2016年 02月 02日
Glazunov: Concerto Ballata Op.108 Etc@Jamie Walton, Okko Kamu/Royal PO. |
シグナム・クラシックスの昨夏の新譜から、イギリスの俊英ジェイミー・ウォルトンが弾くオール・ロシアンプログラム。

http://tower.jp/item/3925237/
Jamie Walton plays Glazunov, Prokofiev & Tchaikovsky
Glazunov:
Concerto ballata in C major for cello and orchestra, Op.108
Chant du Ménestrel, Op.71
Mélodie for cello & orchestra in D major, Op.20/1
Prokofiev:
Cello Concertino in G minor, Op.132
Tchaikovsky:
Nocturne for cello & small orchestra(or Vc & Pf), Op.19-4
Variations on a Rococo Theme, Op.33
Jamie Walton (Vc)
Royal Philharmonic Orchestra, Okko Kamu
グラズノフ:
コンチェルト・バラータOp.108
吟遊詩人の歌Op.71
アラビアのメロディOp.20-1
プロコフィエフ:
チェロ小協奏曲ト短調Op.132
チャイコフスキー:
夜想曲嬰ハ短調Op.19-4
ロココ風の主題による変奏曲イ長調Op.33
ジェイミー・ウォルトン(チェロ)
オッコ・カム(指揮)、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
サポートはこのところ度々来日し読売日響や日フィルなどの客演で知名度も上昇中のオッコ・カムが振るロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。
このアルバムは、グラズノフのコンチェルト・バラータ、プロコフィエフのチェロ小協奏曲、チャイコフスキーのロココ変奏曲のオリジナル版を含む、割と小規模で渋いチェロ・コンチェルト様式作品を集めたコンピレーションでよく見られる組み合わせ。これらはロシアの大地の香りがするというか、なんだか郷愁を誘う選曲となっており、部分的には熱情的で雄弁な解釈により高揚する抒情性も表出している。
コンチェルト・バラータは単楽章形式で演奏時間20分ほどという中規模なVcコンチェルト風の曲で、内部は三部形式が複数個組み合わさった感じ。第一主題、第二主題そして第一主題再現部、そして新たな第三主題が唐突に提示され、それが第一主題と三部形式を成し、最後に第一主題が去来して三部形式を再構築して終わるというちょっと複雑な構造。A-B-A→C→A-C-A→C→A-B-A で、途中に幾つかVcのカデンツァが挟まる。曲想自体は温和で綺麗、平凡といえば平凡で、奇を衒った旋律も和声も出て来ず、とても平和裏に淡々と進む。
グラズノフの作品としては次の吟遊詩人の歌の方が有名かもしれない。切々とした哀愁・旅情に満ちた心象風景はVcに向いた歌わせ方。さすらう詩人の憂鬱な心をウォルトンは丁寧に紡ぐ。アラビアのメロディーはコンチェルト・バラータを小規模で更に抑揚を削いだような平和な曲で、Vcの優しくてふんわりとした肌触りが似合う曲。但しアラビア風もしくはアラベスクというにはテンポが緩やかで旋律や和声が異国情緒を伴っているわけでもなく変化に乏しいが、作家本人が付けた名称ゆえ仕方ない。
プロコフィエフのコンチェルティーノはグラズノフの後に聴くと刺激があって物凄く深く、あるいは明媚に感じられる。小協奏曲とは言うが三楽章形式の立派なものである。一楽章は暗くて深い襞が伴った悲壮感漂う変形ソナタ形式、ロシア的な力強さが感じられる。二楽章は緩徐楽章で一転して優しくて綺麗。プロコフィエフの他の多くの作品に言えることだが、一楽章と三楽章以降は現代音楽風でドロドロしているが、二楽章は大概が清らかで普通の音楽。この作品の場合も例外ではなく温和で穏健、調和美を見せる。三楽章はやはりグロテスクな主題がファゴットあたりで奏でられて導入されその主題がウォルトンのVcに引き継がれて展開されていく。途中、調性は複雑で難解な変化を見せる。
ロココ変奏曲はちょっと不幸で複雑な経緯を辿った作品。ロココ様式風の主題を用いた端正な単楽章・多変奏形式の協奏曲風の曲であり、管弦楽編成は小規模。序奏と主題、それに8つの変奏が付いている。但し、長らく7つで演奏されてきた。詳細はWikiにあるので以下、縮約して引用:
--
この曲は1876年12月~1877年1月にかけ、チャイコフスキーが彼が懇意にしていた名Vc奏者=ヴィルヘルム・フィッツェンハーゲン(1848-1890)に献呈するために書かれた。1877年12月1日、モスクワでフィッツェンハーゲンのチェロ独奏、ニコライ・ルービンシュタインの指揮により初演。
チャイコフスキーはこの曲をスケッチしたときフィッツェンハーゲンの意見も取り入れて書いたが、フィッツェンハーゲンは初演に際して、チャイコフスキーから許容されていたチェロ独奏部のみならず無断で第8変奏をカット、また各変奏の曲順を入れ換えて演奏した。このとき、フィッツェンハーゲンはチャイコフスキーの自筆譜に直接同じ色のインクで書き込んだという。フィッツェンハーゲンの無理やりの改変は演奏効果を高めることとなり、結果として成功した。しかしチャイコフスキーが当初考えていた意図は失われてしまった。その後チャイコフスキーもフィッツェンハーゲンに気兼ねして遠慮したためか生涯、元通りに復元させようとはしなかった。
ずっと経ってからだが、1930年にヴィクトル・クバツキーという人物によりチャイコフスキーの自筆譜を復元する試みが開始される。クバツキーは、モスクワ犯罪科学調査研究所の協力によりX線と電子光学整流器によりチャイコフスキーの筆跡を判定する作業を行い、20年以上経った1955年7月に原典版の復元に成功。翌1956年にチャイコフスキー全集として出版された。この時スコアしか出版されなかったことや演奏効果の面などから多くの演奏家が現在でもフィッツェンハーゲン版を用いているが、近年ではラファエル・ウォルフィッシュ、ジュリアン・ロイド・ウェバーやスティーヴン・イッサーリスなどこの原典版による演奏も増えつつある。日本でも藤原真理の校訂により全音楽譜出版社より発売されている。なお、この曲はチャイコフスキー国際コンクールチェロ部門の課題曲であるが、第12回(2002年)大会からは原典版の演奏による参加が規定されている。
--
ジェイミー・ウォルトンによるロココ変奏曲だが、淡々とドライに進む。特段に感情移入したり、エキセントリックな演奏効果を得ようと試みたりはしていない。但し、インサイト(内的表現)と弾き込みがいかにも深い。こういう若竹のような奇を衒わない、それでいて深い洞察を見せる演奏スタイルとしては、やはり昨今は心境著しいヨハネス・モーザーに似たところがある気がする。このところ若手~中堅の男性チェリストが数多く台頭してきているがジェイミー・ウォルトンもその一角を成す一人で、とても才能豊かで前途に希望を抱かせてくれる存在だと思う。
(録音評)
Signum Classics SIGCD407、通常CD。録音は2013年3月25日、27日。場所はCadogan Hall, London、Producer/Editor:Nick Parker、Recording Engineer:Andrew Mellor、Recording Assistant:George Piersonとある。音質はクリアで豊かなプレゼンスを持ち、音場展開は割と深めだが左右へのスプレッドも良好、残響は適度である。ジェイミー・ウォルトンのソロVcの捉え方はほぼ中央のちょっと奥寄りで少しオフマイク気味となる。レンジはフラットかつワイドで、CbやVcの低音弦が実に朗々と鳴り響く。全体的にとても大人びた調音だ。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

http://tower.jp/item/3925237/
Jamie Walton plays Glazunov, Prokofiev & Tchaikovsky
Glazunov:
Concerto ballata in C major for cello and orchestra, Op.108
Chant du Ménestrel, Op.71
Mélodie for cello & orchestra in D major, Op.20/1
Prokofiev:
Cello Concertino in G minor, Op.132
Tchaikovsky:
Nocturne for cello & small orchestra(or Vc & Pf), Op.19-4
Variations on a Rococo Theme, Op.33
Jamie Walton (Vc)
Royal Philharmonic Orchestra, Okko Kamu
グラズノフ:
コンチェルト・バラータOp.108
吟遊詩人の歌Op.71
アラビアのメロディOp.20-1
プロコフィエフ:
チェロ小協奏曲ト短調Op.132
チャイコフスキー:
夜想曲嬰ハ短調Op.19-4
ロココ風の主題による変奏曲イ長調Op.33
ジェイミー・ウォルトン(チェロ)
オッコ・カム(指揮)、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
サポートはこのところ度々来日し読売日響や日フィルなどの客演で知名度も上昇中のオッコ・カムが振るロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。
このアルバムは、グラズノフのコンチェルト・バラータ、プロコフィエフのチェロ小協奏曲、チャイコフスキーのロココ変奏曲のオリジナル版を含む、割と小規模で渋いチェロ・コンチェルト様式作品を集めたコンピレーションでよく見られる組み合わせ。これらはロシアの大地の香りがするというか、なんだか郷愁を誘う選曲となっており、部分的には熱情的で雄弁な解釈により高揚する抒情性も表出している。
コンチェルト・バラータは単楽章形式で演奏時間20分ほどという中規模なVcコンチェルト風の曲で、内部は三部形式が複数個組み合わさった感じ。第一主題、第二主題そして第一主題再現部、そして新たな第三主題が唐突に提示され、それが第一主題と三部形式を成し、最後に第一主題が去来して三部形式を再構築して終わるというちょっと複雑な構造。A-B-A→C→A-C-A→C→A-B-A で、途中に幾つかVcのカデンツァが挟まる。曲想自体は温和で綺麗、平凡といえば平凡で、奇を衒った旋律も和声も出て来ず、とても平和裏に淡々と進む。
グラズノフの作品としては次の吟遊詩人の歌の方が有名かもしれない。切々とした哀愁・旅情に満ちた心象風景はVcに向いた歌わせ方。さすらう詩人の憂鬱な心をウォルトンは丁寧に紡ぐ。アラビアのメロディーはコンチェルト・バラータを小規模で更に抑揚を削いだような平和な曲で、Vcの優しくてふんわりとした肌触りが似合う曲。但しアラビア風もしくはアラベスクというにはテンポが緩やかで旋律や和声が異国情緒を伴っているわけでもなく変化に乏しいが、作家本人が付けた名称ゆえ仕方ない。
プロコフィエフのコンチェルティーノはグラズノフの後に聴くと刺激があって物凄く深く、あるいは明媚に感じられる。小協奏曲とは言うが三楽章形式の立派なものである。一楽章は暗くて深い襞が伴った悲壮感漂う変形ソナタ形式、ロシア的な力強さが感じられる。二楽章は緩徐楽章で一転して優しくて綺麗。プロコフィエフの他の多くの作品に言えることだが、一楽章と三楽章以降は現代音楽風でドロドロしているが、二楽章は大概が清らかで普通の音楽。この作品の場合も例外ではなく温和で穏健、調和美を見せる。三楽章はやはりグロテスクな主題がファゴットあたりで奏でられて導入されその主題がウォルトンのVcに引き継がれて展開されていく。途中、調性は複雑で難解な変化を見せる。
ロココ変奏曲はちょっと不幸で複雑な経緯を辿った作品。ロココ様式風の主題を用いた端正な単楽章・多変奏形式の協奏曲風の曲であり、管弦楽編成は小規模。序奏と主題、それに8つの変奏が付いている。但し、長らく7つで演奏されてきた。詳細はWikiにあるので以下、縮約して引用:
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この曲は1876年12月~1877年1月にかけ、チャイコフスキーが彼が懇意にしていた名Vc奏者=ヴィルヘルム・フィッツェンハーゲン(1848-1890)に献呈するために書かれた。1877年12月1日、モスクワでフィッツェンハーゲンのチェロ独奏、ニコライ・ルービンシュタインの指揮により初演。
チャイコフスキーはこの曲をスケッチしたときフィッツェンハーゲンの意見も取り入れて書いたが、フィッツェンハーゲンは初演に際して、チャイコフスキーから許容されていたチェロ独奏部のみならず無断で第8変奏をカット、また各変奏の曲順を入れ換えて演奏した。このとき、フィッツェンハーゲンはチャイコフスキーの自筆譜に直接同じ色のインクで書き込んだという。フィッツェンハーゲンの無理やりの改変は演奏効果を高めることとなり、結果として成功した。しかしチャイコフスキーが当初考えていた意図は失われてしまった。その後チャイコフスキーもフィッツェンハーゲンに気兼ねして遠慮したためか生涯、元通りに復元させようとはしなかった。
ずっと経ってからだが、1930年にヴィクトル・クバツキーという人物によりチャイコフスキーの自筆譜を復元する試みが開始される。クバツキーは、モスクワ犯罪科学調査研究所の協力によりX線と電子光学整流器によりチャイコフスキーの筆跡を判定する作業を行い、20年以上経った1955年7月に原典版の復元に成功。翌1956年にチャイコフスキー全集として出版された。この時スコアしか出版されなかったことや演奏効果の面などから多くの演奏家が現在でもフィッツェンハーゲン版を用いているが、近年ではラファエル・ウォルフィッシュ、ジュリアン・ロイド・ウェバーやスティーヴン・イッサーリスなどこの原典版による演奏も増えつつある。日本でも藤原真理の校訂により全音楽譜出版社より発売されている。なお、この曲はチャイコフスキー国際コンクールチェロ部門の課題曲であるが、第12回(2002年)大会からは原典版の演奏による参加が規定されている。
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ジェイミー・ウォルトンによるロココ変奏曲だが、淡々とドライに進む。特段に感情移入したり、エキセントリックな演奏効果を得ようと試みたりはしていない。但し、インサイト(内的表現)と弾き込みがいかにも深い。こういう若竹のような奇を衒わない、それでいて深い洞察を見せる演奏スタイルとしては、やはり昨今は心境著しいヨハネス・モーザーに似たところがある気がする。このところ若手~中堅の男性チェリストが数多く台頭してきているがジェイミー・ウォルトンもその一角を成す一人で、とても才能豊かで前途に希望を抱かせてくれる存在だと思う。
(録音評)
Signum Classics SIGCD407、通常CD。録音は2013年3月25日、27日。場所はCadogan Hall, London、Producer/Editor:Nick Parker、Recording Engineer:Andrew Mellor、Recording Assistant:George Piersonとある。音質はクリアで豊かなプレゼンスを持ち、音場展開は割と深めだが左右へのスプレッドも良好、残響は適度である。ジェイミー・ウォルトンのソロVcの捉え方はほぼ中央のちょっと奥寄りで少しオフマイク気味となる。レンジはフラットかつワイドで、CbやVcの低音弦が実に朗々と鳴り響く。全体的にとても大人びた調音だ。
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by primex64
| 2016-02-02 23:16
| Concerto - Vc
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