The Chopin Project@Alice Sara Ott, Olafur Arnalds |
http://tower.jp/item/3796827/
1. Verses
2. Piano Sonata No. 3: Largo
3. Nocturne in C Sharp Minor (ft. Mari Samuelsen)
4. Reminiscence
5. Nocturne in G Minor
6. Eyes Shut / Nocturne in C Minor
7. Written in Stone
8. Letters of a Traveller
9. Prélude in D Flat Major ("Raindrop")
Alice Sara Ott (Pf) & Ólafur Arnalds
ショパン・プロジェクト
1. バース
2. ピアノ・ソナタ第3番:ラルゴ
3. ノクターン嬰ハ短調
4. レミニセンス
5. ノクターン ト短調
6. アイズ・シャット/ノクターン ハ短調
7. リトゥン・イン・ストーン
8. レターズ・オブ・ア・トラヴェラー
9. プレリュード変ニ長調(雨だれ)
アリス=紗良・オット(ピアノ)、オーラヴル・アルナルズ
欧米では斬新で大胆な取り組みとして評価が高く、同一内容による演奏会/ツアーも各地で行われ、これが盛況なんだという。そういえば今でも時々Facebookでアリスがショパン・プロジェクトのツアーの模様を書き込みしてくるので、息長くあちこちの国でこのプログラムをやっているようだ。
以下、ユニバーサルの販促文から:
1987年アイスランド生まれ、ビョーク、トム・ヨーク、シガー・ロスも絶賛するポスト・クラシカルの最重要人物、アルナルズと人気クラシック・ピアニスト、アリス=紗良・オットのコラボレーションによるショパン・トリビュート。アリスが様々なプリペアド・ピアノで弾くショパン録音にオーラヴルがストリングスなどを重ねて再創造することで、聴きなじんだショパン演奏とは異なる新たな光が作品から放出されています。原曲のショパンの面影を探しつつ聴くのも一興。
ユニバーサル・ミュージック/IMS
このアルバムはいわゆる純粋クラシックではないので、アリスが専属するDG(ドイツ・グラモフォン)レーベルではなく、現在は同じユニバーサル配下にあるマーキュリー・クラシックスからのリリースとなっている。黄色いジャケットで有名なDGはずっとクラシックだけのレーベルとしてその位置を保ってきたので、たとえ稼ぎ頭のアリスであってもこの盤をDGとしては出せなかったのであろう。
内容としては確かにポスト・クラシカルというジャンルに属するだろうが、出来栄え、印象としては簡易なクロスオーバー盤とは思われない充実ぶり。ショパン・プロジェクトと銘打っているだけにショパンの原曲をモチーフとして高度に編曲された作品が並んではいるが、約半数はアリスが原曲のままピアノで弾いているトラックなので、いわゆるライト・クラシックとは趣を異にする。オーラヴル・アルナルズによる作編曲は1,4,6~8の5曲で、残りは原曲のままの演奏となっている。
1トラック目はソナタ3番の3楽章ラルゴからインスパイアされアルナルズが書いたとあるが、どこから引用したかはよく分からず何度も反芻して聴いたのだが、この旋律と和声はショパンの譜面からの直接的な引用ではない。因みに7トラック目の曲も同様にソナタ3番の3楽章ラルゴを基にしたとあるが、これもちょっと想像がつかない。これについては後述する。
2トラック目には原曲のソナタ3番3楽章がアリスの演奏により置かれている。アリスの普段の弾き方とは明らかに違うスロー・テンポであり、とても緩徐な優しい語り口は、純粋なショパン・アルバムにおける彼女の演奏技法よりかは肩の力が抜けて好印象なのだ。他の主要なソリストの平均的演奏時間から言えば40~50秒ほど長い。これはこれでありだ。
3トラック目からはノクターンのモチーフによる創作曲が並ぶ。因みに3トラック目はアリスによって冒頭が原曲提示される遺作KK.IVa-16のノクターン嬰ハ短調=実際にはショパンは存命中これをノクターンとは認めておらず様々な経緯を経た現在では考証学上は「ノクターン風レント」とされる=で始まる。ところが、アリスの演奏は第一フレーズだけで、すぐにフィーチャーされているマリ・サミュエルセンのVnソロに取って代われて切々とした旋律が紡がれていく。
ついで4トラック目のレミニセンスと命名されたアルナルズの作品はノクターン嬰ハ短調遺作の編曲バージョンそのもので、謎のギター、アリスのピアノの伴奏、そして弦楽アンサンブル、サブソニック・ハーモナイザー、その他のシンセのような効果音なども混ざった幻想的なリメーク。
5トラック目はノクターン ト短調Op.37-1がアリスのピアノで弾かれるが、これがホンキートンク・ピアノのようなノスタルジックなサウンドの背景に酒場の喧騒が重畳されたもので、セピア色の情景を描写している。これはヴィレッジ・ヴァンガードのあの著名なアルバムに似た風情だ。但し、よたよたしている風で実はピアノの調律は殆どずれておらず正確な音程を刻んでいるのがクラシックのピアニストとしてのアリスの矜持を示していると言っておこう。
6トラック目はノクターン ハ短調Op.48-1そのものだが、これはアルナルズの編曲作品で「Eyes Shut」とクレジットされている。冒頭の導入部は弦楽アンサンブルが奏でる。その後はアリスの手により通常の現代ピアノで全編が弾かれる。しかし、背景には苦しそうでやるせない吐息やカチャカチャという微細で思わせぶりなノイズが入っている。また、終盤からは弦楽アンサンブルもしくはストリング・シンセサイザによる豊かなアンビエンスが加わって抒情的に締めくくられる。
7トラック目はソナタ3番の3楽章ラルゴからインスパイアされたという「Written in Stone」というアルナルズによる曲。暗鬱としながらも静謐で規律正しいリズムを刻む曲だ。冒頭にも述べたが、1トラック目とこのトラックは共にソナタ3番3楽章からの編曲というが、実際には全く異なる印象の曲で、原曲とは似ても似つかないのだ。その理由に関しては明確ではない。ライナーの扉にはこのアルバムを制作するに至った経緯を語ったアルナルズの言葉がある。そこにこれらの謎を解くヒントがあるのではないかと考えた。それは、アルナルズの祖母が病床に臥し、そして最期のお見舞いの時にソナタ3番の3楽章ラルゴを聴きながら少しの時間を共にベッドサイドで過ごした。そして、既に作編曲家としても演奏家としても多忙な毎日を送っていていた彼がやむを得ず彼女に別れを告げ、彼がその場を辞した数時間後に彼女が天に召されたという出来事に端を発している、との生々しい記述があること。
そういった背景から推し量ると、6トラック目の吐息を伴う「Eyes Shut」は見て見ぬ振りをするという一般的な英語のイディオムではなく、目を瞑って死の淵で喘いでいる祖母の姿を直接描写し、加えて、愛する彼女の死に目に立ち会えなかった、つまりは見て見ぬ振りをせざるを得なかった焦燥感を自省的に表現した掛け言葉だったのではなかろうか。そして7トラック目の「Written in Stone」は、通常の英語では、決定され変更不能な事項を意味する慣用句なのだが、この場合、祖母の墓碑銘を直接に指し示し、なおかつ人の死というのは誰もが忌み嫌うけれども覆すことが決してできない運命であるということを掛け言葉にしているのではなかろうか。
ご承知のようにソナタ3番の3楽章ラルゴは冒頭こそ純粋な短調の強い動機で始まるが、途中は長調が主体の穏やかで優しく流れる曲。途中では巧妙に短調と長調を二軸織りにするショパン特有の展開で、第二主題の末尾で僅かに現れる短調だけの伴奏部を抜き出して組み立てなおしたのがこの7トラック目と冒頭の1トラックと直感した。つまりアルナルズはこの曲を聴くとき長調部分は全く聴こうとせず、短調部だけをフィルターして聴いているということなのかもしれない。
8トラック目はノクターン変ニ長調Op.27-2とあるが、これまた直接的には原曲からは想像もつかない編曲である。これに関しては左手和声、つまり伴奏部の主要な音程遷移を取り出して旋回スケールに変換した純粋長調の曲に仕立てている。対する右手の方は強いリズムも旋律も刻まず、左手の通奏に軽く添える程度のイメージに終始する。このくだりに関しては、アルヴォ・ペルトの静謐な名曲=鏡の中の鏡に雰囲気が似ている。単調な左手の繰り返しに右手によって弱めのスケールが重畳されるという構成は、ぴったりではないものの強い類似性が感じられる。おそらく偶然だろうが。
この盤は純粋なクラシックではないが、なんとも雰囲気のあるアンニュイな曲集である。アリスによる原曲演奏も普段の彼女のテンポよりはかなりゆったりめで抒情感漂う物悲しい風情である。ショパンをテーマとしたポスト・クラシカルのアルバムは幾つか知っているが、これほどマイナーで私的・内的な曲を取り上げた例は初めてだ。純粋クラシックの世界で破竹の勢いを見せるアリスが、肩肘の力を抜いて、ちょっと離れたジャンルではあるが自身の表現幅を涵養していることを示している注目のアルバム。
(録音評)
Mercury Classics 4811486、通常CD。録音は2014年、場所はE7 Studio、およびHarpa Concert Hall, Icelandとある。録音はオーラヴル・アルナルズとFinnur Hakonarson、Snorri Hallgrimsson、Berger Porisson、ミキシングはオーラヴル・アルナルズ、マスタリングはNils Frahm at Durton Studiosとある。録音機材の記述はない。音質は通常のクラシック録音とは大幅に異なるので注意が必要。まず、録音レベルは6dB以上高いので通常の聴取ボリュームで掛けると飛び上るほど驚く。これはヘッドフォン聴取を意識したものと思われ、ヘッドルームが飽和する前にコンプレッサをかけて破綻を防いでいる。次に周波数帯域だが、これはかなりナローで、特に中高域はカット、低域に関してはアコースティック楽器の帯域はカット、それにサブソニック・ハーモナイザーにより合成された重低音が載る。それでも日本のポップス系音楽の録音よりかは数段優れており、かつ独特のセピア色で捉える録音のセンスはある意味優れているかもしれない。余り大きな音でこれを掛けると装置系の調子を崩すリスクがあるのでそこそこの音量で聴いてほしい。
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