Anatoly Alexandrov: Preludes, Visions Etc.@Fériel Kaddour |
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Anatoly Alexandrov:
Visions, Op.21
Molto flessibile, fantastico
Andantino idillico
Moderatamente mosso
Un poco agitato
Inquietamenti, con acceleramenti e ritardi soventi
Poem, Op.9
Six Preludes, Op.1
Moderato, con agitazione patetica
Languido
Misterioso, con importanza
Impetuoso, protestando
Liberamente, amoroso
Pensieroso, commodo
Eight Pieces on songs of Soviet People, Op.46
1-Kirghiz instrumental melody
2-Kirghiz piece
Little Suite, Op.33
Fairy Lullaby
Etude
Melody
A Joke
Three Pieces, Op.27
Prelude
Dance
Sketch
Bashkirian Melodies, Op.73
4-Andante molto espressivo
5-Strum on the Kuray
10-Zulkhiza
Four Pieces, Op.75
Prelude
Melody
Amethysts, Op.16a/1
Fériel Kaddour (Pf) - YAMAHA CFX Concert Grand Piano
アナトリー・アレクサンドロフ:
映像 Op.21
ポエム Op.9
6つの前奏曲 Op.1
ソ連民謡の動機による8つの小曲 Op.46(抜粋、#1,2)
小組曲 Op.33
3つの小品 Op.27
バシキールのメロディー Op.73(抜粋、#4,5,10)
4つの小品 Op.75
アメジスト Op.16a/1
フェリエル・カドゥール(ピアノ)- ヤマハCFX
アナトリー・アレクサンドロフ(1888-1982)というタネーエフの弟子の作家がソ連時代に活躍したということは知識としてはあったのだが、その作品に触れるのは生れて初めてだ。昨今、欧州ではアレクサンドロフを再発見しようとの兆しが見られるようだが、日本国内では全くの無名と言ってよいだろう。少し調べてみたが彼の名前くらいは出てくるものの具体的な作品についての記述は殆ど発見できないし、録音自体もほとんど出回っていないようだ。ということで、上の曲名の日本語訳は自分でそれらしく付けたものであり、あまり適切でないかも知れない。
一通り聴いてみて言えるのは、彼の音楽は独特の色彩感および浮遊感を伴う大胆な語法で成り立っていて、和声の展開で類似している作家といえばスクリャービンをまずは想起する。そして旋律と和声の仄暗い部分の関係性でいえばメトネルやフォーレに似ている。加えて、ダイナミックレンジの広い雄大でロマンティックなピアニズムについてはラフマニノフのそれを想起させるし、時折出現する目の覚めるような全音音階はドビュッシーのスケール展開に類似している。
ということで、スクリャービン、メトネル、フォーレ、ラフマニノフ、ドビュッシーという具合で、(恐らく彼自身としてはこれらの作風を意識せずに)ロシア+フランス印象派の良いところ取りしたハイブリッドな作風と思って差し支えはない。つまり、とても綺麗でありながらダイナミズムに溢れ、そして斬新で浮遊する印象派的な展開かと思えばアンニュイで仄暗い部分も併せ持っていて、ピアノ作品主体の作家としてはある種の天才であった可能性が高い。
ここに収録されている作品だが、いわばアンティミスム(日常的で身近な題材を取り上げた画風)に基づく、そのあたりに遍在しているなんでもない風景が次から次へと湧いて出てくる、といった私小説的な風情だ。途中ソ連の古い民謡、もしくは民俗的な旋律から取られた土の匂いのする作品(Op.46、73)もありなかなか多彩。これらが対照的に配置されていて聴いていて飽きない。
全て解説したいところだが、いくつか掻い摘む。やはり冒頭のVisions Op.21が鮮烈。第1曲はまさに飛翔する、そして夢のような柔らかなタッチから、一気に強い第二動機を生む。第2曲、静かで奇妙な変化を続ける曲。第3曲、激烈な波濤が襲うような(副題には確かに「海」とある)芯の強いインプレッション。第4曲、前衛的、けたたましい(副題には目覚まし時計とある)特殊なハーモニーが特徴。第5曲、諧謔な曲想でドビュッシーのような揺蕩う全音音階、6~7度音階も出現し、左手が忙しい味があって起伏に富んだ曲。
Six Preludes Op.1も凄くインプレッシブだ。第1曲は美しいダイナミックな曲で和声は普通の協和音、煩瑣なオクターブ奏法が特徴。第2曲、不安を煽るような不協和音が中心、だがメロウで仄暗い中間部を経て明晰に協和音で締めくくられる。第3曲、ドビュッシー的な全音音階による色彩感が眩いばかり、だが途中からスローテンポに転じて強い低域弦を叩きながら鋭い高域弦を交え、これらを調和させながら終わる。第4曲、激しく迸る情感が特徴的、協和音中心だが暗く厳しく屹立する伴奏部と美しい主旋律が印象的なショパン的な展開。第5曲、静謐な曲想で右手のトレモロないし高速な装飾譜が美しいシューマン的な作風。終曲も静かで飛翔感が強い3拍子系、終始美しい協和音が支配する素直なメロディーライン。
フェリエル・カドゥールは一級のピアニストでありながら音楽学者(musicologist)という肩書も持つ。AR Ré-Séレーベルの主宰であるリディア・ジョルダンがカドゥールに録音を持ちかけた際、歴史の表舞台からは忘れ去られたロシア系のレパートリーでアルバムが作れないだろうか、と打診したという。それを受けたカドゥールはこのアレクサンドロフを選び、彼の譜面を探し出して揃えるところから準備を始めた。彼女は音楽学者でもあるのは前述の通りで、作品を選んで演奏するにあたっては時代考証、作曲の背景、作曲技法等を踏まえた入念なアナリーゼを施したのは言うまでもない。
カドゥールのピアニズムは瑞々しくて色彩感に溢れ、そしてアンニュイな側面の抉り出しについても抜群の深さを持っている。とにかく起伏に富んだダイナミックかつ繊細、鋭敏な演奏スタイルだ。ロシア系だったらメトネル、ラフマニノフ、スクリャービン、フランス系だとドビュッシー、ラヴェル、またショパン、シューマンなども聴いてみたいとの期待感を大いに抱かせてくれるピアニスト。
※11/12追記:
昨日ようやく気付いたのであるが、輸入元の東京エムプラスの解説が今更ながら11月4日付けで各CD販売サイトにアップされている。内容的にはこのMusicArenaのページの要約版のようなごく短い寸評のようだ。このページを書いた時点では論評は何も載っていなかったのであるが。
(録音評)
AR Ré-Sé AR20131、通常CD。録音は2013年1月、Batterie Guyancourt-Franceとある。ここは小規模コンサートホールを備えた録音専用施設のようで、音質は極めて優秀。ノイズレスの静謐な背景からCFXの精緻な音粒がふわりと立ち上がってくる。スタジオ録りであるから直接音が美しく録れているのは勿論のこと、アンビエント成分もとても美しくて夢見心地のピアノ録音となっている。
このアルバムの他の特徴だが、ヤマハの最新鋭コンサート・グランドが使われていること。このピアノは先代のフラッグシップ=CF3よりも更に全帯域の歪成分が少なく落ち着いたドライな音調となっている。スタインウェイを聴き慣れた耳にはこのフラットな音はむしろ新鮮。特に高域における2次高調波以上の成分がとても少なくてブリリアンスは極限まで削ぎ落とされており、また、以前は中低域に目立った(=ヤマハの特徴でもある)暖色系の混変調歪もまた低く抑えられていて、これはスタインウェイに似たソリッドさとも言える。中域弦の特徴は静かで純粋ながら太さを感じる点。これはファツィオリの中域弦がまろび出る馥郁としたものであるのに通じる美点でもあり、CFXの帯域中、唯一、特有のキャラクタを感じるポイントだ。
プログラム・コンテンツは歴史的・独創的で、解釈・演奏も秀逸、録音品質は極めて優秀、そしてスタインウェイやベーゼンドルファー、ベヒシュタインといった定番ではないコンサート・グランドの音が楽しめるという、一粒で何度も美味しいハイレベルなアルバムなのだ。ロシア系音楽ファン、ピアノ作品ファンに広くお薦めする一枚。
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