2015年 08月 18日
Scriabin: Vers La Flamme@Vladimir Ashkenazy |
デッカの春の新譜で、アシュケナージが最近録ったスクリャービンのコンピレーション盤。なお、今年はスクリャービン没後100周年にあたるそうで、このCDもそのアニバーサリー盤ということになる。

http://tower.jp/item/3829572/
Scriabin: Vers La Flamme
Alexander Scriabin(1872 - 1915):
3 Pieces for piano, Op.2
1. No.1 Etude in C Sharp Minor, Andante
10 Mazurkas, Op.3 (1889)
2. No.6 in C Sharp Minor (Scherzando)
3. No.7 in E Minor (Con passione)
4. No.10 in E Flat Minor
12 Etudes For Piano, Op.8
5. No.5 in E Major
6. No.7 in B Flat Minor
7. No.10 in D Flat Major
8. No.11 in B Flat Minor
9. No.12 In D Sharp Minor
4 Preludes, Op.22
10. No.1 in G Sharp Minor
11. No.2 in C Sharp Minor
12. No.3 in B Major
13. No.4 in B Minor
8 Etudes, Op.42
14. No.1 in D Flat Major
15. No.2 in F Sharp Minor
16. No.3 in F Sharp Minor
17. No.4 in F Sharp Major
18. No.5 in C Sharp Minor
19. No.6 in D Flat Major
20. No.7 in F Minor
21. No.8 in E Flat Major
3 Morceaux, Op.45
22. No.1 Feuillet d'Album in E Flat Major, Andante piacevole
23. No.2 Pòeme Fantasque in C Major, Presto
24. No.3 Prélude in E Flat Major, Andante
25. Quasi Waltz, Op.47
3 Morceaux, Op.52
26. No.1. Poème
27. No.2. Enigma
28. No.3. Poème languide
2 Pièces, Op.57
29. No.1. Désir
30. No.2. Caresse dansée
31. Feuillet d'album, Op.58, Con delicatezza
2 Poèmes, Op.63
32. No.1 - Masque
33. No.2 - Etrangeté
2 Poèmes, Op.69
34. No.1 - Allegretto, Tendre, délicat
35. No.2 - Allegretto, Aigu, capricieux
2 Poèmes, Op.71
36. No.1 - Fantastique
37. No.2 - En rêvant
38. Vers la flamme, Op.72 Poème Allegro moderato
5 Preludes, Op.74
39. No.1 Douloureux, Déchirant
40. No.2 Trés lent, contemplatif
41. No.3 Allegro drammatico
42. No.4 Lent, vague, indécis
43. No.5 Fier, belliqueux
Julian Scriabin(1908 - 1919):
2 Preludes, Op.3
44. No.1
Vladimir Ashkenazy(Pf)
焔に向かって~スクリャービン:作品集
1) 3つの小品 op.2 第1曲 練習曲 嬰ハ短調
2) 10のマズルカ op.3 第6曲 嬰ハ短調
3) 10のマズルカ op.3 第7曲 ホ短調
4) 10のマズルカ op.3 第10曲 変ホ短調
5) 12の練習曲 op.8 第5曲 ホ長調
6) 12の練習曲 op.8 第7曲 変ロ短調
7) 12の練習曲 op.8 第10曲 変ニ長調
8) 12の練習曲 op.8 第11曲 変ロ短調
9) 12の練習曲 op.8 第12曲 嬰ニ短調「悲愴」
10) 4つの前奏曲 op.22 第1曲 嬰ト短調
11) 4つの前奏曲 op.22 第2曲 嬰ハ短調
12) 4つの前奏曲 op.22 第3曲 ロ長調
13) 4つの前奏曲 op.22 第4曲 ロ短調
14) 8つの練習曲 op.42 第1曲 変ニ長調
15) 8つの練習曲 op.42 第2曲 嬰ヘ短調
16) 8つの練習曲 op.42 第3曲 嬰ヘ長調
17) 8つの練習曲 op.42 第4曲 嬰ヘ長調
18) 8つの練習曲 op.42 第5曲 嬰ハ短調
19) 8つの練習曲 op.42 第6曲 変ニ長調
20) 8つの練習曲 op.42 第7曲 ヘ短調
21) 8つの練習曲 op.42 第8曲 変ホ長調
22) 3つの小品 op.45 第1曲「アルバムの綴り」
23) 3つの小品 op.45 第2曲「おどけた詩曲」
24) 3つの小品 op.45 第3曲 前奏曲 変ホ長調
25) ワルツ風に op.47
26) 3つの小品 op.52 第1曲 詩曲 ハ長調
27) 3つの小品 op.52 第2曲「なぞ」
28) 3つの小品 op.52 第3曲「やつれの詩曲」
29) 2つの小品 op.57 第1曲「あこがれ」
30) 2つの小品 op.57 第2曲「舞い踊る愛撫」
31) アルバムの綴り op.58
32) 2つの詩曲 op.63 第1曲「仮面」
33) 2つの詩曲 op.63 第2曲「不思議」
34) 2つの詩曲 op.69 第1曲 アレグレット
35) 2つの詩曲 op.69 第2曲 アレグレット
36) 2つの詩曲 op.71 第1曲「おどけて」
37) 2つの詩曲 op.71 第2曲「空想して」
38) 焔に向かって op.72
39) 5つの前奏曲 op.74 第1曲 苦しみ、悲痛な
40) 5つの前奏曲 op.74 第2曲 十分に遅く、瞑想的に
41) 5つの前奏曲 op.74 第3曲 劇的アレグロ
42) 5つの前奏曲 op.74 第4曲 ゆっくりした、漠然と、あいまいな
43) 5つの前奏曲 op.74 第5曲 高慢な、好戦的な
ジュリアン・スクリャービン(Julian Scriabin 1908-1919)
44) 前奏曲 op.3-1
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
アシュケナージはデビューのずっと前、つまりショパン・コンクールに出る以前のモスクワ音楽院の学生時代からスクリャービンの作品を深耕していたことは若い頃のレコードのライナーにも本人からと思しき記述がある。そしてまだ若年期の1970年代にはスクリャービンのピアノソナタ全曲録音を成し遂げている。その後、1990年代に入ってオーケストラの指揮を手掛けるようになってからは交響曲全集やオーケストラルの主要作品のアルバムなども多数録音している。互いがロシア出身の同邦人ということからかアシュケナージのスクリャービン解釈には一定の高い評価が下っている。アシュケナージがスクリャービンの独奏ピアノ作品を録音するのは実に30年ぶりなんだそうだが、多分、スクリャービンの録音としてはこの盤がおそらく彼の最後のものとなるであろう。
アシュケナージは20世紀に活躍したピアニストとしては最高峰の一人に数えられるのは衆目の一致するところだろう。私個人としても最も敬愛するピアニストの一人。後年は指を痛めたせいかピアノよりかはオーケストラルに力を注ぎ、特に指揮者、音楽監督としての足跡が大きい。NHK交響楽団の音楽監督を務めていたので日本の音楽シーンでも馴染みが深いのではなかろうか。Pコンの弾き振りをするのを何度か聴きに行ったことがある。手を痛めていたのかどうかははっきりしないが、いたわりつつ精密にトレースするピアノではあったが往年のブリリアンスと強いエナジーは感じられない気がしたものだ。その彼は、MusicArenaを書き始めた時点でコンサート・ピアニストから引退すると表明していて、それはおよそ10年程前ということになろうか。確かN響音楽監督の晩年期だったと思う。
スクリャービンに関しては余りに有名なのでここで敢えて詳述はしないが、難しい時代を生きたある種の天才であった。彼の作風は余りに強烈で、フランス印象楽派の全音音階などへの萌芽、そしてシェーンベルクやアルバン・ベルクらの新ウィーン楽派の基底を生み出すきっかけとなった無調性音楽の起点として音楽史上かけがえのない存在である。彼の作風は非常に奇異で、晩年には調性音楽を離脱しているが、若年期からすでにその兆候が見られる。これらの不可思議な和声、旋律から得られるインプレッションを総称し、ミスティック・モダニズムと呼んでいる。敢えて日本語で言うと神秘的現代主義、とでもできようか。
このアルバムはスクリャービンの若年期の作品から晩年の作品までを万遍なく網羅したもので、スクリャービンのピアノ作品の入門用としては最適な選曲と思う。冒頭はOp.2のエチュード嬰ハ短調を単独で演奏する。初期の頃の習作的な作品だが全音音階的アプローチが既に認められる襞の深い名作。続くショパンからの多大な影響が感じられる10のマズルカも初期のもので、そこからの抜粋3曲はアシュケナージのモデレートな解釈が奏功し、導入句としてふさわしい誘(いざな)いとなっている。
前半のピークはエチュードOp.8からの抜粋。アシュケナージはNo.11に関し独特の粘性を割とさらりとした軽量タッチで描き、そしてNo.12悲愴についてはパワー感に頼ることなく、適度な質量感と情感の込め方で弾き切っている。ここの弾き方は、全く違う時代および作品だが5年前にリリースしたバッハのパルティータ全集に相通ずるものがあって、20世紀の現役時には見られなかった透明な意思想念が感じられる静謐なもの。アゴーギクは譜面指示に概ね従った穏当なもの、デュナーミクもそれほど強くはないが一つ一つの語句は明確に刻んでいる。
そして、Op.42は8曲全てを収めている。この作品はスクリャービンが複雑なポリ・リズムと独特の神秘的和声を獲得するに至るメルクマーレとして重要な作品。アシュケナージは他の演奏でよく聴かれる誇張的表現にはいっさい与しておらず、流麗かつ滑らかにして、優しく棘がないトレースだ。個人的にはOp.42-6はラヴェルのあの傑作=ラ・ヴァルスの規範となった作品(=つまりラヴェルが拝借した)であると勝手に信じているのだが、これがなんとも胸が浮き立つような華やかさ、優雅でふくよかな解釈とタッチが素晴らしい。
この後に入っている作品はスクリャービンの加齢とともに徐々に無調性に向かい、前衛性の高い難解なものへと変貌していく。つまり、スクリャービンにとっては音楽と言うより音階とリズムの付いた言葉のない詩歌を書いたとの認識の作品群が並ぶ。その辺の変化が手に取るように時間軸を追って選曲してあるのがこのアルバムの優れたところで、3つの小品Op.45以降はアシュケナージの語法も急速に変化を示し、通常のロマン派作品を弾く時の彼の常套的テクニックは聴かれなくなる。譜面を通してスクリャービンの表現したかったと想像されるイメージとのダイアログ=対話が続く。
長くなるのでこの後の作品と演奏に関しては割愛するが、二つだけ述べておく。アルバムタイトルにもなっている「焔に向かってOp.72」が、調性音楽へ完全な決別を告げる境となった作品で、これ以降のスクリャービンの作品はいわば新ウィーン楽派、武満徹と殆ど変らないデモーニッシュな作風となる。最終トラックの演奏は、僅か11歳で夭逝したスクリャービンの息子=ユリアン=日本的な発音ではジュリアン=の10歳の時の作品。これは1分ちょっとという短い作品なのだが、ちょっと驚きの瑞々しい無調性に近い前衛作品。この親にしてこの息子ありというものすごい才能を秘めた作家になるはずだったはずが悲運により命を絶たれたのは実に残念なこと。
(録音評)
DECCA 4788155、通常CD。録音は2014年9月4~5日、11月29~30日、12月1日、場所はお馴染みのイギリスのサフォーク、ポットン・ホール。プロデューサーはJeremy Hayers、録音エンジニア&編集がBen Connellan、録音装置の担当はGiraffe Productionとある。音質は近年のDECCAのレベルの高さを示すもので澄明で奥行き感があって、そしてノイズ感が少ない漆黒の背景はとても静か。そんな音場空間にアシュケナージの霊妙なタッチによるスタインウェイの音粒が仄かに立ち上がってきては放散されていく。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

http://tower.jp/item/3829572/
Scriabin: Vers La Flamme
Alexander Scriabin(1872 - 1915):
3 Pieces for piano, Op.2
1. No.1 Etude in C Sharp Minor, Andante
10 Mazurkas, Op.3 (1889)
2. No.6 in C Sharp Minor (Scherzando)
3. No.7 in E Minor (Con passione)
4. No.10 in E Flat Minor
12 Etudes For Piano, Op.8
5. No.5 in E Major
6. No.7 in B Flat Minor
7. No.10 in D Flat Major
8. No.11 in B Flat Minor
9. No.12 In D Sharp Minor
4 Preludes, Op.22
10. No.1 in G Sharp Minor
11. No.2 in C Sharp Minor
12. No.3 in B Major
13. No.4 in B Minor
8 Etudes, Op.42
14. No.1 in D Flat Major
15. No.2 in F Sharp Minor
16. No.3 in F Sharp Minor
17. No.4 in F Sharp Major
18. No.5 in C Sharp Minor
19. No.6 in D Flat Major
20. No.7 in F Minor
21. No.8 in E Flat Major
3 Morceaux, Op.45
22. No.1 Feuillet d'Album in E Flat Major, Andante piacevole
23. No.2 Pòeme Fantasque in C Major, Presto
24. No.3 Prélude in E Flat Major, Andante
25. Quasi Waltz, Op.47
3 Morceaux, Op.52
26. No.1. Poème
27. No.2. Enigma
28. No.3. Poème languide
2 Pièces, Op.57
29. No.1. Désir
30. No.2. Caresse dansée
31. Feuillet d'album, Op.58, Con delicatezza
2 Poèmes, Op.63
32. No.1 - Masque
33. No.2 - Etrangeté
2 Poèmes, Op.69
34. No.1 - Allegretto, Tendre, délicat
35. No.2 - Allegretto, Aigu, capricieux
2 Poèmes, Op.71
36. No.1 - Fantastique
37. No.2 - En rêvant
38. Vers la flamme, Op.72 Poème Allegro moderato
5 Preludes, Op.74
39. No.1 Douloureux, Déchirant
40. No.2 Trés lent, contemplatif
41. No.3 Allegro drammatico
42. No.4 Lent, vague, indécis
43. No.5 Fier, belliqueux
Julian Scriabin(1908 - 1919):
2 Preludes, Op.3
44. No.1
Vladimir Ashkenazy(Pf)
焔に向かって~スクリャービン:作品集
1) 3つの小品 op.2 第1曲 練習曲 嬰ハ短調
2) 10のマズルカ op.3 第6曲 嬰ハ短調
3) 10のマズルカ op.3 第7曲 ホ短調
4) 10のマズルカ op.3 第10曲 変ホ短調
5) 12の練習曲 op.8 第5曲 ホ長調
6) 12の練習曲 op.8 第7曲 変ロ短調
7) 12の練習曲 op.8 第10曲 変ニ長調
8) 12の練習曲 op.8 第11曲 変ロ短調
9) 12の練習曲 op.8 第12曲 嬰ニ短調「悲愴」
10) 4つの前奏曲 op.22 第1曲 嬰ト短調
11) 4つの前奏曲 op.22 第2曲 嬰ハ短調
12) 4つの前奏曲 op.22 第3曲 ロ長調
13) 4つの前奏曲 op.22 第4曲 ロ短調
14) 8つの練習曲 op.42 第1曲 変ニ長調
15) 8つの練習曲 op.42 第2曲 嬰ヘ短調
16) 8つの練習曲 op.42 第3曲 嬰ヘ長調
17) 8つの練習曲 op.42 第4曲 嬰ヘ長調
18) 8つの練習曲 op.42 第5曲 嬰ハ短調
19) 8つの練習曲 op.42 第6曲 変ニ長調
20) 8つの練習曲 op.42 第7曲 ヘ短調
21) 8つの練習曲 op.42 第8曲 変ホ長調
22) 3つの小品 op.45 第1曲「アルバムの綴り」
23) 3つの小品 op.45 第2曲「おどけた詩曲」
24) 3つの小品 op.45 第3曲 前奏曲 変ホ長調
25) ワルツ風に op.47
26) 3つの小品 op.52 第1曲 詩曲 ハ長調
27) 3つの小品 op.52 第2曲「なぞ」
28) 3つの小品 op.52 第3曲「やつれの詩曲」
29) 2つの小品 op.57 第1曲「あこがれ」
30) 2つの小品 op.57 第2曲「舞い踊る愛撫」
31) アルバムの綴り op.58
32) 2つの詩曲 op.63 第1曲「仮面」
33) 2つの詩曲 op.63 第2曲「不思議」
34) 2つの詩曲 op.69 第1曲 アレグレット
35) 2つの詩曲 op.69 第2曲 アレグレット
36) 2つの詩曲 op.71 第1曲「おどけて」
37) 2つの詩曲 op.71 第2曲「空想して」
38) 焔に向かって op.72
39) 5つの前奏曲 op.74 第1曲 苦しみ、悲痛な
40) 5つの前奏曲 op.74 第2曲 十分に遅く、瞑想的に
41) 5つの前奏曲 op.74 第3曲 劇的アレグロ
42) 5つの前奏曲 op.74 第4曲 ゆっくりした、漠然と、あいまいな
43) 5つの前奏曲 op.74 第5曲 高慢な、好戦的な
ジュリアン・スクリャービン(Julian Scriabin 1908-1919)
44) 前奏曲 op.3-1
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
アシュケナージはデビューのずっと前、つまりショパン・コンクールに出る以前のモスクワ音楽院の学生時代からスクリャービンの作品を深耕していたことは若い頃のレコードのライナーにも本人からと思しき記述がある。そしてまだ若年期の1970年代にはスクリャービンのピアノソナタ全曲録音を成し遂げている。その後、1990年代に入ってオーケストラの指揮を手掛けるようになってからは交響曲全集やオーケストラルの主要作品のアルバムなども多数録音している。互いがロシア出身の同邦人ということからかアシュケナージのスクリャービン解釈には一定の高い評価が下っている。アシュケナージがスクリャービンの独奏ピアノ作品を録音するのは実に30年ぶりなんだそうだが、多分、スクリャービンの録音としてはこの盤がおそらく彼の最後のものとなるであろう。
アシュケナージは20世紀に活躍したピアニストとしては最高峰の一人に数えられるのは衆目の一致するところだろう。私個人としても最も敬愛するピアニストの一人。後年は指を痛めたせいかピアノよりかはオーケストラルに力を注ぎ、特に指揮者、音楽監督としての足跡が大きい。NHK交響楽団の音楽監督を務めていたので日本の音楽シーンでも馴染みが深いのではなかろうか。Pコンの弾き振りをするのを何度か聴きに行ったことがある。手を痛めていたのかどうかははっきりしないが、いたわりつつ精密にトレースするピアノではあったが往年のブリリアンスと強いエナジーは感じられない気がしたものだ。その彼は、MusicArenaを書き始めた時点でコンサート・ピアニストから引退すると表明していて、それはおよそ10年程前ということになろうか。確かN響音楽監督の晩年期だったと思う。
スクリャービンに関しては余りに有名なのでここで敢えて詳述はしないが、難しい時代を生きたある種の天才であった。彼の作風は余りに強烈で、フランス印象楽派の全音音階などへの萌芽、そしてシェーンベルクやアルバン・ベルクらの新ウィーン楽派の基底を生み出すきっかけとなった無調性音楽の起点として音楽史上かけがえのない存在である。彼の作風は非常に奇異で、晩年には調性音楽を離脱しているが、若年期からすでにその兆候が見られる。これらの不可思議な和声、旋律から得られるインプレッションを総称し、ミスティック・モダニズムと呼んでいる。敢えて日本語で言うと神秘的現代主義、とでもできようか。
このアルバムはスクリャービンの若年期の作品から晩年の作品までを万遍なく網羅したもので、スクリャービンのピアノ作品の入門用としては最適な選曲と思う。冒頭はOp.2のエチュード嬰ハ短調を単独で演奏する。初期の頃の習作的な作品だが全音音階的アプローチが既に認められる襞の深い名作。続くショパンからの多大な影響が感じられる10のマズルカも初期のもので、そこからの抜粋3曲はアシュケナージのモデレートな解釈が奏功し、導入句としてふさわしい誘(いざな)いとなっている。
前半のピークはエチュードOp.8からの抜粋。アシュケナージはNo.11に関し独特の粘性を割とさらりとした軽量タッチで描き、そしてNo.12悲愴についてはパワー感に頼ることなく、適度な質量感と情感の込め方で弾き切っている。ここの弾き方は、全く違う時代および作品だが5年前にリリースしたバッハのパルティータ全集に相通ずるものがあって、20世紀の現役時には見られなかった透明な意思想念が感じられる静謐なもの。アゴーギクは譜面指示に概ね従った穏当なもの、デュナーミクもそれほど強くはないが一つ一つの語句は明確に刻んでいる。
そして、Op.42は8曲全てを収めている。この作品はスクリャービンが複雑なポリ・リズムと独特の神秘的和声を獲得するに至るメルクマーレとして重要な作品。アシュケナージは他の演奏でよく聴かれる誇張的表現にはいっさい与しておらず、流麗かつ滑らかにして、優しく棘がないトレースだ。個人的にはOp.42-6はラヴェルのあの傑作=ラ・ヴァルスの規範となった作品(=つまりラヴェルが拝借した)であると勝手に信じているのだが、これがなんとも胸が浮き立つような華やかさ、優雅でふくよかな解釈とタッチが素晴らしい。
この後に入っている作品はスクリャービンの加齢とともに徐々に無調性に向かい、前衛性の高い難解なものへと変貌していく。つまり、スクリャービンにとっては音楽と言うより音階とリズムの付いた言葉のない詩歌を書いたとの認識の作品群が並ぶ。その辺の変化が手に取るように時間軸を追って選曲してあるのがこのアルバムの優れたところで、3つの小品Op.45以降はアシュケナージの語法も急速に変化を示し、通常のロマン派作品を弾く時の彼の常套的テクニックは聴かれなくなる。譜面を通してスクリャービンの表現したかったと想像されるイメージとのダイアログ=対話が続く。
長くなるのでこの後の作品と演奏に関しては割愛するが、二つだけ述べておく。アルバムタイトルにもなっている「焔に向かってOp.72」が、調性音楽へ完全な決別を告げる境となった作品で、これ以降のスクリャービンの作品はいわば新ウィーン楽派、武満徹と殆ど変らないデモーニッシュな作風となる。最終トラックの演奏は、僅か11歳で夭逝したスクリャービンの息子=ユリアン=日本的な発音ではジュリアン=の10歳の時の作品。これは1分ちょっとという短い作品なのだが、ちょっと驚きの瑞々しい無調性に近い前衛作品。この親にしてこの息子ありというものすごい才能を秘めた作家になるはずだったはずが悲運により命を絶たれたのは実に残念なこと。
(録音評)
DECCA 4788155、通常CD。録音は2014年9月4~5日、11月29~30日、12月1日、場所はお馴染みのイギリスのサフォーク、ポットン・ホール。プロデューサーはJeremy Hayers、録音エンジニア&編集がBen Connellan、録音装置の担当はGiraffe Productionとある。音質は近年のDECCAのレベルの高さを示すもので澄明で奥行き感があって、そしてノイズ感が少ない漆黒の背景はとても静か。そんな音場空間にアシュケナージの霊妙なタッチによるスタインウェイの音粒が仄かに立ち上がってきては放散されていく。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。♪ よい音楽を聴きましょう ♫
by primex64
| 2015-08-18 00:20
| Solo - Pf
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