2015年 02月 10日
Chopin: Preludes Op.28@Ingrid Fliter |
LINN Recordsの昨夏の新譜で、イングリット・フリッターが弾くショパン・プレリュード全曲。なお、LINNとは英国のあの総合オーディオメーカーのレコード部門のこと。SACDハイブリッド。
http://tower.jp/item/3675689
Chopin:
24 Preludes, Op.28
No. 1 in C Major (Agitato)
No. 2 in A Minor (Lento)
No. 3 in G Major (Vivace)
No. 4 in E Minor (Largo)
No. 5 in D Major (Molto allegro)
No. 6 in B Minor (Lento assai)
No. 7 in A Major (Andantino)
No. 8 in F sharp Minor (Molto agitato)
No. 9 in E Major (Largo)
No.10 in C sharp Minor (Molto allegro)
No.11 in B Major (Vivace)
No.12 in G sharp Minor (Presto)
No.13 in F sharp Major (Lento)
No.14 in E flat Minor (Allegro)
No.15 in D flat Major ‘Raindrop’ (Sostenuto)
No.16 in B flat Minor (Presto con fuoco)
No.17 in A flat Major (Allegretto)
No.18 in F Minor (Molto allegro)
No.19 in E flat Major (Vivace)
No.20 in C Minor (Largo)
No.21 in B flat Major (Cantabile)
No.22 in G Minor (Molto agitato)
No.23 in F Major (Moderato)
No.24 in D Minor (Allegro appassionato)
Mazurka No.13 in A minor, Op.17 No.4
Mazurka No.11 in E minor, Op.17 No.2
Mazurka No.41 in C sharp minor, Op.63 No.3
Mazurka No.32 in C sharp minor, Op.50 No.3
Mazurka No.1 in F sharp minor, Op.6 No.1
Nocturne No.3 in B major, Op.9 No. 3
Nocturne No.8 in D flat major, Op.27 No.2
Ingrid Fliter (Pf)
ショパン:
24の前奏曲Op.28
マズルカ第13番イ短調Op.17-4
マズルカ第11番ホ短調Op.17-2
マズルカ第41番嬰ハ短調Op.63-3
マズルカ第32番嬰ハ短調Op.50-3
マズルカ第1番嬰ヘ短調Op.6-1
夜想曲第3番ロ長調Op.9-3
夜想曲第8番変ニ長調Op.27-2
イングリット・フリッター(ピアノ)
フリッターについては2008年リリースのショパン作品集を聴いている。そちらにも書いてあるが彼女は2000年のショパン国際でユンディ・リーと競り合った結果、2位に入ったという図抜けた才媛。あれから随分と経った昨今、ふと見たらLINNからSACDが出ていた。どうやらEMIから移籍して2枚目のアルバムということらしい。移籍1枚目は準メルクルと共演したPコン集でこれはかなり話題を呼んだアルバムだったようで同プログラムによるツアーが世界各地で敢行されているようだ。
EMIのショパンの作品集に関して、特にマズルカについては当時あまり良い印象を抱いていなかったと記載があり、但しワルツについては絶賛する内容であった。記憶が薄らいでいたのでEMI盤を取り出して本当にそうかどうか振り返ってみた。久し振りに針を下してみてわかるのは、技巧的には素晴らしいものがある反面、確かにエモーショナルな局面での掘り下げが浅く、どことなくおどおどしつつ表層的であってメンタル・エナジーも高くない、ということ。
MusicArenaに新譜CDの試聴記を書き始めてもうすぐ9年になろうとしているが、こういうふうに過去を反芻したいときにおいてBlogは備忘録としての機能をじゅうぶんに発揮していて、昨今隆盛を極めるSNSでこの役割を代替できるとは到底思われない。というか目的が違うのであろう。SNSは日々起きたことを簡単にメモするだけのいわば使い捨てのポストイットなのに対し、Blogはとりもなおさず保存可能な日記なのであり、要は使い分けといったところだ。
閑話休題、振り返りののちこの新譜をじっくりと聴いた。結論からいうと、このプレリュード集は非常に素晴らしい出来栄えであり、ここ数年にリリースされた同曲の盤の中においても傑出しているし、過去の巨匠の名演奏にも比肩しうるパフォーマンスだ。ソリッドでシュア、ハイスピードなショパン解釈が主流となっている昨今にあっては寧ろゆっくり目、いや実際にはインテンポな入りでアルバムはスタートする。インテンポなのは前のマズルカと同じ傾向だが、どっしりと落ち着いた深い洞察が行き渡っており、全体を見通したうえでの時間配分を行っているということが聴き終えた後でわかった。そういった周到な演奏設計に基づいて弾かれているプレリュード集なのだ。
もう一つの特徴は、打鍵スタイルをマルカートに近いノンレガートに統一したということ。ペダルワークは常に控えめであるけれどもサスティンは不足なくかけ、それでいて細かなスケールが小節の頭から潰れることのないよう細心の注意でもってダンパーを早めに降ろすということを繰り返すことで旋律ラインを明確に浮かび上がらせることに成功している。
ご存知のようにサスティンペダルを踏むとすべての鍵盤に対応するダンパーが上って弦は自由振動する。ペダルから足を離すとダンパーが降りてすべての弦をミュートする。但し、押し込んでいる鍵盤に繋がっているダンパーを除いては。その単純で昔からある機構を利用し、フリッターはこのプレリュードの微細な譜面を正確にトレースする。譜面上スラーのかかった複数の音符に対してはペダルを踏み込んでいるが、単一の音符ラインのスラーについてはペダルに頼らず運指だけを使ってサスティンを持続、この時の左手の複数の鍵盤はペダルを離しても自由振動する和声を余韻としているが、次の和声に移るときにはいったんペダルを踏んで自由振動モードに移り指の位置を変えて打鍵してペダルを離す、ということを繰り返す。要するに「摺り指」とペダルを複合的に使うことで前の音価から次の音価まで途切れさせることなくレガートに繋げていくというやり方。
こういった手間のかかる表現技法などを用いて、べたべたした持続和音を排除しつつ主旋律ないし歌いたいメロディーラインを明晰に強調して発音している。ノンレガートであるもう一つの形跡としては、32分音符や音価を定めない装飾譜において、通常のピアニストであれば軽くちょろちょろと流してしまうところ、フリッターは音符の個数を数えたうえで精密に分離させて打鍵している(楽譜の該当箇所を示したいところだが割愛)。理屈はともかくとして、ようするに大人のショパン解釈であり、粘りがあって情感の襞が深く、そしてどこまでもメロゥなのである。これでこそショパンであり、その中にあっても色彩感とバリエーションに富んだプレリュードの各曲をここまで物語風に歌いこんでアンニュイに提示されるとさすがにぐうの音も出ないのであった。
フィルアップにはマズルカOp.17やOp.63などから数曲、ノクターンはOp.9-3とOp.72-2の2曲。なお、EMI盤に入っていたマズルカOp.59は入っていないが、前作よりもメンタル面では明らかに深化していて、陰翳の濃い湿潤な編み上げとなっている。前回のワルツでは自然と湧いていた2.5拍子(つまり前拍に比べ後拍が半分短い)を今回のマズルカでもしっかりと刻んでいてとてもリズミカル。だが、当然に荒れることはなく上部雑音はほぼ皆無、実に理知的で成熟した雰囲気のマズルカなのである。
(録音評)
LINN Records CKD475、SACDハイブリッド。録音は2014年6月9日-12日、ポットン・ホール(サフォーク)。このホールは前回のEMI盤の録音場所と同じだ。レーベルがLINNということで、例によってあのオーディオ機器に共通するある種の演色が感じられる録音ではないかと危惧したのだが、そういった心配は無用だった。少しだけオンマイクでとらえられたピアノ(中高域はスタインウェイと思うのだが低音が明らかに出過ぎ=カワイの形質にも似ている)が実在感豊かに迫ってくる。オンマイク気味ではあるけれども音像肥大はせず中央のちょっと奥に定位し、またフリッターの息遣いが僅かに付帯している。ピアノ録音のSACDハイブリッドとしては極上の品質であり、これはちょっとやられてしまう綺麗な音だ。調音に華美なイコライジングを施しているのではなくてフリッターの弾き方が理に適っていてストレスがなく、かつ上部雑音を殆ど発していないからそう感じるのだろう。これは例えばメジューエワが弾くスタインウェイが静粛なのと似ている。これはなかなかいい録音だ。
#この盤は出来ればSACDレイヤーで聴いてほしい。
#CDレイヤーだと気配感が僅かに後退し、高域弦のまろび出る甘味が薄口となる。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
♪ よい音楽を聴きましょう ♫
http://tower.jp/item/3675689
Chopin:
24 Preludes, Op.28
No. 1 in C Major (Agitato)
No. 2 in A Minor (Lento)
No. 3 in G Major (Vivace)
No. 4 in E Minor (Largo)
No. 5 in D Major (Molto allegro)
No. 6 in B Minor (Lento assai)
No. 7 in A Major (Andantino)
No. 8 in F sharp Minor (Molto agitato)
No. 9 in E Major (Largo)
No.10 in C sharp Minor (Molto allegro)
No.11 in B Major (Vivace)
No.12 in G sharp Minor (Presto)
No.13 in F sharp Major (Lento)
No.14 in E flat Minor (Allegro)
No.15 in D flat Major ‘Raindrop’ (Sostenuto)
No.16 in B flat Minor (Presto con fuoco)
No.17 in A flat Major (Allegretto)
No.18 in F Minor (Molto allegro)
No.19 in E flat Major (Vivace)
No.20 in C Minor (Largo)
No.21 in B flat Major (Cantabile)
No.22 in G Minor (Molto agitato)
No.23 in F Major (Moderato)
No.24 in D Minor (Allegro appassionato)
Mazurka No.13 in A minor, Op.17 No.4
Mazurka No.11 in E minor, Op.17 No.2
Mazurka No.41 in C sharp minor, Op.63 No.3
Mazurka No.32 in C sharp minor, Op.50 No.3
Mazurka No.1 in F sharp minor, Op.6 No.1
Nocturne No.3 in B major, Op.9 No. 3
Nocturne No.8 in D flat major, Op.27 No.2
Ingrid Fliter (Pf)
ショパン:
24の前奏曲Op.28
マズルカ第13番イ短調Op.17-4
マズルカ第11番ホ短調Op.17-2
マズルカ第41番嬰ハ短調Op.63-3
マズルカ第32番嬰ハ短調Op.50-3
マズルカ第1番嬰ヘ短調Op.6-1
夜想曲第3番ロ長調Op.9-3
夜想曲第8番変ニ長調Op.27-2
イングリット・フリッター(ピアノ)
フリッターについては2008年リリースのショパン作品集を聴いている。そちらにも書いてあるが彼女は2000年のショパン国際でユンディ・リーと競り合った結果、2位に入ったという図抜けた才媛。あれから随分と経った昨今、ふと見たらLINNからSACDが出ていた。どうやらEMIから移籍して2枚目のアルバムということらしい。移籍1枚目は準メルクルと共演したPコン集でこれはかなり話題を呼んだアルバムだったようで同プログラムによるツアーが世界各地で敢行されているようだ。
EMIのショパンの作品集に関して、特にマズルカについては当時あまり良い印象を抱いていなかったと記載があり、但しワルツについては絶賛する内容であった。記憶が薄らいでいたのでEMI盤を取り出して本当にそうかどうか振り返ってみた。久し振りに針を下してみてわかるのは、技巧的には素晴らしいものがある反面、確かにエモーショナルな局面での掘り下げが浅く、どことなくおどおどしつつ表層的であってメンタル・エナジーも高くない、ということ。
MusicArenaに新譜CDの試聴記を書き始めてもうすぐ9年になろうとしているが、こういうふうに過去を反芻したいときにおいてBlogは備忘録としての機能をじゅうぶんに発揮していて、昨今隆盛を極めるSNSでこの役割を代替できるとは到底思われない。というか目的が違うのであろう。SNSは日々起きたことを簡単にメモするだけのいわば使い捨てのポストイットなのに対し、Blogはとりもなおさず保存可能な日記なのであり、要は使い分けといったところだ。
閑話休題、振り返りののちこの新譜をじっくりと聴いた。結論からいうと、このプレリュード集は非常に素晴らしい出来栄えであり、ここ数年にリリースされた同曲の盤の中においても傑出しているし、過去の巨匠の名演奏にも比肩しうるパフォーマンスだ。ソリッドでシュア、ハイスピードなショパン解釈が主流となっている昨今にあっては寧ろゆっくり目、いや実際にはインテンポな入りでアルバムはスタートする。インテンポなのは前のマズルカと同じ傾向だが、どっしりと落ち着いた深い洞察が行き渡っており、全体を見通したうえでの時間配分を行っているということが聴き終えた後でわかった。そういった周到な演奏設計に基づいて弾かれているプレリュード集なのだ。
もう一つの特徴は、打鍵スタイルをマルカートに近いノンレガートに統一したということ。ペダルワークは常に控えめであるけれどもサスティンは不足なくかけ、それでいて細かなスケールが小節の頭から潰れることのないよう細心の注意でもってダンパーを早めに降ろすということを繰り返すことで旋律ラインを明確に浮かび上がらせることに成功している。
ご存知のようにサスティンペダルを踏むとすべての鍵盤に対応するダンパーが上って弦は自由振動する。ペダルから足を離すとダンパーが降りてすべての弦をミュートする。但し、押し込んでいる鍵盤に繋がっているダンパーを除いては。その単純で昔からある機構を利用し、フリッターはこのプレリュードの微細な譜面を正確にトレースする。譜面上スラーのかかった複数の音符に対してはペダルを踏み込んでいるが、単一の音符ラインのスラーについてはペダルに頼らず運指だけを使ってサスティンを持続、この時の左手の複数の鍵盤はペダルを離しても自由振動する和声を余韻としているが、次の和声に移るときにはいったんペダルを踏んで自由振動モードに移り指の位置を変えて打鍵してペダルを離す、ということを繰り返す。要するに「摺り指」とペダルを複合的に使うことで前の音価から次の音価まで途切れさせることなくレガートに繋げていくというやり方。
こういった手間のかかる表現技法などを用いて、べたべたした持続和音を排除しつつ主旋律ないし歌いたいメロディーラインを明晰に強調して発音している。ノンレガートであるもう一つの形跡としては、32分音符や音価を定めない装飾譜において、通常のピアニストであれば軽くちょろちょろと流してしまうところ、フリッターは音符の個数を数えたうえで精密に分離させて打鍵している(楽譜の該当箇所を示したいところだが割愛)。理屈はともかくとして、ようするに大人のショパン解釈であり、粘りがあって情感の襞が深く、そしてどこまでもメロゥなのである。これでこそショパンであり、その中にあっても色彩感とバリエーションに富んだプレリュードの各曲をここまで物語風に歌いこんでアンニュイに提示されるとさすがにぐうの音も出ないのであった。
フィルアップにはマズルカOp.17やOp.63などから数曲、ノクターンはOp.9-3とOp.72-2の2曲。なお、EMI盤に入っていたマズルカOp.59は入っていないが、前作よりもメンタル面では明らかに深化していて、陰翳の濃い湿潤な編み上げとなっている。前回のワルツでは自然と湧いていた2.5拍子(つまり前拍に比べ後拍が半分短い)を今回のマズルカでもしっかりと刻んでいてとてもリズミカル。だが、当然に荒れることはなく上部雑音はほぼ皆無、実に理知的で成熟した雰囲気のマズルカなのである。
(録音評)
LINN Records CKD475、SACDハイブリッド。録音は2014年6月9日-12日、ポットン・ホール(サフォーク)。このホールは前回のEMI盤の録音場所と同じだ。レーベルがLINNということで、例によってあのオーディオ機器に共通するある種の演色が感じられる録音ではないかと危惧したのだが、そういった心配は無用だった。少しだけオンマイクでとらえられたピアノ(中高域はスタインウェイと思うのだが低音が明らかに出過ぎ=カワイの形質にも似ている)が実在感豊かに迫ってくる。オンマイク気味ではあるけれども音像肥大はせず中央のちょっと奥に定位し、またフリッターの息遣いが僅かに付帯している。ピアノ録音のSACDハイブリッドとしては極上の品質であり、これはちょっとやられてしまう綺麗な音だ。調音に華美なイコライジングを施しているのではなくてフリッターの弾き方が理に適っていてストレスがなく、かつ上部雑音を殆ど発していないからそう感じるのだろう。これは例えばメジューエワが弾くスタインウェイが静粛なのと似ている。これはなかなかいい録音だ。
#この盤は出来ればSACDレイヤーで聴いてほしい。
#CDレイヤーだと気配感が僅かに後退し、高域弦のまろび出る甘味が薄口となる。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
♪ よい音楽を聴きましょう ♫
by primex64
| 2015-02-10 00:02
| Solo - Pf
|
Trackback
|
Comments(0)