天龍菜館@中華街 |
天仁茗茶(てんれんめいちゃ)は根岸線の石川町で降りて延平門(西側の門)をくぐってすぐのところにある台湾の高級茶葉の店で、我家ではかれこれ四半世紀は贔屓にしている名店。実は、昔からこのお茶屋が入るビルの脇で営業している風変りな中華料理屋の存在は知っていた。そして、それなりの噂も聞こえてきていて、いつの日か食べに入ろうと思っていた。昼食時間帯に通りかかると客で溢れ返っていて入るには待たねばならず、また夕刻を過ぎると店の前の歩道にはみ出した露店席までいっぱいとなっていたりする。それで15:00くらいは狙い目かと思うのだがなぜか電気が消えていて薄暗く、やっているのかどうかもわからないという謎めいた、そして極めて薄汚い店だった。
この店の創業者である料理人は今なら85歳を超えるであろう広東の人で、聞くところによると数年前に高齢を理由に後進に店の経営を譲ったそうだ。それを境に料理の味は変わり、古くからの常連は痛く失望したそうだ。しかし、そういう情報がある一方、今なお個性的で現地張りの旨い広東料理を食わせるとの情報もあってなんだか錯綜している。
私らは幸か不幸か創業者の料理は食べたことがないので、先入観なしに味わってみることができる。茉莉花茶を買う前に店を覗いたら狭そうな店内には1組2人連れがランチを食べていた。
覗き込む我々の背後からイラシャマセィー!というちょっと不自由な日本語で話しかけてきた人物は、どうやらこの店の現在の料理人らしい。調理場があるというこのビルの3階から階段で降りてきたところだったようだ。
入口はアルミサッシで出来た工事現場の仮設扉そのもので、これを押し開けて中に入ると目の前には信じられないチープで頽廃した光景が広がる。一番手前のテーブルに腰かけるよう促された。料理人はメニューを示しつつ熱心に得意料理をアピールしてくる。
但し、前述の通り日本語は余り闊達ではないので言っていることの半分も聞き取れない。家内がメニューを見ながらこれはどんな料理か? 材料は? と尋ねるが、こちらが言っていることの殆どは理解されていないようだった。だが、そこは身振り手振りと熱意でどうにか意思疎通し、質問に対してなんらか返答があった。
まずはビールを注文。家内は生ビール!と叫んだが、どうやらキリン・ラガーしかチョイスはないようだ。そこそこの値段だが、珍しく大瓶だった。これなら中華街としては安い方だ。奥からすぐに女性スタッフが冷えたラガー、コップを二つ運んでくる。20年程前の中華街を彷彿とさせるように不愛想でつんけんした応対だ。
雑にペンキを塗りたくったような粗雑なコンクリート壁には一面に短冊メニューが貼り込まれており、料理のバリエーションは非常に広い。そして前述の通りの非日本的な不潔さ、いや、割と小奇麗で豪奢な中華街としてはあり得ない店内風景なのだ。一瞬、ここは台北の海側の貧しい料理屋か香港の九龍城のはずれの場末あたりの風情に瓜二つである。
このメニューからビールのあてに選んだのは涼絆青瓜(浅漬けきゅうりの葫和え)だ。2~3本程度の胡瓜を雑に砕いたものを塩揉みし、僅かな酢と大量の生葫の微塵切りで揉み込んだ簡単な料理だ。これで200円とは驚きの安さ。これはシンプルで旨くビールが痛く進み、かなり満腹となる。時間をかけて喋りながら胡瓜が胃から下に降りていくのを待った。
次に頼んだのは焼餃子。注文を女性スタッフに伝えると奥にあるインターホンか内線電話のような設備で厨房と連絡を取っているようである。しばらくしたらビビビーというブザーが鳴った。おそらく3階の厨房とはダムウェーター(小荷物専用のエレベーター)で繋がっているのであろう。料理人が姿を見せないのに餃子が出てきた。
大きめの餃子の皮は薄手だがむっちりとしており、そして熱くほくほくで本当に美味しい。葫が過剰に入っているだとか多量のラードが仕込まれていて汁が飛び出るだとかはないが、じんわりと旨さが広がる。餡には僅かな塩味が付いているので醤油や酢はなくても行ける。但し辛みは欲しいところで、辣油に浸すと深みが増して更に旨くなる。ここでビールを追加。
メインディッシュを頼もうとしたが、家内は満腹で麺もご飯も入らないという。おつまみ系として東波肉(豚角煮)を一皿頼むという。私は店主のお勧めで生菜(レタス)炒飯を頼んだ。すぐにスープが2杯サーブされる。二人なので2杯つけてくれたのであろう。ちょっと嬉しい配慮。暫し経って玄関扉が開き、店主自らがが生菜炒飯と東波肉を持って来る。
この炒飯、想像を裏切るものだった。普通はパラパラでほくほくな仕上がりを尊ぶのであるが、これはべちゃっとしていて湿潤。そう、多めの水加減で炊いたご飯を蒸らさずそのまま中華鍋で煽ったという感じだ。で、この濡れて芯が少しある炒飯はどうなのかというと目から鱗。実に落ち着く優しい味わいと舌触り、喉越しなのだ。これは家庭で作る焼き飯に近い。
驚いたのは東波肉だ。とろとろでどこまでも柔らかく、ほんのりとした豚本来の甘みを湛えている。上にかかっている八角の風味を移した醤油ベースのタレがまた極上であって非常に旨い。同じ値段で東波肉の丼もラインナップされているほどなので、これが炒飯に合わない訳はないのだ。ここで店主が奥から謎の小皿を持ってきた(写真撮影を失念)。
この小皿に盛られた赤い粒はサービスとのことだが、片言の日本語での会話によれば厨房で常用している万能調味料とのことで、つまりは「食べる辣油」みたいなものだ。甘みが強い唐辛子の粒と海老や蟹などの甲殻類の皮を砕いたものを高温の油で揚げたもののようだ。店主はこれを残していた餃子、炒飯、東波肉にかけて食べると美味しいよ、という。
試してみると深々とした滋味が広がって得も言われぬ至福に浸るのだ。特に餃子の味変は凄まじくて別の食べ物かと思うほどに上品でまろやかなフレーバーが漂うのだ。思ったほど辛みは強くはなくてたっぷりとかけても刺激的な味にはならない。ただただ旨みが倍加されるという具合だ。これはいい。
井之頭五郎がふらっと現れそうな粗雑で綺麗でない店だが、中華街の料理人や華僑の経営者たちが頻繁に集うというし、確かに地場の猥雑な雰囲気で独特。しかし味は一流で、多少荒っぽくムラもあるだろうがエネルギッシュで勢いの良い広東料理だ。繊細で和食のようなアプローチの高級広東料理店には決してない生気が感じられる店だ。但し万人には勧めない。
広東家郷料理 天龍菜館
横浜市中区山下町232天龍ビル1F
電話: 045-664-0179
営業: 11:00~24:00
定休: 不定休
最寄: JR石川町3分、
みなとみらい線 元町・中華街8分
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