BISTRO RUBAN@横浜 |
まずはノンアル・ビール

この日は休日だったが郵便物を出したかったのと、その他の買い物があったので横浜駅東口方面まで出掛けた。休日に郵便物を出すとき自宅からだと東口のルミネの隣の横浜中央郵便局が最も近い。なお現在では基幹の集配局は神奈川郵便局に移ってしまい、元の中央郵便局の正式名称は神奈川郵便局横浜中央分室となった。つまり、大規模集配局の支局または分室の扱い。ミート三種のコンボプレート
こちらは家内のオーダー。





実は最初アロハへ向かったが長蛇の列。ウェイティング・リストを見たら15人ほどの待ちで1時間くらいかかりそう。ということで並びのこちらを覗いたら割と早く行けそうだった。ちょっとだけ待って入店。ビストロと称するので元々はフレンチを標榜しているらしいのだが料理は無国籍あるいはクロスオーバー風。どれも美味しそうで価格もリーズナブルなランチメニュー。
小型のフライパンないし深めのスキレットに肉類を並べたもの。三種とは黄金比ハンバーグ煮込み、粗挽きソーセージ、ベーコングリル。これらは普通はフレンチの食材ではなくどちらかというとドイツ料理。ハンバーグには溶けるチーズを含む高粘度のホワイトソースがかかり、ベースは濃厚なデミとトマトとなる。肉感がたっぷりで豊潤な牛の風味、実に美味しい。熟成和牛と季節野菜のコンボプレート
こちらは私のオーダー。






鮮やかな西洋野菜たちが目を引くお洒落でカラフルな一皿。こちらはライスも乗り完全なワンプレート。メインは熟成させた和牛のローストビーフで、これが5~6切れライスの上に載っている。野菜は西洋からし菜、ラディッシュ、ビーツの漬物、揚げたズッキーニとポテト、人参シリシリ、炒めた茄子、アボカドなど多種多様。和牛が旨い。まったりした茹で卵とも合う。昼間の客層は幼い子供連れ、ないし女性同士の客が主で私たちのような高齢の客は疎らだった。営業政策上、昼間はこんな感じだが、店内の様子とちょっと覗いたメニューからは夜には割と落ち着いたカジュアル・フレンチの店として使い勝手が良さそうな雰囲気だった。また来てみたいと思う。
お店データ
BISTRO RUBAN ビストロ リュバン横浜市神奈川区金港町1-10 横浜ベイクォーター4F
電話:045-441-1122
営業:11:00~23:00
※時短要請のため、~20:00(要確認)
定休:無休
最寄:各線横浜3~7分
今日の一曲 ※お休み
6月6日はハチャトゥリアンの生誕の日。
アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン(アルメニア語: Արամ Խաչատրյան [ɑˈɾɑm χɑt͡ʃʰɑt(ə)ɾˈjɑn], グルジア語: არამ ხაჩატურიანი, ロシア語: Ара́м Ильи́ч Хачатуря́н (Aram Il'ich Khachaturian), 1903年5月24日(グレゴリオ暦6月6日) - 1978年5月1日)は、旧ソ連・グルシア生まれのアルメニア人。幼少の頃からカフカサス地方の民族音楽を聴き育つ。1925年にグネーシン音楽学校に入学。そこで作曲家としての才能を認められる。1929年にモスクワ音楽院でミャスコフスキイに師事。1942年にバレエ《ガヤネー(ガイーヌ)》では彼の音楽性である、大胆で強烈なリズムを発揮し、クラシックの分野では収まらないポピュラー的な曲となった。1944年にソ連邦アルメニア国歌を作曲し、チェコスロバキア国際映画祭個人賞を受賞。1948年「反民主的形式主義的な傾向」を持つと批判され、「古典的・人民的傾向をもったリアリスティックな作品を書くように」と要求された。そのため、数年間、スターリンや党を礼賛するオラトリオ、カンタータなどを作曲している。器楽曲の作品に自身の創造性を入れることは難しかったようだ。1949年に《レーニンの思い出に寄せる葬送的な賛歌》を編曲。
スターリン死去後1958年から彼は名誉を挽回し、積極的に作曲に取り組む。指揮者としても活躍した彼は1963年日本に訪れている。バレエ《スパルタクス》でレーニン賞、《コンチェルト・ラプソディー》ではソヴィエト国家賞を受賞。愛国心に満ち、民族的な音楽と現実社会に対する考えや想い、生活を作品に溶け込ませた。の作曲家、指揮者。アルメニア人であり姓は、ハチャトゥリャーン、ハチャトゥリャンなどとも表記される。ソ連人民芸術家。プロコフィエフ、ショスタコーヴィチと共にソ連を代表する作曲家である。
(PTNAより)




