Chopin: Preludes Op.28 Etc@Nino Gvetadze |
https://tower.jp/item/4619477/
Ghosts: F. Chopin:
Preludes (24), Op.28
No.1 Agitato in C Major, C.166
No.2 Lento in A Minor, C.167
No.3 Vivace in G Major, C.168
No.4 Largo in E Minor, C.169
No.5 Molto allegro in D Major, C.170
No.6 Lento assai in B Minor, C.171
No.7 Andantino in A Major, C.172
No.8 Molto agitato in F-Sharp Minor, C.173
No.9 Largo in E Major, C.174
No.10 Molto allegro in C-Sharp Minor, C.175
No.11 Vivace in B Major, C.176
No.12 Presto in G-Sharp Minor, C.177
No.13 Lento in F-Sharp Major, C.178
No.14 Allegro in E-Flat Minor, C.179
No.15 Sostenuto in D-Flat Major, C.180 "Raindrop"
No.16 Presto con fuoco in B-Flat Minor, C.181
No.17 Allegretto in A-Flat Major, C.182
No.18 Molto allegro in F Minor, C.183
No.19 Vivace in E-Flat Major, C.184
No.20 Largo in C Minor, C.185
No.21 Cantabile in B-Flat Major, C.186
No.22 Molto agitato in G Minor, C.187
No.23 Moderato in F Major, C.188
No.24 Allegro appassionato in D Minor, C.189
Étude Op.10 No.6 in E flat minor 'Lacrimosa'
Waltz No.9 in A flat major, Op.69 No.1 'Farewell Waltz'
Waltz No.3 in A minor 'Grande Valse Brillante', Op.34 No.2
Waltz No.10 in B minor, Op. 69 No.2
Scherzo No.2 in B flat minor, Op.31
Nino Gvetadze(Pf)
ゴースト
ショパン:
24の前奏曲Op.28(全曲)
練習曲 変ホ短調 Op.10-6
ワルツ第9番 変イ長調 Op.69-1
ワルツ第2番 イ短調 Op.34-2
ワルツ第10番 ロ短調 Op.69-2
スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
ニーノ・グヴェターゼ(ピアノ)
ニーノ・グヴェターゼ、このアルバムについて
ニーノの録音に関しては数年前にドビュッシーのアルバムを聴いている。
これはほぼ全編がマルカート基調という、世の中の一般的ドビュッシー解釈としては非常に異質かつ前衛的なものであった。しかし、この演奏設計の効果は確かに認められ、ドビュッシーはおよそ滑らかなレガートでべたべたに弾くべしという常識を覆し、清冽で新鮮な印象を醸成することに成功していたと思う。
彼女のバイオグラフィーに関しては上述のドビュッシー評に書いているが、そこから以下にリバイスして再掲しておく。
ニーノ・グヴェターゼ
グルジア(現ジョージア)のトビリシ出身で1981年生まれ。地元の音楽大学を卒業後はオランダに本拠を移してPaul Komen、Jan Wijnに師事し、その後、欧米やアジアなどを舞台に国際的な演奏活動を始めている。彼女の経歴で最も着目すべきは、International Franz Liszt Piano Competition 2008(第8回フランツ・リスト国際ピアノ・コンクール)で2位に入ったことだろう(同時にPress Prize、Audience Awardも受賞)。なお、2012年には初来日を果たしていて、この時の演奏は概ね好評だったようだ。
なお、リスト・コンクールは1986年創設の割と新しい国際コンペティションであるが、日本ではショパン・コンクールだけがクローズアップされていてリストのほうはまだ殆ど知られていない。今まででいうと、1989年(第2回)にAkimoto Satomiが5位、1992年(第3回)にSeino Naoyoが5位、1996年(第4回)に奈良田朋子が3位、 1999年(第5回)に岡田将が優勝(因みにこの時の3位はユンディ・リー)、前回の2011年(第9回)には後藤正孝が優勝しており、日本人ピアニストはかなり健闘しているのだ。
グヴェターゼは本録音以前に4枚のアルバム、即ち、展覧会の絵(ブリリアント)、ラフマニノフのプレリュード(エトセトラ)、リスト作品集(オーキッド)、ドビュッシー作品集(オーキッド)をリリースしており、いずれも欧州での評価は高かった。
MusicArena
なお、輸入元は昨今では彼女の名をニーノ・グヴェタッゼと表記しているが、本稿では2014年当初に書いた評と整合性をとるため、敢えてニーノ・グヴェターゼという表記にしている。
このアルバム・タイトルはゴーストと、いささか奇異だが、その理由はニーノ自身がライナーに書いている。要約すると、ショパンが24の前奏曲に籠めたかったのは死への畏怖、悲哀、そしてそれに対峙し、かくあるべきと葛藤する心の美しさと論理的一貫性だった、との独自解釈だ。24番のコーダで最低D音を3回殴打するが、これを弔いの晩鐘と比喩している。フィルアップにもショパンが死や霊魂といったものを意識していたと考証されたものを収めた由。特にスケルツォ2番の冒頭をcharnel house、つまり遺体安置所を描写したものと述べている。そして最後には煌びやかな花火が多数打ち上がるような明るい未来を暗示しているという。いや、本当かどうかは不明だが・・。
24の前奏曲 全曲
結論から言うと、この作品集は前作のドビュッシーとは異なり非常にオーソドックスで全うなショパン解釈となっている。前作は直進的で冷涼かつストイックな曲想を旨としていたが、本作ではそれは聴かれない。つまり、恐らくはニーノ本来の個性であろう、揺蕩うような、ふくよかで湿潤なアゴーギクへの封印を解き、表情豊かで温度感のある音楽が構築されている。
前奏曲に関してはいくつかかいつまんで取り上げる。まず、冒頭の短いアジタートは非常に軽いタッチでさらりと弾き切る。2曲目のレントはインテンポより少し遅めだが、深い襞を織り交ぜて表現する。3曲目のヴィヴァーチェはギアを入れ替えてハイテンポへ。上昇と下降を頻繁に繰り返す明媚な表現は綺麗な音で終始する。5曲目の短いモルト・アレグロから6曲目のレント・アッサイにかけては揺動する不安とときめき、やるせなさをじょうずに紡ぐ。7曲目はとても普通なのだが、普通なのは実は非凡に巧いということ。これは、あの太田胃散で有名なあれだ。
11曲目のヴィヴァーチェは実に巧妙、しかも細密。短すぎるのが玉に瑕。13曲目はゆったりとしたバルカローレ風の曲を音価を丹念に選びながら静かなエモーションを散らしながら織り込んで行く。中間の展開部は息をのむような煌めく転調を聴かせる。ニーノのエモーションは落ち着きながらも魅惑的。
そして長い15曲目ソステヌートはインテンポよりもちょっと遅く16分ほどを要している。なお、これは愛称の付いた唯一の曲で雨だれの呼称で有名。ここに今回のニーノの解釈および演奏設計、そしてゴーストというコンセプトが集約されている気がする。三部形式の平易で簡単そうな第一主題から中間部の暗転には、確かにニーノの言うような憂鬱、いや、当時、既に肺を病んでいたショパンが療養で逗留したマジョルカ島でジョルジュ・サンドと過ごした時間の中で、暗に感じていた自らの死への畏怖、彼女との別離に対する悲哀などを織り込んでいた可能性は高いと思う。最後、吹っ切れたように明転するが、やはり哀愁を感じる締め方。ニーノの弾き方はまさにそのような心情まで深掘りしたかの静謐かつうら寂しいものであった。
16曲目プレスト・コン・フオーコは激烈で、技巧的にも高度かつ音楽的にも内部での移調を多重かつ煩瑣に繰り返し、左手と右手とが交錯するポリ・リズムを形成するなど至難を極める曲。これはショパンが、近付きつつある自らの死から逃れたいという一心から出たあがきだった可能性があるとニーノが解釈した悲痛な弾き方だと思料する。20曲目ラルゴ。ここに至り、ショパンは自らの葬儀のシーンを脳裏に描いていた可能性が否めない。後年になり、縁起が悪いのだがこのラルゴを葬送曲とアルフレッド・コルトーが形容してから一般にもそういう言われ方がされることがある。
21曲目は軽快なスケッチだが22曲目がまた重厚で深刻、暗く激しい。この対比をニーノは暗めの色彩感を中心に描いて見せる。23曲目も21曲目と同様に軽快で短いモチーフのみで終了。そして終曲のアレグロ・アパッショナートがこれまた暗鬱で重厚、無限の深淵へと引きずり込まれるような絶望に瀕する作風。コーダで強打される最低D音が三つ。確かに葬列に向かい打ち鳴らされる晩鐘かもしれない。
エチュードOp.10-6、ワルツ3曲、スケルツォ2番
フィルアップも、言われてみればどれも暗い。エチュードOp.10の中でも最も陰鬱なものをフィルアップ冒頭に持って来ている。べたつかない訥々とした弾き方のニーノであるが、どこかうら寂しい表情がなんとも言えない。
ショパンのワルツは明媚で典雅なものが有名だが、そうしたなか、Op.69-1は長調指定ではあるが中間からの内声部が微小な移調により暗転を繰り返し形成するなど、得も言われぬ翳りがある曲。長調で完全終始するがどこか割り切れない寂しさが残留する。Op.34-2はワルツと称するが、単に3拍子であるだけで曲想からいうとバラードと言ってよい曲と以前から思っていた。ニーノは、やはりこれをここに持って来たか、という感じで思わず膝を打つ。そして終曲一つ前のワルツOp.69-2。本来的にはこのアルバムワルツ部の冒頭Op.69-1の次がこれなのだが、その狭間に超暗いOp.34-2を入れ、そしてこれを締めに持ってくるところがニーノの戦略的な選択だった。これだけ暗鬱なワルツを三つ聴かされるとさすがにめげる。
終曲は超有名なスケルツォ2番。ニーノの演奏だが、これ自体は非常によく出来ている。質量感を抑制しつつ主張すべきは主張、そして歌心が豊かであって清潔なアゴーギクが効いたテンペラメンタルな超優秀演奏なのだ。だが、冒頭がcharnel houseであるという、あの不安な動機をそう形容するニーノの意図が見え透いてくると従前のようにこの名曲が楽しめなくなってしまうかもしれない。だが、心配は無用。彼女の解釈通り、左右手によるオクターブ・ユニゾンが炸裂する花火のように明媚に連打され、飛び切りの明るさで曲は閉じる。
このアルバムのテーマは少々奇抜ではあったが、深い洞察と譜読み、そして巧みな演奏設計と構成力によって組み立てられたストーリー性のある孤高のショパン・アルバムだった。なんとアーティスティックで美しい音楽、そして演奏なのだろうか。ニーノのプロデュース能力に感服した。
録音評
Challenge Classics CC72768、SACDハイブリッド。録音は2017年6月12~14日、べニューはオランダ、フリッツ・フィリップス・ムジークヘボウとある。音質は超が付くくらいに優秀なもので、これは是非ともSACD層で再生し、ステージに飛散し収斂していくニーノの無歪のピュア・ピアノサウンドを堪能して欲しい。演奏も綺麗なのだが音も超絶的に綺麗なのだ。ピアノ音楽のファン、またオーディオファイルにも是非ともお勧めしたい一枚だ。24のプレリュードといえば数年前のイングリット・フリッターの超優秀盤があった。それとこの盤は解釈や方向性は違えどもどちらも優劣が付け難いくらいの出来栄えだ。
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