J.S.Bach, Schnittke: Vn-Cons@Sarah & Deborah Nemtanu |
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J.S Bach/Schnittke: Sarah & Deborah Nemtanu
J.S. Bach:
Concerto for Two Violins in D minor, BWV1043
Violin Concerto No.2 in E major, BWV1042
Two-part Invention No.1 in C major, BWV772
Violin Concerto No.1 in A minor, BWV1041
Schnittke:
Concerto Grosso No.3
J.S. Bach:
Two-part Invention No.8 in F major, BWV779
Deborah Nemtanu (Vn, Va) & Sarah Nemtanu (Vn)
Orchestre de Chambre de Paris, Sascha Goetzel
(1)J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043
(2)同:ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042【サラ】
(3)同:2声のインヴェンション第1番BWV772
(4)同:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041【デボラ】
(5)シュニトケ:コンチェルト・グロッソ第3番
(6)J.S.バッハ:2声のインヴェンション第8番BWV779
デボラ・ネムタヌ[Vn、Va(3)(6)]
サラ・ネムタヌ[Vn]
サッシャ・ゲッツェル(指揮) パリ室内管弦楽団
サラ・ネムタヌについてはこれまでnaïveからジプシック(デビュー盤)、チャイコンをリリースしていて、特に後者に関しては映画「オーケストラ」の吹き替え演奏の後だったこともあってそこそこ話題になった。サラは以前にも解説している通りフランス国立管弦楽団の現役のコンサート・ミストレス。そして今回の新譜は実妹のデボラ・ネムタヌとの共演となる。デボラもまたパリ室内管弦楽団の現役コンサート・ミストレスという才媛で、既にCDデビューを果たしている。しかもそのレーベルはMIRAREというのも高い評価の表れだろう。姉妹揃って楽団を代表するVn弾き、それもフランスを代表する著名オケであり、そして仏の国内メジャーからCDデビューも果たしている。尚、タワーレコードなどのサイトに掲載されているキングインターのテキストにはデボラが姉とあるが、それは誤りで、デボラはサラの2歳下の妹である。
このアルバムの構成はちょっと変わっていて、バッハとシュニトケという一見すると全く連関のない二人の作家に焦点を合わせている。それに関しては後ほど述べる。最初は姉妹によるダブル(=2挺の独奏楽器のための協奏曲)の代名詞、BWV1043。右にサラのJ.B.グァダニーニ、左にデボラのモンタニアーナが並んで丁々発止、ドライブ感満点の掛け合いが展開される。このアルバムは冒頭からエナジー感に満ちていてドキドキする。デボラはオブリガート部(=バロック期の作品にあっては自由度の高い伴奏や対旋律という理解は当たらない)である低域旋律を主として弾き、サラは高域旋律を弾いている。上下の交代は途中で何度かある。
次はシングルの佳作、BWV1042で、こちらはサラの独奏となる。直進性が強いサラの演奏が際立っていて胸がすく感覚に囚われる。どこまで加速していくのかと言うほどアチェレランドが早くてクイックなのだ。殆どの場面でヴィブラートを封印しており、時折、例えばパラグラフのリリース(終わり際)で少し揺らす程度と、割と本格的なピリオド奏法となっており、例えばアリーナ・イブラギモヴァ、および彼女が率いるキアロスクーロが示す曲想、タッチに似ている。それは、例えばこの3楽章を聴き比べるとちょっと前に取り上げたバティアシュヴィリのライトなロマン派解釈のBWV1042とは趣が全く違うことがわかる。
短い2声のインヴェンションでは、デボラがVaに持ち替えて揺蕩う旋律を野太く弾いている。この1分ちょっとの短いおどけた幕間を置くという遊びが心憎い演出だ。
次はデボラがソロをとるシングルのBWV1041で、こちらは短調のためか打って変ってしっとりと太くて情感もたっぷりに重く響き渡る。楽器の個性かもしれないがデボラの描き込みはサラのそれよりかは直進性は強調されず、反面、奥行き方向への浸透性が優っている感じ。この姉妹の弾き方は一聴するとよく似ているのであるが声質としては随分と違いがある。デボラのほうがロマン派に近い軽いアゴーギクが巧く、そして強弱の大きいデュナーミクについてもじょうずな印象を持った。
シュニトケのコンチェルト・グロッソ3番は、大作曲家たちのアニバーサリー・イヤーである1985年に書かれている。今まで何度か述べてきたように、バロック期の大家=バッハ、ヘンデル、スカルラッティはともに同じ1685年生まれである。また、新ウィーン楽派の雄=アルバン・ベルクは1885年生まれだ。シュニトケが1985年にこの作品を書くに際し、彼ら大家へのオマージュの意味合いを籠めたことを仄めかした、とされているようだ。
この曲を聴くのは初めて。全5楽章でソロVnが2挺、Cem、そして弦楽アンサンブル+打楽器という構成。打楽器がフィーチャーされている点を除けばバロック・アンサンブルと類似であり、特にCemを加えることで古楽を意識したことを強調したかったのかもしれない。楽曲の形式としてはダブルの協奏曲或いはCemも含めたトリプルとも見て取れる。冒頭楽章の入りはごくごく普通の協和音の有調性音楽であり、ここの提示主題は勇壮で美しく加速度感が強い、とてもかりやすいものだ。しかし、それは明晰な鐘の連打とともに一気に暗鬱な12音クラスタの世界へと墜落していく。サラとデボラのVnがポルタメント、フラジオレットを刻みはじめ不気味な世界へ。
12音技法の場合、どの部分をとっても協和音に聴こえることが殆どないよう音価をアトランダムに分散させるのが常套であるが、この作品の場合(というか、シュニトケの場合はそうなのかもしれないが)、通奏低音が織りなす和声は割と協和音が多く、その時に高域部で演奏される旋律や対旋律は無拍子・無調性であるが、こちらも聴きようによっては協和音だ。しかし、通奏部と旋律部の和声が共鳴することは全くなく、つまり上下は常に不協和な関係なのだ。また、前述の通奏部および旋律部の関係は時に逆転しながら進行し、途中Cemやチェレスタが第3の協和音あるいはB-A-C-H音型を描いて更なる不気味さを演出する。最終楽章になって、二つのVnによって冒頭の勇壮な主題が突如として儚く再現される。よくよく聴いていないと冒頭部のリフレインになっていることには気が付かないかもしれない。そして、謎めいたこのコンチェルト・グロッソは不協和な和声のまま静かに閉じる。
最終トラックには短い2声のインヴェンションBWV779が入っている。これはシュニトケの鮮烈な音列によって疲弊した耳を鎮めるためのアフターリュードという意味合いなのかもしれない。
アンサンブルはデボラの所属するパリ室内管弦楽団、指揮は2013年から神奈川フィルの首席を務めているサッシャ・ゲッツェル。ヴィヴィッドで加速度感の強い秀逸なサポートが好印象。
(録音評)
naïve V5383、通常CD。録音は2014年7月、サル・コロンヌ(パリ)とある。いつものnaïveと異なり録音機材のクレジットはない。音質は通常のnaïveよりかは古風というか隈取がはっきりとしたもので、どちらかというと二世代前のdCSのディスクリートADCによる録音を彷彿とさせるもの。これはこれでかっちりとした硬質な超高解像度であって、扱っている古楽プログラムに似合っている気がする。音場展開やアンビエント成分のバランスは良好で、二人のソリストが眼前に屹立するよう設定された音像定位も非常に優秀。とにかく元気の良い、エッジの立った録音だ。
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