2013年 06月 14日
Bluesette@Joe Sakimoto, Haruki Mino Trio |
CAMERATA TOKYOの昨年末のリリースから、クロマティック・ハーモニカの巨匠・崎元譲の洒落たアルバム。なお、これはクラシックとは分類されないものであるが、タワレコ店頭では器楽の新譜コーナーに置いてあったもの。

http://www.tower.co.jp/item/3176699/
美野春樹:「色褪せた5枚の写真」
風にそよぐ木の葉
小さな遊び場
昔がたり
阿舎(あずまや)
雨上がりの空
ミシェル・ルグラン (編曲: 美野春樹):
「シェルブールの雨傘」のテーマによるファンタジー
アストル・ピアソラ (編曲: 美野春樹):
忘却
リベルタンゴ
トゥーツ・シールマンス (編曲: 美野春樹):
ブルーゼット
美野春樹:
ルッキング・フォー・ザ・ライト
月光
アット・アン・イヴニング
ボッサ・パウリスタ
ソー・メニー・メモリーズ
崎元讓 (ハーモニカ)
美野春樹 (Pf)
加瀬達 (Bas)、ミルトン冨田 (Ds)
私は崎元讓 という人は知らなかった。以下にレーベルが用意しているプロフィールがあったので引用:
ピアソラの忘却とリベルタンゴが中程に入っていて、これがこの盤がクラシック・コーナーに置かれていた理由なのかもしれない。それ以外、どのトラックもクラシックからは縁遠い曲である。しかし、ハーモニカのリードの響きはなんと気持ちのよいものだろうか。リードとは周知のとおり固定の共振周波数を持った一定の長さを持つ振動板であって、ハーモニカの場合には金属製の板が使われる。リード楽器の成り立ちを語ると長くなるので短めに記すが、要は単一リードが発する基準振動を、可変長の管の共鳴により変調させ複数音程を出そうとするのがいわゆるリード式の木管楽器である。それらはフルオケの中でいえばオーボエ、ファゴット、クラリネット、編曲によってはサキソフォンなどがそれに当たる(サキソフォンは胴体が金属=真鍮ではないかといわれるが、とりもなおさず木管楽器なのだ)。リードをフルー式の歌口(マウスピース)に置き換えたのがフルートやピッコロ、リコーダーなどの古典的な木管楽器=笛と考えて良い。
一方、単一で異なる共振周波数を持つ複数のリードを寄せ集めて、それぞれのリードを独立に振動させて複数音階を得ようとするのがパイプオルガンの一部の管=即ちリード管、昔の学校にあった足踏み式や電気式のコンソレット・オルガン、アコーディオン、バンドネオン、そしてこのシンプルなハーモニカが有名なところだろう。オルガンやアコーディオン等は振動させようとするリードを鍵盤でコントロールする構造であるため、種類としては鍵盤楽器と分類されているが、発音体の実態としてはリード楽器である。
ヴァイオリンやチェロなどの擦弦により発音する楽器の場合、空気圧によるエネルギーは用いず、弦を弾くか擦過するときの摩擦エネルギーを用いて弦を直接的に振動させて音を発する。通常、弓の往復によって弦は音を出すが、それはどの方向へ弓を送っても原理的には同じ音程がするのである。一定レベル以上に訓練されたヴァイオリニストであれば往復の終点/起点を殆どタイムラグなしに弓を操作することによって永遠の持続音を発することができる。例えば左方向へ弓を送っていたものを右方向へと転換するとき、非常に素早く反転動作させる=聴く側の聴覚を騙す=ことにより中断することのない持続音を発することができる。
経験則上、アコーディオンは蛇腹を往復させたとき、その両方の動作において音が出る。また、ハーモニカも息を吹き込んだ時にも吸い出した時にも音が出る。このことはこのアルバムを聴くうえで非常に大切な予備知識となるのである。すなわち、崎本は吸気と排気において実に多彩な連続性を持たせること、かつ、ポリフォニック楽器であることの利点を生かした多音の発声を有機的に活用していることで、深みのある、まるで人が肉声で歌っている/語っているかの朴訥としたソノリティを紡ぎだしているのだった。単音楽器+複音楽器たるピアノという組み合わせはとてもポピュラーなのだが、このアルバムの場合にはどちらも複音を発するので厚みのある表現幅となっているのだ。
美野の作ったメロディー・ラインはとてもメランコリックで、どこかしら懐かしさを惹起するもの。それは前半の「色褪せた5枚の写真」で明らかだが、後尾の「ルッキング・フォー・ザ・ライト」や「月光」などでも更にこれらの形質を昇華させた美しさ・切なさが際立っている。では、真ん中あたりに入っているポピュラーなスタンダードはどうなのかというと、これはとても面白いクロマティック・ハーモニカの特質が表れているだけではなく、歌心というかスイング感というか、およそ生真面目で機転の利かない日本人が吹いているとは思えないグルーヴィーな鷹揚さが堪能できるのだ。
しかしやはり白眉はアルバム・タイトル曲で、美野が編曲したというトゥーツ・シールマンスのブルーゼットだ。シンプルで切なく綺麗なメロディーラインを持った曲で、でもちょっと猥雑なところもある。決してダイナミックではないけれども相応のポジションとプロポーションをもったセピアカラーの世界を描いている。この旋律と和声はどこかで聞いたことがある。デジャブではなかろうかと脳裏のデータベースを探索する。そう、不朽の名作=Waltz For Debby(ビル・エヴァンス)と非常に似ていてプレゼンスも同類なのだ。なるほど、落ち着くわけだ・・。こういった曲には光沢が強いバンドネオンではなく、ちょっとくぐもったクロマティック・ハーモニカの独奏がよく似合うのだ。でも、崎本が懇意にしているというアコーディオンの御喜美江の演奏でも聴いてみたい曲である。
(録音評)
カメラータ・トウキョウ CMCD-28272、通常CD。録音は2012年7月、埼玉とある。音質は悪くはないが古典的な録り方で、アンビエンス成分を削ぎ落として直接音だけに絞り込んだもの。その昔、ピンポン録音というのがあって、パートマイクからの音を極端に左右に振って中央が中抜けというのがあったけれど、それを彷彿とさせるもの。この盤の場合、ハーモニカを中央に固定しているのは良いが、その音像はバッフル面を越えて前へと迫り出す。そして定常的なピアノは奥まった位置にこじんまりとピンポイント的に留まるというもの。清潔ではあるけれどもそれ以上でも以下でもなくて、まるでアマチュアがムービーカメラの付属マイクで録り流したという雰囲気だ。
音楽を収めたCD作品というには辛い出来栄えだが、直接音の生々しさは格別で、これはオーディオ・ファイルが好む迫真のディテールではなかろうかと思われる。実は、定常的に集まっている音楽仲間というよりかはオーディオ好きな人のリスニングルームを訪ねる目的で持っていて意味がある一枚と思っている。重ねて言うが、音は悪くはない。しかし、製品CDとしてはもうちょっと工夫が欲しいと思った次第。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

http://www.tower.co.jp/item/3176699/
美野春樹:「色褪せた5枚の写真」
風にそよぐ木の葉
小さな遊び場
昔がたり
阿舎(あずまや)
雨上がりの空
ミシェル・ルグラン (編曲: 美野春樹):
「シェルブールの雨傘」のテーマによるファンタジー
アストル・ピアソラ (編曲: 美野春樹):
忘却
リベルタンゴ
トゥーツ・シールマンス (編曲: 美野春樹):
ブルーゼット
美野春樹:
ルッキング・フォー・ザ・ライト
月光
アット・アン・イヴニング
ボッサ・パウリスタ
ソー・メニー・メモリーズ
崎元讓 (ハーモニカ)
美野春樹 (Pf)
加瀬達 (Bas)、ミルトン冨田 (Ds)
私は崎元讓 という人は知らなかった。以下にレーベルが用意しているプロフィールがあったので引用:
佐藤秀廊氏に師事。1967年に第1回のリサイタルを東京で開催。1970年に西ドイツのトロシンゲン市立音楽院に入学しヘルムート・へロルドに師事。1971年にロンドンでトミー・ライリーに師事。第13回世界ハーモニカ・コンクールのソリスト部門第2位入賞を果たし注目を浴びた。1973年、帰国リサイタルを全曲ハーモニカのオリジナル曲で開く。1978年、岩城宏之指揮、NHK交響楽団とヴィラ=ロボスのハーモニカ協奏曲を定期公演で協演するほか、全国の主要なオーケストラと協演。アメリカ、ドイツ、イギリスなど各国で演奏活動。リサイタルでも変化に富んだ意欲的なプログラムを展開している。1997年には演奏家生活30周年コンサートをアコーディオンの御喜美江、ハープの三宅美子、ピアノの三宅榛名、美野春樹をゲストに迎えて開いた。さらに、崎元讓と仲間たちによるコンサートを毎年開催するほか、夏のハーモニカ・セミナーを20年以上行っている。2007年には演奏活動40周年を迎えた。ソロをはじめ、美野春樹、三宅美子らとの共演によるアルバムをカメラータから多数リリース。御喜美江との共演による「ポエム・ハーモニカ」では平成14年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。F.I.H.Japan主催のハーモニカ・コンクールでは、第1回目(1981年)より審査員を務めている。
ピアソラの忘却とリベルタンゴが中程に入っていて、これがこの盤がクラシック・コーナーに置かれていた理由なのかもしれない。それ以外、どのトラックもクラシックからは縁遠い曲である。しかし、ハーモニカのリードの響きはなんと気持ちのよいものだろうか。リードとは周知のとおり固定の共振周波数を持った一定の長さを持つ振動板であって、ハーモニカの場合には金属製の板が使われる。リード楽器の成り立ちを語ると長くなるので短めに記すが、要は単一リードが発する基準振動を、可変長の管の共鳴により変調させ複数音程を出そうとするのがいわゆるリード式の木管楽器である。それらはフルオケの中でいえばオーボエ、ファゴット、クラリネット、編曲によってはサキソフォンなどがそれに当たる(サキソフォンは胴体が金属=真鍮ではないかといわれるが、とりもなおさず木管楽器なのだ)。リードをフルー式の歌口(マウスピース)に置き換えたのがフルートやピッコロ、リコーダーなどの古典的な木管楽器=笛と考えて良い。
一方、単一で異なる共振周波数を持つ複数のリードを寄せ集めて、それぞれのリードを独立に振動させて複数音階を得ようとするのがパイプオルガンの一部の管=即ちリード管、昔の学校にあった足踏み式や電気式のコンソレット・オルガン、アコーディオン、バンドネオン、そしてこのシンプルなハーモニカが有名なところだろう。オルガンやアコーディオン等は振動させようとするリードを鍵盤でコントロールする構造であるため、種類としては鍵盤楽器と分類されているが、発音体の実態としてはリード楽器である。
ヴァイオリンやチェロなどの擦弦により発音する楽器の場合、空気圧によるエネルギーは用いず、弦を弾くか擦過するときの摩擦エネルギーを用いて弦を直接的に振動させて音を発する。通常、弓の往復によって弦は音を出すが、それはどの方向へ弓を送っても原理的には同じ音程がするのである。一定レベル以上に訓練されたヴァイオリニストであれば往復の終点/起点を殆どタイムラグなしに弓を操作することによって永遠の持続音を発することができる。例えば左方向へ弓を送っていたものを右方向へと転換するとき、非常に素早く反転動作させる=聴く側の聴覚を騙す=ことにより中断することのない持続音を発することができる。
経験則上、アコーディオンは蛇腹を往復させたとき、その両方の動作において音が出る。また、ハーモニカも息を吹き込んだ時にも吸い出した時にも音が出る。このことはこのアルバムを聴くうえで非常に大切な予備知識となるのである。すなわち、崎本は吸気と排気において実に多彩な連続性を持たせること、かつ、ポリフォニック楽器であることの利点を生かした多音の発声を有機的に活用していることで、深みのある、まるで人が肉声で歌っている/語っているかの朴訥としたソノリティを紡ぎだしているのだった。単音楽器+複音楽器たるピアノという組み合わせはとてもポピュラーなのだが、このアルバムの場合にはどちらも複音を発するので厚みのある表現幅となっているのだ。
美野の作ったメロディー・ラインはとてもメランコリックで、どこかしら懐かしさを惹起するもの。それは前半の「色褪せた5枚の写真」で明らかだが、後尾の「ルッキング・フォー・ザ・ライト」や「月光」などでも更にこれらの形質を昇華させた美しさ・切なさが際立っている。では、真ん中あたりに入っているポピュラーなスタンダードはどうなのかというと、これはとても面白いクロマティック・ハーモニカの特質が表れているだけではなく、歌心というかスイング感というか、およそ生真面目で機転の利かない日本人が吹いているとは思えないグルーヴィーな鷹揚さが堪能できるのだ。
しかしやはり白眉はアルバム・タイトル曲で、美野が編曲したというトゥーツ・シールマンスのブルーゼットだ。シンプルで切なく綺麗なメロディーラインを持った曲で、でもちょっと猥雑なところもある。決してダイナミックではないけれども相応のポジションとプロポーションをもったセピアカラーの世界を描いている。この旋律と和声はどこかで聞いたことがある。デジャブではなかろうかと脳裏のデータベースを探索する。そう、不朽の名作=Waltz For Debby(ビル・エヴァンス)と非常に似ていてプレゼンスも同類なのだ。なるほど、落ち着くわけだ・・。こういった曲には光沢が強いバンドネオンではなく、ちょっとくぐもったクロマティック・ハーモニカの独奏がよく似合うのだ。でも、崎本が懇意にしているというアコーディオンの御喜美江の演奏でも聴いてみたい曲である。
(録音評)
カメラータ・トウキョウ CMCD-28272、通常CD。録音は2012年7月、埼玉とある。音質は悪くはないが古典的な録り方で、アンビエンス成分を削ぎ落として直接音だけに絞り込んだもの。その昔、ピンポン録音というのがあって、パートマイクからの音を極端に左右に振って中央が中抜けというのがあったけれど、それを彷彿とさせるもの。この盤の場合、ハーモニカを中央に固定しているのは良いが、その音像はバッフル面を越えて前へと迫り出す。そして定常的なピアノは奥まった位置にこじんまりとピンポイント的に留まるというもの。清潔ではあるけれどもそれ以上でも以下でもなくて、まるでアマチュアがムービーカメラの付属マイクで録り流したという雰囲気だ。
音楽を収めたCD作品というには辛い出来栄えだが、直接音の生々しさは格別で、これはオーディオ・ファイルが好む迫真のディテールではなかろうかと思われる。実は、定常的に集まっている音楽仲間というよりかはオーディオ好きな人のリスニングルームを訪ねる目的で持っていて意味がある一枚と思っている。重ねて言うが、音は悪くはない。しかし、製品CDとしてはもうちょっと工夫が欲しいと思った次第。
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by primex64
| 2013-06-14 00:19
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