2013年 12月 07日
Schumann: Grande Humoresque & P-Sonata#1@Adam Laloum |
MIRAREの新譜から、気鋭のアダム・ラルームが弾くシューマン作品集より。

http://tower.jp/item/3285448/
Schumann:
Grande Humoreske, Op.20
Piano Sonata No. 1 in F sharp minor, Op.11
Adam Laloum (Pf)
シューマン: ピアノ作品集
シューマン:
フモレスケ 変ロ長調 Op.20
ピアノ・ソナタ 第1番嬰ヘ短調Op.11
アダム・ラルーム(P)
ラルームについては先のリリースであるブラームスのピアノ作品集が秀逸だった。特筆すべきは、女流のような優美かつ繊細で研ぎ澄まされた感性にある。静謐かつノイズ感も歪感も殆ど感じられない精緻なピアニズムは昨今の男性ピアニストとしては非常に珍しい美学を感じたものだ。そういったちょっとデリケートで気難しい、そして線の細い印象のラルームがシューマンを弾くというから俄然興味が沸く。
グランド・フモレスケはシューマンの名作の一つであるが日本国内ではなぜかそれほど演奏される作品ではない。個人的にはかなり好きな曲であり、長きにわたって様々な奏者のフモレスケを聴いてはいる。無論バッハのゴルトベルクほどではないにせよ。この曲は、様々に揺れ動く人間の心の裏側のエモーションと、それに翻弄される人が表層的に示す立居振舞を色彩感鮮やかに小さく、かつ多数スケッチしていって書籍に装丁したような小品組曲であり、シューマンの作風の縮図といってよい私小説的なマジックが数々籠められている。シューマンの場合には、穏やかでなよとした主題の主旋律に続いて激しい展開部が挟まり、そして何度か変奏を繰り返しながらシュリンクし、元の穏和でシンプルな主題に戻っていくというパターンが多いのだが、この曲集の各曲はそのスタイルの典型例であろう。
このフモレスケはどうなのかというと、ラルームだからという固有の理由からはちょっと驚いた展開だった。ラルームのピアノは静謐な第一主題においては先のブラームスの思索的な演奏のそれであって個人的には共鳴できる部分が多い。しかし展開部におけるポップな雰囲気については想像とはちょっと違っていて、かなり荒れるのである。変奏を繰り返すなかでは無理して荒れさせているきらいがあって歪感が一気に増すしミスタッチに近い不協和音や急ぎすぎているパッセージが目立つ。まあ、そうは言いつつもなかなかに人を惹きつける魅力ある演奏を展開する。やはり、ブラームス作品集にあったように弱音部における桁外れな打鍵コントロール能力が奏功していてシューマンのフモレスケにあっても緩徐で静かなパートにおいてラルームの強点が発揮されている。なんとも優美かつ幽玄なピアノを弾く青年であろうか。しかし、強奏において断続して破綻する現象はアルバムを通して認められ、やはり強い打鍵においては限界が感じられる。
このPソナタは骨格が太目であって、繊細さより力強さが際立つ演奏となっている。もともと、シューマンの作風は優美かつ緩徐で女性的なものと、激しくて仄暗い男性的なものとに大きく分けられるが、このソナタは明らかに後者の分類となる。その辺の二面性についてはラルームは解釈の範囲に含めてちゃんと理解しているようであり、1楽章Allegro vivaveの重厚な旋律と暗鬱な和声を譜面の指示よりかは少し速目のテンポで繋いでいく。緩徐な2楽章Aria、気まぐれに可愛らしい3楽章Scherzo-Allegrissimoは短く、どちらかというと箸休め的なパートで、ここでのラルームの微細な技巧、澄明で極めて美しい音粒は流石というべき。そして終楽章Allegro un poco meaestosoは1楽章の鬱屈した重苦しさをベースとして中盤の変奏からは飛翔を試みる明るいパートを交錯させた明暗コントラストがはっきりとした作風。ラルームはやっぱり強打が巧くはなく、フォルテシモで混濁してしまったりピーキーに鳴いてしまったりと苦戦している。ただし、そうはいっても超一級のシューマン解釈であり、共鳴できる点は数多い。彼はまだ若いので、今後はハイレベル領域でのダイナミックレンジ拡大に向け鍛錬し、これらの弱点の克服を期待したいもの。やはり、次はショパンやラヴェル、ドビュッシーなど、彼の強点を活かせるであろう繊細な作品群を聴いてみたいと思う。
(録音評)
MIRARE MIR194、通常CD。録音は2012年9月2-5日、Salle Gaveau(サル・ガヴォー)、パリとある。音調は暗めだが解像度、音場の見通しは極めて良好でサウンドステージが奥行き方向に深く拡がる。ピノはスタインウェイのフルコンと思われ、多少メタリックながらピュアで透き通った音色が特徴的に捉えられている。演奏上のダイナミックレンジはハイレベル領域で少々苦しくなっているけれども録音上および聴感上のダイナミックレンジは無限とも思われるアロワンスに支えられて極めて広大。響きが豊かなライブホールで収録された、MIRAREならではのニュートラルな好録音である。
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Grande Humoreske, Op.20
Piano Sonata No. 1 in F sharp minor, Op.11
Adam Laloum (Pf)
シューマン: ピアノ作品集
シューマン:
フモレスケ 変ロ長調 Op.20
ピアノ・ソナタ 第1番嬰ヘ短調Op.11
アダム・ラルーム(P)
ラルームについては先のリリースであるブラームスのピアノ作品集が秀逸だった。特筆すべきは、女流のような優美かつ繊細で研ぎ澄まされた感性にある。静謐かつノイズ感も歪感も殆ど感じられない精緻なピアニズムは昨今の男性ピアニストとしては非常に珍しい美学を感じたものだ。そういったちょっとデリケートで気難しい、そして線の細い印象のラルームがシューマンを弾くというから俄然興味が沸く。
グランド・フモレスケはシューマンの名作の一つであるが日本国内ではなぜかそれほど演奏される作品ではない。個人的にはかなり好きな曲であり、長きにわたって様々な奏者のフモレスケを聴いてはいる。無論バッハのゴルトベルクほどではないにせよ。この曲は、様々に揺れ動く人間の心の裏側のエモーションと、それに翻弄される人が表層的に示す立居振舞を色彩感鮮やかに小さく、かつ多数スケッチしていって書籍に装丁したような小品組曲であり、シューマンの作風の縮図といってよい私小説的なマジックが数々籠められている。シューマンの場合には、穏やかでなよとした主題の主旋律に続いて激しい展開部が挟まり、そして何度か変奏を繰り返しながらシュリンクし、元の穏和でシンプルな主題に戻っていくというパターンが多いのだが、この曲集の各曲はそのスタイルの典型例であろう。
このフモレスケはどうなのかというと、ラルームだからという固有の理由からはちょっと驚いた展開だった。ラルームのピアノは静謐な第一主題においては先のブラームスの思索的な演奏のそれであって個人的には共鳴できる部分が多い。しかし展開部におけるポップな雰囲気については想像とはちょっと違っていて、かなり荒れるのである。変奏を繰り返すなかでは無理して荒れさせているきらいがあって歪感が一気に増すしミスタッチに近い不協和音や急ぎすぎているパッセージが目立つ。まあ、そうは言いつつもなかなかに人を惹きつける魅力ある演奏を展開する。やはり、ブラームス作品集にあったように弱音部における桁外れな打鍵コントロール能力が奏功していてシューマンのフモレスケにあっても緩徐で静かなパートにおいてラルームの強点が発揮されている。なんとも優美かつ幽玄なピアノを弾く青年であろうか。しかし、強奏において断続して破綻する現象はアルバムを通して認められ、やはり強い打鍵においては限界が感じられる。
このPソナタは骨格が太目であって、繊細さより力強さが際立つ演奏となっている。もともと、シューマンの作風は優美かつ緩徐で女性的なものと、激しくて仄暗い男性的なものとに大きく分けられるが、このソナタは明らかに後者の分類となる。その辺の二面性についてはラルームは解釈の範囲に含めてちゃんと理解しているようであり、1楽章Allegro vivaveの重厚な旋律と暗鬱な和声を譜面の指示よりかは少し速目のテンポで繋いでいく。緩徐な2楽章Aria、気まぐれに可愛らしい3楽章Scherzo-Allegrissimoは短く、どちらかというと箸休め的なパートで、ここでのラルームの微細な技巧、澄明で極めて美しい音粒は流石というべき。そして終楽章Allegro un poco meaestosoは1楽章の鬱屈した重苦しさをベースとして中盤の変奏からは飛翔を試みる明るいパートを交錯させた明暗コントラストがはっきりとした作風。ラルームはやっぱり強打が巧くはなく、フォルテシモで混濁してしまったりピーキーに鳴いてしまったりと苦戦している。ただし、そうはいっても超一級のシューマン解釈であり、共鳴できる点は数多い。彼はまだ若いので、今後はハイレベル領域でのダイナミックレンジ拡大に向け鍛錬し、これらの弱点の克服を期待したいもの。やはり、次はショパンやラヴェル、ドビュッシーなど、彼の強点を活かせるであろう繊細な作品群を聴いてみたいと思う。
(録音評)
MIRARE MIR194、通常CD。録音は2012年9月2-5日、Salle Gaveau(サル・ガヴォー)、パリとある。音調は暗めだが解像度、音場の見通しは極めて良好でサウンドステージが奥行き方向に深く拡がる。ピノはスタインウェイのフルコンと思われ、多少メタリックながらピュアで透き通った音色が特徴的に捉えられている。演奏上のダイナミックレンジはハイレベル領域で少々苦しくなっているけれども録音上および聴感上のダイナミックレンジは無限とも思われるアロワンスに支えられて極めて広大。響きが豊かなライブホールで収録された、MIRAREならではのニュートラルな好録音である。
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by primex64
| 2013-12-07 11:37
| Solo - Pf
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