2015年 02月 24日
Franck & R.Strauss: Sonatas for Vn and Pf@Arabella Steinbacher, Robert Kulek |
昨夏のペンタトーンのSACDハイブリッドで、シュタインバッハーが弾くフランク&Rシュトラウスのソナタ。Pfはこのところずっとコンビを組んでいるロベルト・クーレック。

http://tower.jp/item/3651489/
Franck & R. Strauss: Violin Sonatas
César Franck: Sonata for Violin and Piano in A major
Richard Strauss: Sonata for Violin and Piano in E flat major, Op.18
Arabella Steinbacher (Vn) & Robert Kulek (Pf)
フランク: ヴァイオリン・ソナタ イ長調
R.シュトラウス: ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 Op.18
アラベラ・シュタインバッハー(Vn、1716年ストラディヴァリウス「ブース」)
ロベルト・クーレック(Pf、スタインウェイ D274)
フランクのイ長調ソナタについては今まで数多くの演奏を取り上げてきたが(=興味あるかたはサイト検索を利用のこと)、定点観測対象のシュタインバッハーの演奏ということで性懲りもなくまた買ってしまった。といっても慢性的な時間不足から抜け出せておらず、これまた長期間にわたり積み上げるだけでずっと書けていなかったもの。なお、イ長調ソナタの成り立ち、またシュタインバッハーの特徴と出自については過去にさんざん述べてきたので割愛し、要諦を記す。
この盤のフランクのイ長調ソナタは、期待とはちょっと違う出来であった。なぜかエナジー感が削がれ、そしてやる気がなくて瞑想するような妙な落ち着きと厭世観のようなものが漂っている。これにはたいそう違和感を感じてしまい、これは曲想や表現上の個性の違いなのかもしれないと思いつつ何度も聴きかえした。そうするうちに演奏に潜むいろんなことがわかってきた。勿論、自分なりの理解の上での話だが。
この作品の場合、全体の印象を支配してしまうのが1楽章の導入部。譜面上の速度指示は Allegretto ben Moderato=やや快速に、十分に中庸の速さで=という微妙なもの。時にはアレグレット(♪=108)でもいいが、あくまで基本はモデラート(♪=92)で、ということだとするなら、導入部の単独Pf、5小節目から入るmolt dolce指定のVnは♪=92くらいがインテンポということになる。だが、この盤では♪=80くらいとアンダンティーノ相当の遅めの入りである。途中、アレグレット程度の速度まで上げて弾かれる箇所もあるが、だいたい楽章の最終部までモデラートより少し遅い速度だ。他の最も遅い従来録音に比べても30秒以上遅いのだ。
3回ほど聴きかえした後にわかったのは2楽章に秘密があるということ。2楽章のアレグロは他の録音より少し速いテンポなのだ。だが速度は途中で結構変動し、インテンポなこともあれば速足のこともある。気になるのは途中のquasi Lentoがめちゃめちゃ減速すること。そんなこんながあって、演奏上の物理的な速度はそれなりに保たれているくせに遅くてもたもたした進みに感じてしまう。話を先に進める。
3楽章レチタティーヴォ(Recitativo-Fantasia (ben moderato) )では一転して普通で凡庸な解釈へ。モデラートよりは僅かに急いでいるが、それほどの加速ではない。しかし、全体はだいたい♪=100弱程度で弾いている。そして最終楽章が譜面指示どおりのアレグレット(Allegretto poco mosso)で、♪=110くらいの速度で駆け抜けるし、まさにpoco mosso=少し躍動的に=を体現するダイナミックなフィナーレ。要は最後の方で活力を挽回する感じの演奏となっている。この曲の完全な譜面を示しておく(いつまでもリンクが生きているという保証はないが)。
こういった冒頭の入りだとVnパートのスケールがほぼすべて離散的に聴こえるのと、一番問題なのはエナジー感が削がれて温度感が低い印象を支配的なものとしてしまうこと。この演奏設計は数年前の千住真理子の録音と殆ど同じ建付けであり、得られる印象もほぼ同じ。どうしてこうなるのかを更に分析的に聴いているうちにあることに思い当った。それは、千住の演奏と似たような温度感の低さ、シンパシーが欠落したかのような神尾真由子の演奏で得られた所感だ。つまり、ピアノ・パートの特性・趨勢によって全体がこういった物静かというか盛り上がりを抑制する方向へと引っ張られるかもしれないという仮説。
このソナタは世の中的にはVnソナタとされているが、フランク本人が命名している通り、とりもなおさず Sonate Pour Violin et Piano なのである。これは枝並千花の演奏のところでも述べている通りで、対等な立場にあるPfのイニシアチブが不足するとバランスを欠いた演奏となってしまうということ。この盤でPfを弾いているクーレックという人の評判はシュタインバッハーの日本公演の時のインプレッション等でいくつか垣間見ることが出来て、要は、へただという意見が散見される。本当のところ、決してへたではないが譜読みが変わっていて一種独特の弾き方をする。詳細は割愛するが、2楽章アレグロの譜面を見ると分かる通り、ピアノ譜のほぼ半分にはスラーが掛けられていて、つまりレガートで弾くべきなのだ。しかし、クーレックはなぜかノンレガートに固執していて、全ての音価を詳(つまび)らかに分離させて弾こうと腐心している。
2楽章アレグロ指定の4/4拍子のピアノ譜はほぼ全編16分音符の速くて休みのない連続であり、クーレックは右も左も和音(=多重打鍵)をところどころ抜かしてしまっている。要は指が回らず追い付けていないのだ。ここがこの演奏の重大な特徴である。この曲は循環形式で全4楽章、頭から Allegretto ben Moderato ~ Allegro ~ Recitativo-Fantasia (ben moderato) ~ Allegretto poco mosso という速度指定であり、ちょっと速めから中庸~速め~中庸~ちょっと速め という具合にテンポ対比が鮮明になるよう楽章を並べている。
かように、この演奏の鬼門は2楽章アレグロで、ここの速度感があまり稼げず爽快なドライブが期待できないのであれば対比の前提となる1楽章は周到の上にも周到にスローテンポとせざるを得なかったというのがあれほどの遅さの原因であると見立てる。前述の通り和音の打鍵が抜ける理由は、クーレックは16部音符が長時間連続するようなメカニカルな運指を非常に不得意としていることにあると推察する。
掛け合いという点についてはこの離散的なPfパートとレガートを基調とするVnパートが綺麗に溶け合うことはフィナーレまでは殆どないのであるが、ただ、悪いことばかりではない。優美で美麗なレガートで弾かれるシュタインバッハーのVn捌きが巧みであること、楽器音(=booth)の美しさが際立っていること等が別の角度からの美点である。この際、ぱらぱらと弾かれる苦しそうなPfを放っておいてシュタインバッハーの整ったVnのみ愉しむという聴きかたに切り替えた。
そして、生誕150年のアニバーサリーとなるRシュトラウスのソナタだが、これはフランクとは打って変わって明るくポップに弾ける抜群の愉しさである。色彩感に富んだクーレックの重厚かつふくよかなPfはフランクの時とはまるで別人であり、ここにしっとりとした陰影も刻みつつエネルギッシュに疾駆する本来のシュタインバッハーが見せる堂々たる骨格の演奏設計が重畳される。そして胸のすくような超絶的な弦捌きから放たれるビームが炸裂するのだ。ぴんとした緊張感のE線、鮮烈でフローラルなA線、悠然と揺蕩うD線、そして、ごりごりと野放図に咆哮するG線と、ダブルストップも交えつつ縦横無尽にころころ回り、もうやりたい放題で好きにしてくれ、とでも言いたくなるほど自由闊達な演奏。これはかなり良い出来栄えだ。
(録音評)
PentaTone PTC5186470、SACDハイブリッド。録音はちょっと古く2012年5月/オランダとある。録音制作は従前と同じPolyhymnia International B.V.だ。しかし、音質は2~3年前までのペンタトーンとは明確に異なるもので、だいいち過度なブリリアンスが削げ落ちている。これだけでもかなり好印象なところ、ローレベルのリニアリティが数段改善しており、楽器のディテールが見え透くほど解像度が上がっている。例によって録音機器等のクレジットはないが、恐らく、Pyramix等を中核に据えた新しいシステムに入れ替わったのであろう。この劇的変化はそれが原因としか思えないのだ。華美な演色を排除したこの音だったら今後はペンタトーンも選択肢に再び入ってくると思った次第。
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Franck & R. Strauss: Violin Sonatas
César Franck: Sonata for Violin and Piano in A major
Richard Strauss: Sonata for Violin and Piano in E flat major, Op.18
Arabella Steinbacher (Vn) & Robert Kulek (Pf)
フランク: ヴァイオリン・ソナタ イ長調
R.シュトラウス: ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 Op.18
アラベラ・シュタインバッハー(Vn、1716年ストラディヴァリウス「ブース」)
ロベルト・クーレック(Pf、スタインウェイ D274)
フランクのイ長調ソナタについては今まで数多くの演奏を取り上げてきたが(=興味あるかたはサイト検索を利用のこと)、定点観測対象のシュタインバッハーの演奏ということで性懲りもなくまた買ってしまった。といっても慢性的な時間不足から抜け出せておらず、これまた長期間にわたり積み上げるだけでずっと書けていなかったもの。なお、イ長調ソナタの成り立ち、またシュタインバッハーの特徴と出自については過去にさんざん述べてきたので割愛し、要諦を記す。
この盤のフランクのイ長調ソナタは、期待とはちょっと違う出来であった。なぜかエナジー感が削がれ、そしてやる気がなくて瞑想するような妙な落ち着きと厭世観のようなものが漂っている。これにはたいそう違和感を感じてしまい、これは曲想や表現上の個性の違いなのかもしれないと思いつつ何度も聴きかえした。そうするうちに演奏に潜むいろんなことがわかってきた。勿論、自分なりの理解の上での話だが。
この作品の場合、全体の印象を支配してしまうのが1楽章の導入部。譜面上の速度指示は Allegretto ben Moderato=やや快速に、十分に中庸の速さで=という微妙なもの。時にはアレグレット(♪=108)でもいいが、あくまで基本はモデラート(♪=92)で、ということだとするなら、導入部の単独Pf、5小節目から入るmolt dolce指定のVnは♪=92くらいがインテンポということになる。だが、この盤では♪=80くらいとアンダンティーノ相当の遅めの入りである。途中、アレグレット程度の速度まで上げて弾かれる箇所もあるが、だいたい楽章の最終部までモデラートより少し遅い速度だ。他の最も遅い従来録音に比べても30秒以上遅いのだ。
3回ほど聴きかえした後にわかったのは2楽章に秘密があるということ。2楽章のアレグロは他の録音より少し速いテンポなのだ。だが速度は途中で結構変動し、インテンポなこともあれば速足のこともある。気になるのは途中のquasi Lentoがめちゃめちゃ減速すること。そんなこんながあって、演奏上の物理的な速度はそれなりに保たれているくせに遅くてもたもたした進みに感じてしまう。話を先に進める。
3楽章レチタティーヴォ(Recitativo-Fantasia (ben moderato) )では一転して普通で凡庸な解釈へ。モデラートよりは僅かに急いでいるが、それほどの加速ではない。しかし、全体はだいたい♪=100弱程度で弾いている。そして最終楽章が譜面指示どおりのアレグレット(Allegretto poco mosso)で、♪=110くらいの速度で駆け抜けるし、まさにpoco mosso=少し躍動的に=を体現するダイナミックなフィナーレ。要は最後の方で活力を挽回する感じの演奏となっている。この曲の完全な譜面を示しておく(いつまでもリンクが生きているという保証はないが)。
こういった冒頭の入りだとVnパートのスケールがほぼすべて離散的に聴こえるのと、一番問題なのはエナジー感が削がれて温度感が低い印象を支配的なものとしてしまうこと。この演奏設計は数年前の千住真理子の録音と殆ど同じ建付けであり、得られる印象もほぼ同じ。どうしてこうなるのかを更に分析的に聴いているうちにあることに思い当った。それは、千住の演奏と似たような温度感の低さ、シンパシーが欠落したかのような神尾真由子の演奏で得られた所感だ。つまり、ピアノ・パートの特性・趨勢によって全体がこういった物静かというか盛り上がりを抑制する方向へと引っ張られるかもしれないという仮説。
このソナタは世の中的にはVnソナタとされているが、フランク本人が命名している通り、とりもなおさず Sonate Pour Violin et Piano なのである。これは枝並千花の演奏のところでも述べている通りで、対等な立場にあるPfのイニシアチブが不足するとバランスを欠いた演奏となってしまうということ。この盤でPfを弾いているクーレックという人の評判はシュタインバッハーの日本公演の時のインプレッション等でいくつか垣間見ることが出来て、要は、へただという意見が散見される。本当のところ、決してへたではないが譜読みが変わっていて一種独特の弾き方をする。詳細は割愛するが、2楽章アレグロの譜面を見ると分かる通り、ピアノ譜のほぼ半分にはスラーが掛けられていて、つまりレガートで弾くべきなのだ。しかし、クーレックはなぜかノンレガートに固執していて、全ての音価を詳(つまび)らかに分離させて弾こうと腐心している。
2楽章アレグロ指定の4/4拍子のピアノ譜はほぼ全編16分音符の速くて休みのない連続であり、クーレックは右も左も和音(=多重打鍵)をところどころ抜かしてしまっている。要は指が回らず追い付けていないのだ。ここがこの演奏の重大な特徴である。この曲は循環形式で全4楽章、頭から Allegretto ben Moderato ~ Allegro ~ Recitativo-Fantasia (ben moderato) ~ Allegretto poco mosso という速度指定であり、ちょっと速めから中庸~速め~中庸~ちょっと速め という具合にテンポ対比が鮮明になるよう楽章を並べている。
かように、この演奏の鬼門は2楽章アレグロで、ここの速度感があまり稼げず爽快なドライブが期待できないのであれば対比の前提となる1楽章は周到の上にも周到にスローテンポとせざるを得なかったというのがあれほどの遅さの原因であると見立てる。前述の通り和音の打鍵が抜ける理由は、クーレックは16部音符が長時間連続するようなメカニカルな運指を非常に不得意としていることにあると推察する。
掛け合いという点についてはこの離散的なPfパートとレガートを基調とするVnパートが綺麗に溶け合うことはフィナーレまでは殆どないのであるが、ただ、悪いことばかりではない。優美で美麗なレガートで弾かれるシュタインバッハーのVn捌きが巧みであること、楽器音(=booth)の美しさが際立っていること等が別の角度からの美点である。この際、ぱらぱらと弾かれる苦しそうなPfを放っておいてシュタインバッハーの整ったVnのみ愉しむという聴きかたに切り替えた。
そして、生誕150年のアニバーサリーとなるRシュトラウスのソナタだが、これはフランクとは打って変わって明るくポップに弾ける抜群の愉しさである。色彩感に富んだクーレックの重厚かつふくよかなPfはフランクの時とはまるで別人であり、ここにしっとりとした陰影も刻みつつエネルギッシュに疾駆する本来のシュタインバッハーが見せる堂々たる骨格の演奏設計が重畳される。そして胸のすくような超絶的な弦捌きから放たれるビームが炸裂するのだ。ぴんとした緊張感のE線、鮮烈でフローラルなA線、悠然と揺蕩うD線、そして、ごりごりと野放図に咆哮するG線と、ダブルストップも交えつつ縦横無尽にころころ回り、もうやりたい放題で好きにしてくれ、とでも言いたくなるほど自由闊達な演奏。これはかなり良い出来栄えだ。
(録音評)
PentaTone PTC5186470、SACDハイブリッド。録音はちょっと古く2012年5月/オランダとある。録音制作は従前と同じPolyhymnia International B.V.だ。しかし、音質は2~3年前までのペンタトーンとは明確に異なるもので、だいいち過度なブリリアンスが削げ落ちている。これだけでもかなり好印象なところ、ローレベルのリニアリティが数段改善しており、楽器のディテールが見え透くほど解像度が上がっている。例によって録音機器等のクレジットはないが、恐らく、Pyramix等を中核に据えた新しいシステムに入れ替わったのであろう。この劇的変化はそれが原因としか思えないのだ。華美な演色を排除したこの音だったら今後はペンタトーンも選択肢に再び入ってくると思った次第。
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by primex64
| 2015-02-24 01:15
| Solo - Vn
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