐かしい夏を感じた。揚げ帆立と小海老のみぞれそば
こちらは私のオーダーで、この店の定番の人気常設メニューだ。







帆立と海老はたっぷり載るが、その他の薬味は季節ごとに微妙に変動する。秋口に来ると茸類が多いし、春だと山菜類が載っていたりして、その工夫たるや素晴らしいものがある。今回は家内のオーダーと被るところもあるが、夏の隠元、たっぷりの人参、水菜など、この時期特有の旬が活きている。もちろん中型の海老と帆立の天ぷらは流石で、とても美味しい。最後は蕎麦湯
今回は二人ともぶっかけ蕎麦だったので、蕎麦湯用の湯呑が別に用意された。



残った出汁を丼からレンゲで掬ってその湯呑に移す。そして鉄瓶で供される熱々の蕎麦湯を注ぎ込むという趣向。少量だが残しておいた刻み葱を、そして卓上の七味唐辛子をぱらり。どろっとした高濃度の蕎麦湯をゆっくり注ぎ込む。風味が良い蕎麦湯は最高の〆となる。蕎麦が供された時にどけておいた佐藤錦を齧る。なるほど、これも夏の風味である。実に満足、最高。お店データ
利久庵横浜市中区真砂町2-17 利久ビル
電話:045-641-3035
営業:11:00~20:30
※時短要請のため、営業時間は要確認
定休:日祝
最寄:JR、市営BL 関内2分
今日の一曲 ※お休み
7月3日は、ヤナーチェク生誕の日。
レオシュ・ヤナーチェク(チェコ語: Leoš Janáček 1854年7月3日 - 1928年8月12日)は、モラヴィア(現在のチェコ東部)出身の作曲家。モラビア地方(現チェコ)のフクバルディに生まれる。11歳で生家を出てモラビアの中心都市ブルノの修道院の聖歌隊に入り、1872年同地の師範学校を卒業。その後プラハのオルガン学校、ライプツィヒ音楽院、ウィーン音楽院に学ぶ。
1881年ブルノにオルガン学校を創設して校長になったのをはじめ、1881~1888年フィルハーモニー協会の指揮者を務め、1919年新設のプラハ音楽院ブルノ分校で作曲を教えるなど、モラビア地方の音楽文化発展に貢献。早くから創作活動を行っていたが、作曲家として名声が高まったのは1904年のオペラ『イエヌーファ』初演以降で、1916年のプラハ初演とその2年後のウィーン初演でようやく国際的に知られるようになった。それからの晩年10年間が創作の最盛期で、オペラ『カーチャ・カバノバー』(1919~1921)、『りこうな女狐(めぎつね)の物語』(1921~1923)など大作を次々に生み出したのち、1928年8月12日オストラバで没した。 作風としては、若いころから強い関心を抱いていたモラビア民謡の研究成果に基づいて、民族的要素を単に異国趣味的装飾としてではなく、西欧近代音楽の語法と融合し発展させた点で、きわめて独創的なものをもっている。作品はほとんどすべての分野にわたり、民謡編曲も多い。重要なのは九つのオペラで、話しことばの抑揚を本格的に研究して独自の様式をつくりあげており、前記の三作のほか最晩年の『死の家より』(1927~1928)が優れている。宗教作品のなかでは古代スラブ語のテキストによる『グラゴル・ミサ』(1926)が有名。器楽曲ではスメタナやドボルザークの影響に加えて後年印象主義的傾向がみられるが、とくに管弦楽曲『タラス・ブーリバ』(1915~1918)と『シンフォニエッタ』(1926)が全作品中もっとも親しまれている。(I・ホースブルグ著、和田旦・加藤弘和訳 ヤナーチェク――人と作品(1986・泰流社)より)
※MusicArenaでは膨大な数の録音を取り上げているため、ほんの一部だけ紹介




