Bach Unlimited@Lise de la Salle |
https://tower.jp/item/4616323/
Bach Unlimited
J.S.Bach: Italienisches konzert f-dur BWV971
1.[Allegro]
2.Andante
3.Presto
Enhco: Chant nocturne, based on Italienisches konzert
Poulenc: Valse-improvisation sur le nom de bach
Enhco: Sur la route, for piano four hands, based on B-A-C-H *
Busoni: Transcription of Bach's Partita BWV1004: Chaconne
Enhco: La question de l'ange, based on Chaconne
Roussel: Prélude et Fugue, Op.46
Liszt: Fantasia & Fugue on B-A-C-H, S529
Enhco: L'aube nous verra, based on Goldberg Variations
Lisé de la Salle (Pf)
Thomas Enhco(Pf)*
バッハ・アンリミテッド(無限のバッハ)
・J.S.バッハ: イタリア協奏曲 BWV 971
・トーマス・エンコ: イタリア協奏曲に基づく夜の歌
・プーランク: バッハの名による即興ワルツ ホ短調
・トーマス・エンコ: sur la route(径で)
(b-a-c-hのテーマに基づく、1台4手のための) *
・J.S.バッハ/ブゾーニ編: シャコンヌ ニ短調 BWV1004
・トーマス・エンコ: la question de l'ange(シャコンヌに基づく)
・ルーセル: 前奏曲とフーガ Op.46
・リスト(1811-86): B-A-C-Hの主題に基づく幻想曲とフーガ
・トーマス・エンコ: l'aube nous verra(夜明けが私たちを見るだろう)
(ゴルトベルク変奏曲に基づく)
リーズ・ドゥ・ラ・サール(ピアノ)
トーマス・エンコ(ピアノ)*
リーズ・ドゥ・ラ・サール、及びこのアルバムについて
リーズについてはMusicArenaをご覧いただいているかたからすれば今更だろうからバイオグラフィーは記さない。が、今まで取り上げたアルバムを以下に列挙しておく。
▶ Rachmaninov: Complete P-Cons 2016
▶ Schumann: Kinderszenen, Fantasie Op.17 2014
▶ Lise de la Salle Recital@Kioi Hall 2013
▶ Lise de la Salle Recital@Kioi Hall 2012
▶ Liszt: Piano works 2011
▶ Chopin: Ballades, P-Con#2 2010
▶ Rachmaninov, Ravel: Piano Works 2010
▶ Prokofiev: Sonata#3/Romeo&Juliet 2007
▶ P-Con#1@Lise de la Salle,Foster/Gulbenkian O. 2007
リーズは私らの長女と同じ年の生まれということもあってデビュー当時から現在に至るまで着目してきている。数年前に若手ヴィオリストの伴侶を得て、私生活、仕事共にますます充実しているようで、世界各所のリサイタル/コンサートには出突っ張りで盛況。しかし二年に一度のアルバム制作も根気よく続けており今回のアルバムが最新盤となる。因みに、我が家の娘たちには慶事の予感はない。
バッハのアルバムを構想・制作中であることは2016年末あたりからFacebookで彼女自身が時々リークしていたので承知していた。
だが、実際の内容はというと、純粋なバッハ作品と言えるのは1曲のみで、残りはバッハの後の時代の著名作家が書いた、あるいは編曲したバッハへのオマージュ作品、インスパイア作品となっていた。これは意外だった。
今回の目玉はフランスの若手人気ジャズ・ピアニストであるトーマス・エンコの書下ろし作品を4つフィーチャーしていること。ライナーによれば、リーズは個人的にはトーマス・エンコの自称ファンであって親交もあるようだ。エンコは音楽一家で育ち、元々はクラシック・ピアノ畑の出自であってヨーロッパとアメリカの両方に暮らした経験があり、構造的な音楽を書く人物であることからリーズ自身が本アルバムに楽曲提供を委嘱したとある。
伝えた希望は演奏時間が長くはないinterlude(間奏曲)、あるいはpause(小休止的な小品)で、大作の間に挟みたい旨。そうしたところ彼はその希望を汲み取ってくれて適切な音感、及び適切な仕掛けを組み込んだ4つのショート・ピースを書き短期間で届けてくれたという。そのうち2作はこのアルバムに入っているイタリア協奏曲の第2楽章、そしてシャコンヌをベースにした作品だった。
一方、ルーセルとプーランクの作品は、1932年12月発刊のフランスの音楽評論誌La revue musicale(ルヴュ・ミュジカル)がバッハへのオマージュをテーマとした特集を組んだ中で、当時の著名作家であるカゼッラ、マリピエロ、オネゲル、プーランク、ルーセルの5人に作曲を委嘱したもののうちの2曲だそうだ。
イタリア協奏曲BWV971~Valse-improvisation
飛び切り明るいイタリア・コンチェルトからスタート。なお、この曲はコンチェルトと称しているが、器楽と独奏楽器による合奏ではなく、最初からクラヴィーア独奏曲として企図され、元々はクラヴィーア練習曲集第2巻(1735年)の冒頭曲であって、これは2段鍵盤のためのエチュードと解するべき。キャプションにイタリア趣味による(nach italienischem Gusto)とあることから通称でイタリア協奏曲と呼ばれている。なお、なぜイタリアなのかは現在となっては不明だが、オスティナート(音型と律動の反復)、エピソード(展開部)が当時のヴィヴァルディ等の作風を追従したものだったとの見方が濃厚。
リーズはピアノがとても巧くなった。譜面には速度表示がなくて(書き忘れ?)アレグロ相当と言われているが、それでもなおアップテンポで入る1楽章は非常に明るく打鍵は超軽量だ。この曲は2段鍵盤を使い分けて曲想上の強弱(=音量と言うわけではなく)を付けるための強弱記号、f(フォルテ)とp(ピアノ)の表記がある。リーズは基本はこれに従うが、実際にはアゴーギク、すなわち時間軸の揺らぎでもって強弱を表現している。これは当時、そして今なおそうだが強弱が付かないチェンバロやクラヴィコードにおける強弱表現法だ。現代ピアノにおいてはデュナーミクにより楽に強弱が付くが敢えてそうはしていない。2楽章はアンニュイな緩徐楽章、1楽章とは異なるねっとりした指使いで揺れる情感を表現する。3楽章は急速楽章でまたまた明媚な旋律を奏でるがテンポは1楽章を更に上回る。指回りは極めて高速かつ精密で揺らぎもない。
トーマス・エンコ作のChant nocturne(イタリア協奏曲に基づく夜の歌)は、薄暮から暗闇へと移ろうような情景描写が美しいアンニュイな曲で、前のイタリア組曲の2楽章からのインスパイア。短いが印象的な秀作。これは次へのインターリュードというよりポストリュード(後奏曲)に近い印象。
プーランクのB-A-C-Hの名による即興ワルツ ホ短調は短いがとても可愛らしいエスプリの効いた三拍子の曲で、非常に明媚。ここでもリーズの円熟した技巧と歌心が光る。なお、この後にもB-A-C-H音型(Bach motif)というのが頻繁に出て来るが、これは、ドイツ語での音階を言い表していて、つまりドレミで言うと、B=シ♭、A=ラ、C=ド、H=シ、なのだ。シは英語でBと表記するがドイツではHと表記するがためにこのバッハの名字をこじつけることができた、というわけだ。後世の作家たちがBach motifをよく使ったが、それはバッハへの敬愛を表明するためと言われている。ある種の流行だった気もするのだが・・。
エンコのsur la route(径で)(b-a-c-hのテーマに基づく)は、アメリカのジャズ風でPf演奏で言うとオスカー・ピーターソンの様な軽いタッチだが、跳躍する音型が浮遊感を誘って楽しい。なお、これはエンコとリーズの4手連弾で、終始Bach motifをリフレインし耳に残る音数の多い演奏。ここまでのポストリュードと、次のブゾーニ編シャコンヌへのプレリュードとの位置付けだろう。
ブゾーニ編:シャコンヌ BWV1004~ルーセル:前奏曲とフーガOp.46
通称シャコンヌだが、これは、無伴奏Vnパルティータ2番ニ短調BWV1004の5楽章を指す。これをブゾーニがPf用に編曲した不世出の作品だ。ブゾーニはバッハ編曲で特に著名だが、これを聴くとやはり特異な音型を象ることのできる稀有の天才であったことを確信するのだ。なお原曲のVnパルティータはMusicArenaでも数多くの秀作録音を取り上げている。
ここはこのアルバムの頂点である。リーズの演奏はエナジー感に漲り、かつ技巧的にも極めて盤石、そして、心の底から沸き立ってくる強いテンペラメントが聴くものの心臓を鷲掴みにするのだ。これは凄い演奏。コーダに向けてのトゥッティでは理由もないのになぜか涙が滲み、嗚咽がこみ上げて来た。
ルーセルのこの作品はバッハの典型的オルガン曲=プレリュードとフーガの形態をとるが、前半のプレリュードは出自はよく分からない。しかも対位法ではないしホモフォニーともいえない曖昧な非和声の曲。ところが、後半のフーガはこれは直感的にすぐにフーガの技法 ニ短調BWV1080の終曲、いわゆる未完のフーガであることが理解できる。即ち、バッハ自身がBach motifを用いて書いた最後の作品ではないかと言われている、絶筆の、かつ謎の多い名作。リーズの弾き方はとてもリッチで溌剌としたもので、とかく不明瞭となり易い不安定な旋律を明確にハイライトしていく。
リスト:B-A-C-Hの主題に基づく幻想曲とフーガ~l'aube nous verra
またもや有名なBach motifの名作を終盤に持って来ていてこれがもう一つの頂点。解釈も演奏設計も、また音の構築も難しいこのリスト晩年の超絶的な作品に対し、リーズは何も衒うことなく真っ芯で捉え、鍵盤に向かって思いを叩き付けている。技巧的にもダイナミックレンジ的にも殆ど完璧であり同曲の演奏としては今世紀に入ってからは最高レベルの演奏の一つに数えて良いと思う。
最後のエンコ作l'aube nous verra(夜明けが私たちを見るだろう)は、前の超重量級のリスト作品を聴いて凝った肩をほぐす役割、そしてアルバム全体のポストリュードとしての役目を果たす。非常に静謐な曲で、純音と非和声が交錯するがそれぞれが共鳴し合ってとても美しい夢心地の小品だ。ゴルトベルク変奏曲からのインスパイアとあるが、具体的な旋律模倣や和声の転嫁は認められず、ふわっとした雰囲気でゴルトベルクのプレゼンスをエンコ風にインタープリトした曲と解するべきなんだろう。
まとめ
これはバッハへのオマージュとの位置付けのアルバムだが、実際には純粋バッハ作品は一つだけ。しかし、構成が巧みであり、バッハの後の時代に生を受け名を残した著名作家たちがバッハをどう見て、どう影響を受けて来たかが時代考証的によく分析され、よく理解できる。トーマス・エンコ依嘱の4曲が果たす役割も興味深くて、全体を通して一つの物語とも、また精緻な音楽学的な論文ともとれる実に奥が深いアルバムだった。こういった前衛的な試みのアルバムを手にしたのはもちろん初めて。それと同時に、リーズの着実な進化と円熟度合いが確かに認められて嬉しくもあった一枚。
PVがアップされていたので以下、リンク切れまで貼っておく。曲はsur la route(径で)(b-a-c-hのテーマに基づく、1台4手のための)。ロケのピアノはスタインウェイではなくヤマハなのはご愛敬。
https://www.youtube.com/watch?v=9K_PlcZYvoc
まとめサイトにもあったので、他の曲も冒頭を少しだけ聴ける:
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/16937
※以上のPVはアフレコ。従って映像と音楽信号は一致しない。なお音楽の方はCD収録と同内容。
録音評
naïve V5444、通常CD。録音は2016年12月14~15日、2017年3月27~28日。ベニューはブレーメンのゼンデザールとある。プロデューサー:Renate Wolter-Seevers。録音機器:マイク:NEUMANN KM-130、KM-140、ミキサー:SOLID STATE LOGIC SERIES 5000 ANALOG CONSOLE、A/Dコンバータ:JÜNGER C8242、ワークステーション:SEQUOIA DAW、モニタースピーカー:SPENDOR 150/1Aとある。音質は従前からのナイーブとはまるで異なっていてクールで精緻、少しソリッドでありながら豊かなアンビエンスが広大に展開されるという理想的なピアノ録音。リーズの剛健かつ精密なタッチを余すところなく捉えている。使用ピアノはSteinway Dとだけあるが、ジャケット写真がハンブルク・スタインウェイ社のピアノ工場でのものとあるので、恐らくはドイツ製スタインウェイだろう。
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