Schumann: Fantasie Op.17 etc@Claire Désert |
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Claire Desert plays Schumann
Schumann: Fantasie in C major, Op.17
1.Durchaus phantastisch und leidenschaftlich vorzutragen
2.Mässig, durchaus energisch
3.Langsam getragen
Schumann: Romances (3), Op.28
1.Sehr markirt
2.Einfach
3.Sehr markirt
Schumann: Waldszenen, Op.82
1.Eintritt
2.Jäger auf der Lauer
3.Einsame Blumen
4.Verrufene Stelle
5.Freundliche Landschaft
6.Herberge
7.Vogel als Prophet
8.Jagdlied
9.Abschied
Claire Désert (Pf)
シューマン: 作品集
幻想曲 Op.17(1836-38)
1.どこまでも幻想的、熱情的に ハ長調
2.中庸の速さで、どこまでも精力的に 変ホ長調
3.ゆるやかに、どこまでも穏やかに ハ長調
3つのロマンス Op.28(1839)
1.とても明確に
2.簡明に
3.とても明確に
森の情景op.82(1848)
1.森の入り口
2.待ち伏せる狩人
3.もの悲しい花たち
4.呪われた場所
5.親しげな風景
6.宿屋 変ホ長調
7.予言者としての鳥
8.狩りの歌 変ホ長調
9.別れ
クレール・デゼール(ピアノ)
クレール・デゼールについて
デゼールに関しては個人的に好きなフランス人ピアニストの一人。かなり前から定点観測的に聴いて来ている。しかし、全アルバムを所有しているわけではなく最近は疎遠だが、以下のような盤を聴いている。なお、バイオグラフィーは過去にも書いている気がするので割愛。
幻想曲 Op.17
この曲集は昔からとても有名で演奏機会も録音も多いので、今の時代、敢えてこの曲で勝負しようとは誰しも思わないかもしれない。デゼールはフランス人だがドイツ作品には造詣が深く、聴く前の直感としてはとても巧い演奏を繰り広げるに違いないだろう、というものだった。
この曲の解説については随所に出ているので詳細は割愛するが、ひとことで言うとシューマンのピアノ作品中では最高傑作のひとつ。元々はベートーヴェン敬愛のための記念碑建立へ向けた寄付名目で着想されたソナタだったが、完成後に幻想曲に改めた。しかし一方においては若かりし日のシューマンがクララ・ヴィーク(夫人の旧姓)に求愛することを念頭に書いた曲ともされ、クララと婚約はしていたがヴィーク家から大きな反対があって精神的に不安定ななか、クララに聴かせていたとの記録があるようだ。
1楽章ハ長調はベートーヴェン的な規範に則ったソナタ形式だが、実際の曲想や使われる技法はシューマンならではの絢爛で華麗なもの。コーダ部にはベートーヴェンの歌曲「遙かなる恋人に」の一部が引用される。デゼールのピアノは飛翔感が非常に強く、かつ静謐にして無駄な情感を籠めない直進的な解釈。以下、1枚目の譜面がベートーヴェンの歌曲「遙かなる恋人に」の冒頭、2枚目がシューマンの幻想曲1楽章のコーダ部となる。青丸がベートーヴェンのオリジナルの旋律、赤丸がシューマンが引用した旋律。但し歌曲のパッセージの真ん中から引用したため、どうしても不完全終止形となってしまう。このためシューマンは後続の四角の部分を異なる独自旋律で書き換えて完全終止形に近い格好に整形し、都合3回リフレインさせている。
ロマンス Op.28
この曲集もピアノのための3曲。個人的にはとても好きな曲集なのだが、先のファンタジーほどは演奏機会がないし日本国内ではそれほど著名ではないかもしれない。
この曲集はシューマンからクリスマスプレゼントとしてクララ・ヴィークに献呈されたもので、時期的には結婚に至る寸前の1839年。その後も新婚当初に夫婦でよく演奏していたとの記録があるようだ。クララは特にこの中の第2曲を最も美しい愛の二重唱と比喩し愛聴あるいは演奏し、その和声の優美さ、飾らないけれどもチャーミングな旋律の虜になっていたという。
数十年の時を経てクララは病床に伏していた。そこで彼女は彼らの孫であるフェルディナンドに亡夫のこの嬰ヘ長調ロマンス第2曲を弾いて欲しいと頼んだ。この曲がクララが聴いたこの世での最後の音楽となったという。クララ・シューマン、1896年5月20日没。デゼールの演奏は静謐で美しく、ひたすらに優しく、そして温かい。言葉が出ないほど切ない音楽だ。
森の情景Op.82
この曲集も日本国内では著名ではないかもしれない。しかしながら、シューマンの作品の中では抒情的、かつ叙述的でシンパシーの籠められた秀作。喩えるならサン=サーンスの動物の謝肉祭に似た小品の集まり。だがそれよりかはもっと神秘的で、そして克明に描かれたディテールがとても写実的。曲目が細かくて数も多いので、以下、ハイライト的に掻い摘んで述べるにとどめる。
第1曲=森の入り口 変ロ長調。可憐で耳に優しい田園コラール風で始まる。展開部からは暗転する部分との陰陽の出し入れがシューマンらしい。第2曲=待ち伏せる狩人 ニ短調。激烈なオクターブユニゾンに支えられ奔走する主題が狩猟の厳しさを表現か。第3曲=もの悲しい花たち。個人的には密かに好きな曲。シンプルで跳躍しない穏当なスケールだけれども、どこか美しい。もの悲しいとあるが実際には可憐というべきだろう。
第5曲=親しげな風景 変ロ長調。主調から上下に変移しつつ可愛らしい3連音符がきらきらと輝く小曲。シューマンらしいロマンティックなメロディ。そして第7曲=予言者としての鳥 ト短調。これがこの曲集では最も有名な曲ではないだろうか。国内でもテレビドラマの背景音楽、コマーシャルの効果音として使われていた記憶がある。調性は保つが、非常に怪しげなシンコペーテッドな非和声の分散和音と、美しく調和する簡素な付点スケールとが交錯を繰り返す。pp部分では楽しそうなデゼールの鼻歌が聴き取れる。
第8曲=狩りの歌 変ホ長調。一気に明るい風情。付点の三連符の連打が耳に残るマーチ風の佳曲。最後、第9曲=別れ 変ロ長調。これは人との別離という意味ではない。これまで逍遥してきた森に別れを告げて人間世界へ戻るという、ある意味で切り替えの曲。この曲集のコーダにも当たる。立ち去りがたいちょっとした寂寥、そして森の中の自然への全幅の愛情が表現されている綺麗な曲だ。
録音評
Mirare MIR408、通常CD。録音は2018年1月、ベニューは昨今では高品質録音でよく使われているグルノーブルのMC2(Maison de la Culture, Grenoble)。音調は少し暖色系に振ったもので非常にナチュラル。しかしながら実際には高解像度で高S/N、超低歪率の超優秀録音。前述の通り、随所でデゼールの鼻歌、息使い、フィンガーノイズがそこはかとなく捉えられており臨場感に満ちたサウンドだ。ピアノはおそらくはNYスタインウェイで、細身で繊細な高域弦、引き締まってソリッドな低音弦が実にリアル。この綺麗なピアノの音がMC2のステージ背景へと短い残響を残しつつ消え入る。強打の部分も迫力があるが、寧ろシューマンの特徴である弱音部の訥々とした微細な表現を弾いていくデゼールの姿を打鍵音を通して余すところなく捉えている。素晴らしいのひとこと。
※告知
2020年度に入って社会的にも個人的にも、またメンタリティーにおいても環境が激変し、それに伴う様々な要因により音楽CDを満足に聴くことができなかった。MusicArena Awards 2020に関してはこういった状況を勘案し2021年度と合同選定とし、一年間順延することとしたい。