2014年 10月 18日
Sachiko Furuhata-Kersting Piano Recital@Matsuo Hall |
ある筋から古畑祥子さんのプライベートなリサイタルに招かれて夫婦で聴いてきた。
Mendelssohn: Lieder ohne Worte Op.19-1, Op.30-6, Op.30-4
Beethoven: Piano Sonata No.32 in C-min. Op.111
Chopin: Nocturne No.20 in C-sharp min, Op.posth.
- Lento con gran espressione
Fantaisie-Impromptu in C-sharp min, Op.66
Liszt: Variations on the motif J.S.Bach's Cantate -
"Weinen, klagen, sorgen, zagen"
Encore:
Scriabine: Nocturne for the left hand in D-flat Maj, Op.9-2
Listz: Apres une lecture du Dante-Fantasia quasi sonata - excerpt
- from Annees de pelerinage Deuxieme annee Italie S.161/R.10 A55
Sachiko Furuhata-Kersting(Pf) - Steinway & Sons D-274
メンデルスゾーン: 無言歌集 Op.19-1、Op.30-6、Op.30-4
ベートーヴェン: ピアノソナタ32番 Op.111 ハ短調
ショパン: ノクターン 嬰ハ短調 遺作
幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66
リスト: バッハの主題による変奏曲 嘆き、悲しみ
(アンコール)
スクリャービン: 「左手のための2つの小品」から ノクターンOp.9-2
リスト: 巡礼の年 第2年 イタリアから「ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲」抜粋
祥子 古畑=ケルスティング(ピアノ)- スタインウェイ D-274
場所は日比谷の松尾ホールということで、小ぢんまりした空間なのに、なんとフルコンがセットしてあり、うーん、これをフルパワーで鳴らすとやばい、と思ったら案の定だった…。
ドイツで一線を張る職業ピアニストが発する音圧レベルたるや凄まじいものがあって、終始サチりっぱなしだった。運よく、というか最前列への着席となってしまい、のちにD-274の圧倒的なストームをもろに浴びることとなる。
見渡すと80席はほぼ埋まっていた。このリサイタルはどういった経緯で催され、どの経路でチケットが頒布されたのかは謎だが、かなり盛況であった。聴衆はどうやら古畑さんに近しい、例えば武蔵野音大や出身地である横須賀の関係者が大部分のようであった。
古畑さんのプログラムはご覧の通りで、ベトOp.111がメイン。当初Facebookでアナウンスされていた冒頭は私が大好きなバッハのフランス組曲の抜粋だったが、当日はメンデルスゾーンの無言歌集の3曲に差し替えになっていた。
彼女のOEHMSのデビュー盤には厳格な変奏曲Op.54が入っていて、メンデルスゾーンとの相性は良いと思ったし、この日は実際にも情感豊かでなかなか良い出来映えだった。
入りはいずれもインテンポより少しゆっくり目、なによりしっとり艶やかで、指が鍵盤に吸い付くような静謐さがメンデルスゾーンの中性的なデリカシーにマッチしていて良い。途中で拍手する人もいて苦笑い。それで固さもとれたか。3曲弾いて小休止。
後期作品となるベト32は二楽章形式と異端形だが、音楽の完成度としては高いと思っている。しかし、一方においては高度な技巧を要求される作品。彼女のOEHMSの今年の盤は月光ソナタであったが、基本的な演奏設計は似ていて、精神の集中力から生み出される強靭なエモーションが特徴的であった。一楽章ハ短調はソナタ形式で、入りは激烈、そして展開部でも部分的にちょっと急いでいる箇所があってトリルが突っ掛っているふうであった。冒頭から相当のエナジーを放散する楽章であり弾き手に対しても過度な負荷を強いる酷なパッセージが終始続く。最後の短めのコーダを弾き上げた時にはほっとすると同時に少々息が上がっているふうにも見受けられた。
二楽章ハ長調は緩徐部とフィナーレを兼ねる変奏曲様式となっている。3拍子系(実際には9/16拍子)のリズミカルな律動が基底になっていてなかなか味のある、しかし巧妙な曲だ。主題に続き5つの変奏が続く。各変奏では歪のない綺麗な旋律を縦糸に、稠密な和音の横糸で丹念に織り込んでいく様が印象的。ここでも古畑さんの精神集中は途切れず、それが指先を通じて鍵盤、ハンマーそして弦へと直結しているのである。この感覚は彼女のOEHMS盤から聴き取れる彼女固有の特徴なのだが、それを今回、至近距離からライブで再び聴き取ることができたのは有意義だった。そして第4変奏の最大音圧は凄まじいものがあって、手に持っているA4用紙のプログラムがびりびりと振動したと後から家内が述懐していた。ここでのどっしり安定した分厚い和声の構築は白眉であり、パワーとソノリティが両立して素晴らしかった。第5変奏が最終変奏で、そのコーダ部では右手高域のトリルが長く鳴らされるが、ここではころころと綺麗に回っていた。その均質な断続音が不意に心に侵入してきて鳥肌が立つ。とにかく弱音部における打鍵コントロールもまた素晴らしく、一つ一つの音粒が生きたままサウンドステージに放たれる様子が目に見えるのである。
全体を通じて音圧がきつめに感じられるからか、弱音ペダルを多用していたようであり、またこの楽器のサスティンペダルの効き始めのポジションが難しそうで、ダンパーが触る弦とぎりぎり触らない弦とが微妙に交錯する場面もあった。ご本人がそれに気づいていたかどうかは分からないが最前列では全てが拡大増幅して聴こえてしまうのでそういった些細な点が気にはなった。
休憩を挟みショパン2題。彼女のショパンを聴くのは初めてであり、今回それも楽しみにしていたもの。遺作のノクターンだが、過度にメランコリックな演奏が多い中、彼女の解釈はそうではなかった。実にあっけらかんとドライ、テンペラメントとしては穏健であり、さらさらと流れるような肩肘を張らない潔さはちょっと意外だった。もっとねっとりと粘性の効いたショパンかと思っていたのだが予感は外れた。幻想即興曲についても、世の中的には苛烈で深刻な抉り方、これがショパンだ、と言わんばかりの派手な演奏が多いなか、これまた軽くアンニュイで、しかし巧妙な浅めのデュナーミクを出し入れしつつ訥々とした情感を込めてナチュラルに歌い上げる解釈は実に奥ゆかしくて事大がからず逆に好印象。なるほど、と膝を打った。
最後のリストは重々しい作品であり、バッハの教会カンタータ第12番「泣き、歎き、憂い、怯え」BWV12の四声合唱部を鍵盤用にリストが編曲したもの。途中には対位法的な表現も用いられており、強奏部では左右手ともに忙しく、弱音部では強い鍵盤統制能力も要する多難な曲だ。ここでの古畑さんは調子も上々でダイナミックかつ精緻にバッハ/リスト編を歌い上げていた。
アンコールの左手のためのノクターンOp.9-2は、スクリャービンが自身の左手の能力増強/鍛錬のために書いた曲とか。脳溢血の後遺症から右半身に障害を負った舘野泉が弾いて日本でも有名になった曲。彼女は終始右手で椅子の座面を握りながら左手だけで悠然とこのチャーミングな曲を弾いていく。圧巻のひとこと。そして最後、ダンテ・ソナタは彼女のOEHMSデビュー盤の最終トラックを飾った作品で、数あるピアノ独奏曲のなかでも超絶技巧を要する代表格の一つ。その最終パート~コーダまでを一気に弾き切った。
古畑さんとはこれまでMusicArenaやFacebookを介してのコミュニケーションしかなかった。しかし今回、演奏会が終わってからホール玄関で少しだけ会話することで初対面を果たすことができた。普段はドイツにいる彼女にこの東京で会えたことは奇遇と言ってよく、本当に嬉しい出来事だった。
(音質評)
このホールの音響コンディションはかなり厳しいものがあって、古畑さんの美しい演奏をゆったり嗜むという風情ではなかった。曲目も演奏もとても良かったのでちょっと残念と言えば残念。前述の通り、ホール玄関で会話した時、彼女自身がホール音響に言及していた。つまり、小さなエアボリュームの割に大型モデルが割り当てられたため、また、ホール特性がライブ過ぎて直接音が余りに強く響き、自分の弾く音が正しい距離感覚で聴き取れないことで非常に弾き辛かったとのことだった。3000人収容のサントリーや芸劇、みなとみらいホールなどの大型音楽ホールの大空間を音で満たすことができるスタインウェイのフルコンをこのサイズの小ホールで鳴らすのは、例えばアルテックA7を六畳間に入れて大音量で鳴らすに等しい。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫
Mendelssohn: Lieder ohne Worte Op.19-1, Op.30-6, Op.30-4
Beethoven: Piano Sonata No.32 in C-min. Op.111
Chopin: Nocturne No.20 in C-sharp min, Op.posth.
- Lento con gran espressione
Fantaisie-Impromptu in C-sharp min, Op.66
Liszt: Variations on the motif J.S.Bach's Cantate -
"Weinen, klagen, sorgen, zagen"
Encore:
Scriabine: Nocturne for the left hand in D-flat Maj, Op.9-2
Listz: Apres une lecture du Dante-Fantasia quasi sonata - excerpt
- from Annees de pelerinage Deuxieme annee Italie S.161/R.10 A55
Sachiko Furuhata-Kersting(Pf) - Steinway & Sons D-274
メンデルスゾーン: 無言歌集 Op.19-1、Op.30-6、Op.30-4
ベートーヴェン: ピアノソナタ32番 Op.111 ハ短調
ショパン: ノクターン 嬰ハ短調 遺作
幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66
リスト: バッハの主題による変奏曲 嘆き、悲しみ
(アンコール)
スクリャービン: 「左手のための2つの小品」から ノクターンOp.9-2
リスト: 巡礼の年 第2年 イタリアから「ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲」抜粋
祥子 古畑=ケルスティング(ピアノ)- スタインウェイ D-274
場所は日比谷の松尾ホールということで、小ぢんまりした空間なのに、なんとフルコンがセットしてあり、うーん、これをフルパワーで鳴らすとやばい、と思ったら案の定だった…。ドイツで一線を張る職業ピアニストが発する音圧レベルたるや凄まじいものがあって、終始サチりっぱなしだった。運よく、というか最前列への着席となってしまい、のちにD-274の圧倒的なストームをもろに浴びることとなる。
見渡すと80席はほぼ埋まっていた。このリサイタルはどういった経緯で催され、どの経路でチケットが頒布されたのかは謎だが、かなり盛況であった。聴衆はどうやら古畑さんに近しい、例えば武蔵野音大や出身地である横須賀の関係者が大部分のようであった。
古畑さんのプログラムはご覧の通りで、ベトOp.111がメイン。当初Facebookでアナウンスされていた冒頭は私が大好きなバッハのフランス組曲の抜粋だったが、当日はメンデルスゾーンの無言歌集の3曲に差し替えになっていた。彼女のOEHMSのデビュー盤には厳格な変奏曲Op.54が入っていて、メンデルスゾーンとの相性は良いと思ったし、この日は実際にも情感豊かでなかなか良い出来映えだった。
入りはいずれもインテンポより少しゆっくり目、なによりしっとり艶やかで、指が鍵盤に吸い付くような静謐さがメンデルスゾーンの中性的なデリカシーにマッチしていて良い。途中で拍手する人もいて苦笑い。それで固さもとれたか。3曲弾いて小休止。
後期作品となるベト32は二楽章形式と異端形だが、音楽の完成度としては高いと思っている。しかし、一方においては高度な技巧を要求される作品。彼女のOEHMSの今年の盤は月光ソナタであったが、基本的な演奏設計は似ていて、精神の集中力から生み出される強靭なエモーションが特徴的であった。一楽章ハ短調はソナタ形式で、入りは激烈、そして展開部でも部分的にちょっと急いでいる箇所があってトリルが突っ掛っているふうであった。冒頭から相当のエナジーを放散する楽章であり弾き手に対しても過度な負荷を強いる酷なパッセージが終始続く。最後の短めのコーダを弾き上げた時にはほっとすると同時に少々息が上がっているふうにも見受けられた。
二楽章ハ長調は緩徐部とフィナーレを兼ねる変奏曲様式となっている。3拍子系(実際には9/16拍子)のリズミカルな律動が基底になっていてなかなか味のある、しかし巧妙な曲だ。主題に続き5つの変奏が続く。各変奏では歪のない綺麗な旋律を縦糸に、稠密な和音の横糸で丹念に織り込んでいく様が印象的。ここでも古畑さんの精神集中は途切れず、それが指先を通じて鍵盤、ハンマーそして弦へと直結しているのである。この感覚は彼女のOEHMS盤から聴き取れる彼女固有の特徴なのだが、それを今回、至近距離からライブで再び聴き取ることができたのは有意義だった。そして第4変奏の最大音圧は凄まじいものがあって、手に持っているA4用紙のプログラムがびりびりと振動したと後から家内が述懐していた。ここでのどっしり安定した分厚い和声の構築は白眉であり、パワーとソノリティが両立して素晴らしかった。第5変奏が最終変奏で、そのコーダ部では右手高域のトリルが長く鳴らされるが、ここではころころと綺麗に回っていた。その均質な断続音が不意に心に侵入してきて鳥肌が立つ。とにかく弱音部における打鍵コントロールもまた素晴らしく、一つ一つの音粒が生きたままサウンドステージに放たれる様子が目に見えるのである。
全体を通じて音圧がきつめに感じられるからか、弱音ペダルを多用していたようであり、またこの楽器のサスティンペダルの効き始めのポジションが難しそうで、ダンパーが触る弦とぎりぎり触らない弦とが微妙に交錯する場面もあった。ご本人がそれに気づいていたかどうかは分からないが最前列では全てが拡大増幅して聴こえてしまうのでそういった些細な点が気にはなった。
休憩を挟みショパン2題。彼女のショパンを聴くのは初めてであり、今回それも楽しみにしていたもの。遺作のノクターンだが、過度にメランコリックな演奏が多い中、彼女の解釈はそうではなかった。実にあっけらかんとドライ、テンペラメントとしては穏健であり、さらさらと流れるような肩肘を張らない潔さはちょっと意外だった。もっとねっとりと粘性の効いたショパンかと思っていたのだが予感は外れた。幻想即興曲についても、世の中的には苛烈で深刻な抉り方、これがショパンだ、と言わんばかりの派手な演奏が多いなか、これまた軽くアンニュイで、しかし巧妙な浅めのデュナーミクを出し入れしつつ訥々とした情感を込めてナチュラルに歌い上げる解釈は実に奥ゆかしくて事大がからず逆に好印象。なるほど、と膝を打った。
最後のリストは重々しい作品であり、バッハの教会カンタータ第12番「泣き、歎き、憂い、怯え」BWV12の四声合唱部を鍵盤用にリストが編曲したもの。途中には対位法的な表現も用いられており、強奏部では左右手ともに忙しく、弱音部では強い鍵盤統制能力も要する多難な曲だ。ここでの古畑さんは調子も上々でダイナミックかつ精緻にバッハ/リスト編を歌い上げていた。
アンコールの左手のためのノクターンOp.9-2は、スクリャービンが自身の左手の能力増強/鍛錬のために書いた曲とか。脳溢血の後遺症から右半身に障害を負った舘野泉が弾いて日本でも有名になった曲。彼女は終始右手で椅子の座面を握りながら左手だけで悠然とこのチャーミングな曲を弾いていく。圧巻のひとこと。そして最後、ダンテ・ソナタは彼女のOEHMSデビュー盤の最終トラックを飾った作品で、数あるピアノ独奏曲のなかでも超絶技巧を要する代表格の一つ。その最終パート~コーダまでを一気に弾き切った。
古畑さんとはこれまでMusicArenaやFacebookを介してのコミュニケーションしかなかった。しかし今回、演奏会が終わってからホール玄関で少しだけ会話することで初対面を果たすことができた。普段はドイツにいる彼女にこの東京で会えたことは奇遇と言ってよく、本当に嬉しい出来事だった。
(音質評)
このホールの音響コンディションはかなり厳しいものがあって、古畑さんの美しい演奏をゆったり嗜むという風情ではなかった。曲目も演奏もとても良かったのでちょっと残念と言えば残念。前述の通り、ホール玄関で会話した時、彼女自身がホール音響に言及していた。つまり、小さなエアボリュームの割に大型モデルが割り当てられたため、また、ホール特性がライブ過ぎて直接音が余りに強く響き、自分の弾く音が正しい距離感覚で聴き取れないことで非常に弾き辛かったとのことだった。3000人収容のサントリーや芸劇、みなとみらいホールなどの大型音楽ホールの大空間を音で満たすことができるスタインウェイのフルコンをこのサイズの小ホールで鳴らすのは、例えばアルテックA7を六畳間に入れて大音量で鳴らすに等しい。
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by primex64
| 2014-10-18 23:48
| Concert/Recital
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