Rachmaninov: Complete P-Cons@Lise de la Salle, Fabio Luisi/Ph.Zurich |
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Rachmaninov: Piano Concertos 1-4 & Rhapsody on a Theme of Paganini - Live Recording
Rachmaninov:
Piano Concertos Nos.1-4 (complete)
Rhapsody on a Theme of Paganini, Op.43
Lise de la Salle (Pf)
Philharmonia Zurich, Fabio Luisi
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番~第4番、パガニーニの主題による狂詩曲
CD1
ピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調Op.1
ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
CD2
ピアノ協奏曲第3番ニ短調Op.30
CD3
ピアノ協奏曲第4番ト短調Op.40
パガニーニの主題による狂詩曲Op.43
リーズ・ドゥ・ラ・サール(ピアノ)
フィルハーモニア・チューリッヒ ファビオ・ルイージ(指揮)
リーズはもう大人になった。プライベートでは結婚して幸せになったし、仕事上で国際的なプレゼンスを着実に得てきていて、おそらくアフリカ以外のすべての大陸の主要都市でリサイタル/コンサートを挙行し成功してきた。つまり、贔屓目にせよ、現在この年代のピアニストとしてはかなり成功している部類の一人なのだ。
個人的には、彼女は私の長女と同い年ということもありずっと暖かい目で見守ってきたので、俄然、絶賛モードに入ってしまいがちだ。そうはいってもMusicArenaは公正不偏な演奏評と録音評を書くのがミッションと自認しているので、敢えて厳しめにインプレッションを書くのだが。なお、彼女の今までの楽壇における輝かしい軌跡はMusicArenaの過去日記を辿って頂ければ全て読めるはずなので割愛する。
リーズは2013~2015年まで、チューリッヒ歌劇場からArtist in Residence※として招聘され、ラフマニノフが書いた独奏ピアノとオーケストラのための全曲を音楽総監督ファビオ・ルイージ率いるフィルハーモニア・チューリッヒと共に連続演奏して来ている。そのうちの5回のコンサートの模様を収めたのがこの3枚組ボックスとなる。なぜルイージがリーズにラフの企画を頼んだのかは定かではないが、彼女は僅か4歳の時にパリのセルゲイ・ラフマニノフ音楽院に入学していることからラフの音楽の基礎は幼少期から確立されていた可能性は高い。また、彼女の14歳の時のnaïveデビュー盤はラフとラヴェルで、特にラフについては絵画的練習曲「音の絵」という超難曲であった。そういった事柄を考慮してのことかもしれない。
※Artist in Residenceとは、各種の芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながらの作品制作を行わせる事業のことである。(Wikipediaから)
(とりわけ音楽、そして今回のように、ある定まった作家の特定テーマに関して長期に招聘を受けることは名誉なことであろう。その代わり、この活動に参加することによって奏者自身の時間を束縛することから、その他の演奏活動は自ずと制限を受けるので、招聘を承諾するしないに関しては悩んだのではなかろうか。)
ラフPコン全曲ということで分量も多いので、全てについてとても一々論評は出来ないが、ひと言で言うと素晴らしい出来栄えの全集に仕上がっているということ。それぞれのラフPコンのリファレンス、また全集として揃えておく価値は大いにある。
まず、冒頭1番1楽章の重厚にして翳りのある導入部からして、これはただものではないことが分かる。今までリーズのPコンは必ずしも大曲ばかりを取り扱っては来てはいないので、このボックスでいきなりラフのコンプとは恐れ入ったのだが、やはりこれらをやるにはそれなりの自信と裏付けがあったればこそなんだと思う。因みに、Artist in Residenceの招聘期間中、Facebookには思うように行かない悩みも少なからずや吐露していたふうに記憶する。
だいぶ舞台慣れして経験も豊富だった彼女にしてみてもこのプロジェクトは相応に困難なチャレンジだったのではないかと想像する。演奏による差異はともかく、個人的には有名な2番よりかはタイトで引き締まった1番が好みだ。冒頭からこの楽章を聴いていたが、やはり白眉はカデンツァの堂々たる情感表出であって、これは聴き惚れる。全体を通じたリーズのこの1番の解釈は的を射たものであって、多少くぐもった、色彩感で言えば寒色系、そして軽重で言えば多少軽めのこの演奏は頷けるものである。フィナーレのソリッドな独奏ピアノとオケの溶け込みは素晴らしく、どちらが全体のオピニオンを支配しているかは分からない。
さはさりながら、2番はやはり論評せざるを得ないだろうから少しだけ触れる。極めて有名で絢爛豪華なこの作品の根底にあるのは、アンニュイで甘美なロマンチシズム、それに対してどことなく払拭できずに横たわる悲壮感、そして豪壮で非の打ちどころのないピアニズムの完全性だと思っている。とりもなおさずPコンの中でも最高傑作の一つだ。
1楽章はインテンポよりも少し遅め、丹念に描き出される悲壮感と時折、暗雲の間から差す日の光の対比をじょうずに見せている。オケは控えめにして独奏ピアノをハイライトさせる演奏設計となっている。2楽章の耽美でビロードのような旋律展開は昨今の演奏の中でも極上の出来栄えでリーズの情感と丁寧なオケの息がぴったり合っている。最終楽章は独奏とオケの丁々発止のセッションとなっていてアチェレランド/リタルダンドの出し入れが見事、リーズの屈強な打鍵が炸裂していて、オケの最大音量にも決してマスクされない剛健で先鋭な見せ場を作っていく。
3番は、個人的にはラフのPコンの中で最も複雑で完全な構造を持った作品だと思っている。残念ながら世の中では2番に比べて余りに無名なのだが。特に3楽章フィナーレは特異な変形と拡張が施された特殊なソナタ形式。第1主題の毅然としたピアノ主旋律は名曲中の名曲だと個人的には思っている。この民族色に満ち溢れた決然と豪壮な旋律展開と絢爛なオーケストレーションがとても好きなのだ。第2主題を経て第1主題の再現を見た後、カデンツァに入るが、ここでのリーズは期待を裏切らない、いや期待以上のヴィヴィッドで重厚なピアニズムを聴かせてくれている。トゥッティに向けてひた走る加速度感がたまらない。勿論オケもリーズのテンペラメントに負けずに呼応しており、なかなか聴きごたえする演奏だ。
パガニーニの主題による狂詩曲は、実はこのボックスの裏の目玉だ。出来栄えは非常に良く、リーズは正統ロマン派の本流ピアニストとしての実力を全開で出し切っている。短めの変奏が延々と繋がる構造の展開であるが、リーズの集中力と筋が通ったフィロソフィーが途切れることはない。そういった連綿と紡がれていく物語性が秀逸。
パガニーニを経由して引き継がれてきたディエス・イレの旋律が支配する前半の演奏はかなり技巧的でありヴィルトゥオージックでありながら、不自然でエキセントリックな感じは全然せず、聴かされるものが大いにある。アンダンテ・カンタービレを挟みフィナーレへの道もまた技巧的なのだが嫌味なところがなく好感できる。
(録音評)
philharmonia●rec PHR0104、通常CDの3枚組ボックス。なお、この見慣れないphilharmonia●recとは、フィルハーモニア・チューリッヒの自主制作レーベルであり、取扱いはドイツの映像系、Accentus Music、国内はキング・インターナショナルとなる。録音は2013年~2015年、チューリッヒ歌劇場でのライヴ収録とあるが、拍手や聴衆ノイズ等は一切入っていない。全体の音質やプレゼンスは統一されており、ナチュラルでオフマイク気味の透明な音場空間が印象的だ。周波数レンジも非常に広く、超高域アンビエント成分のレスポンスのみならず、超低域のコンバスの弦やティンパニの皮の衝撃波をも忠実に捉えており、これらが空間に伝播するところも忠実に再現されている。惜しむらくは独奏ピアノまでもがオフマイクであり、細部、特にピアニッシモにおける分解能が今一歩といったところ。ライブ収録であることを考慮するとディテールを捉えるため十分なマイクを立てられなかったのかもしれないが、ここだけがちょっと残念で、あとは秀逸だ。
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