Michel Van der Aa: Vn-Con & Hysteresis@Janine Jansen, Vladimir Jurowski/RCO |

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Michel Van der Aa: Violin Concerto & Hysteresis
Violin Concerto for solo violin and orchestra
1. Ⅰ
2. Ⅱ
3. Ⅲ
Janine Jansen (Vn)
Royal Concertgebouw Orchestra, Vladimir Jurowski
Hysteresis for solo clarinet, ensemble and soundtrack:
4. Ⅰ
5. Ⅱ
Kari Kriikku (Cl)
Amsterdam Sinfonietta, Candida Thompson
ミシェル・ファン・デル・アー(1970-):
(1)ヴァイオリン協奏曲(2014) 世界初演
ジャニーヌ・ヤンセン(ヴァイオリン)
ウラディーミル・ユロフスキ(指揮) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(2)「ヒステリシス」~クラリネット、アンサンブルとサウンドトラックのための(2013)
カンディダ・トンプソン(指揮、芸術監督)
カリ・クリーク(クラリネット)、アムステルダム・シンフォニエッタ
新進気鋭の作家=ファン・デル・アーがジャニーヌのために書き下ろした超絶的な作品
オランダの現代作家、ミシェル・ファン・デル・アーの新しいVnコンはジャニーヌ・ヤンセンのために書き下ろされ、初演は2014年11月6日、アムステルダムにおいてウラディーミル・ユロフスキ指揮 RCO(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)により執り行われた。なおこのDISQUIETレーベルとは、ファン・デル・アーの自主レーベル。Vnコンのオリジナル録音はHorizon 6(RCO Live RCO 15001、SACDハイブリッド)であり、ここからライセンス供与されている。
以下、ライナーの縮約を交えながら少しだけ解説。無論、真実を知るには実際に聴いてもらうしかないと思うが。ファン・デル・アーはジャニーヌ・ヤンセンおよびRCOとのパートナーシップを「ドリームチーム」と表しているそうだ。それは、今や長年親密な関係を持つオーケストラ、そして求心力のあるステージ・プレゼンスを備えたソリストを結び付け、互いに本音を語り合って演奏を作り上げていくような関係性を意味しており、ファン・デル・アーの直接的かつ物理的表現力の強い音楽にとっては理想的で適している環境だったといえよう。
ファン・デル・アーは2011年以来、RCOの半ば専属作曲家との立ち位置であり、彼は作曲期間を通して細部をチェックしながら奏者たちと尋常ならざる緊密さをもって創作活動を続けてきたし、また自分が選択した作品を自由に書くこともできた。この場合において、それはジャニーヌ・ヤンセンのパーソナリティがインスピレーションを通じて表出されるということを十分に意識、あるいは利用した作曲活動をしてきたとも言える。即ち、作家は「ジャニーヌがフルートを演奏するなら、私はフルート協奏曲を書いただろう」と述べていることからも良くわかる。
このVnコンは古典的な協奏曲に立脚はしているが、彼は劇場的な魅力を殊更に引き出すことに抗うことはできなかった、という。 「私はオペラ・ディレクターとして、作品の体現者たりえる人を持つ劇場的な可能性が大好きだ」と述べている。劇場、即ちこの協奏曲はヤンセンのプレゼンスとパーソナリティから始まってステージ全体に広がって行き、そして主席のVnとVcがセンカンダリのソリストとしてステージに引き出され、ヤンセンとはしばしば独自のトリオを形成する、といった展開を見せる演奏となっている。
以上、なかなかに難解なライナー解説だが、なんとはなしにこの曲の成り立ちが分かるようなふわっとした説明文だ。この協奏曲は伝統的な三楽章形式だが、古典派から後期ロマン派まで、それと現代音楽の世界での曲風とはまるで異なっている。どんな感じなのかを説明するのは難しいが、まず、限りなく無調性に近い有調性音楽、明確な有拍子音楽だということを申し添えておく。
一楽章は割と抽象的で難解、デモーニッシュな内容で、互いに連関するような旋律や和声は内部には見当たらない。しかし、かといってトーンクラスタのように離散的で破滅的なセッションの繰り返しかというとそうでもない。二楽章は一般の交響曲や協奏曲、ソナタ形式の音楽における緩徐楽章に当たり、より直接的かつメロディアス、そして有調性と思われるパートが唯一出現する楽章となる。三楽章は猛烈なスピードで駆け抜ける非常に高速なパートで可能性の限界に挑むような目くるめく展開だ。そしてなかなかに悩ましいが、通常考えうる旋律と和声は現れず、リズムの多寡と音量の増減でのみ曲の盛り上がりを知る。ライナーによれば、ファン・デル・アーの他の最近の作品 - オペラ「サンケン・ガーデン」とクラリネット協奏曲「ヒステリシス」(=後半に入る)のように、これにはポピュラースタイル(ジャズやブルーグラス)の暗示も含まれているようだ。音楽的には聴く側に極度の緊張と読解力を求める作品であるが、ひたすらにジャニーヌのテクニックに耳が奪われる。要は、作品に対峙する方式が適しているのか否かは分からないが、とにかくテクニックが巧い。
風変わりな曲名=ヒステリシスは物理現象に立脚、しかし意味深長で難解
ヒステリシスとは、電磁気学あるいは材料工学の世界で用いられる用語。ある系が現在の環境とその過去の状態の両方に依存する現象を指す。つまり、無生物は過去の状態の一種の「記憶」を持っていて、現在にその状態を持ち越してくるという考え方だ。例えばある金属が磁場に置かれて磁化され、その磁場が除去された後においてもある程度の帯磁が残る状況等を言う。
このヒステリシスという作品は、いわゆるクラリネット協奏曲という形態を取る作品。ファン・デル・アーは、上記のようなヒステリシスの概念をより「投機的」な領域にまで拡張した。即ち、音楽素材であるシーケンス(ある旋律パートの繰り返し)、リズム、コード(和音)は、ある磁場を受けるとどんな展開の音楽になるのか、またその磁場が取り去られた後でも同じように振る舞うのだろうか、という根源的なテーマに取り組んだ作品ということだ。無論、過去においてはこのようなテーマで取り組まれた作品はあったんだろうと思うが、明確にそれを打ち出して書かれた作品は私としては初めて聴いた。
途中には電子的に処理された器楽音、具体的にはアナログ録音した打楽器の音をテープ逆回しした様な音など、また電子的なオシレータで極低音の正弦波を加えたパッセージとかが現出する。現代音楽とはいえるがなかなかに変化に富んで変わった作品である。不自然な非和声の世界が延々と続く。だが綺麗な和声、純粋な協和音がないからと言ってグロテスクと断じることはできない明媚かつ難解な作品だった。癖になる要素は十分にあると感じる。
録音評
Disquiet Media、DQM05、通常CD。録音だが、Vnコンはは2014年11月6 & 7日/コンセルトへボウ(アムステルダム:ライブ)、ヒステリシスは2015年9月20日/スタッヘホールザール(ライデン:セッション録音)とある。なおVnコンの方の原典はRCOライブで出ており、そちらはSACDハイブリッド。この盤は普通のCD-DAだが、実はSACDハイブリッドをほぼ必要としない素晴らしい音質と感じており、敢えてRCOライブを買い直す必要はない(だろう)。現代録音は方式によらず良い演奏を良い狙いで録ったものはとりもなおさず音質が素晴らしいのであった。

♪ よい音楽を聴きましょう ♫