Memory@Hélène Grimaud |

https://tower.jp/item/4774055/
Hélène Grimaud: Memory
1. Valentin Silvestrov: Bagatelle Op.1/1
2. Claude Debussy: Arabesque No.1
3. Valentin Silvestrov: Bagatelle Op.1/2
4. Erik Satie: Gnossienne No.4
5. Frédéric Chopin: Nocturne In E Minor
Erik Satie:
6. Gnossienne No.1
7. Gymnopédie No.1
8. Danse De Travers No.1
9. Claude Debussy: La Plus Que Lente
Frédéric Chopin:
10. Mazurka In A Minor Op.17/4
11. Waltz In A Minor Op.34/2
Claude Debussy:
12. Clair De Lune
13. Réverie - Adantino Sognando
14. Erik Satie: Danse De Travers No.2
15. Nitin Sawhney: Breathing Light
Hélène Grimaud (Pf)
メモリー:エレーヌ・グリモー
1. シルヴェストロフ: バガテル第1番
2. ドビュッシー: アラベスク第1番
3. シルヴェストロフ: バガテル第2番
4. サティ: グノシエンヌ第4番
5. ショパン: ノクターン第19番
6. サティ: グノシエンヌ第1番
7. サティ: ジムノペディ第1番
8. サティ: 冷たい小品:2.ゆがんだ踊り第1曲
9. ドビュッシー: レントより遅く
10. ショパン: マズルカ第13番(作品17の4)
11. ショパン: ワルツ第3番
12. ドビュッシー: 月の光(ベルガマスク組曲)
13. ドビュッシー: 夢想
14. サティ: 冷たい小品:2.ゆがんだ踊り第2曲
15. ニティン・ソーニー: ブリージング・ライト
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
このアルバムについて
DGのリリース・ノートには以下のようにある。
Hélène Grimaud’s new album MEMORY can be thought as an invitation to mindfulness.
エレーヌ・グリモーのこのアルバムは、マインドフルネスへの誘いであると考えられるという。マインドフルネス(mindfulness)とは、今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる。マインドフルネスの語義として、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもある(以上、Wikiより)。
ライナーノーツはエレーヌとインタビュアー(ミーシャ・アスター)との対談形式となっていて、その冒頭で彼女は以下のように述べている。
Music that can help remind us “that for all in our daily lives that is trivial, there is a place where meaning is stored”.
I think it was Heidegger who said memory is to meditate on what is forgotten. Memory is not concrete – it is a recollection of things past, defined as much by what fades as what remains. The repertoire here is not connected to specific personal memories for me – memory is not autobiographical or programmatic in that sense. My interest is rather in exploring memory as a state of consciousness common to us all, and discovering paths and features of that meditation, suggested by music.
音楽は私たちに"日常生活における全ての些細な事柄には、意味が保存されている場所があること”を思い出させてくれる。
記憶は忘れられたものを瞑想することだと言ったのはハイデッガーだったと思います。 記憶は確固たるものではありません。それは過去の事柄を思い出すものであり、残っている事柄と同じくらい多くの消えてしまった事柄とによって構成されます。 ここでのレパートリーは、私にとって特定の個人的な記憶とは関係ありません。その意味では、記憶は自伝的でも標題音楽的でもありません。 私の興味は、むしろ私たち全てが共通の意識状態としての記憶を探求し、音楽によって示唆されるその瞑想の経路と形質を発見することです。
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マルティン・ハイデッガーのワーディングを引用して言っていること自体が意味論的に難解かつ抽象度が高いので、どう読み解くのかは人それぞれで異なるであろう。しかし一言でいうと、このアルバムはメモリーと題するけれど、彼女の特定領域の記憶に残る曲で構成したわけではないこと、いうなればマインドフルネスのために美しく共鳴する作品たちを並べた、と私は解釈した。
エレーヌは若い頃にはエラート、またDENONレーベル(日本コロムビア)に専属していたが、2006年にDGに移籍、credo(クレド)と題したアルバムをひっさげてセンセーショナルな再デビューを飾った。以来、全部ではないがその時々に彼女のアルバムを聴いて来た。エレーヌは手抜きのない剛直かつハイテンション、そして直進性の強いピュアな楽曲解釈が身上とずっと思っていた。だが、ここへ来て、特に前作Water(=残念ながら未聴)からは作風を軟質傾向へと振っているようで、本CDもその続編に位置するようなシリーズだという。








今回のMemoryだが、ライナー後半にエレーヌが書いているようにフランスものとしては初の本格コレクションとなるそうで、なるほど、彼女はフランス出身だが今までこの手のアルバムは出していない。主としてフランス印象楽派の代表的な作家の著名作品を並べる。が、しかし、シルヴェストロフはウクライナ、ニティン・ソーニーはインド系英国人であり、フランスものとは言えないかもしれない。
シルヴェストロフ:バガテル第1番~サティ:ゆがんだ踊り第1曲

このアルバムは全編がほぼほぼ仄暗く、暗鬱、どこか哀愁、物悲しさを感じる作品を中心に構成されている。全体を通しての色調としては、夏に聴いたアリスのナイトフォールに似通ったものがあって薄暮的かつ中間的、明暗のコントラストが不明瞭で低め、そして低照度といった形質が感じ取れる。
ドビュッシーのアラベスク1番は明媚な冒頭だが、ゆったりとした周期のテンポ・ルバートが重層的にかかり、深めのペダリングを併用しつつ低音弦を豊かに鳴らす。中間部からは少し抑制気味に翳を出して行く。バガテル2番はシルヴェストロフとしては珍しい短調の作品。重たい心情をゆったり表現している。ショパンのノクターン19番を挟みサティの著名曲4つは例により独特の闇の世界へ誘う表現へ没入。エレーヌの演奏は普通に超絶技巧、情感表出は割とそっけない。
ドビュッシー: レントより遅く
真ん中よりちょっと後ろの9トラック目に入るレントより遅くは、このアルバムの分水嶺、背骨にあたると推察される。というのは、他の曲と違って往時のエレーヌのエナジー感がここで炸裂している。他の曲は彼女本来のパワーユニットの約7割程度の出力、張力=テンションも半分程度で弾かれるが、ここで剛直なハイテンションが蘇っている。瑞々しくて明媚・明晰、そして鮮やかで息を飲む色彩感、極めて強いコントラストで、何度聴いてもその度ごとに脳裏に突き刺さって来る。これは出色だ。但し、レントより遅くはない。
ショパン: マズルカ13番~ニティン・ソーニー:ブリージング・ライト
ここから後半の闇の世界へと再び入って行く。まずはショパンが2題。フランスを意識したアルバムゆえなのか、彼の故郷の民俗臭のする激し目のポロネーズなどは採用していない。最初はマズルカ13番。やるせない、そして噎せ返るような慟哭と哀愁、郷愁なのかひたすらに暗鬱だ。後半は微細で煩瑣なデュナーミクを駆って苛立ちを表現しているようだ。ワルツ3番も暗くて照度の低い作品。やるせない心情を全編アゴーギクの三拍子で揺蕩う歌い方。悲しいが美しい弾き方だ。
次にドビュッシーが2題。エレーヌ特有のストレートでパワフルな弾き方ではないが、これはある意味普通に超絶技巧なので特段に論評しない。サティの冷たい小品:2.ゆがんだ踊り第2曲は気分転換的な小品で明媚な弾き方。最後はニティン・ソーニーのブリージング・ライトという現代作品。とても印象的な謎に満ちたスケールと和声が無限にリフレインされるという、ある意味ミニマル系技法を用いた作品。瞑想的で求道的なエレーヌ本来の弾きっぷりがここで再び蘇り、この複雑な意味性を内包したアルバムは突如静かに閉じる。
録音評
DG 4835710、通常CD。録音は2017年12月、ベニューはMünchen, Himmelfahrtskirche Sendling(ミュンヘンのアサンプション教会)。割とオフマイク気味で空間感を強く演出していたためトーンマイスターはマイヤールかと思ったら、なんとステファン・フロックだった。アンビエント成分が多く、天井の高い特有のサウンドステージと聴き取れ、エレーヌのピアノが美しく響き渡る。アルバムのコンセプトに整合する割と細身で仄暗い音調、かつ残響強めの収録。DG/エミール・ベルリーナとしては雑味が少ないナチュラルなトーンでまとめ上げられている。
DGからの短めのPV(冒頭はバガテル#2 ~ 最後がレントより遅く)がアップされているのでリンク切れまで貼っておく。
因みに、バガテル#1はこちらとなる。

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