Poulenc: Chamber Music@Pascal Rogé et ses amis |
) ハワード・ウォール(ホルン[**]) エルミラ・ダルヴァロヴァ(ヴァイオリン[++])〕
パスカル·ロジェはフランスのピアニズムを体現する現代における比類のない巨匠の一人である。彼は40年近くにも及ぶ長きに渡って録音資産を残してきており、その全期間において最も絶賛され、最も売れたピアニストの一人であるし、それらの殆ど全ての録音メディアは最高のベンチマークとして世に認められていると言ってよい。加えるに、彼は、幻のピアニスト=ジュリアス・カッチェンに師事し薫陶を受けたほぼ唯一の現役ピアニストであり、カッチェンの系譜を承継する末裔と言っておこう。
ロジェとプーランクの関係性は、彼が職業音楽家として活動を始めた最初期のレパートリーに遡及することができる。その後、ロジェのレパートリーはフランス印象楽派に留まらずドイツロマン派、ウィーン楽派、ガーシュウィンなど近現代作品へと拡大していったが、ここへ来て再びプーランクの室内楽を再考する欲求に駆られたようだ。一方、ロジェは以前より親日家であって度々来日公演を果たし、そして規模を問わずマスタークラスを催すなど、日本在住のピアニストにとっても存在感のある先達として知られるに至っている。
その彼は、2009年だっと思うのだが、インドネシア人の父親と日本人の母親の間に生まれ、その後ニューヨークで活動する伯野亜美という若手ピアニストと結婚する。伯野の母親の実家である下関においてロジェは紋付羽織袴の姿で神前結婚式を挙げたという知らせが地方新聞の片隅に載っていていまだにそれは憶えている。
彼と亜美夫人との関係はずっと昔に遡るようで、随分と長い間、連弾や室内楽演奏でジョイントしてきていたそうだ。今回、亜美・ロジェとニューヨーク·フィル、パリ管弦楽団、MET管弦楽団、およびフランス国立管弦楽団の有志と共にこのアルバムを企画・制作したようで、このアルバムのいかにも手作り風のジャケットからはロジェの気の置けない仲間たちとの私家盤であろうとの雰囲気が伝わる。
しかし、実際にこれに針を降ろすとそれは全くの先入観であったことがわかる。実は、プーランクのみを取り上げたアルバムというのは私自身買って聴いたことはなく、お恥ずかしい限りだが色んな独奏楽器用に様々な室内楽作品を書いていたことは初めて知った次第だ。非常に真面目に取り組んだプーランクの室内楽集であり、とても洗練されていながらロジェの意気込みが伝わる秀作と言ってよい。
このアルバムに収録されている作品は今まで聴いて来たフランス音楽系のコンピレーション・アルバムのどこかに配置されてきていて全く初めて聴く曲というのはない気がするのであるが、こうやって通しで聴いてみるとプーランクは優れたメロディーメーカーであって、フォーレやサンサーンス、あるいはフランク、更に遡るならドビュッシーやラヴェルなどと共通性があって、浮遊感に立脚した夢見心地をテーマとした作家。
全ての曲の印象をここで述べることは無理だが、白眉は冒頭のフルート・ソナタ、それと亜美ロジェとの4手連弾。ロジェの霞棚引くフランス印象派を象徴するピアニズムの冴えは今更ここで論ずるには及ばないが、それにもましてミシェル・モラゲスのフルートのなんとも霊妙で爽やか、そして陰影の濃いことか。夢見心地の複雑な旋律展開とロジェが下支えする低域パートの噛み合いが絶妙なのだ。そして亜美ロジェのピアノの巧さと軽さ、そして線が細いくせに鋭くビームを発して迫ってくる情感表現の巧みさには恐れ入る。夫婦仲が良いのはそれはそれでご馳走様だが、それを超えた二人の紡ぐ音楽の完成度がここにあった。
(録音評)
Urlicht Audio Visual UAV5986、通常CD。録音はフルートとオーボエが2013年6月16日 Edith Chapel, Lawrenceville School, New Jersey、残りは2013年3月6~7日 Eglisa Lutherienna de Saint Pierre a Paris La Villette, Parisとある。私家録音と侮るなかれで、ワンポイント的なアンビエンスをたっぷりと含んだ美味しい録音なのだ。なるほど、ライナーによればエンジニアのジョージ·ワシリエフとジョン·C·ベイカーはいわゆるオーディオマニアであり、それなりに自信のある録音なんだそうだ。
ロジェのバックからのピアノはともかく、独奏楽器たちが快活にリアルな風情で録られていてはっとさせられる。彼らの息遣い、そして密やかに陰から盛り立てるロジェの気合のようなオーラが余すところなく録られている楽しくも優秀な録音なのだ。演奏も面白くて秀逸、録音の方もなかなかに凝っていて唸ってしまった。本当は、大きなセールスを記録せずともこういった洒脱でお洒落な録音が日本国内からちょいちょい出ればいいのに、と思うのである。
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