2016年 05月 03日
Schubert: P-Sonata #21 D.960 Etc@Shani Diluka |
昨冬のMIRAREのリリースで、シャニ・ディリュカが弾くシューベルトの作品集。

http://tower.jp/item/3986420
Schubert: Piano Sonata No.21 D.960
~ Des fragments aux étoiles
Schubert:
1. Valse sentimentale n°13 Op.50 D.779
2. Deutsche Tänze n°5 Op.33 D.783
3. Valse n°2 Op.18 D.145
4. Valse n°8 Op.18 D.145
5. Deutsche Tänze n°14 et n°15 Op.33 D.783
6. Deutsche Tänze n°5 Op. posthume 171 D.790
7. Valse noble n°10 Op.77 D.969
8. Originaltänze, (Erste Walzer) n°1 Op.9 D.365
9. Deutsche Tänze n° 3 et n°4 D.366
10.Deutsche Tänze n°11 Op. posthume 171 D.790
11.Deutsche Tänze n°3 Op. posthume 171 D.790
12.Trauerwalzer Op.9 n°2 D.365
13.Valse n°10 Op.33 D.783
14.Mélodie hongroise Op. posthume 120 D.817
15-18. Sonate en si bémol majeur D.960
Shani Diluka (Pf)
シューベルト:ピアノ作品集~星のかけら
感傷的なワルツD.779~第13番
16のドイツ舞曲D.783~第5番、第14番、第15番、第10番
12のワルツD.145~第2番、第8番
12のドイツ舞曲D.790~第5番、第11番、第3番
高貴なワルツD.969~第10番
オリジナル舞曲集D.365~第1番
ハンガリー風のメロディD.817
ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960
シャニ・ディリュカ(ピアノ)
まず、最初のインプレッションは限りなく滑らかで美しいということ。シューベルトの舞曲を10曲あまり、そしてD.960ソナタという重厚な取り合わせだが、シューベルトの作品はこういった極めて美しい音楽ではないはずだ。それにより賛否が分かれる演奏ではなかろうか。個人的には「賛」であるが、前例踏襲主義的にはこのシューベルトは、まずあり得ない。それは、まず、美しいか否か以前に、テンポが遅めであり、特に前半の舞曲=ワルツについては遅すぎるのだ。
これは一般的には良く言われていることらしいが、ジェームズ・ギボンズ ハネカー(James Gibbons Hunneker)というアメリカの音楽学者・評論家が書いた「ショパン・人と音楽」(1900年)という著作の中で記してあるのが、ショパンのワルツ他の三拍子系舞曲は、魂、精神のための踊曲、つまり足=現実の踊りを想定したものではない、ということ。対するシューベルトの舞曲は、足を想定=実践的(プラクティカル)に踊られた実績のある曲ばかりであるという話がある。それはライナーにも記述があり、要約するとこうだ。これらの曲の多くは、シューベルトの友人たちの集う会合(シューベルティアーデ)でもてはやされ、踊られた作品であり、ちょうどシューベルトが舞曲を書いていた時期が貴族的な舞踏から民衆・中産階級の人々のもとへと移ろいだ時代であり、そうした背景からシューベルトは多くのプラクティカルな作品を書いた、とのこと。なお、これらには時代考証的なエビデンス(証左)があるとのことだ。
こういったことを踏まえると、このシャニの解釈・演奏はテンポが遅すぎて、尚且つルバートが過度であってとても踊りに使えるような演奏とは言えないものだ。特にワルツD.145から#8番、ドイツ舞曲D.783から#14と#15はソステヌートが強烈で抑揚が効き過ぎだ。これは、ショパンのマズルカの曲想そのものである。こういったシューベルトのワルツは今までほとんど聴いた経験がなく、とにかくアーティスティックに過ぎる。
誤解を恐れず言えば、シューベルトという作家は殊更に芸術的・音楽的に秀でた素養があったわけではなく、素朴なシンタックスと多弁ではないワーディングを基に、これらを適切に組み合わせる妙味に長けた人物であった。従って、各作品には変に修飾されないパワーが漲っていて、ある意味洗練されない純朴さが持ち味なのだ。つまり端的に言えばシンプル&ストレートな作風と言えるだろう。それらの粗野な部分を入念に削ぎ落とし、全体の構成と音価の置き方を徹底的に検討し磨き上げたのがこのシャニのシューベルト舞曲と言えるのではないか。オリジナル主義に基づく解釈と演奏を尊ぶ向きからは邪道、と言われるに違いない、というのはそういったことを意味している。
前半最後のハンガリー風メロディD.817に関してはその前までに入っている舞曲とは性格が異なるのでシャニの従前のアーティキュレーションが生きて来る。深く彫琢されたアンニュイな旋律、執拗な低音弦のトリルとシンコペーテッド・コードがシューベルトの精神の暗部を見事に浮かび上がらせている。
なお、以上の極めて美しいメロウな解釈と奏法は、シャニのMIRARE2枚目のメンデルスゾーン・無言歌集の明快な隈取のアプローチとは正反対であるが、こうした多面性もまた彼女の持ち味ということなんだろう。
そしてメインと考えられる最晩年の大曲ソナタD.960だが、このテンポも遅い。しかし、舞曲としての性格はないことからこの作品の解釈としてはシャニのこの解釈は大いにありである。特徴としては前半と同じで、極めて美しく、シューベルト作品の特徴である譜面上の混変調歪、ノイズ、音価配置上の不快なジッターを極限までに排除して見せているところがこのアルバムの裏に隠されたシャニの真のチャレンジなんだろうと気付かされる。特に第2楽章アンダンテ・ソステヌートにおける瞑想的で歪感の皆無な旋律トレースは珠玉だ。
力強く荒れ気味で、とにかくパッション強めで弾かれることの多いD.960だが、この演奏は周到かつ慎重な内面志向、だがリズムや付点を大胆に配列したりと鮮明さが失われない工夫も施されているし、テンペラメンタルなシーンもところどころある。シューベルトはウィーン楽派でも孤高の作家であり、特にD.960はその生涯で最後に書かれたソナタということもあり、演奏家によっては情感移入が様々で興味深い演奏が多い。その中にあってシャニのこの内省的で静的、極端に整ったノーブル、中規模スケールのD.960もまた特徴的な演奏に仕上がっており、彼女の一貫して不変の美学がここにあると言える。
(録音評)
MIRARE MIR240、通常CD。録音はちょっと古く、2013年9月、Die Maison de la musique Nanterre/Frankreich(フランス、ナンテール芸術文化センター)で、前リリースのRoad 66が録られた場所と同じ。とてもS/Nが高くて静かだが、アンビエンスが上品で綺麗な音のするホールだ。
彼女のこの革新的なシューベルト解釈の秘密はジャケット表紙と中表紙に描かれた彼女の絵画風のポートレート写真にある気がする。写実的なシューベルトの譜面をアーティスティックに脚色して綺麗な部分だけを昇華させ、独自の再現芸術作品として世に問う、という強い姿勢が現れているような気がするのだ。
使用ピアノはベヒシュタインD.282で、シャニの曲想とこのピアノの音色がとてもマッチしている。すなわち中高域がメロウでよくまろび出て、スタインウェイのようにピーキーに響くことが皆無、しかも、低音源の弾むような暖色系サウンドがシューベルトの重々しい伴奏部を軽量化することに成功しているのだ。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

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Schubert: Piano Sonata No.21 D.960
~ Des fragments aux étoiles
Schubert:
1. Valse sentimentale n°13 Op.50 D.779
2. Deutsche Tänze n°5 Op.33 D.783
3. Valse n°2 Op.18 D.145
4. Valse n°8 Op.18 D.145
5. Deutsche Tänze n°14 et n°15 Op.33 D.783
6. Deutsche Tänze n°5 Op. posthume 171 D.790
7. Valse noble n°10 Op.77 D.969
8. Originaltänze, (Erste Walzer) n°1 Op.9 D.365
9. Deutsche Tänze n° 3 et n°4 D.366
10.Deutsche Tänze n°11 Op. posthume 171 D.790
11.Deutsche Tänze n°3 Op. posthume 171 D.790
12.Trauerwalzer Op.9 n°2 D.365
13.Valse n°10 Op.33 D.783
14.Mélodie hongroise Op. posthume 120 D.817
15-18. Sonate en si bémol majeur D.960
Shani Diluka (Pf)
シューベルト:ピアノ作品集~星のかけら
感傷的なワルツD.779~第13番
16のドイツ舞曲D.783~第5番、第14番、第15番、第10番
12のワルツD.145~第2番、第8番
12のドイツ舞曲D.790~第5番、第11番、第3番
高貴なワルツD.969~第10番
オリジナル舞曲集D.365~第1番
ハンガリー風のメロディD.817
ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960
シャニ・ディリュカ(ピアノ)
まず、最初のインプレッションは限りなく滑らかで美しいということ。シューベルトの舞曲を10曲あまり、そしてD.960ソナタという重厚な取り合わせだが、シューベルトの作品はこういった極めて美しい音楽ではないはずだ。それにより賛否が分かれる演奏ではなかろうか。個人的には「賛」であるが、前例踏襲主義的にはこのシューベルトは、まずあり得ない。それは、まず、美しいか否か以前に、テンポが遅めであり、特に前半の舞曲=ワルツについては遅すぎるのだ。
これは一般的には良く言われていることらしいが、ジェームズ・ギボンズ ハネカー(James Gibbons Hunneker)というアメリカの音楽学者・評論家が書いた「ショパン・人と音楽」(1900年)という著作の中で記してあるのが、ショパンのワルツ他の三拍子系舞曲は、魂、精神のための踊曲、つまり足=現実の踊りを想定したものではない、ということ。対するシューベルトの舞曲は、足を想定=実践的(プラクティカル)に踊られた実績のある曲ばかりであるという話がある。それはライナーにも記述があり、要約するとこうだ。これらの曲の多くは、シューベルトの友人たちの集う会合(シューベルティアーデ)でもてはやされ、踊られた作品であり、ちょうどシューベルトが舞曲を書いていた時期が貴族的な舞踏から民衆・中産階級の人々のもとへと移ろいだ時代であり、そうした背景からシューベルトは多くのプラクティカルな作品を書いた、とのこと。なお、これらには時代考証的なエビデンス(証左)があるとのことだ。
こういったことを踏まえると、このシャニの解釈・演奏はテンポが遅すぎて、尚且つルバートが過度であってとても踊りに使えるような演奏とは言えないものだ。特にワルツD.145から#8番、ドイツ舞曲D.783から#14と#15はソステヌートが強烈で抑揚が効き過ぎだ。これは、ショパンのマズルカの曲想そのものである。こういったシューベルトのワルツは今までほとんど聴いた経験がなく、とにかくアーティスティックに過ぎる。
誤解を恐れず言えば、シューベルトという作家は殊更に芸術的・音楽的に秀でた素養があったわけではなく、素朴なシンタックスと多弁ではないワーディングを基に、これらを適切に組み合わせる妙味に長けた人物であった。従って、各作品には変に修飾されないパワーが漲っていて、ある意味洗練されない純朴さが持ち味なのだ。つまり端的に言えばシンプル&ストレートな作風と言えるだろう。それらの粗野な部分を入念に削ぎ落とし、全体の構成と音価の置き方を徹底的に検討し磨き上げたのがこのシャニのシューベルト舞曲と言えるのではないか。オリジナル主義に基づく解釈と演奏を尊ぶ向きからは邪道、と言われるに違いない、というのはそういったことを意味している。
前半最後のハンガリー風メロディD.817に関してはその前までに入っている舞曲とは性格が異なるのでシャニの従前のアーティキュレーションが生きて来る。深く彫琢されたアンニュイな旋律、執拗な低音弦のトリルとシンコペーテッド・コードがシューベルトの精神の暗部を見事に浮かび上がらせている。
なお、以上の極めて美しいメロウな解釈と奏法は、シャニのMIRARE2枚目のメンデルスゾーン・無言歌集の明快な隈取のアプローチとは正反対であるが、こうした多面性もまた彼女の持ち味ということなんだろう。
そしてメインと考えられる最晩年の大曲ソナタD.960だが、このテンポも遅い。しかし、舞曲としての性格はないことからこの作品の解釈としてはシャニのこの解釈は大いにありである。特徴としては前半と同じで、極めて美しく、シューベルト作品の特徴である譜面上の混変調歪、ノイズ、音価配置上の不快なジッターを極限までに排除して見せているところがこのアルバムの裏に隠されたシャニの真のチャレンジなんだろうと気付かされる。特に第2楽章アンダンテ・ソステヌートにおける瞑想的で歪感の皆無な旋律トレースは珠玉だ。
力強く荒れ気味で、とにかくパッション強めで弾かれることの多いD.960だが、この演奏は周到かつ慎重な内面志向、だがリズムや付点を大胆に配列したりと鮮明さが失われない工夫も施されているし、テンペラメンタルなシーンもところどころある。シューベルトはウィーン楽派でも孤高の作家であり、特にD.960はその生涯で最後に書かれたソナタということもあり、演奏家によっては情感移入が様々で興味深い演奏が多い。その中にあってシャニのこの内省的で静的、極端に整ったノーブル、中規模スケールのD.960もまた特徴的な演奏に仕上がっており、彼女の一貫して不変の美学がここにあると言える。
(録音評)
MIRARE MIR240、通常CD。録音はちょっと古く、2013年9月、Die Maison de la musique Nanterre/Frankreich(フランス、ナンテール芸術文化センター)で、前リリースのRoad 66が録られた場所と同じ。とてもS/Nが高くて静かだが、アンビエンスが上品で綺麗な音のするホールだ。
彼女のこの革新的なシューベルト解釈の秘密はジャケット表紙と中表紙に描かれた彼女の絵画風のポートレート写真にある気がする。写実的なシューベルトの譜面をアーティスティックに脚色して綺麗な部分だけを昇華させ、独自の再現芸術作品として世に問う、という強い姿勢が現れているような気がするのだ。使用ピアノはベヒシュタインD.282で、シャニの曲想とこのピアノの音色がとてもマッチしている。すなわち中高域がメロウでよくまろび出て、スタインウェイのようにピーキーに響くことが皆無、しかも、低音源の弾むような暖色系サウンドがシューベルトの重々しい伴奏部を軽量化することに成功しているのだ。
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by primex64
| 2016-05-03 12:21
| Solo - Pf
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