Chopin: Mazurkas@Irina Mejoueva |
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Frederic Chopin: Mazurkas
CD1:
4 Mazurka Op.6
5 Mazurka Op.7
4 Mazurka Op.17
4 Mazurka Op.24
4 Mazurka Op.30
CD2:
4 Mazurka Op.41
3 Mazurka Op.50
3 Mazurka Op.56
3 Mazurka Op.59
3 Mazurka Op.63
4 Mazurka Op.67
4 Mazurka Op.68
Mazurka No.50 A min Notre Temps
Mazurka No.51 A min Émile Gaillard
Irina Mejoueva(Pf)
ショパン:マズルカ全集
disc-1
4つのマズルカ作品6
5つのマズルカ作品7
4つのマズルカ作品17
4つのマズルカ作品24
4つのマズルカ作品30
4つのマズルカ作品33
disc-2
4つのマズルカ作品41
3つのマズルカ作品50
3つのマズルカ作品56
3つのマズルカ作品59
3つのマズルカ作品63
4つのマズルカ作品67
4つのマズルカ作品68
マズルカ イ短調「ノートル・タン」
マズルカ イ短調「エミール・ガイヤール」
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
ショパンのマズルカについて
マズルカは元々はポーランドの民俗舞踊であり、ショパンはこれを題材に生涯で約60曲書いたとされる。なおマズルカというのは総称名であり、舞踊のパターンに応じてマズル、オベレク、クヤーヴィヤク、オブラツァニ、オクロングウィなどのバリエーションがある。速度的にはクヤーヴィヤク、マズル、オベレクの順に速くなり、ショパンはこの三種の速度と律動とを曲の規範として各種のマズルカを書いたと言われている。
ショパンは3拍子の曲を多く書いた作家であり、独創的な様式美に拘ったワルツ、民族色と音楽性とを両立させた大規模なポロネーズが有名だが、とりわけマズルカは曲数が夥しく、それだけ祖国ポーランドに対する郷愁の念が強かったせいかと個人的には思っている。それは、身近な心象風景を切り取っただけの粗いスケッチのような、非常に短く私的な作品が多く含まれているからだ。
ショパン存命中に出版されたマズルカの譜面はOp.63までの41曲とされ、その後に追加的にNotre Temps(ノートル・タン)と称する楽譜集に収録されているマズルカが加えられた。この曲は楽譜集の名前の通り、ノートル・タンと呼称される。それから、銀行家で友人だったEmile Gaillard(エミール・ガイヤール)に献呈されたマズルカがある。ここまでが、ヤン・エキエルのナショナル・エディションに正式収録され、43曲を数える。更にこれ以外には作品番号付きの遺作とされるOp.67~68の合計8曲が存在し、メジューエワのこのアルバムにはここまでの51曲が入っている。実は、これ以外の遺作でクリスティナ・コビラニスカによるKKIVb分類が4曲、完全なWoO(作品番号なし)も4曲あるとされるが、それらは入っていない。
CD1: Op.6~7
Op.6はワルシャワ時代の作曲でパリでの出版となった最初の譜面。超有名な#1はアンニュイで独特の翳りの再現がキー。イリーナの毅然としたノンレガートと豊かなレガートの出し入れが秀逸。#2の導入部は属和音を完全5度(空虚5度)で執拗にリフレインするという特異なベースにマジャール音階を乗せなんともエスニックと言うか中東風の情緒。イリーナは呪術的にこれらを軽くなぞっていく。
Op.7の#1はある意味とても有名な明媚で楽しい曲。こういった浮き立つようなポリリズムを喜々として叩くイリーナというのは余り想像していなかったが、リズム感も良いんだなと思ってしまう。#3は謎めいた仄暗い曲だが、これも左手の律動とアルペジオが複雑で、右手のスケールはハンガリー音階的でなんとも異国情緒漂う名曲。イリーナの色彩感、照度の表現は勿論秀逸だ。#4、#5も明るく楽しい祭りの情景と思しき曲でテンポ的にはオベレクくらいか。もちろんイリーナは破綻なく微細な運指を捌いていく。
CD1: Op.17以降
Op.17以降はフランスへ移ってから書いた作品となる。Op.17の冒頭#1は絢爛豪華で民族色は後退しており、様式的にはグランドワルツや英雄ポロネーズに通じる重層的かつ重厚なもの。イリーナは剛健に、かつ歪感なく弾ききっている。#2は速度的にはクヤーヴィヤクと遅めで憂愁を湛えた、どちらかというとノクターン的な作風。イリーナのピアノは限りなく優しく、起伏に富んでいる。#3は綺麗で素直な導入だが、展開部から非和声が多く含有され今までとは全く違う響きを持った作品。転調が多くてやるせないが悲しいわけではなく雨だれのプレリュード的な短編詩のような気紛れで不可思議な曲だ。#4は超有名曲で、色彩的には#2や一部のノクターンと似通っているクロマティック転調や不規則で短いパウゼ、微細な装飾音符などを鏤めた憂愁に満ちた作品。個人的には最も好きなマズルカのうちの一曲。イリーナは抑制的に歩を進め、哀愁に満ちたショパンの負の一面を抉り出している。
Op.24では前作で後退した民族色が蘇ってきた作品。短調の#1から長調の#2に連なるあたりにショパンの望郷の念が強くにじんでいる気がするのだ。#2の執拗なリディア旋法(ファの音から始まる上昇スケール)が浮遊感を印象づけている。イリーナはそういった民族色をポリリズムを際立だせることにより表現し、テンポ良く弾き進む。終曲は前3曲とは全く違った様式美を備える、とても洗練された作品でワルツ集に入れても良いくらいの可憐で麗しい曲。
Op.30はまさにグランドワルツ的な様式を備えた大規模で重層的な作品で、民族色は後退。逆にOp.33は民族色が回帰し激しいポリリズム、陰陽の頻繁な出し入れがとても異国的・情緒的な作品。イリーナの表現幅はまさに盤石。
CD2: Op.41以降~遺作
作品番号が大きく飛んだOp.41はジョルジュ・サンドと共に過ごしたマジョルカ島で書き始められたとされ、ちょうどそのころから肺を病んで絶望的な心理状態に追い詰められていたため暗い影が曲想の随所に現れ、憂愁の作風が更に色濃くなった頃に符合する。やはりこの時期に書き始められたのが24のプレリュードで、気風的には似たようなところを感じてしまう。特に#2に激しいそれらの形質が残されており、イリーナはショパンたちの心の慟哭を周到に深耕している。
Op.50はちょうどファンタジーOp.49と同時進行で書かれた3つのマズルカで、#3に兄弟のように似ている、例の「雪の降る街を」的な憂いのある箇所が断片的に現れる。これらは他のマズルカとは違って三部形式によらず、リストやフランクが好んだ循環形式に類似した変則的な構成をとる。
Op.59の#1は著名曲。全体は憂愁に満ちた土着臭のする旋律と転調を繰り返す不安定な和声に導かれるが、種々の旋法を用いて心の飛翔が織り込まれているところがさすがショパンといえる名作。背伸びした弾き方によらず軽くトレースする中でもイリーナの歌心は薄まっていない。#3は個人的には最も好きなマズルカのうちの一つ。後期マズルカとしては珍しく民族色が濃く出ていて、この頃はやはり望郷の念が強まったんだろうと想像する。イリーナの弾き方は決然としていて割とソリッドな印象。
前述のとおり、ショパンが存命中に譜面が出版されたマズルカ集としてはOp.63が最後となる。ワルツ集やノクターン集に通じる完成度と哀愁に満ちた旋律と仄暗い和声が何とも言えない。Op.67、Op.68は作品番号のある遺作とされ、各4曲で構成。作曲時期はまちまちで少年期の習作と思しきものから後年のスケッチ的なものまで雑多に並んでいる。説明は割愛。エミール・ガイヤール、ノートル・タンも割愛。
イリーナのこのマズルカ集は出来が良く、麗しい香りが漂っている。ショパンがこれらのマズルカに込めた望郷の念や絶望、希望、そして譜面を通じて何かを言いたかったとするならば、それはどんな風情でどんな事柄だったのか、を、イリーナはじょうずに引き出している気がするのだ。もちろん、それがどんな事柄だったのかは聴いてみても答えは見つからないが、きっと彼女はある確信をもって弾いているのであろうことが想像できるのだ。
録音評
若林工房 WAKA-4198~99(2枚組)通常CD、録音は2016年3月、4月、7月、ベニューは定番の新川文化ホール(富山県魚津市)。音質は従前と変わることなく、漆黒の空間にイリーナが発する多彩なピアノ弦の音が安定して放散されるというお馴染の優秀録音。このところ、このホールのスタインウェイは円熟してきているようで刺激的でピーキーな音は一切せず、重心の低い落ち着いた音を聴かせてくれている。実は連休に富山に帰省した折に魚津に行き、新川文化ホールの外観を初めて見た。ここは県立の音楽堂であり、予想したよりも立派で本格的な施設だった。因みに音響設計はNHKアイテック。機会があったら生で演奏を聴いてみたいものだ。
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