Schumann & Mendelssohn: P-Cons@Ingrid Fliter, Antonio Mendez/Scottish Chamber O. |

http://tower.jp/item/4206874/
Schumann & Mendelssohn: Piano Concertos
Schumann:
Piano Concerto in A minor Op.54
1. Allegro affettuoso
2. Intermezzo
3. Allegro vivace
Mendelssohn:
4. The Fair Melusina: Overture Op.32 (1835 version)
Piano Concerto No.1 in G minor, Op.25
5. Molto allegro con fuoco
6. Andante
7. Presto - Molto allegro e vivace
Ingrid Fliter (Pf)
Scottish Chamber Orchestra, Antonio Mendez(Cond)
シューマン&メンデルスゾーン: ピアノ協奏曲集
シューマン:
ピアノ協奏曲イ短調 Op.54
メンデルスゾーン:
序曲 美しいメルジーネの物語 Op.32(1835年版)
ピアノ協奏曲第1番ト短調 Op.25
イングリット・フリッター(ピアノ)、
アントニオ・メンデス、スコットランド室内管弦楽団
フリッターの新譜は、まずはシューマンの傑作から
欧州で好評を博したというショパンのPコンを聴いていないので実質的には彼女のコンチェルトを聴くのはこれが初めて。ということもあり、期待というよりかは強い興味をもってこの盤に針を降ろした。ライナーに一通り目を通すと、彼女のポリシーとしては心の波動の合う作品たちを取扱っていきたいとの意思が見えるので、おそらくこのシューマンとメンデルスゾーンのコンチェルトに関しては彼女の得意とするレパートリーなんだと思う。
シューマンの冒頭、このリリカルでロマンティックな導入部はどうであろうか。まったくもって表現する言葉や比喩を失ってしまい、ひたすら呆然とこの美しいパッセージに聴き入ってしまう。この15小節あまりの主題提示部でもう既にやられてしまっていて、後はどう聴いたって彼女の演奏設計に没入するしか選択肢はない。
彼女のショパン前奏曲集はMusicArenaの2014年度アワード・ウィニング・アルバムだったのだが、その演奏とこのシューマンとでは曲の形態や規模が違うとはいえ、同一性を徹底して保ったフリッターなりのシンタックスが根底にある。そしてそれは今回のこの演奏においてもポジティブな方向に向かうことに大いに寄与している。良く見られる傾向としては、シューマンの見た目の感傷主義をデフォルメし、べたついたリリシズムを過度に表現するため深いペダリングを使うが、ここではその傾向は皆無で、また必要以上のアゴーギクも使っていない。そして、語句の一つ一つを明瞭かつ清潔に発声する彼女の姿勢は前作までと同様だ。
緩徐楽章におけるある種の色彩感は彼女のコンチェルトにかける意気込みの一つかもしれないが、空虚な無音またはサスティンにおいてさえ彼女独特の語法で満たされており、はっとさせられる艶めかしい瞬間が幾度となく訪れる。フィナーレの怒涛のようなアチェレランドにおいても破綻をきたすようなことは決してなく、歌心を決して忘れぬ丁寧なアーティキュレーションとテンペラメントが持続する。
刮目のメンデルスゾーンはバイタルな演奏設計
真ん中に入るフィルアップ=序曲は割愛。個人的にはバルソルディのPコンはそれほど熱く聴きたいと思う作品ではなかった。しかし、フリッターのこのダイナミックでエナジー感に満ちたマルカート基調の毅然とした解釈はそう言った先入観を一掃するだけの魅惑的でハイスピードな演奏だった。今まで単純で飽きると思っていたパッセージ、単調で変化に乏しいリフレインが実は解釈次第では生き生きと、しかも勢いをもって描き切ることができるのだとこの盤を聴いて思った。
それと平板に弾いているとわからないのだがインテンポより速めの歩調を取ることで浮かび上がってくる内声部があって、それはこの演奏においてはフリッターの独奏もさることながらバックを務めるアントニオ・メンデス/スコットランド室内管の貢献度も大きいと思う。メンデスあるいは楽団のどちらの特徴かは分からないが流麗なレガートを貫く弦楽隊に、独奏楽器、特にナチュラルホルンとかトランペットといった金管隊が主張をもって雄弁に、しかもノンレガートで弾むように語り、重ねてくるのだ。これはフリッターとオケとのシナジー効果と言って良い。
いやはや、これはまた凄いPコンを聴いてしまった。こういった隈取が確かで、しかも抒情的なピアノコンチェルトを一度でも聴いてしまうと脳内にインプリントされてしまい、常時メロディが流れ続けるのである。なおフリッターのピアノは成熟度を着実に上げていて、今後の更なる成長に期待を寄せる。
録音評
LINN CKD555、SACDハイブリッド。音質はLINNの典型でニュートラル傾向だが音場成分は左右と前後に深く展開するタイプ。ピアノの定位は中央から若干右側にある。オケの各器楽パートは奏者の息遣いや弓の構え方に至るまで克明に捉えられているが、それらのノイズ、歪を殊更に強調するような音作りではない。これは実に大人の調音であり、それでいてアンビエント成分も豊かに含まれている。なお、音質はCDレイヤとSACDレイヤとで大きな乖離はない。但し特有の空気感や空間感はCDレイヤーでは後退してしまっている。即ち、環境が許す限りこの盤はSACDレイヤーで聴くべきだ。
▶ 追記 2016/11/18
前回リリースのショパン・プレリュード全集においても感じたことだが、この盤でフリッターの弾くピアノはスタインウェイではなく、ベーゼンドルファーでもない。可能性として濃厚なのは、やはりショパン・コンクールの時に彼女が使用したカワイではないだろうか。中低域が適度に分厚く、高域にはスタインウェイに準じたブリリアンスがあるけれども、過度に硬質かつ刺激的に響かず、まろび出るような優しい音色の楽器なのだ。

♪ よい音楽を聴きましょう ♫