Mirror in Mirror@Anne Akiko Meyers |

https://tower.jp/item/4768965/
Mirror in Mirror
Philip Glass
1. Metamorphosis II * ++
Arvo Pärt
2. Fratres *
3. Spiegel im Spiegel *
Maurice Ravel
4. Tzigane **
John Corigliano
5. Lullaby for Natalie ++
Jakub Ciupinski
6. Edo Lullaby ++
7. Wreck of the Umbria ++
Morten Lauridsen
8. O Magnum Mysterium + ++
Anne Akiko Meyers(Vn)
* Akira Eguchi(Pf)
** Elizabeth Pridgen(Kb) ; Jakob Ciupinski(Lutheal reproduction)
+ Kristjan Järvi, Philharmonia Orchestra
++ World-premiere recordings
鏡の中の鏡
1. グラス:メタモルフォーシスII(1988)§/
2. ペルト:フラトレス(1977)、
3. 鏡の中の鏡(1978)/
4. ラヴェル:ツィガーヌ(1924/オリジナル・リュテアル版)†/
5. コリリアーノ:ナタリーのための子守歌(2010)§/
6. ヤクブ・チュピンスキ:エド・ララバイ(2018)(ヴァイオリン/シンセサイザー)§、
7. 海の底のウンブリア号(2009)(ヴァイオリン/エレクトロニクス)§/
8. ローリゼン:おお、大いなる神秘(1994)‡§/
(§=世界初録音 or このバージョンによる世界初録音)
アン・アキコ・マイヤース(ヴァイオリン)、
江口玲(ピアノ/1,2,3,5)、
エリザベス・プリジェン(キーボード/4)†、
ヤクブ・チュピンスキ(リュテアル・リプロダクション/4)†、
クリスチャン・ヤルヴィ(指揮/8)‡、
フィルハーモニア管弦楽団(8)‡
このアルバムについて
ゲルマン系アメリカ人の父親/日本人の母親を持つアン・アキコ・マイヤースは極めて有名なソリストであり、バイオグラフィーは随所にあるので詳細は割愛。なお私はアンの演奏は殆ど聴いたことがないが、クリスティアン・ヤルヴィが振ったアルヴォ・ペルトのnaïve盤でVn独奏を務めた彼女の演奏には何か感じ入るものがあった。そのアンが再び自らのアルバムでペルトを含む近現代物をやるというのでもちろん期待は膨らむ。制作元のAvieレーベルのプレスリリースによれば、このアルバムは全米ナンバーワンのVnソリストと評されるアン・アキコ・マイヤーズによる、これまでで最も私的な録音だそうだ。フィリップ・グラス、ジョン・コリリアーノ、ヤクブ・チュピンスキー、モートン・ローリゼン、アルヴォ・ペルトとへの委嘱/編曲を通じ、美しい物語を織りなす内省的でスピリチュアルな旅と表現している。なお、ラヴェルの名作の編曲版も含んでいる。
日本ではどういった評価なのかは今一つ不案内なのだが、彼女は米国ではクラシック界のスーパースターの一人とされており、今日では引く手あまたのVnソリストの一人。ビルボードのベストセラー・クラシカル・インストゥルメンタル・オブ・ザ・イヤーを何度も獲得し、世界中の聴衆に愛され、革新的なプログラムと画期的な委嘱作品で高い評価を得ている。このMirror in Mirrorは彼女の37枚目のスタジオ録音。なお、ラヴェルを除いて、彼女はこのアルバムのすべての作曲家/編曲家と協業し、また、いくつかの作品は彼女のために書かれている。
メタモルフォーシスⅡ~鏡の中の鏡
フィリップ・グラスのメタモルフォーシス(変身)Ⅱはアンが委嘱したPf/Vn向け編曲版とのこと。オリジナル版はアルヴォ・ペルトのFratres(フラトレス)、Spiegel im Spiegel(鏡の鏡)の創作へ多大な影響を与えたとされている。
因みに、後者は本アルバムのタイトルとなる。メタモルフォーシスⅡはシンプルな主題が繰り返されるという、いわばミニマル系の作品。ピアノ独奏版はリシッツァが数年前に録音していて、曲想はもちろん全く同じだが、江口玲の静謐なPf伴奏、アンのタイトで太目のVnで聴く哀愁あるスケールにはまた別の風合いがある。Pfの規律ある音階の刻みに対し、Vnの連続的で可変周波数的な揺らぎを含むスケールには人間的な温もりが感じられる。フラトレスも様々なバージョンがあるが、これも江口玲のPfをバックにアンがVnを駆る編曲版。メタモルフォーシスに風情は似ていて、旋律自体はもう少し深刻度合いというか短調でかなり暗めの印象。これについてはペルトが考案したという調性の定義に基づいたとのことで、以下のメンケマイヤーのアルバムに少々解説しているので参照のこと。ミニマル系ではあるが変奏が凝っていてVnの妙味、様々な演奏技法が盛り込まれている。アンの精神的内面が垣間見えるような瞑想的な仕上がり。
鏡の中の鏡に関しては、昨今はかなり著名曲となりつつありペルトの代表作に数えられることもあるようだ。ここでの江口のPfは前の2曲よりも更にリファインされ透明度を増し、そしてアンのVnは太く朗々と、しかし静謐に響き渡る。削ぎ落とされて最少化された音価で織りなす単純スケールは心がとても落ち着く。この作品の由来等は以下のベンジャミン・ハドソン/セバスティアン・クリンガー/ユルゲン・クルーゼのVn/Va/Pf版の作品集に少し書いているので参照のこと。


ツィガーヌ
ラヴェルのツィガーヌについては今更なのであまりコメントしない。またアンが弾くVnが肩肘が張らない超絶技巧であって普通っぽく超巧いのでこれも特に評はない。唯一触れるとするなら、チュピンスキのオリジナルによるエレクトロニクス(シンセサイザ)により、ピアノ・リュテアル(リュートやチェンバロ、ツィムバロン、ハープなどに似た音を発するピアノの変形楽器=実際に聴くと、クラヴィコードかエラール/プレイエルの初期のフォルテピアノに似ている)を再現していること。そして後半にはチュピンスキ自身が伴奏として参加している。
ナタリーのための子守歌~江戸ララバイ
ジョン・コリリアーノのナタリーのための子守歌は、アンの長女=ナタリーの誕生を祝して書かれ、アンに献呈された極めて私的な作品。実に可愛らしいメロディーで開始。途中で転調を繰り返し、わりとダイナミックで彫琢の深い展開を見せる。そのため子守歌とは思われない本格的なアンサンブル作品に仕上がっている。
江戸ララバイは非常に変わったタイトルなのだが、下敷きとなるのは江戸の子守歌、つまり ねんねんころりよ おころりよ そのものが第1主題となっている。これが大胆な変奏を繰り返してドラマティックな展開を示す。アンのVnがチュピンスキの不思議な空間感を醸すシンセサイザと有機的に絡み合い、幽玄で不可思議、ちょっとおどろおどろしい特異世界を形成する。アンが日本/東京/江戸の文化、伝統的な子守歌など土着の旋律・和声にどれだけの馴染みと親しみ、追憶があるかは分からないが、前曲であるナタリーのための子守歌に対し、アンの幼少期のための子守歌という設定なのかもしれない。
海の底のウンブリア号~大いなる神秘
ウンブリアはイタリアの州のひとつで、自然豊かな景勝地として有名だが、この曲はSSウンブリア号という二次大戦開始時に戦略物資密輸の疑いから英海軍の手によりスーダンの港沖に沈められた輸送船を描いたもの。どうやらチュピンスキがスーダンへ行って沈没船ツアーに参加し、実際に潜水した時の情景を描写したもののようだ。積み荷のフィアット製乗用車、武器、弾薬などの残骸をリアルに描いたものとされる。実に悲しくて不気味、恐怖心を煽る電子音に重畳されるアンのVn独奏に迫りくるパワーがあって、紅蓮の炎に包まれ、ぎしぎし軋みながらスーダン湾へとゆっくり沈みゆく船体をうまく描いている。
最後のローリゼン:おお、大いなる神秘は、オリジナル版がオーケストラと合唱のための大規模な作品で、これは宗教曲だとするなら聖歌に相当するが、アンからの委嘱によりVn独奏版として編曲されたもの。演奏はアンとコラボレーションした実績の多いクリスティアン・ヤルヴィが振るフィルハーモニア管弦楽団。この演奏は素直に美しく、神への感謝と民の歓喜が重層的に表現される。アンのVnは朗々と太く、また抑揚が聴いていて肉声のようなふくよかさを内包している。もちろん、この版としては世界初録音ということになる。
まとめ
近現代作品を集めた意欲的なアルバムだった。極めて私的という点においてはまさにそうであろうと思うし、アンに近しい周囲の作家たちが大集結して持てる力を発揮したとも言えるだろう。作家の素の個性を表出したというよりは、アンの内的な情景あるいはシンパシーを、こういった素晴らしい作家たちの手を借りて音楽的感性で描き切ったというアルバムだと思う。アンは音楽の素晴らしい表現者であるとともに、齢を重ね、人間性という点においても共感できる部分が多い人と思った。
録音評
Avie AV2386、通常CD。録音はグラス、ペルト、コリリアーノが2018年5月3日ニューヨーク、ツィガーヌ、チュピンスキの2曲が2016年5月31日、ニューヨーク、最後のローリゼンが2016年5月9日、ロンドンとある。音質だが、それぞれが違うベニューで録られているので微妙に違う。前者は透徹された高解像度録音で割とオンマイク。中者は中音域重視の厚手な音調でシンセ系が重低音まで伸びていてヘビーな感じ、後者は音域が広く、かつ音場空間が前後左右に拡がるアンビエンス重視の録りかたとしている。作品と演奏が前衛的で尖鋭なものだが音質もまた作風に符合させた素晴らしい調音で、オーディオ的な愉悦も味わえるもの。

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