Tchaikovsky: Sym#4@Gianandrea Noseda/LSO |
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Tchaikovsky: Symphony No.4 in F minor, Op.36
1. Ⅰ. Andante sostenuto - Moderato con anima - Moderato assai, quasi andante - Allegro vivo
2. Ⅱ. Andantino in modo di canzona
3. Ⅲ. Scherzo. Pizzicato ostinato - Allegro
4. Ⅳ. Finale. Allegro con fuoco
Mussorgsky: Pictures at an Exhibition
5. Promenade
6. No.1, Gnomus
7. Interlude, Promenade Ⅱ
8. No.2, Il vecchio castello
9. Interlude, Promenade Ⅲ
10. No.3, Tuileries
11. No.4, Bydlo
12. Interlude, Promenade Ⅳ
13. No.5, The Ballet of Unhatched Chicks in their Shells
14. No.6, Samuel Goldenberg und Schmuyle
15. No.7, The Market at Limoges
16. No.8, Catacombae (Sepulchrum Romanum)
17. Cum mortuis in lingua mortua
18. No.9, The Hut on Fowl's Legs (Baba-Yaga)
19. No.10, The Great Gate of Kiev
London Symphony Orchestra
Gianandrea Noseda
チャイコフスキー: 交響曲第4番 ヘ短調 Op.36
1. Ⅰ. アンダンテ・ソステヌート-モデラート・コン・アニマ-モデラート・アッサイ
2. Ⅱ. アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーネ
3. Ⅲ. スケルツォ - ピッツィカート・オスティーナ-アレグロ
4. Ⅳ. フィナーレ - アレグロ・コン・フォーコ
ムソルグスキー: 展覧会の絵(ラヴェル編)
5. 第1プロムナード
6. 小人(グノーム)
7. 第2プロムナード
8. 古城
9. 第3プロムナード
10. テュイルリーの庭 - 遊びの後の子供たちの口げんか
11. ビドロ(牛車)
12. 第4プロムナード
13. 卵の殻をつけた雛の踊り
14. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
15. リモージュの市場
16. カタコンベ - ローマ時代の墓
17. 死せる言葉による死者への呼びかけ
18. 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤーガ
19. キエフの大門
ジャナンドレア・ノセダ指揮 ロンドン交響楽団
ノセダ、およびチャイ4について
ジャナンドレア・ノセダについては右のサムネイルのリンク先に少し記している。チャイ4は幼少期からかなり好きで今まで相応の演奏/録音を聴いてきた。MusicArenaでは以下のような録音を取り上げてきた。しかし、ここ数年は新しい録音には触れておらず、久し振りに耳にしたこの盤の演奏は非常に新鮮だった。それとともに過去から聴いて来たこれらの盤も軽くさらってみた。様々な個性がそれぞれに発揮され、とりも直さず名録音たちなのだ。
チャイコフスキー:交響曲4番
1楽章アンダンテ・ソステヌートの冒頭、動機はちょっと遅めの入りと感じる。普通はこの辺りからは静かで平和な響きで落ち着くが、ノセダは細かく摺動する微細な情景描写を見せる。アゴーギクも使わないし極端なデュナーミクもないのだが、なぜか心が惹かれる。Tp始め金管隊のビームは軽やかでありながらシュアなアインザッツがとても印象的。このアインザッツがこのアルバムの伏線となっているとはこの時点では知る由もなかった。
2楽章アンダンティーノ。ここの冒頭は有名な箇所でありOb(オーボエ)の妙なる響きが特徴的。緩徐楽章相当なのでバックの弦楽隊が余裕で構えているかというと実は逆で、ノセダの唐突な指示が襲って来るかも知れないという緊張感が漂いつつこの楽章の全編を支配している。LSOは弦も管もそれなりだと思っていたが、あにはからんや、どうして相当に優秀で驚いてしまった。少なくとも管に関してはCSOに並ぶか或いは超えているかもしれない。
3楽章スケルツォ。例によってチャイ4の名物、嵐のようなピチカートだが、これがびっくりするほどのpp(ピアニッシモ)で、普通の音量で聴いているとアインザッツが静かすぎて聴き取れない。そしてリリースでちょっとアクセントがあって小節が進行していることが判別できる程度。中間部では珠玉のホルンや他の金管と木管に主題が引き継がれて盛り上がりを作ってコーダを迎える。
4楽章フィナーレ、アレグロ・コン・フォーコ。頭から大音量かつ歪感のないトゥッティの衝撃波がやって来る。もちろん他の演奏もそういった構造なのだが、ノセダLSOのこれは常識を覆すダイナミックレンジであって呆気にとられてしまう。少々の荒れを覚悟して大音量でこのパッセージを鳴らす演奏は数多くあるが、これほど破綻がないのは珍しい。
文字で書くのは難しい。マーツァルの演奏に通底する、破綻のないレイショナル、かつ冷静なバトン捌きは素晴らしい。しかし熱情が徐々に発露し、中間部から後ろ、トゥッティにかけては少々エキセントリックでエモーショナルなエナジーも感じられ、なんとも言えぬ温もりを感じるフィナーレ、そして最大音圧で〆られるコーダは超圧巻で、もう何も言うことがない。現代でやるべきことをやり尽くしたチャイコフスキー演奏の一つと言えるのではないか。
ムソルグスキー/ラヴェル編:展覧会の絵
展覧会の絵に関しては今まで飽きるほど聴いて来たと思っていたが、MusicArenaでは過去に三枚しか取り上げていなかった。しかもその全てがピアノ原曲版で、ラヴェル編のオケ版は皆無であった。
ピアノの先生から原曲の楽譜をもらって練習し始めたのは確か小学校6年生になった頃で、全編を通すのに一年弱かかった記憶がある。まだ掌が小さくてビドロ、バーバ・ヤーガやキエフの大門は苦心したが、それ以外は割と素直にトレースは出来ていたと思う。しかしながら、やはり表現幅の狭隘さ、および曲想の組み立て方に大いなる課題を感じていて苦悶した。
父親が持っていたリヒテル、ホロヴィッツのLPレコードを擦り切れるほど聴いて模倣しようとした。だがそれは所詮、無理筋なチャレンジだった。その後、高校では吹奏楽部に入り、定期演奏会プログラムが吹奏楽版の展覧会の絵になった。誰の編曲版であったかは覚えていないが。私のパートはAlto Saxだった。ということは古城の独奏担当ということになる。
これまた父親が持っていたカラヤン/BPO、ジョージ・セル/CLOのオケ版のLPレコードを何度も何度も聴いて、その中のソリストが憂愁に満ちたメロディーを甘く、やるせなく、そして伸び伸びと吹くところをコピーしようとしていた。という風な青少年期の演奏体験から少し食傷気味になっていた、あるいは飽きてしまったためか、社会に出た後には展覧会の絵を能動的に聴く機会は減ったのかもしれない。
閑話休題、この盤の展覧会の絵のオケ版。素晴らしくて言葉が出ないほどで、こんなにもレスポンスがリアルタイムで壺に嵌る演奏には出会ったことがない。あまり多くは書かないが少しだけ。冒頭のプロムナードは全体のクォリティを左右しかねない重要なパート。LSOのこのTp氏は非常に優秀だ。というか、ノセダが各ソロ・パートに主眼を置いて独奏部を際立たせているのは明らか。で、古城のAlto Saxが咽び泣く。これまた感涙ものだ。ここ2020年に至ってこのような正攻法の展覧会の絵が聴けたのはこの上なく嬉しい。
曲数も多いので逐一は書かないが、中間部のハイライトとしてはテュイルリー~ビドロだろう。明媚な弦楽隊の精緻なアンサンブルは今までの割と雑なLSOの印象を完全に払拭するし、特にビドロで弦楽5部に伍して雄弁に語るEuph=ユーフォニアム(またはオケによってはTb=トロンボーン)が出色だ。短いプロムナードを挟んだ卵の殻だが、これが、VnなどとCl、Flが噛み合う確かなアンサンブルが素晴らしい。サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレの暗鬱なダイアログも秀逸な演奏設計で唸る。
そして終局にかかる。ババ・ヤーガの音圧レベルは凄まじく、5管編成×2くらいにしたのかというくらいの迫力。単にやかましく鳴らしているのではなく、つまり、アインザッツがことごとくms(ミリセカンド)レベルで揃っていて、弦楽も金管隊もコヒーレントな音波を発するため、調和した美しいハーモニーが強く太いビームとなってリスナーに襲いかかって来る。最後のキエフの大門だが、これはある意味、オケ版における最高到達点ではないだろうか。
録音評
LSO Live LSO0810、SACDハイブリッド。収録はチャイコフスキーが2017年10月29日と11月1日、ムソルグスキーが2018年6月3日、ベニューはどちらも定番のバービカン・ホールとなる。制作は従前と同じでClassic Sound Limitedが担い、チャイ4はジョナサン・ストークス、展覧会の絵はニール・ハッチンソンが担当。録音だが、チャイ4はDSD 128fs、展覧会の絵はDSD 256fsとある。とても素直で超高音質、そしてノイズ感も歪感もない静謐さは典型的なDSD録音。SACDというメディアの基本性能の高さ、そして真っ当な編集がいかに大切であるかを思い知らされる録音だった。これは間違いのない超高音質録音で、広ダイナミックレンジの音源をちゃんと再生できる装置で聴くならば格別な臨場感が味わえるであろう。しかしながら、その水準に達していない装置での再生は激しい破綻を伴うであろうから、あまりお勧めは出来ない。
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