2014年 09月 24日
Mozart: P-Sonata#15 K.533 Etc@Francesco Piemontesi |
フランスの俊英、フランチェスコ・ピエモンテージのnaïve専属2枚目のアルバムだそうで、前回のデビュー盤はシューマン/ドヴォルザークのPコンをBBCビエロフラーヴェクで録って好評だったとか。

http://tower.jp/item/3480050/
Mozart:
Fantasia in D minor, K.397
Piano Sonata No.6 in D, K.284 "Durnitz"
Rondo in D major, K.485
Rondo in A minor, K.511
Piano Sonata No.15 in F major, K.533/494
Francesco Piemontesi (Pf)
モーツァルト:
(1)幻想曲 ニ短調 K.397
(2)ピアノ・ソナタ 第6番 ニ長調「デュルニツ」K.284
(3)ロンド ニ長調 K.485
(4)ロンド イ短調 K.511
(5)ピアノ・ソナタ 第15番 ヘ長調 K.533/494
フランチェスコ・ピエモンテージ(Pf)
naïveの輸入元であるキング・インターナショナルの解説から:
若い頃にさんざん聴き、また弾いたモーツァルトは成人してからは殆ど聴かなくなった。そのため年間を通して買っているCDにモーツァルト作品が含まれる確率は低く、精々1枚あれば良い方だろう(それはPソナタを除くベートーヴェン作品全般についても同じで殆ど聴かなくなった)。
ということで久し振りのモーツァルト。この若いピエモンテージはモーツァルトの音楽構造の一端を独特に理解していて、世の中的にはあまり取り上げられないその要素を敢えて強調して聴かせようと努力しているようだ。それは私のモーツァルト観とも一致することから、個人的にはたいへん共感できる演奏。結論から言うと、とても良い演奏/録音である。
上のキングインターのピエモンテージのプロフィールには、彼はブレンデル、内田光子、ワイセンベルクといった世界的なピアニストの薫陶を受けたとある。ワイセンベルクは他の二人とは明確に異なる異端系・個性系と分類されようが、ブレンデルと内田は正統派である。また、この二人に関しては、偶然だが今回のアルバムと同じモーツァルトの世界的スペシャリストであるのは論を待たない。尚、ワイセンベルクもPコンはじめ多くのモーツァルト作品を個性豊かに演奏した録音を残している。
ブレンデルは世の中的にはとても巧くて非の打ち所のない大ピアニストなんだけれども、個人的な所感を述べるなら弾き出されてくる音楽は実に凡庸でつまらないと感じることが殆ど。また、内田光子もブレンデルに共通するお行儀の良い優等ピアニストであり、繊細な感性と秘めたるテンペラメントには巨匠としての風格が漲ってはいる。だが、個人的には内田の音楽には常時煮え切らない部分を感じていて、譜読みが完璧であるがためか一種の型押し的な画一感が気になるし、また結局、最後になっても何が言いたかったのかが良く分からない演奏が多い気がする。
では、ピエモンテージのモーツァルトはどうなのかというと、ワイセンベルクのような破滅的な個性、破天荒さはないけれども、ブレンデルや内田の音楽よりかはフレッシュで意図が明確、そして楽しいのである。そして、着目すべきはそれらにもまして、ことここに入っているモーツァルトの作品の大半からは対位法の要素を強く抽出していて、他では殆ど認められない珍しいアプローチとしているということ。モーツァルトの多くの著名なクラヴィーア曲は、現代における演奏スタイルと殆ど変わらない棲み分け、即ち、左手=伴奏部=和音や分散和音などで基音を成すハーモニー(和声、コード進行)、右手=旋律部=単音スケールを基調とし(これをホモフォニーと言う)、時にこれの派生形の分散和音等で主たるメロディを司る、といったものである。
対位法についてはかつてMusicArenaでは頻繁に話題にしてきたし、また世の中的にはバッハの音楽の中核をなす楽曲設計方法であるので敢えて詳細は述べない。ピエモンテージが冒頭に選んだ幻想曲ニ短調は全体の三分の一ほどが対位法表現と言ってよい譜面構成となっていて、左手の対旋律を注意深く明確に分離させて弾けばバッハが確立したカノンあるいはフーガに似た和声の構築法と似通っていると言える。実は、モーツァルトが書いたクラヴィーア曲には部分的に対位法的アプローチが用いられたものが少なくはないのだ。特に、個人的な経験によれば晩年の独奏クラヴィーア作品にはリチェルカーレに類似した手法が断片的に多用されている。
次のPソナタ6番ニ長調も冒頭曲と同様に半分程度が同様の対位法によって揺れる左右の旋律の差分から生れる和音で和声が象られるという構造であり、左手が専任で担当する伴奏部は一部に限られる。真ん中の二つのロンドは対位法表現が使われているとはいえず、左右で伴奏/主旋律を専担する形式の譜面構成となっている。
最後のPソナタ15番はケッヘル番号を複数持った珍しい作品で、中間楽章を除けば殆どが対位法的アプローチで書かれた曲である。恐らくこのアルバムの神髄と言ってよく、ピエモンテージもそういった位置づけで弾いているのだと思う。ピエモンテージは左手の対旋律をスラーもレガートも使わずに微細な点描で正確にそして明晰に際立たせて刻んでいく。ここに右手の主旋律が重畳され、モーツァルトだけが成し得た軽量フェザータッチ、それでいて重苦しい重厚さを感じさせない楽天的な軽妙さを醸しているのである。但し、前述の通り、あくまでも対位法「的」アプローチなのであって、厳密な多声フーガ、あるいはリチェルカーレとは違って簡便法であることに違いはなく、そういった点においてモーツァルトはこういう駆けっこの歌、つまり輪唱的な旋律進行が苦手だった可能性はあったかと個人的には思っている。
キングインターの解説にはピエモンテージは「ふわりとした柔らかなタッチ」と記しているが、これはちょっと当たっていない。微細で霊妙ではあるけれども芯が明確でかなり硬質なタッチだと言える。「澄みきったピアニッシモの響き」や「明暗と強弱のコントラスト」は言い得ている。だが、もっと強調すべきはその超絶技巧である。指回りは昨今の新鋭でいえばメルニコフやヌーブルジェに匹敵あるいは凌駕するくらい高速だ。その高速性能を駆使してリチェルカーレ/フーガ様式を縦横に弾き倒しているのがなにより素晴らしいのである。ここまで技巧が切れている男性ピアニストの出現は久し振り。今後更に広いレパートリー、特にバッハを聴きたいものだ。
(録音評)
naïve V5367、通常CD。録音は2013年9月、ルガノ=Auditorio Stelio Moro, Lugano(Switzerland) Radiotelevisione della Swizzera Italiana(RSI)とある。録音機材はSequoia、マイク DPA 4006×2、Schoeps MK21H、プリアンプとコンバータ Studer Vista 8/D21m systemとある。音質は固めで寒色系、澄み渡った独特の冷涼感が特色だ。naïveの独奏ピアノ録音は暖色系でふわっと立ち上がる音場表現であることが多いのであるがこの盤はかなりハード&クールで細身、超高解像度系に振った調音としている。だが、輪郭強調の下品な「オーディオ品質」ではなくて、これもまた曲想に合わせたアレンジと思われるハイセンスな仕上がりなのだ。文句なし。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

http://tower.jp/item/3480050/
Mozart:
Fantasia in D minor, K.397
Piano Sonata No.6 in D, K.284 "Durnitz"
Rondo in D major, K.485
Rondo in A minor, K.511
Piano Sonata No.15 in F major, K.533/494
Francesco Piemontesi (Pf)
モーツァルト:
(1)幻想曲 ニ短調 K.397
(2)ピアノ・ソナタ 第6番 ニ長調「デュルニツ」K.284
(3)ロンド ニ長調 K.485
(4)ロンド イ短調 K.511
(5)ピアノ・ソナタ 第15番 ヘ長調 K.533/494
フランチェスコ・ピエモンテージ(Pf)
naïveの輸入元であるキング・インターナショナルの解説から:
俊英ピエモンテージ、最新盤はモーツァルト!
清廉に魅せるピアノ・ソナタ集
2013年に来日し注目度急上昇中のフランスの俊英、フランチェスコ・ピエモンテージが、2012年より専属契約を交わした「naive」レーベルから待望の2ndアルバムをリリースいたしました!ビエロフラーヴェク&BBC響をバックに控え、万全の態勢で臨んだ1stアルバム(V5327)に引き続き今回発売される運びとなったのは、モーツァルトのピアノ作品集。「Claves」レーベルのシューマン:ピアノ曲全集録音プロジェクトに参加するなど、独奏曲録音も果敢に取り組んできたピエモンテージですが、モーツァルトの作品のみを収録したアルバムをリリースするのは今回が初めて。2つのピアノ・ソナタに3つの小品をカップリングしたプログラムで、1曲めに収録された「幻想曲ニ短調」の瞑想的な冒頭から、ピエモンテージが奏でる深く繊細な音色にぐっと惹きこまれます。彼独特のふわりとした柔らかなタッチは今回も健在で、特に澄みきったピアニッシモの響きは絶品。明暗と強弱のコントラストも素晴らしく、清爽な演奏を聞かせてくれます。
<フランチェスコ・ピエモンテージ>
1983年スイス生まれ。ハノーファーでA.ヴァルディに師事する傍ら、A.ブレンデル、内田光子、A.ワイセンベルクといったアーティストと親しい交流を育み、重要なインスピレーションを得る。エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞ほか、数々の国際コンクールで輝かしい受賞歴を誇る。室内楽ではE.パユ、H.シフ、D.ミュラー=ショットらからの信頼も厚い。2012年より「naive」レーベルと専属契約を交わし、リリース活動方面でも期待が集まっている。
(キングインターナショナル)
清廉に魅せるピアノ・ソナタ集
2013年に来日し注目度急上昇中のフランスの俊英、フランチェスコ・ピエモンテージが、2012年より専属契約を交わした「naive」レーベルから待望の2ndアルバムをリリースいたしました!ビエロフラーヴェク&BBC響をバックに控え、万全の態勢で臨んだ1stアルバム(V5327)に引き続き今回発売される運びとなったのは、モーツァルトのピアノ作品集。「Claves」レーベルのシューマン:ピアノ曲全集録音プロジェクトに参加するなど、独奏曲録音も果敢に取り組んできたピエモンテージですが、モーツァルトの作品のみを収録したアルバムをリリースするのは今回が初めて。2つのピアノ・ソナタに3つの小品をカップリングしたプログラムで、1曲めに収録された「幻想曲ニ短調」の瞑想的な冒頭から、ピエモンテージが奏でる深く繊細な音色にぐっと惹きこまれます。彼独特のふわりとした柔らかなタッチは今回も健在で、特に澄みきったピアニッシモの響きは絶品。明暗と強弱のコントラストも素晴らしく、清爽な演奏を聞かせてくれます。
<フランチェスコ・ピエモンテージ>
1983年スイス生まれ。ハノーファーでA.ヴァルディに師事する傍ら、A.ブレンデル、内田光子、A.ワイセンベルクといったアーティストと親しい交流を育み、重要なインスピレーションを得る。エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞ほか、数々の国際コンクールで輝かしい受賞歴を誇る。室内楽ではE.パユ、H.シフ、D.ミュラー=ショットらからの信頼も厚い。2012年より「naive」レーベルと専属契約を交わし、リリース活動方面でも期待が集まっている。
(キングインターナショナル)
若い頃にさんざん聴き、また弾いたモーツァルトは成人してからは殆ど聴かなくなった。そのため年間を通して買っているCDにモーツァルト作品が含まれる確率は低く、精々1枚あれば良い方だろう(それはPソナタを除くベートーヴェン作品全般についても同じで殆ど聴かなくなった)。
ということで久し振りのモーツァルト。この若いピエモンテージはモーツァルトの音楽構造の一端を独特に理解していて、世の中的にはあまり取り上げられないその要素を敢えて強調して聴かせようと努力しているようだ。それは私のモーツァルト観とも一致することから、個人的にはたいへん共感できる演奏。結論から言うと、とても良い演奏/録音である。
上のキングインターのピエモンテージのプロフィールには、彼はブレンデル、内田光子、ワイセンベルクといった世界的なピアニストの薫陶を受けたとある。ワイセンベルクは他の二人とは明確に異なる異端系・個性系と分類されようが、ブレンデルと内田は正統派である。また、この二人に関しては、偶然だが今回のアルバムと同じモーツァルトの世界的スペシャリストであるのは論を待たない。尚、ワイセンベルクもPコンはじめ多くのモーツァルト作品を個性豊かに演奏した録音を残している。
ブレンデルは世の中的にはとても巧くて非の打ち所のない大ピアニストなんだけれども、個人的な所感を述べるなら弾き出されてくる音楽は実に凡庸でつまらないと感じることが殆ど。また、内田光子もブレンデルに共通するお行儀の良い優等ピアニストであり、繊細な感性と秘めたるテンペラメントには巨匠としての風格が漲ってはいる。だが、個人的には内田の音楽には常時煮え切らない部分を感じていて、譜読みが完璧であるがためか一種の型押し的な画一感が気になるし、また結局、最後になっても何が言いたかったのかが良く分からない演奏が多い気がする。
では、ピエモンテージのモーツァルトはどうなのかというと、ワイセンベルクのような破滅的な個性、破天荒さはないけれども、ブレンデルや内田の音楽よりかはフレッシュで意図が明確、そして楽しいのである。そして、着目すべきはそれらにもまして、ことここに入っているモーツァルトの作品の大半からは対位法の要素を強く抽出していて、他では殆ど認められない珍しいアプローチとしているということ。モーツァルトの多くの著名なクラヴィーア曲は、現代における演奏スタイルと殆ど変わらない棲み分け、即ち、左手=伴奏部=和音や分散和音などで基音を成すハーモニー(和声、コード進行)、右手=旋律部=単音スケールを基調とし(これをホモフォニーと言う)、時にこれの派生形の分散和音等で主たるメロディを司る、といったものである。
対位法についてはかつてMusicArenaでは頻繁に話題にしてきたし、また世の中的にはバッハの音楽の中核をなす楽曲設計方法であるので敢えて詳細は述べない。ピエモンテージが冒頭に選んだ幻想曲ニ短調は全体の三分の一ほどが対位法表現と言ってよい譜面構成となっていて、左手の対旋律を注意深く明確に分離させて弾けばバッハが確立したカノンあるいはフーガに似た和声の構築法と似通っていると言える。実は、モーツァルトが書いたクラヴィーア曲には部分的に対位法的アプローチが用いられたものが少なくはないのだ。特に、個人的な経験によれば晩年の独奏クラヴィーア作品にはリチェルカーレに類似した手法が断片的に多用されている。
次のPソナタ6番ニ長調も冒頭曲と同様に半分程度が同様の対位法によって揺れる左右の旋律の差分から生れる和音で和声が象られるという構造であり、左手が専任で担当する伴奏部は一部に限られる。真ん中の二つのロンドは対位法表現が使われているとはいえず、左右で伴奏/主旋律を専担する形式の譜面構成となっている。
最後のPソナタ15番はケッヘル番号を複数持った珍しい作品で、中間楽章を除けば殆どが対位法的アプローチで書かれた曲である。恐らくこのアルバムの神髄と言ってよく、ピエモンテージもそういった位置づけで弾いているのだと思う。ピエモンテージは左手の対旋律をスラーもレガートも使わずに微細な点描で正確にそして明晰に際立たせて刻んでいく。ここに右手の主旋律が重畳され、モーツァルトだけが成し得た軽量フェザータッチ、それでいて重苦しい重厚さを感じさせない楽天的な軽妙さを醸しているのである。但し、前述の通り、あくまでも対位法「的」アプローチなのであって、厳密な多声フーガ、あるいはリチェルカーレとは違って簡便法であることに違いはなく、そういった点においてモーツァルトはこういう駆けっこの歌、つまり輪唱的な旋律進行が苦手だった可能性はあったかと個人的には思っている。
キングインターの解説にはピエモンテージは「ふわりとした柔らかなタッチ」と記しているが、これはちょっと当たっていない。微細で霊妙ではあるけれども芯が明確でかなり硬質なタッチだと言える。「澄みきったピアニッシモの響き」や「明暗と強弱のコントラスト」は言い得ている。だが、もっと強調すべきはその超絶技巧である。指回りは昨今の新鋭でいえばメルニコフやヌーブルジェに匹敵あるいは凌駕するくらい高速だ。その高速性能を駆使してリチェルカーレ/フーガ様式を縦横に弾き倒しているのがなにより素晴らしいのである。ここまで技巧が切れている男性ピアニストの出現は久し振り。今後更に広いレパートリー、特にバッハを聴きたいものだ。
(録音評)
naïve V5367、通常CD。録音は2013年9月、ルガノ=Auditorio Stelio Moro, Lugano(Switzerland) Radiotelevisione della Swizzera Italiana(RSI)とある。録音機材はSequoia、マイク DPA 4006×2、Schoeps MK21H、プリアンプとコンバータ Studer Vista 8/D21m systemとある。音質は固めで寒色系、澄み渡った独特の冷涼感が特色だ。naïveの独奏ピアノ録音は暖色系でふわっと立ち上がる音場表現であることが多いのであるがこの盤はかなりハード&クールで細身、超高解像度系に振った調音としている。だが、輪郭強調の下品な「オーディオ品質」ではなくて、これもまた曲想に合わせたアレンジと思われるハイセンスな仕上がりなのだ。文句なし。
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by primex64
| 2014-09-24 00:39
| Solo - Pf
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