Bent Sørensen: Snowbells@Paul Hillier/Danish National Vocal Ensemble |

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Bent Sørensen:
1. Sneeklokken (The snowbell)
text by Steen Steensen Blicher(2009/2014) *1
Sneklokker (Snowbells)
- 8 movements for 5 voices and church bells.
text by Steen Steensen Blicher(2009-2010) *1
2. Ⅰ. Viborg (Cathedral)
3. Ⅱ. Thorning
4. Ⅲ. Vrads
5. Ⅳ. Nørre Snede
6. Ⅴ. Øster Nykirke
7. Ⅵ. Jels
8. Ⅶ. Åbenrå
9. Ⅷ. Kliplev
10. Gråfødt (Greyborn)
text by Juliane Preisler(2009) *2
11. Livet og døden (Life and death)
text by Peter Asmussen(2009) *3
Three Motets
- from Bible, Old Testament(1985) *4
12. No.1. Sicut umbra cum declinat
13. No.2. Induti sunt arietes ovium
14. No.3. Dies mei sicut umbra declinaverunt
15. Lacrimosa
text by Pia Juul(1985) *5
16. og solen går ned (and the sun sets) (2008)
17. Benedictus(2006)
18. Havet står så blankt og stille (The sea stands so still and shining)
text by Hans Christian Andersen(2005) *6
Adam Riis (Tenor, Trk#1)
Danish National Vocal Ensemble, Paul Hillier
ベント・セーアンセン:合唱作品集
1.独唱のための「スノーベル」
2-9.「スノーベル」5声と教会の鐘のための8つの楽章
10.Grafodt‐灰色の誕生
11.Livet og doden‐生と死
12-14. 3つのモテット
15.涙の日
16.そして日が落ちるとき
17.祝福あれ
18.海は輝き、そして静けさを保つ
ポール・ヒリヤー指揮 デンマーク国立声楽アンサンブル
*1 ステーン・ステーンセン・ブリッカー
*2 ジュリアン・プライスラー
*3 ピーター・アスムッセン
*4 旧約聖書
*5 ピア・ユール
*6 ハンス・クリスティアン・アンデルセン
スノーベルは得も言われぬ不可思議系の曲、しかも組曲風の大作
冒頭の曲=スノーベルは透き通った男声アカペラで切々と歌われるシンプルで綺麗、そして混じり物が全くない素直な民謡風歌曲だ。作詞はステーン・ステーンセン・ブリッカーとある。しんみりと空間に浸透するナチュラルなアンビエントが心に刺し込んでくる。
ついで、ほぼ同じ題名のスノーベルだが、これはモノラル収録のくすんだ教会の鐘の音から始まる。デンマーク語は理解しがたいが、英語では複数形で訳されているので厳密には同名曲ではない。ここからがセーアンセンの真骨頂の始まり。無調性音楽ではなくて確かな調性があるのだが、不協和な非和声が半分くらいを常に支配する安定度を欠いた進行を示す曲たちが並ぶ。そして数分ののちにまた別の鐘が中央の遠方より鳴り響き、次の曲へと移っていく。
個々には解説しないが、あるものは陽性で長調に寄った曲、あるものは陰性で短調に寄せた曲となっている。いずれもが不思議な空間感と、もしあるとするなら霊感とが交雑するえも言われぬ独特の空気感が支配する小曲が並ぶ。因みに主旋律はすべて意味をなさないスキャットで構成され、そこに必ず冒頭曲である単数形のスノーベルの主題が音量少なく脇からちらっと姿を見せては知らぬ間に消えていくという構造だ。
ライナーによればこの曲は2010年から始まったという一風変わったアート・インスタレーション(=屋外の広大な空間に芸術作品やパネル、オブジェなどを散在させる陳列法による一種の新しい展覧会)である「ホワイトフォレスト」に音響的なモチーフとして音楽を作って欲しいとの要請によりセーアンセンが書いたものらしい。冒頭のアカペラ独唱を含めて企図されたものかどうかは判然とはしないが。元々、デンマークの森林に霊感を得てずっと興味を持っているというセーアンセンが描く静謐な音世界は独特で、今まで聴いたこともない展開が続く。もっとも、セーアンセンの狙いはそこにあるらしく、「聴いたことのないことを思い出させる」ための音楽であるとの、ノルウェーの作曲家=アルネ・ノルドハイムの評がライナーに記してある。
Gråfødt(灰色の誕生)、Livet og døden(生と死)
Grafodtは宗教的と思われるテーマを歌い上げる曲。基本は長調で、女声のポルタメント(無段連続音階)で高い空へ打ち上げられ、まさに昇天、そして下降する、あるいは天使が気ままに空を飛び回るようなモチーフが随所に現れ、そのたびにソプラノが歓びを表現する可愛らしい曲。Livet og dodenは物静かな曲で恐らくは宗教的な意味合いは籠めていない。抑揚が効いた混成合唱から始まり、生きることの素晴らしさが控えめに訥々と語られる。曲の終わりの20秒はもの哀しい短調に暗転し、音量が一段下がり静かに曲が終わる。
Three Motets(3つのモテット)、Lacrimosa(涙の日)
3曲いずれも旧約聖書から詩が採られている。第1曲は浮遊感のある非和声、半分程度が無調性の曲で短調とも長調ともつかない。第2曲はアップテンポで上昇音階と下降音階が頻繁に交錯する曲で、結構激しいシャウトを伴う短い作品。第3曲は第1曲と同様に半分ほどが非和声だが有調性で、更にスローテンポで歌い込まれるアリア風の曲。対旋律と伴奏部の浮遊感が強く、なんとも言えない雰囲気だ。
ラクリモーサは宗教曲として書かれた作品だろう。長調と短調が交代で現れて旋律は安定性に欠けるが、長く持続する通奏低音がなぜか安定性をもたらしており、両者が拮抗するという不可思議な曲。展開部からは非和声なのに綺麗な転調を繰り返しドラマティックな描き込みとなる。後半は短調主体となり哀しみがじんわりとやってくる。しかし秩序があって決して慟哭するような絶望感は感じられない。
og solen går ned(そして日が落ちるとき)、Benedictus(祝福あれ)、Havet står så blankt og stille(海は輝き、そして静けさを保つ)
og solen gar nedは写実的な風景描写作品として書かれたものだろう。その名が示す通り日が落ちるときに赤く染まる自然の景色が見せる色々な様子をアカペラで描いていく。しかし、なんとも物悲しく陰性の曲想でどちらかというと短調が支配するスローなソプラノ合唱が活躍する、いわば暗いカンタータといった風情。描きたかったのは風景ではなくて人生の落日ではなかろうかという、深々としたバリトン/テノールの内声部が最終局面で登場し、劇的に曲は閉じる。
Benedictusは一般的な同名曲とは異なり短調が基調となる、重たい男声合唱が哀しさを支配する入り方。展開部では一転して女声合唱が前半から受け継いだ同類の哀愁を、綺麗で浮遊感の強い非和声で成るオスティナートで紡いでいく。これはある意味インターバルの長いミニマルと言って良いデモーニッシュな繰り返しだ。最終部で別の展開あるいはコーダ部が来るかと思いきや、いきなりそのままぷっつりと終わってしまう。
最終トラックは非常に美しい通常旋律、通常和音の和声曲となる。類似作品はそうそう思い浮かばないが、スコットランド民謡の「広い河の岸辺」に似ているだろうか。この曲は冒頭トラックの独唱のスノーベルと同様の純度の高い旋律展開で、但しここでは混成四部合唱で高らかに歌い上げられる。恐らくは寒冷な地方に特有の厳しい自然と調和せんとする人々の真摯な営みが描かれているのであろう。
セーアンセンの描き出す世界は独特だ。同類の音楽を過去に書いた人を数人あげることはできるが、ここまでの冷涼感と浮遊感、そして抽象性と写実性を兼ね備えた語法で語りかけてくる作家はあまりいないと思う。彼が表現したいものとは何なのか数ヵ月間このアルバムを断続的に聴きながら考えていた。我々が生きいている日常の刹那から得られる知覚や感覚は、ともすればいとも簡単に、そして瞬時に消失するかもしれないけれども、やがて永続的な思いや経験、知恵へとつながり、そしてこのような些細な瞬間でも積み重なれば互いに生きている者どうしが影響をし合う世俗や文化へと昇華していく・・。そのようなことを漠然と感じながら今もこのアルバムを聴いている。
録音評
Dacapoレーベル 6220629、SACDハイブリッド。録音は少し古く、2013年10月30-31日、11月1-2日、Garnisons Kirke, Denmark and St. Paul's Church, Copenhagen, Denmarkとある。音質は超が付く超高音質録音であり、合唱収録においては現在世界最高峰と言い切ってよい。恐らく合唱録音で名を馳せるHM USAなどを軽く凌駕して余りあるものがある。なんとも冷涼な世界、特にセーアンセンが描く雪に埋まった白い森が目の前に現れ、そして冷たく透明な空気がこちらに向かって吹いてくるのだ。スピーカーから聴こえるのは音ではなく、森の声であり風なのだ。

♪ よい音楽を聴きましょう ♫