2013年 10月 18日
Bruch, Korngold, Chausson: Works for Vn & Orc.@Arabella Steinbacher, Lawrence Foster/Gulbenkian O. |
シックであでやかなバーガンディ色に統一されたジャケット写真が印象的なペンタトーンの春の新譜で、SACDハイブリッド。シュタインバッハーが弾くコルンゴルト+ショーソン+ブルッフという浮遊系を集めたVn作品アルバムから。

http://tower.jp/item/3227639/
Bruch, Korngold, Chausson: Works for Violin & Orchestra
Korngold: Violin Concerto in D major, Op.35
Chausson: Poème for Violin & Orchestra, Op.25
Bruch: Violin Concerto No.1 in G minor, Op.26
Arabella Steinbacher (Vn)
Orquestra Gulbenkian, Lawrence Foster
コルンゴルト: ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35
ショーソン: 詩曲 Op.25
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調 Op.26
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン)
ローレンス・フォスター(指揮) グルベンキアン管弦楽団
コルンゴルトはチェコ生まれのユダヤ人で、早くからその才能を開花させウィーンで名声を得ていた。しかし折しもナチスによるオーストリー併合という不安定な世相の中、危惧された迫害から逃れるためにアメリカへと亡命した。渡米後は従来の路線を諦め、黎明期であった映画音楽の世界で活躍し遂にオスカーを獲得するに至る。しかしその後、脳溢血で倒れて逝去してしまう。人生の後半に身を置いたのがクラシックの世界ではなかったことから必ずしも名は知れていなかった作家の一人ではある。しかし21世紀を前にして再評価のムーブメントが起き、現在に至る。
ショーソンはパリ出身の作家で、若かりし頃はあのフランクに師事し頭角を現す。その後、ワーグナーに傾倒したことからバイロイトとパリを行き来する日々を送る。書いた作品は割と多いのであるが、40歳半ばにして自転車の事故で急逝してしまう。もう少し長生きしていればフランクやサン=サーンス、もしくはフォーレのような曲想でもって一世を風靡した可能性は高かったと思料する。この人も世では高い名声を得ているとは言い難かった一人。
ブルッフはドイツの作家で、シューマン、ブラームス、そしてメンデルスゾーンといった王道のドイツロマン派の後継に当たる世代を生きた人物。しかし、不思議なことにブルッフが好んで使った旋律は彼らロマン派の巨匠たちとはかけ離れたものであり、ドイツ以外の民謡や民俗音楽にインスパイアされた郷愁誘うものが多く、また和声もどちらかというとフランス印象楽派に近い浮遊感を湛えている。ドイツ出自としては異色の作家と言えようか。ブルッフもまたナチスの影響下にあって、作家活動も演奏活動も抑圧された時代があった。
この三人は出身地が違い、そして生涯も全く異なる道を歩んだにも拘わらず、同時代性のためか作風がなんとなく共通するのは不思議だ。いずれの作家の作品も旋律は比較的シンプルで親しみやすいものだが、和声が複雑かつ霞のように浮遊するので、私自身は勝手に浮遊系と呼んでいる。そして、個人的にはこの三人の作品を多く蒐集しているわけではないのだがどことなく気になり、たまに聴きたくなる作品たちなのである。
コルンゴルトのニ長調Vnコンは、旋律の語法としてはそれほど難解ではないにせよ、捉えどころが見つけ辛い作品だ。しかし、シュタインバッハーは明晰な旋律解釈をしており、こういったアクセントの見つけ方もあるのか、と膝を打つ。これは現代曲にも造詣があるローレンス・フォスターの解釈なのかもしれないが、いずれにせよ端正で清潔、そして過度な前衛性に陥らない穏健なトレースの中に光るものが点在するという燻し銀のような演奏だ。
ショーソンの詩曲は昨今では有名で、ロマン派交響曲のコンサートの前座などによく用いられているもの。この作品の捉えどころは更に難しい面があり、また浮遊系の和声を極端に歌わせて特徴づける演奏が多いなか、フォスター/シュタインバッハーの一貫した冷涼な解釈が秀逸だ。同一線上では比べられないのであるが、この曲に関してはファウストの演奏が傑出しており、両者を対比すると硬と軟、動と静といった感じでじつに興味深いし、ソリストの基本ポリシーが端的に表れた曲想かと思う。
最後に入っているブルッフだが、これは前者二つよりかは捉えどころという点においては分かり易い。規模が大きな構築物を思わせる変形三部形式、あるいは準ソナタ形式とでもいうべきか、まさにドイツ作家の面目躍如といったところなんだろうが、前述のとおり和声はドイツロマン派とは大きく異なった性質を持つ。ここでもシュタインバッハーは穏健な解釈を貫いていて、決して突出しない情感、奇を衒ったところがまるで感じられない真面目で真摯、そしてどこまでも思慮深い丁寧な演奏は静かな感動と満足度に繋がる。これまた同列で比較するのはいかがなものかと思うが、DECCAに移籍したジャニーヌ・ヤンセンの演奏とは好対比だ。ヤンセンの演奏はめりはりが効いた分かり易い解釈と演出であり、ある意味で世俗的で直情的、そして大衆興行としては的を射ているもの。対するシュタインバッハーの演奏は高雅でアカデミック、思想的・思索的と言えようか。
これはシュタインバッハーの人となりが十二分に発露された、なかなかに聴き応えのする素晴らしい演奏である。またローレンス・フォスター/グルベンキアンの質実剛健にしてハイスピードなサポートも爽快で、彼らのちょっと前の傑作録音であるnaïveに吹き込んだリーズのPコン・アルバムと双璧をなす、聴きどころ満載のアルバム。個人的には今年に入って聴いた優秀演奏の中の十指には確実に入っている。
(録音評)
Pentatone PTC 5186 503、SACDハイブリッド。録音は2012年7月、Grand Auditório of the Calouste, Gulbenkian Foundation Lisbonとある。レコーディング・プロデューサー:Job Maarse、トーンマイスター:Erdo Groot、レコーディング・エンジニア:Roger de Schotとある。音質的にはペンタトーンの従来路線に似たものがあるが、但しブリリアンスは通常よりも抑制気味だ。その代り、フェザータッチの一種独特のシズル感が感じられ、これが全編を通じての音質上のアクセントとなっている。シュタインバッハーのVnはちょっと遠目のオフマイクであり、定位は良好だがもうちょっと生々しさは欲しい。オケの定位、音場展開共に優秀で、小音量からフォルテッシモまでスムーズかつリニアに吹け上がるのはDSDならではの器の大きさ、余裕度を感じさせるもの。これはSACDではあるけれども殊更にディテールを抉ったような録音ではなく、落ち着いたスイートなアンビエンスに身を包まれて音楽を聴くには好適な調音となっている。
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Bruch, Korngold, Chausson: Works for Violin & Orchestra
Korngold: Violin Concerto in D major, Op.35
Chausson: Poème for Violin & Orchestra, Op.25
Bruch: Violin Concerto No.1 in G minor, Op.26
Arabella Steinbacher (Vn)
Orquestra Gulbenkian, Lawrence Foster
コルンゴルト: ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35
ショーソン: 詩曲 Op.25
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調 Op.26
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン)
ローレンス・フォスター(指揮) グルベンキアン管弦楽団
コルンゴルトはチェコ生まれのユダヤ人で、早くからその才能を開花させウィーンで名声を得ていた。しかし折しもナチスによるオーストリー併合という不安定な世相の中、危惧された迫害から逃れるためにアメリカへと亡命した。渡米後は従来の路線を諦め、黎明期であった映画音楽の世界で活躍し遂にオスカーを獲得するに至る。しかしその後、脳溢血で倒れて逝去してしまう。人生の後半に身を置いたのがクラシックの世界ではなかったことから必ずしも名は知れていなかった作家の一人ではある。しかし21世紀を前にして再評価のムーブメントが起き、現在に至る。
ショーソンはパリ出身の作家で、若かりし頃はあのフランクに師事し頭角を現す。その後、ワーグナーに傾倒したことからバイロイトとパリを行き来する日々を送る。書いた作品は割と多いのであるが、40歳半ばにして自転車の事故で急逝してしまう。もう少し長生きしていればフランクやサン=サーンス、もしくはフォーレのような曲想でもって一世を風靡した可能性は高かったと思料する。この人も世では高い名声を得ているとは言い難かった一人。
ブルッフはドイツの作家で、シューマン、ブラームス、そしてメンデルスゾーンといった王道のドイツロマン派の後継に当たる世代を生きた人物。しかし、不思議なことにブルッフが好んで使った旋律は彼らロマン派の巨匠たちとはかけ離れたものであり、ドイツ以外の民謡や民俗音楽にインスパイアされた郷愁誘うものが多く、また和声もどちらかというとフランス印象楽派に近い浮遊感を湛えている。ドイツ出自としては異色の作家と言えようか。ブルッフもまたナチスの影響下にあって、作家活動も演奏活動も抑圧された時代があった。
この三人は出身地が違い、そして生涯も全く異なる道を歩んだにも拘わらず、同時代性のためか作風がなんとなく共通するのは不思議だ。いずれの作家の作品も旋律は比較的シンプルで親しみやすいものだが、和声が複雑かつ霞のように浮遊するので、私自身は勝手に浮遊系と呼んでいる。そして、個人的にはこの三人の作品を多く蒐集しているわけではないのだがどことなく気になり、たまに聴きたくなる作品たちなのである。
コルンゴルトのニ長調Vnコンは、旋律の語法としてはそれほど難解ではないにせよ、捉えどころが見つけ辛い作品だ。しかし、シュタインバッハーは明晰な旋律解釈をしており、こういったアクセントの見つけ方もあるのか、と膝を打つ。これは現代曲にも造詣があるローレンス・フォスターの解釈なのかもしれないが、いずれにせよ端正で清潔、そして過度な前衛性に陥らない穏健なトレースの中に光るものが点在するという燻し銀のような演奏だ。
ショーソンの詩曲は昨今では有名で、ロマン派交響曲のコンサートの前座などによく用いられているもの。この作品の捉えどころは更に難しい面があり、また浮遊系の和声を極端に歌わせて特徴づける演奏が多いなか、フォスター/シュタインバッハーの一貫した冷涼な解釈が秀逸だ。同一線上では比べられないのであるが、この曲に関してはファウストの演奏が傑出しており、両者を対比すると硬と軟、動と静といった感じでじつに興味深いし、ソリストの基本ポリシーが端的に表れた曲想かと思う。
最後に入っているブルッフだが、これは前者二つよりかは捉えどころという点においては分かり易い。規模が大きな構築物を思わせる変形三部形式、あるいは準ソナタ形式とでもいうべきか、まさにドイツ作家の面目躍如といったところなんだろうが、前述のとおり和声はドイツロマン派とは大きく異なった性質を持つ。ここでもシュタインバッハーは穏健な解釈を貫いていて、決して突出しない情感、奇を衒ったところがまるで感じられない真面目で真摯、そしてどこまでも思慮深い丁寧な演奏は静かな感動と満足度に繋がる。これまた同列で比較するのはいかがなものかと思うが、DECCAに移籍したジャニーヌ・ヤンセンの演奏とは好対比だ。ヤンセンの演奏はめりはりが効いた分かり易い解釈と演出であり、ある意味で世俗的で直情的、そして大衆興行としては的を射ているもの。対するシュタインバッハーの演奏は高雅でアカデミック、思想的・思索的と言えようか。
これはシュタインバッハーの人となりが十二分に発露された、なかなかに聴き応えのする素晴らしい演奏である。またローレンス・フォスター/グルベンキアンの質実剛健にしてハイスピードなサポートも爽快で、彼らのちょっと前の傑作録音であるnaïveに吹き込んだリーズのPコン・アルバムと双璧をなす、聴きどころ満載のアルバム。個人的には今年に入って聴いた優秀演奏の中の十指には確実に入っている。
(録音評)
Pentatone PTC 5186 503、SACDハイブリッド。録音は2012年7月、Grand Auditório of the Calouste, Gulbenkian Foundation Lisbonとある。レコーディング・プロデューサー:Job Maarse、トーンマイスター:Erdo Groot、レコーディング・エンジニア:Roger de Schotとある。音質的にはペンタトーンの従来路線に似たものがあるが、但しブリリアンスは通常よりも抑制気味だ。その代り、フェザータッチの一種独特のシズル感が感じられ、これが全編を通じての音質上のアクセントとなっている。シュタインバッハーのVnはちょっと遠目のオフマイクであり、定位は良好だがもうちょっと生々しさは欲しい。オケの定位、音場展開共に優秀で、小音量からフォルテッシモまでスムーズかつリニアに吹け上がるのはDSDならではの器の大きさ、余裕度を感じさせるもの。これはSACDではあるけれども殊更にディテールを抉ったような録音ではなく、落ち着いたスイートなアンビエンスに身を包まれて音楽を聴くには好適な調音となっている。
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by primex64
| 2013-10-18 00:02
| Concerto - Vn
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