J.S.Bach: The Art of Fugue, BWV1080@Angela Hewitt |
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J.S. Bach: The Art of Fugue
The Art of Fugue, BWV1080
Wenn wir in höchsten Nöten sein, BWV668a
Disc: 1
1. Contrapunctus 1
2. Contrapunctus 2
3. Contrapunctus 3
4. Contrapunctus 4
5. Contrapunctus 5
6. Contrapunctus 6 in stylo Francese
7. Contrapunctus 7 per augmentationem et diminutionem
8. Contrapunctus 8
9. Contrapunctus 9 alla duodecima
10. Contrapunctus 10 alla decima
Disc: 2
1. Contrapunctus 11
2. Contrapunctus 12 Rectus
3. Contrapunctus 12 Inversus
4. Contrapunctus 13 Rectus
5. Contrapunctus 13 Inversus
6. Canon per augmentationem in contrario motu
7. Canon alla ottava
8. Canon alla decima in contrapunto alla terza
9. Canon alla duodecima in contrapunto alla quinta
10. Contrapunctus 14 (Fuga a 3 soggetti)
11. Wenn wir in höchsten Nöten sein Vor deinen Thron tret ich hiermit BWV668a
Angela Hewitt (Pf)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV.1080
コントラプンクトゥス1
コントラプンクトゥス2
コントラプンクトゥス3
コントラプンクトゥス4
コントラプンクトゥス5
コントラプンクトゥス6 《フランス様式の4声のフーガ》
コントラプンクトゥス7 《拡大と縮小による4声のフーガ》
コントラプンクトゥス8
コントラプンクトゥス9 《12度における4声のフーガ》
コントラプンクトゥス10 《10度における4声のフーガ》
コントラプンクトゥス11
コントラプンクトゥス12(正像)
コントラプンクトゥス12(鏡像)
コントラプンクトゥス13(正像)
コントラプンクトゥス13(鏡像)
反進行における拡大によるカノン
オクターヴのためのカノン
3度の対位法による10度のためのカノン
5度の対位法による12度のためのカノン
コントラプンクトゥス14(3つの主題によるフーガ)
コラール 《われ汝の御座の前に進みいで》 BWV.668a
アンジェラ・ヒューイット(ピアノ/ファツィオリ)
フーガの技法には中学生の頃に遭遇し、それ以来ずっと聴き続けている付き合いの長い作品の一つ。対位法1番~4番までの楽譜が楽器屋に出ていて買った。当時の全音ピアノピースからはこれしか出ていなかった。その後、楽器店に訊いたら輸入のチェンバロ譜があるということで全20曲の高価な楽譜を親に買ってもらった。この時に気が付いたのは、全音の譜面とチェンバロ譜面には数ヵ所に違いがあって、後から手に入れたものをそのまま弾くと左右でコンフリクトが起きる場面が3~4ヵ所あるということ。全音の楽譜はそれを回避するように音符がじょうずに間引かれていた。
実は、その前に、ゴルトベルクと音楽の捧げもの、パルティータの楽譜も入手して部分的に齧り始めていた。インヴェンションも含め、バッハなど古い時代のクラヴィーア曲をピアノで弾いた場合にはそういった不具合が発生しうることを経験則的には知っていた。当時、チェンバロやオルガンがどういった楽器かはよく知らなかったので、それを境に楽器の成り立ちを図書館で調べたり音楽の先生に聞いたりして知るに至った。そして、多段鍵盤の楽器というのがあって、エレクトーンと似た階段状の鍵盤楽器がバッハの時代にはよく使われていたこと、ピアノという楽器は様々な変遷を経て改良されてきた後の時代の発明品であることを知った。
現代の中学生がフーガの技法をよく聴いているかどうかはわからないが、少なくともその頃の私の周囲にはこの時代のバッハ作品を好んで聴く仲間が少なからずいた。そして、この作品に遭遇してから現在に至るまでこの曲の根底にある曲想というか旋律進行というか多重和声というか、その辺の音響的な構築技法を基礎として耳を育ててきたことは事実と思う。当時、初めて耳にしたのはレオンハルトのハルモニア・ムンディのLPで、当然にしてチェンバロによる演奏だった。そして並行して出会ったのがヴァルヒャのオルガンによるアルヒーフのLPだった。どちらも当時の私には衝撃だった。以来、この二人が演奏したフーガの技法が、その後に出現する新しい演奏や録音との比較基準となって数十年が経過している。
バロック時代のクラヴィーア曲を現代ピアノで弾くことの功罪についてはこの場で幾度となく述べてきた。功罪とはいうが、この場合においては功より罪の方が大きい気がしている。たとえばエマールのフーガの技法は、個人的には受け付けられるものではなかった。では、このヒューイットの演奏はというと、彼女は取り組み始めて間もないと言っているようだが、そのわりには均整がとれた美しい設計であり、モダンピアノによるフーガの技法の成功例としては昨今では最右翼ではなかろうか。
彼女の演奏設計手法は割と明晰で、一部の例外を除いては極端なマルカートに振れないノンレガートを基礎とし、強弱方向の情感表現、すなわちデュナーミクは控えめに使用、そして微小領域の時間軸管理を厳格にしたうえで周期が長めの大きい振幅で情感を表現する、すなわち穏健なアゴーギクを主体とした組み立てとしている。ポリフォニーについてはどの声部についても過度な偏りがないよう均等に弾いていてまさに対位法=コントラプンクトゥスの手本のような演奏となっている。当時のチェンバロが強弱の付かない楽器だったことに鑑みてデュナーミクに頼る動的な抑揚は出来るだけ付けないという方針と見て取れる。
この演奏設計、打鍵管理手法はどこかでそのまま聴いたことがある。そう、それは、アシュケナージのパルティータ全集と殆ど同じ弾き方なのである。なお、この録音はアシュケナージが後世に残そうとしたモダンピアノによるバロック演奏技法に関する置手紙だと思っている。
入りの1番は割と明るくめりはりのある表現で、現代ピアノの特徴をまるで封印したものではない。続く2番はかなり強めのスタッカートを意識的に使ったこれまた明確な弾き方で通している。この冒頭の2つを聴く限りは凡庸な現代表現に終始する「普通」のロマン派解釈的なフーガの技法だろう、と思うのだが、実は感情表現が明確なのはコントラプンクトゥス13番までではこの2つだけ。
3番以降、仄暗く、かつ求道的でありながら温度感を一定レベル以下に保った抑制的な解釈が続く。各声部を淡々と均等に、そして特定の声部を際立たせることがないよう慎重に歩を進めているのがよくわかる。途中、ヴァルヒャなどよりもスローテンポに弾くところもあって、たとえば8番、それと鏡像フーガについてはかなり遅い感じで奇異に感じた。だが何度か聴いていると今まで聴こえていなかった細かな内声部の旋律や音価が見つかって新鮮だったりする。
ピアノの特質である強打が時折使われる場面はあるが、大概は曲の終わり際の数小節であり、目立ったものではない。そして、次に強いエモーションが出現するのはCanon per augmentationem in contrario motu(反進行における拡大によるカノン)で、ここは一転、モダンピアノの特徴である強弱を駆使したデュナーミクに頼った演奏としている。確かに、レオンハルトやヴァルヒャもこの曲については毅然としたマルカートを基調とし強めの演奏を残しているので、解釈としては奇抜なものではないことになる。しかし、急に雄弁になるここだけが浮き立った格好であり、ちょっと謎。それ以外はやはり抑制的な設計を通している。
フーガの技法の一番最後、コントラプンクトゥス14番=未完のフーガはぷつりと普通に終わるが、実はここでアルバム自体を終わらせてほしかった。フーガの技法の出版時にたまたまバンドルされたという理由で同時に演奏されることはあるけれども、テーマ的にも技巧的にも情感的にも全く別の毛色だと思われるので。多少時間が余っていてもフィルアップの必要はない。14番のぷっつりで良いのだ。
このフーガの技法は相当に練りこまれた伝統的な設計であり、一聴に値する現代ピアノ版といえる。但し、前述のとおり、ピアノフォルテの特質を生かした演奏ではないのでピアノ自体の音色は、たとえファツィオリがいかに美音であろうが余り関係がなくて実に地味で仄暗いものだ。
(録音評)
Hyperion CDA67980、通常CDの2枚組。録音はちょっと古くて2013年8月7~9日、イエス・キリスト教会(ベルリン)とある。音質はハイぺリオン伝統の透過度の高いかつ軽めの音色。残響は比較的強く感じられるけれども打鍵自体は明晰に捉えられていて滲みはない。ファツィオリの調律が優秀なためかヒューイットの打鍵が均質で理性的なためか、とにかく歪感が殆どない正弦波に近い音が終始鳴り響いているという感じだ。ピアノなのにピアノらしくない音で録られていると言っておこう。
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