2015年 04月 23日
Chopin, Schumann: Etudes@Valentina Lisitsa |
パチーニのアルバムに引き続き、ショパンの3回目でこれが今回の最終となる。DECCAの年末の新譜で、リシッツァのエチュード集。彼女は現在、純粋クラシック領域としてはネット上で最も有名なソリストではなかろうか。

http://tower.jp/item/3728150/
Chopin:
Etudes, Op.10
Etudes, Op.25
Schumann:
Etudes symphoniques, Op.13
Valentina Lisitsa (Pf)
ショパン:24の練習曲、シューマン:交響的練習曲
フレデリック・ショパン:
12の練習曲 作品10
12の練習曲 作品25
ロベルト・シューマン:
交響的練習曲 作品13
ヴァレンティーナ・リシッツァ(ピアノ)
リシッツァの演奏はハーンを伴奏したアイヴスのソナタ集で聴いただけで、その後はYouTubeで目にする程度であった。彼女は自らの演奏シーンの動画をたくさんYouTubeにアップしており、その卓越した技巧、演奏スタイル、個性的な音楽性などから話題となり膨大なページビューを呼び込んでいる。また賛否あるところだが固定ファンも相応に集めているようだ。容姿のほうもまた独特であり、ネット上では愛称=魔女、あるいは親しみを込めて「りっちゃん」と呼ばれているようだ。
少し前、Yahoo!知恵袋などで話題となったのがリシッツァが音抜き、指飛ばししているのではとの疑惑。要は難しい曲については譜面通りに弾かず、運指が込み入ったパッセージでは打鍵せずに抜いている(飛ばしている)のではないか、というのだ。その矢面に立っていたのが動画で配信されたショパンのOp.10-2だった。たまたまその話題を覚えていて、今回出たのがエチュード集でこれが含まれることから衝動的にカートに入れるボタンを押してしまった。ショパンのエチュードのCDは掃いて捨てるほど持っているのでもう買うまいと思っていたがまた買ってしまったという次第。
音楽は回転媒体で聴くべしと思っている古めかしい性格ゆえ、彼女のエチュードをYouTubeにて真剣に聴いたことはない。問題となったOp.10-2に関しては件の打鍵シーンを目で追っただけで音楽自体を傾聴したわけではない。たまたまこのCDを手に入れたので針を降ろして冒頭から聴いてみた。
冒頭のハ長調アレグロだが、巷で喧伝されているようなアクロバティックな演奏ではない。いや寧ろ、まとも過ぎるくらいまともで、良い演奏だとのファースト・インプレッション。そして懸案の2番イ短調アレグロ、これまた肩透かしかというほど普通に高速な演奏。但し対旋律のスケールに付されるアクセントとハイライトする指が独特で、これが音抜きの容疑がかかる原因かと窺がえる。3番の別れの曲は左手のオブリガートの内声部がやはり独特の韻を踏む箇所が随所にあって個性的。だが、音抜きというほど極端なものではなくて、ハイライトされない内声部についても微かに打鍵はされている。
このようにOp.10は予測よりかは普通の滑り出しだったが、やはり。リシッツァらしいというべき個性的な解釈も聴かれた。具体的には4番の左手重音の小節頭の強打鍵が激しく、それらを点で繋いだラインが彼女が強調したかった内声部ということで、他では余り聴かれない大胆な対旋律提示と言えるだろう。7番も左手を強調した弾き方で右手スケールがいかにも脆弱で消え入るような個所もあって、これだとアンチから音抜きと言われかねない。11番は一転して右手強調型で、アルペジオ音型を音価を明瞭に立たせたうえで全体をかなり遅く弾いており、この遅さは他に殆ど例を見ないほど。
Op.25の冒頭1番エオリアン・ハープは左右音量が均衡していて優美かつ穏健な仕上がり。しかし、驚いたのは3番だ。これに関してはOp.10-11と同様に冒頭部は右強調で弾きたかったらしく、主題提示の後のリフレイン部においては左手で弾かれる4分音符の主旋律が小節頭のみを残して他はほぼ聴こえない。つまり音を意図的に抜いている可能性がある。中間部から後でも数か所に同様の傾向が見られるのと、譜面ではスラーとしている一部のアルペジオの音価をバラバラに分離強調したかったらしくちょっと奇異な響きの箇所がある。そして更にバランスが悪いのが10番の導入の後の激しい主題部。これまた右強調が過ぎてまるで別の曲かと思ってしまう。という風に、およそ人のやらないことをやりたがる性格のようだ。
シューマンの交響的練習曲は最初は主題+12の変奏曲という形式で出版された。ショパンの場合にはどちらのエチュードも変奏曲ではなくて独立した曲なので主題の提示部はもちろん存在しないが。このCDに収録されているのはシューマンの死後、当初の12曲に含めなかったものをブラームスがレストアして加えた遺作と称される5曲を元の1+12の中に分散配置しているもの。この演奏については全般的に非常にまっとうな解釈と構造設計を披露していて、前半のグロテスクなショパンとは大違いである。もっとも、シューマンのこれらの練習曲は必要最小限度の音価を単純化された和声へ複雑に織り込んで変奏で繋ぐという構造なので、ショパンほどのトリックもギミックも最初から含まれておらず、従って弄りようがないという側面のほうが大きいのであるが。
(録音評)
DECCA 4787697、通常CD。録音は2014年6月18-21日、場所はノイマルクト、ライトシュターデルとある。このCDはかなり特殊で、ショパンのエチュードOp.10と25の全24曲を収めたうえに欲張ってシューマンの交響的練習曲も入れている。ということで通常のCD-DAとしては異例の1時間25分という長時間録音となっているのだ。
我が家のリファレンスであるアキュフェーズDP-85ではこのCDはどうやっても再生できない。トレイに乗せてロードすると暫くシークして悩んだあげく無情にもTOC ERRORと表示し再生不能に陥る。こういった時には急遽、DP-70Vの登場。このCDPは目覚めが悪いので2時間ほどウォームアップしてからかけてみる。どっぷりとした深い低域弦、そして独特の甘美さをまとう中~高域弦は間違いなくベーゼンドルファーの音。リシッツァはミートポイントの狭いベーゼンを鳴らす技巧に関しては一日の長がある。その旨みを分かったうえで確信犯的に美味しいところでじょうずに転がして弾いているのが分かる。
一方、通勤用のiPodへはiTunes経由で取り込み、反復してずっと聴いていたのだが、その環境ではスタインウェイとの違いは明確にはわからずかなりソリッドな鳴りかたをする。このCDは通常のリスニング環境、すなわちある程度のエアボリュームの下で通常のラウドスピーカーで聴いたほうがベーゼンらしい鳴りかたをするということ。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

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Chopin:
Etudes, Op.10
Etudes, Op.25
Schumann:
Etudes symphoniques, Op.13
Valentina Lisitsa (Pf)
ショパン:24の練習曲、シューマン:交響的練習曲
フレデリック・ショパン:
12の練習曲 作品10
12の練習曲 作品25
ロベルト・シューマン:
交響的練習曲 作品13
ヴァレンティーナ・リシッツァ(ピアノ)
リシッツァの演奏はハーンを伴奏したアイヴスのソナタ集で聴いただけで、その後はYouTubeで目にする程度であった。彼女は自らの演奏シーンの動画をたくさんYouTubeにアップしており、その卓越した技巧、演奏スタイル、個性的な音楽性などから話題となり膨大なページビューを呼び込んでいる。また賛否あるところだが固定ファンも相応に集めているようだ。容姿のほうもまた独特であり、ネット上では愛称=魔女、あるいは親しみを込めて「りっちゃん」と呼ばれているようだ。
少し前、Yahoo!知恵袋などで話題となったのがリシッツァが音抜き、指飛ばししているのではとの疑惑。要は難しい曲については譜面通りに弾かず、運指が込み入ったパッセージでは打鍵せずに抜いている(飛ばしている)のではないか、というのだ。その矢面に立っていたのが動画で配信されたショパンのOp.10-2だった。たまたまその話題を覚えていて、今回出たのがエチュード集でこれが含まれることから衝動的にカートに入れるボタンを押してしまった。ショパンのエチュードのCDは掃いて捨てるほど持っているのでもう買うまいと思っていたがまた買ってしまったという次第。
音楽は回転媒体で聴くべしと思っている古めかしい性格ゆえ、彼女のエチュードをYouTubeにて真剣に聴いたことはない。問題となったOp.10-2に関しては件の打鍵シーンを目で追っただけで音楽自体を傾聴したわけではない。たまたまこのCDを手に入れたので針を降ろして冒頭から聴いてみた。
冒頭のハ長調アレグロだが、巷で喧伝されているようなアクロバティックな演奏ではない。いや寧ろ、まとも過ぎるくらいまともで、良い演奏だとのファースト・インプレッション。そして懸案の2番イ短調アレグロ、これまた肩透かしかというほど普通に高速な演奏。但し対旋律のスケールに付されるアクセントとハイライトする指が独特で、これが音抜きの容疑がかかる原因かと窺がえる。3番の別れの曲は左手のオブリガートの内声部がやはり独特の韻を踏む箇所が随所にあって個性的。だが、音抜きというほど極端なものではなくて、ハイライトされない内声部についても微かに打鍵はされている。
このようにOp.10は予測よりかは普通の滑り出しだったが、やはり。リシッツァらしいというべき個性的な解釈も聴かれた。具体的には4番の左手重音の小節頭の強打鍵が激しく、それらを点で繋いだラインが彼女が強調したかった内声部ということで、他では余り聴かれない大胆な対旋律提示と言えるだろう。7番も左手を強調した弾き方で右手スケールがいかにも脆弱で消え入るような個所もあって、これだとアンチから音抜きと言われかねない。11番は一転して右手強調型で、アルペジオ音型を音価を明瞭に立たせたうえで全体をかなり遅く弾いており、この遅さは他に殆ど例を見ないほど。
Op.25の冒頭1番エオリアン・ハープは左右音量が均衡していて優美かつ穏健な仕上がり。しかし、驚いたのは3番だ。これに関してはOp.10-11と同様に冒頭部は右強調で弾きたかったらしく、主題提示の後のリフレイン部においては左手で弾かれる4分音符の主旋律が小節頭のみを残して他はほぼ聴こえない。つまり音を意図的に抜いている可能性がある。中間部から後でも数か所に同様の傾向が見られるのと、譜面ではスラーとしている一部のアルペジオの音価をバラバラに分離強調したかったらしくちょっと奇異な響きの箇所がある。そして更にバランスが悪いのが10番の導入の後の激しい主題部。これまた右強調が過ぎてまるで別の曲かと思ってしまう。という風に、およそ人のやらないことをやりたがる性格のようだ。
シューマンの交響的練習曲は最初は主題+12の変奏曲という形式で出版された。ショパンの場合にはどちらのエチュードも変奏曲ではなくて独立した曲なので主題の提示部はもちろん存在しないが。このCDに収録されているのはシューマンの死後、当初の12曲に含めなかったものをブラームスがレストアして加えた遺作と称される5曲を元の1+12の中に分散配置しているもの。この演奏については全般的に非常にまっとうな解釈と構造設計を披露していて、前半のグロテスクなショパンとは大違いである。もっとも、シューマンのこれらの練習曲は必要最小限度の音価を単純化された和声へ複雑に織り込んで変奏で繋ぐという構造なので、ショパンほどのトリックもギミックも最初から含まれておらず、従って弄りようがないという側面のほうが大きいのであるが。
(録音評)
DECCA 4787697、通常CD。録音は2014年6月18-21日、場所はノイマルクト、ライトシュターデルとある。このCDはかなり特殊で、ショパンのエチュードOp.10と25の全24曲を収めたうえに欲張ってシューマンの交響的練習曲も入れている。ということで通常のCD-DAとしては異例の1時間25分という長時間録音となっているのだ。
我が家のリファレンスであるアキュフェーズDP-85ではこのCDはどうやっても再生できない。トレイに乗せてロードすると暫くシークして悩んだあげく無情にもTOC ERRORと表示し再生不能に陥る。こういった時には急遽、DP-70Vの登場。このCDPは目覚めが悪いので2時間ほどウォームアップしてからかけてみる。どっぷりとした深い低域弦、そして独特の甘美さをまとう中~高域弦は間違いなくベーゼンドルファーの音。リシッツァはミートポイントの狭いベーゼンを鳴らす技巧に関しては一日の長がある。その旨みを分かったうえで確信犯的に美味しいところでじょうずに転がして弾いているのが分かる。
一方、通勤用のiPodへはiTunes経由で取り込み、反復してずっと聴いていたのだが、その環境ではスタインウェイとの違いは明確にはわからずかなりソリッドな鳴りかたをする。このCDは通常のリスニング環境、すなわちある程度のエアボリュームの下で通常のラウドスピーカーで聴いたほうがベーゼンらしい鳴りかたをするということ。
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by primex64
| 2015-04-23 23:46
| Solo - Pf
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