Rachmaninov: P-Con#2,Corelli Variations@Vanessa Benelli Mosell,Kirill Karabits/LPO |

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Rachmaninov:
Piano Concerto No.2 in C Minor, Op.18
1. Moderato
2. Adagio sostenuto
3. Allegro scherzando
Variations on a Theme of Corelli, Op.42
4. Theme
5. Variation 1: Poco piu mosso
6. Variation 2: L'istesso tempo
7. Variation 3: Tempo di menuetto
8. Variation 4: Andante
9. Variation 5: Allegro
10. Variation 6: L'istesso tempo
11. Variation 7: Vivace
12. Variation 8: Adagio misterioso
13. Variation 9: Un poco piu mosso
14. Variation 10: Allegro scherzando
15. Variation 11: Allegro vivace
16. Variation 12: L'istesso tempo
17. Variation 13: Agitato
18. Intermezzo: A tempo rubato
19. Variation 14: Andante
20. Variation 15: L'istesso tempo
21. Variation 16: Allegro vivace
22. Variation 17: Meno mosso
23. Variation 18: Allegro con brio
24. Variation 19: Piu mosso, agitato
25. Variation 20: Piu mosso
26. Coda: Andante
Vanessa Benelli Mosell (Pf)
London Philharmonic Orchestra, Kirill Karabits
ヴァネッサ・ベネリ・モーゼル
ラフマニノフ:
1. ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18,
2. コレルリの主題による変奏曲Op.42
ヴァネッサ・ベネリ・モーゼル(ピアノ),
キリル・カラビツ(指揮)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ラフ2
この前はカティアのラフ2&3を聴いたが、なかなか濃密でエキセントリック、派手目な演出の演奏だった。一方、ヴァネッサは自他ともに認めるシュトックハウゼンの秘蔵っ子で、作家自らも絶賛している若手の一人。実際にDeccaの1枚目、2枚目を聴いてみて、こういった方面の曲を強靭でパワフル、豪快だけれども分かり易いピアニズムで弾きこなしていることから、カティアに負けず劣らず奇想天外な演奏を繰り広げるのではないかとの予感があった。
針を降ろしてみると、意外なことに正攻法で、ある意味正しいラフマニノフの解釈だった。またカラビツ率いるLPOの演奏が丁寧で美しく、うっとり聴き惚れてしまうほどのロマンチシズムに満ち溢れた出来栄えだ。1楽章第1主題については背伸びしない普通の入りで、ヴァネッサは卒のないアルペジオで淡然と進め、一方、オケの弦楽隊の美しさが際立った。これから先も破綻はないけれど凡庸なのかと思いきや、ミニ展開部を経て第2主題に入るや、ヴァネッサの急峻で尖鋭的な独奏が一気に展開。シュトックハウゼンやスクリャービンなどを弾く時より抑制的で調和のとれたレガート基調に弾いているが、それでもなお高速スケールにおいては平凡ならざる技巧を披歴している。
2楽章は普通だと緩徐なだけで特徴を捉えるのが難しいが、この演奏の2楽章はとても個性的だ。これはカティアの濃密な解釈と一見似ているように思われるが、基本理念はまるで違い、太く淡々と、そして毅然とした語法で明媚な緩徐楽章を目指したものと思われる。具体的にはインサイト、つまり内声部の描き込みが丹念で墨痕鮮やかなのだ。これはカティアと比べるのは適切でなく、寧ろリシッツァの謳い込みに似ているかもしれない。例えば第1主題ではFl(フルート)、Cl(クラリネット)との掛け合いにおける溶け合いが絶妙であり、ヴァネッサの精妙な耳でコントロールされた上昇および下降スケールの柔らかい粘性がオケとの一体感を象る。再現部からコーダへは不可思議系の冒頭主題が蘇り、これをVn隊が引き継いで、ピアノの方はオブリガートに転じ分散和音で切々と、しかしノンレガートで毅然と弾き進めていく。Vn隊の主旋律とピアノの内声部の響きのポートフォリオが実に良いバランス。
最終楽章は1楽章および2楽章から断片的に採取してきた旋律を用いて主題をコラージュ的に構成している。そういった点においてはリストのロ短調ソナタやフランクのVnソナタの循環形式に似たところがあるが、主題の完全な再現はさせていないので多分そういった狙いではないのだろう。この楽章のピアノの果たす役割は前の二つの楽章よりは比重が重く、ヴァネッサの超絶技巧が冴え渡る。但し、これ聞えよがしのアクロバティックな弾き方ではなく、あくまでオケとの溶け込みを優先させている。特に中間部においてヴァネッサは大きな構図で主題を謳い上げ、またオケがこれに俊敏に呼応して融合するさまにはぞくぞくさせられる。後半、短めのカデンツァからトゥッティに至るエナジー感の高まりはピアノ/オケともに凄いものがある。
コレルリの主題による変奏曲Op.42
ラフマニノフは内戦時下の1918年、ロシア革命から逃れてアメリカへと移住した。渡米後はピアニストおよび指揮者として多忙な活動をしていて作曲は殆ど行わなかった。その後、1929年にパリに再び移住してからは作曲活動を再開、この変奏曲もその時期に書かれた。作曲は1931年で、独奏ピアノ曲としては作家最後の作品となった。献呈先は親友だった名ヴァイオリニスト兼作曲家であるフリッツ・クライスラーだった。
この作品の原曲はアルカンジェロ・コレルリ(1653~1713)のヴァイオリンのための作品=12の独奏ソナタ集Op.5 No.12 "La Folia"である。因みにFolia(フォリア)はイベリア半島に伝わる古い舞曲の総称で、いくつも伝承曲があるが伴奏部の構造及び和声進行がほぼ定まっているという。ということで、出自はラフマニノフからコレルリへと遡るが、コレルリもまた伝承曲から範を得ていたため、原曲の本当の作曲者は不詳。3/4拍子の主題は僅か16小節でアンダンテ指定。

短い変奏を多く連ねる構造は作家を問わず一般的によく見られるが、この曲の場合、冒頭に主題が一つ、途中に間奏曲を一つ挟む20の変奏曲、最後にコーダが一つ、都合全23曲から成る。譜面の様子と聴感によればこれらの変奏は以下の通り構造化されているように見える。各グループは遅(アンダンテ相当)→速(ヴィヴァーチェ相当)と変奏を進めるように構成されているようだ。因みに主題とコーダはアンダンテ指定である。
主題 → Ⅰ:1~3 → Ⅱ:4~7 → Ⅲ:8~13 → 間奏曲 → Ⅳ:14~16 → Ⅴ:17~20 → コーダ
上に書いたうち、間奏曲までのパートは順当な変奏曲の体を成していて、ヴァネッサの強靭なピアニズムは切々とした純朴なテーマを裏打ちしながらも次第に重ね織りの層を増しつつ濃厚で複雑な和声を紡いでいく。こういった瞑想的でありながら跳躍する旋律と唐突感のある和声、変則的な律動をないまぜにしたような曲を弾かせると彼女は一級だ。
そして倦怠感漂う間奏曲の後のⅣ以降のパートは調性はかろうじて保っているが、ほぼ非和声といって良い不安定でデモーニッシュな展開となる。ラフマニノフの音楽性は純和音系のやるせないロマンチシズムに留まってはいなかったことがよく分かる有力な証左がここにある。ヴァネッサはまさにこのあたりのパートは得意中の得意で、シュトックハウゼンの作品、そして作家自身から学んだ表現法を大いに発揮していると言えよう。伏線となる内声部の中から瞬間的に自らが必要とする音価を選び出して再構成し鍵盤に叩き付けていく。こういった複雑系の音楽を喜々としてリアルタイムで弾き抜けてしまう彼女は、まさに水を得た魚なのだ。まことに勝手ながら、今後ヴァネッサを非和声の女王と呼ばせてもらおうと思う。
DeccaのPVがあったのでリンク切れするまでここに貼っておく。
録音評
Decca 4814393、通常CD。録音はPコン2番:2015年12月6~7日、ロンドンのヘンリーウッド・ホール、コレルリ変奏曲:2016年4月30日、イタリア・トスカーナのプラートとある。Pコンの音質だが、S/N感が高い静謐で漆黒の背景に感じの良いアンビエントが充満する気品のある音質。殊更に解像度を強調したものではなくスムーズでスイートな調音となっている。だが、よく聴き込むと帯域幅は十分に確保されており、Cbやティンパニ、グランカッサの衝撃波から木管隊が発する高目の周波数帯域までブロードに捉えられている。一方、お馴染のプラートでのコレルリ変奏曲だが、こちらの方は透徹された解像度感の強い録音となっており、ヴァネッサが弾くスタインウェイを割とオンマイクでリアルに捉えている。この人のピアノの打鍵は強靭ではあるけれども歪感が極少で明るく澄み渡っていることがよくわかる。
なお、音楽の本質には関係しないが、一連のアルバム/リサイタル等でヴァネッサが着ている衣装を担当するデザイナーズ・ブランドのクレジットがある。Eleonora Lastrucciという売り出し中の女性デザイナーのようだ。ここのポートフォリオにヴァネッサの前回アルバム=Lightの衣装が載っている。

♪ よい音楽を聴きましょう ♫