2014年 03月 09日
Bloch, Janacek & Shostakovich : Vn Sonatas@Midori Goto, Ozgür Aydin |
五嶋みどりは、昨年8月リリースのNDR北ドイツ放送響/クリストフ・エッシェンバッハ指揮のヒンデミット作品集(ONDINE ODE-1214)においてソリストを務めたが、このアルバムが第56回グラミー賞(2014年1月27日発表)において最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞したのはちょっとしたニュースとなった。

http://tower.jp/item/3297239
Bloch & Janacek, Shostakovich: Violin Sonatas
Bloch: Violin Sonata No.2 ‘Poème mystique'
Janacek: Violin Sonata
Shostakovich: Violin Sonata, Op.134
Midori (Vn) & Ozgür Aydin (Pf)
五嶋みどり ~ 20世紀のヴァイオリン・ソナタ集
エルネスト・ブロッホ(1880-1959): ヴァイオリン・ソナタ第2番《神秘の詩》
レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928): ヴァイオリン・ソナタ
ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975): ヴァイオリン・ソナタ ト長調 Op.134
五嶋みどり(ヴァイオリン)
オズガー・アイディン(ピアノ)
グラミー賞受賞作品であるヒンデミットのアルバムのリリースから約1ヶ月後に出たのがこのブロッホ/ヤナーチェク/ショスタコーヴィチのアルバムとなる。どうも、五嶋みどりは永らく属してきたソニー・クラシカルを離れ、ONYXへ移籍したらしい(なおヒンデミットを録ったONDINEはエッシェンバッハの所属レーベルであり、みどりは今までも何枚かコラボ作品をリリースしていて、いずれも好感できる出来栄えだった)。ここに収録されている作品はどれもが20世紀のソナタであって前衛性の高いものばかりだ。恐らく演奏機会も録音機会も少ないものであって、一般的とはいえない作品たちだろう。事実、ブロッホの神秘の詩は、私自身は曲名は承知していたが聴くのは初めてだった。
JR東日本のテレビCMにみどりの弟=五嶋龍が出ている。色々と悩みながらもVnソリストを目指して成長を遂げた彼が弾く旋律と和声はどこか音程を外しているところがあって、このCMがかかるたびに私は耳障りと感じている昨今。ところが一方、みどりの操弦技巧は殆ど完璧であって非の打ちどころはない。この違いに関しては彼・彼女らの母親である五嶋節が実は一番わかっているのではなかろうか。
ある日、私がこのブロッホのアルバムをリビングで聴いていたら家人がこれは誰の演奏かと問う。五嶋みどりと答えると知らないという。無声状態にしてつけてあったCELL REGZAの画面にたまたまJR東日本のCMが映し出され、走り去る東北新幹線の姿と共に五嶋龍が登場したので、彼の異父の姉だと告げると、なるほど彼にはお姉さんがいたんだ・・、という。五嶋みどりの知名度というのは日本国内ではその程度のものなのかもしれない。
閑話休題。ブロッホの神秘の詩(ソナタ#2)は、エキセントリックで思索的、そして詩というより歌に近い肉声の語りのような音楽だ。殆ど無調性と言ってよいだろうその旋律をVnでトレースするとまるで人間の肉声で語りかけてくるような抑揚であって、音楽的な要素は極めて少ない。ブロッホはRシュトラウスに傾倒していたというが、確かにRシュトラウスの無調性系の作品に相通じる不気味さは感じられる。
五嶋みどりのVnは、典型的な大家の作品においては教科書的な形式美を完璧に再現していて音楽的にも素晴らしいのであるが面白みには欠けると思ってきた。しかし、こういった不安定で瞑想的なダイアログを弾かせると喉から絞り出すような声帯の模写がとても巧いことが分かる。どことなくノスタルジックであり、欧州のどこか奥まったマイナーな地域の民族色を想起させられる旋法はとても興味深い。
ヤナーチェクのソナタはブロッホよりかは聴き易い。が、やはり演奏時間の半分程度は無調性の展開であって、聴く側の解釈能力に求めるものとしては少し厳しい曲かもしれない。途中、美しい半音階的な協和音と4~6度のディミニッシュ和音が不安定な旋律を支えるパートが出現してふわりと浮遊する感覚に囚われる個所がある。ヤナーチェクは今でいうところのチェコ出身で若いころにはドヴォルザークと親交を結んで音楽的な影響を受けたとされているようだが、ことこのソナタにおいては民族楽派的な影響を聴き取ることはあまりできない。寧ろ、どちらかというとフランス印象楽派のフォーレだとかサン=サーンスの語法に似ていて思索的だけれども重々しくならないポップな組み立てが象徴的だ。みどりの演奏はこのヤナーチェクに関しては白眉であり、伴奏のアイディンとのコラボレーションもまた極上の出来だ。
ショスタコのト単調ソナタはとても斬新な作法で書かれていて、音楽的な調和とは程遠い、いわば破滅的な作品。これらはトーンクラスタや12音技法といった新ウィーンの連中が確立した語法とはちょっと違うのであるが、調性音楽とはとても言えない、やはり現代音楽と言わざるを得ない極めて前衛的な作品であることには違いがない。冒頭楽章においては余り情感的な意味をなさないシンプルな旋律がトランスするほど執拗に繰り返されたり、次の楽章では不安を強く煽るようなフラジオレットが多用されたりと、とにかくデモーニッシュな作りなのである。みどりの演奏は、これは言い過ぎかもしれないが、何らかの欲望に支配された鬼気迫る邪悪な魔物が、聴く側の深層心理に深く分け入ってきて精神上の心臓に相当する臓器を鷲掴みにして強く揉みしだき、そして無理矢理引きずり出して行く衝動を演じている、と感じるもの。相方のアイディンもまたおどろおどろしい情感でもってみどりとシンパシーで交信しつつ素晴らしい音響効果を挙げることに寄与している。
五嶋みどりの演奏は、このところ驚くべき内面的進化を遂げていると感じさせられる一枚であった。
(録音評)
ONYX4084、通常CD。録音はケルンでのセッション録音とある。音質だが、ONYXらしい穏健なもので、距離感がそこそこ感じられる中庸なマイクアングルによるワンポイント的な収録だ。突出した輪郭、強調感のあるハイファイ録音ではないがとてもバランスのとれた良い録音だ。音楽的・演奏的なパフォーマンスを重視する、いわば音楽ファンのための真の良心的レーベルと言えるONYXに、あの世界の五嶋みどりが移籍したことはとてもセンセーショナル、そして個人的にはとても好ましいことだと思っている。このことで、ONYXはムローヴァと共にみどりも擁することとなり、もはやマイナーレーベルとは言えない領域に来たのではなかろうか。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

http://tower.jp/item/3297239
Bloch & Janacek, Shostakovich: Violin Sonatas
Bloch: Violin Sonata No.2 ‘Poème mystique'
Janacek: Violin Sonata
Shostakovich: Violin Sonata, Op.134
Midori (Vn) & Ozgür Aydin (Pf)
五嶋みどり ~ 20世紀のヴァイオリン・ソナタ集
エルネスト・ブロッホ(1880-1959): ヴァイオリン・ソナタ第2番《神秘の詩》
レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928): ヴァイオリン・ソナタ
ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975): ヴァイオリン・ソナタ ト長調 Op.134
五嶋みどり(ヴァイオリン)
オズガー・アイディン(ピアノ)
グラミー賞受賞作品であるヒンデミットのアルバムのリリースから約1ヶ月後に出たのがこのブロッホ/ヤナーチェク/ショスタコーヴィチのアルバムとなる。どうも、五嶋みどりは永らく属してきたソニー・クラシカルを離れ、ONYXへ移籍したらしい(なおヒンデミットを録ったONDINEはエッシェンバッハの所属レーベルであり、みどりは今までも何枚かコラボ作品をリリースしていて、いずれも好感できる出来栄えだった)。ここに収録されている作品はどれもが20世紀のソナタであって前衛性の高いものばかりだ。恐らく演奏機会も録音機会も少ないものであって、一般的とはいえない作品たちだろう。事実、ブロッホの神秘の詩は、私自身は曲名は承知していたが聴くのは初めてだった。
JR東日本のテレビCMにみどりの弟=五嶋龍が出ている。色々と悩みながらもVnソリストを目指して成長を遂げた彼が弾く旋律と和声はどこか音程を外しているところがあって、このCMがかかるたびに私は耳障りと感じている昨今。ところが一方、みどりの操弦技巧は殆ど完璧であって非の打ちどころはない。この違いに関しては彼・彼女らの母親である五嶋節が実は一番わかっているのではなかろうか。
ある日、私がこのブロッホのアルバムをリビングで聴いていたら家人がこれは誰の演奏かと問う。五嶋みどりと答えると知らないという。無声状態にしてつけてあったCELL REGZAの画面にたまたまJR東日本のCMが映し出され、走り去る東北新幹線の姿と共に五嶋龍が登場したので、彼の異父の姉だと告げると、なるほど彼にはお姉さんがいたんだ・・、という。五嶋みどりの知名度というのは日本国内ではその程度のものなのかもしれない。
閑話休題。ブロッホの神秘の詩(ソナタ#2)は、エキセントリックで思索的、そして詩というより歌に近い肉声の語りのような音楽だ。殆ど無調性と言ってよいだろうその旋律をVnでトレースするとまるで人間の肉声で語りかけてくるような抑揚であって、音楽的な要素は極めて少ない。ブロッホはRシュトラウスに傾倒していたというが、確かにRシュトラウスの無調性系の作品に相通じる不気味さは感じられる。
五嶋みどりのVnは、典型的な大家の作品においては教科書的な形式美を完璧に再現していて音楽的にも素晴らしいのであるが面白みには欠けると思ってきた。しかし、こういった不安定で瞑想的なダイアログを弾かせると喉から絞り出すような声帯の模写がとても巧いことが分かる。どことなくノスタルジックであり、欧州のどこか奥まったマイナーな地域の民族色を想起させられる旋法はとても興味深い。
ヤナーチェクのソナタはブロッホよりかは聴き易い。が、やはり演奏時間の半分程度は無調性の展開であって、聴く側の解釈能力に求めるものとしては少し厳しい曲かもしれない。途中、美しい半音階的な協和音と4~6度のディミニッシュ和音が不安定な旋律を支えるパートが出現してふわりと浮遊する感覚に囚われる個所がある。ヤナーチェクは今でいうところのチェコ出身で若いころにはドヴォルザークと親交を結んで音楽的な影響を受けたとされているようだが、ことこのソナタにおいては民族楽派的な影響を聴き取ることはあまりできない。寧ろ、どちらかというとフランス印象楽派のフォーレだとかサン=サーンスの語法に似ていて思索的だけれども重々しくならないポップな組み立てが象徴的だ。みどりの演奏はこのヤナーチェクに関しては白眉であり、伴奏のアイディンとのコラボレーションもまた極上の出来だ。
ショスタコのト単調ソナタはとても斬新な作法で書かれていて、音楽的な調和とは程遠い、いわば破滅的な作品。これらはトーンクラスタや12音技法といった新ウィーンの連中が確立した語法とはちょっと違うのであるが、調性音楽とはとても言えない、やはり現代音楽と言わざるを得ない極めて前衛的な作品であることには違いがない。冒頭楽章においては余り情感的な意味をなさないシンプルな旋律がトランスするほど執拗に繰り返されたり、次の楽章では不安を強く煽るようなフラジオレットが多用されたりと、とにかくデモーニッシュな作りなのである。みどりの演奏は、これは言い過ぎかもしれないが、何らかの欲望に支配された鬼気迫る邪悪な魔物が、聴く側の深層心理に深く分け入ってきて精神上の心臓に相当する臓器を鷲掴みにして強く揉みしだき、そして無理矢理引きずり出して行く衝動を演じている、と感じるもの。相方のアイディンもまたおどろおどろしい情感でもってみどりとシンパシーで交信しつつ素晴らしい音響効果を挙げることに寄与している。
五嶋みどりの演奏は、このところ驚くべき内面的進化を遂げていると感じさせられる一枚であった。
(録音評)
ONYX4084、通常CD。録音はケルンでのセッション録音とある。音質だが、ONYXらしい穏健なもので、距離感がそこそこ感じられる中庸なマイクアングルによるワンポイント的な収録だ。突出した輪郭、強調感のあるハイファイ録音ではないがとてもバランスのとれた良い録音だ。音楽的・演奏的なパフォーマンスを重視する、いわば音楽ファンのための真の良心的レーベルと言えるONYXに、あの世界の五嶋みどりが移籍したことはとてもセンセーショナル、そして個人的にはとても好ましいことだと思っている。このことで、ONYXはムローヴァと共にみどりも擁することとなり、もはやマイナーレーベルとは言えない領域に来たのではなかろうか。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。♪ よい音楽を聴きましょう ♫
by primex64
| 2014-03-09 23:25
| Solo - Vn
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Trackback
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Comments(3)
ご無沙汰しております。みどりさんとオズガー・アイディンは、2011年に関西の演奏会で聴いたことがあります。
「JR東日本のテレビCMにみどりの弟=五嶋龍」は知りませんでした。また「五嶋みどりの知名度というのは日本国内ではその程度」については、東と西の地域差が大きいと思いました。関西では、あたかも遠い親戚の活躍を温かく見守っているかのようなアットホームな雰囲気です。
シンフォニー・ホールのロビーで、お母様のお友達が「セッちゃん」などと呼びかける場面に遭遇した挙げ句、お母様と一瞬目が合って「どちらさんでしたっけ?」と会釈までされてしまったこともあります。
一方、龍さんは、2006年に京都コンサート・ホールで聴いたことがありますが、演奏家というよりは、タレントみたいな器用さと深みのなさに、がっかりしました。ジュリアード音楽院で学んだ鎌倉出身の女性ヴァイオリニストと東京で会った時、「彼ぐらい弾ける人は、いくらでもいる」と辛辣でした。
2011年9月以来ですが、多分、「yu8086 こと primex64」さまと、それほど音感が大きくかけ離れていないように思います。
末筆で恐縮ですが、ご尊父様の一周忌、お疲れさまでした。
「JR東日本のテレビCMにみどりの弟=五嶋龍」は知りませんでした。また「五嶋みどりの知名度というのは日本国内ではその程度」については、東と西の地域差が大きいと思いました。関西では、あたかも遠い親戚の活躍を温かく見守っているかのようなアットホームな雰囲気です。
シンフォニー・ホールのロビーで、お母様のお友達が「セッちゃん」などと呼びかける場面に遭遇した挙げ句、お母様と一瞬目が合って「どちらさんでしたっけ?」と会釈までされてしまったこともあります。
一方、龍さんは、2006年に京都コンサート・ホールで聴いたことがありますが、演奏家というよりは、タレントみたいな器用さと深みのなさに、がっかりしました。ジュリアード音楽院で学んだ鎌倉出身の女性ヴァイオリニストと東京で会った時、「彼ぐらい弾ける人は、いくらでもいる」と辛辣でした。
2011年9月以来ですが、多分、「yu8086 こと primex64」さまと、それほど音感が大きくかけ離れていないように思います。
末筆で恐縮ですが、ご尊父様の一周忌、お疲れさまでした。
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itunalilyさま
ご無沙汰をしており恐縮です。
五嶋龍のCMはJR東日本管内でしか流れていないのでしょう。先週末は京都・松ヶ崎へ出張でした。宿泊したのが四条と烏丸御池の間くらいのホテルでしたが、部屋で観た、いつものテレビ朝日の番組のスポンサーがJR東日本ではなかったので五嶋龍のCMは流れませんでした。
https://www.ryugoto.com/topics/
亡父の法事は、お陰様でつつがなく終えることが出来ました。細かなことは年々忘却の彼方へと去って行くんでしょうけれども、私を生み育ててくれた恩と生前に楽しく過ごした日々の記憶は色褪せることはないですね。それを確信して戻ってまいりました。
ご無沙汰をしており恐縮です。
五嶋龍のCMはJR東日本管内でしか流れていないのでしょう。先週末は京都・松ヶ崎へ出張でした。宿泊したのが四条と烏丸御池の間くらいのホテルでしたが、部屋で観た、いつものテレビ朝日の番組のスポンサーがJR東日本ではなかったので五嶋龍のCMは流れませんでした。
https://www.ryugoto.com/topics/
亡父の法事は、お陰様でつつがなく終えることが出来ました。細かなことは年々忘却の彼方へと去って行くんでしょうけれども、私を生み育ててくれた恩と生前に楽しく過ごした日々の記憶は色褪せることはないですね。それを確信して戻ってまいりました。
早速、五嶋龍さんのCMを聞いてみました。
何だか、こう言っては何ですが、どこか昔の千住真理子さんみたいな音程ですね?彼には彼なりの悩みがあるのでしょうけれども....。
私はみどりさんの方が、その生き方といい、演奏への反映といい、断然好みです。「苦悩を突き抜けて歓喜へ!」を地でいく音楽人生のように思われます。
龍さんには、それが感じられないのが残念です。
何だか、こう言っては何ですが、どこか昔の千住真理子さんみたいな音程ですね?彼には彼なりの悩みがあるのでしょうけれども....。
私はみどりさんの方が、その生き方といい、演奏への反映といい、断然好みです。「苦悩を突き抜けて歓喜へ!」を地でいく音楽人生のように思われます。
龍さんには、それが感じられないのが残念です。




