2013年 08月 07日
Brahms: Vn-Con Op.77@Lisa Batiashvili,Christian Thielemann/SKD |
リサ・バティアシュヴィリの春の新譜でブラコン、その他。なお、この盤はバティアシュヴィリのDG移籍第二弾となる。

http://tower.jp/item/3177495
Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77
Lisa Batiashvili (Vn)
Staatskapelle Dresden, Christian Thielemann
Clara Schumann: Romances, Op.22
Lisa Batiashvili(Vn) with Alice Sara Ott(Pf)
ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
クララ・シューマン: ピアノとヴァイオリンのための3つのロマンス 作品22
リサ・バティアシュヴィリ (ヴァイオリン)
シュターツカペレ・ドレスデン 指揮:クリスティアン・ティーレマン
アリス=紗良・オット(クララ・シューマン作品)
バティアシュヴィリはそこそこのパフォーマンスを示すグルジア出身のVnソリストで、今まではシベVnコン、ベトVnコンをソニーから出して来ていてそれなりの出来栄えだった。女性らしいふくよかで優美な演奏スタイルとその美貌とが相俟ってか日本国内でもファンが多いVnソリストであるが、そんなところに目を付けて動き出すのがDGらしいといえばらしいマーケティング手法だ。
そんなことはどうでもいいのだが、これをブラVnコンとして虚心坦懐に聴いた場合、今までのバティアシュヴィリとはちょっと違う出来栄えでぎょっとした。要するになかなか良いのである。ブラVnコンに関しては非常に多くの録音があって、これは世のメジャーVnコンでいえばメンコン、チャイコン、ベトコンと並んで演奏機会も録音機会も多い作品ゆえなかなかに差別化が難しい。しかし、ここにきてDGからのブラコンとしては意地というか矜持というか、そんな覚悟を感じる演奏となっているのだ。
このVnコンは入りが長ったらしくて、ティーレマンもその辺は分かりつつ最初は勢いに任せて適当、いや適切にやっていると思うのだが、それが美的かつ無難にこなされた後のバティアシュヴィリの独奏の頭は堂に入っていてなかなかに太く、好感が持てるゆったり堅実系のブラームス解釈に聴こえる。しかし時計を見るとかなり速いテンポで弾き通していることが分かる。速いけれども音数はかなり多く、そしてその理由は、繊細で巧妙なデュナーミクが随所で駆使されていることに由来すると暫くして気が付くのだ。妙に神経質で必要以上に繊細かつ病的なほど尖った弾き方をする人が多い中、この演奏はまずまず平常な入りで安心感・安定感を醸成し、そして展開部以降に微細な変化点をたくさん鏤めて楽しみをリレーして行く、という嬉しい設計なのだ。
二楽章は揺蕩(たゆた)うという表現がぴったりとくる女性的かつ落ち着いた出来栄えでこれも文句はない。ティーレマンは緩徐な流れの中でとかくダルになりがちな空間を精緻にコントロールされたSKDの美音で卒なく埋めていく。三楽章フィナーレにおける独特なポップな感じをどう出すかがこの曲に関するすべてのパフォーマンスを左右するのであるが、バティアシュヴィリはかなり良い出来栄えでここを弾き通している。ただし、昨今の21世紀型の他の傑出した演奏に比肩するかと言われると、エナジー感とドライブ感においてはちょっと平坦な感じとなっていて、残念ながら他を圧倒するとまでは言い難いものがある。このオケをリードするのがもうちょっと気を配るルイージやアルミンクだったらまた別の展開があったかも知れない、と、余計なことを考えてしまった。だが、そうは言ってもトータルすれば決して悪い演奏ではない。
クララ・シューマンのロマンスについては、ここに配置した構成の意図はよくわからない。それに加えて、紗良オットを相方Pfとして無理に起用しなくともフィルアップとしてはどうとでも出来たはず。恐らくはブラームスとクララという関係性に着目し接着剤として最後尾に置いたとしか思えないのであるが、なんだか中途半端だし、出来栄えとしてもいまいち。しかし、クララはロベルトの妻だったけれども全く別の人格と音楽性を持ち、夫ロベルトからは完全に独立した一人の有能な作家であったことを再び思い知るのであった。作品自体は驚愕するほどのシャープさはないのであるが、美しく均整の取れた準ソナタ形式であり、これはこれで楽しめるものだ。ご高尚のとおりクララの書いたとされるこの曲の旋律および和声展開はブラームスの手法と瓜二つであり非常に似ているし、これがブラームス主題と言われれは10人中9人は何の疑問も抱かず頷くだろう。なお演奏だが、バティアシュヴィリのVnは芯がしっかりしていて明瞭な主張・解釈があるけれども、紗良オットのPfは茫洋としていてよく分からない。というか、あまり巧くない。
(録音評)
DG 4790086、通常CD。ブラームスの方は2012年6月20日、Lukaskirche, Dresden(ルカ教会)、クララの方は2012年10月20日、Bavaria Musikstudios, Munich(バイエルンの著名音楽スタジオ)。なお、トーンマイスターはPeter Hecker、ミキシングとマスタリングはWHITELAKE STUDIOS BERLINとクレジットされている。
SKDといえば普通に考えると本拠ゼンパー・オーパーの録音なのだろうが、この盤はルカ教会の大礼拝堂での録音。実はSKDはルカ教会での録音も多くて特に珍しいことではないが、この録音はちょっと頂けない。最初、我が家の再生装置が壊れてしまったかと焦ったほどにナロー・レンジ、かつスピーカーを逆相接続したかの乱れた残響成分に閉口する。この音は1980年代の初期のCD録音を思い出すものであり、ひょっとするとアナログ・ビニール盤の最盛期の録音品質にも届いていないかもしれない。実際にはf特はある程度確保され、歪もS/Nも優秀なのかもしれないが、聴感上では常時ジージーと鳴り響くジッター由来の混変調がうるさいのだ。そこにDG固有の妙に甘ったるいブリリアントなイコライジングが施されている。
残響成分が過多であることは手元にある他のルカ教会の盤からも明らかなのだが、この盤の場合には明らかにやりすぎで、ひょっとすると電気リバーブを上塗りしている可能性すら感じられるのだ。オケが長い残響でバックから支え、そして明晰な独奏Vnが中央にくっきり定位する、という音場設計なら話は分かるが、バティアシュヴィリのVnが後方に後退していてモゴモゴ言う。Vnコンの最終楽章だけは少々分離が改善して聴けるレベルかもしれない。が、全体的には見るべきもの、いや聴くべきところが殆どない録音だ。これはオケにもソリストにも失礼な録音と言わざるを得ない。一方、クララ作品のセッション録りも音質はさほど良くないが、前半のブラコンほどではなくてまずまずの品質だ。昨今のDGは他の欧州レーベルからは置いて行かれた感が強いのであるが、さはさりとて、こういった品質の盤を堂々とインターナショナル・リリースするのはいかがかと思う。録音技術を云々する以前に、プロフェッショナルたる音楽レーベルとしてはセンスが疑われるし、録音品質における一貫性の管理に問題があるのではなかろうか。このところのDGの音質のばらつきはかなり激しいものがある。こういう体たらくだとDGという名門の音質は失われたに等しいと言っておこう。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

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Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77
Lisa Batiashvili (Vn)
Staatskapelle Dresden, Christian Thielemann
Clara Schumann: Romances, Op.22
Lisa Batiashvili(Vn) with Alice Sara Ott(Pf)
ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
クララ・シューマン: ピアノとヴァイオリンのための3つのロマンス 作品22
リサ・バティアシュヴィリ (ヴァイオリン)
シュターツカペレ・ドレスデン 指揮:クリスティアン・ティーレマン
アリス=紗良・オット(クララ・シューマン作品)
バティアシュヴィリはそこそこのパフォーマンスを示すグルジア出身のVnソリストで、今まではシベVnコン、ベトVnコンをソニーから出して来ていてそれなりの出来栄えだった。女性らしいふくよかで優美な演奏スタイルとその美貌とが相俟ってか日本国内でもファンが多いVnソリストであるが、そんなところに目を付けて動き出すのがDGらしいといえばらしいマーケティング手法だ。
そんなことはどうでもいいのだが、これをブラVnコンとして虚心坦懐に聴いた場合、今までのバティアシュヴィリとはちょっと違う出来栄えでぎょっとした。要するになかなか良いのである。ブラVnコンに関しては非常に多くの録音があって、これは世のメジャーVnコンでいえばメンコン、チャイコン、ベトコンと並んで演奏機会も録音機会も多い作品ゆえなかなかに差別化が難しい。しかし、ここにきてDGからのブラコンとしては意地というか矜持というか、そんな覚悟を感じる演奏となっているのだ。
このVnコンは入りが長ったらしくて、ティーレマンもその辺は分かりつつ最初は勢いに任せて適当、いや適切にやっていると思うのだが、それが美的かつ無難にこなされた後のバティアシュヴィリの独奏の頭は堂に入っていてなかなかに太く、好感が持てるゆったり堅実系のブラームス解釈に聴こえる。しかし時計を見るとかなり速いテンポで弾き通していることが分かる。速いけれども音数はかなり多く、そしてその理由は、繊細で巧妙なデュナーミクが随所で駆使されていることに由来すると暫くして気が付くのだ。妙に神経質で必要以上に繊細かつ病的なほど尖った弾き方をする人が多い中、この演奏はまずまず平常な入りで安心感・安定感を醸成し、そして展開部以降に微細な変化点をたくさん鏤めて楽しみをリレーして行く、という嬉しい設計なのだ。
二楽章は揺蕩(たゆた)うという表現がぴったりとくる女性的かつ落ち着いた出来栄えでこれも文句はない。ティーレマンは緩徐な流れの中でとかくダルになりがちな空間を精緻にコントロールされたSKDの美音で卒なく埋めていく。三楽章フィナーレにおける独特なポップな感じをどう出すかがこの曲に関するすべてのパフォーマンスを左右するのであるが、バティアシュヴィリはかなり良い出来栄えでここを弾き通している。ただし、昨今の21世紀型の他の傑出した演奏に比肩するかと言われると、エナジー感とドライブ感においてはちょっと平坦な感じとなっていて、残念ながら他を圧倒するとまでは言い難いものがある。このオケをリードするのがもうちょっと気を配るルイージやアルミンクだったらまた別の展開があったかも知れない、と、余計なことを考えてしまった。だが、そうは言ってもトータルすれば決して悪い演奏ではない。
クララ・シューマンのロマンスについては、ここに配置した構成の意図はよくわからない。それに加えて、紗良オットを相方Pfとして無理に起用しなくともフィルアップとしてはどうとでも出来たはず。恐らくはブラームスとクララという関係性に着目し接着剤として最後尾に置いたとしか思えないのであるが、なんだか中途半端だし、出来栄えとしてもいまいち。しかし、クララはロベルトの妻だったけれども全く別の人格と音楽性を持ち、夫ロベルトからは完全に独立した一人の有能な作家であったことを再び思い知るのであった。作品自体は驚愕するほどのシャープさはないのであるが、美しく均整の取れた準ソナタ形式であり、これはこれで楽しめるものだ。ご高尚のとおりクララの書いたとされるこの曲の旋律および和声展開はブラームスの手法と瓜二つであり非常に似ているし、これがブラームス主題と言われれは10人中9人は何の疑問も抱かず頷くだろう。なお演奏だが、バティアシュヴィリのVnは芯がしっかりしていて明瞭な主張・解釈があるけれども、紗良オットのPfは茫洋としていてよく分からない。というか、あまり巧くない。
(録音評)
DG 4790086、通常CD。ブラームスの方は2012年6月20日、Lukaskirche, Dresden(ルカ教会)、クララの方は2012年10月20日、Bavaria Musikstudios, Munich(バイエルンの著名音楽スタジオ)。なお、トーンマイスターはPeter Hecker、ミキシングとマスタリングはWHITELAKE STUDIOS BERLINとクレジットされている。
SKDといえば普通に考えると本拠ゼンパー・オーパーの録音なのだろうが、この盤はルカ教会の大礼拝堂での録音。実はSKDはルカ教会での録音も多くて特に珍しいことではないが、この録音はちょっと頂けない。最初、我が家の再生装置が壊れてしまったかと焦ったほどにナロー・レンジ、かつスピーカーを逆相接続したかの乱れた残響成分に閉口する。この音は1980年代の初期のCD録音を思い出すものであり、ひょっとするとアナログ・ビニール盤の最盛期の録音品質にも届いていないかもしれない。実際にはf特はある程度確保され、歪もS/Nも優秀なのかもしれないが、聴感上では常時ジージーと鳴り響くジッター由来の混変調がうるさいのだ。そこにDG固有の妙に甘ったるいブリリアントなイコライジングが施されている。
残響成分が過多であることは手元にある他のルカ教会の盤からも明らかなのだが、この盤の場合には明らかにやりすぎで、ひょっとすると電気リバーブを上塗りしている可能性すら感じられるのだ。オケが長い残響でバックから支え、そして明晰な独奏Vnが中央にくっきり定位する、という音場設計なら話は分かるが、バティアシュヴィリのVnが後方に後退していてモゴモゴ言う。Vnコンの最終楽章だけは少々分離が改善して聴けるレベルかもしれない。が、全体的には見るべきもの、いや聴くべきところが殆どない録音だ。これはオケにもソリストにも失礼な録音と言わざるを得ない。一方、クララ作品のセッション録りも音質はさほど良くないが、前半のブラコンほどではなくてまずまずの品質だ。昨今のDGは他の欧州レーベルからは置いて行かれた感が強いのであるが、さはさりとて、こういった品質の盤を堂々とインターナショナル・リリースするのはいかがかと思う。録音技術を云々する以前に、プロフェッショナルたる音楽レーベルとしてはセンスが疑われるし、録音品質における一貫性の管理に問題があるのではなかろうか。このところのDGの音質のばらつきはかなり激しいものがある。こういう体たらくだとDGという名門の音質は失われたに等しいと言っておこう。
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by primex64
| 2013-08-07 23:01
| Concerto - Vn
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