Debussy: Piano Works@Irina Mejoueva |


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Disc1
Claude Debussy
・Preludes Book 1
Danseuses de Delphes
Voiles
Le vent dans la plaine
Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
Les collines d'Anacapri
Des pas sur la neige
Ce qu'a vu le vent d'Ouest
La fille aux cheveux de lin
La serenade interrompue
La Cathedrale engloutie
La danse de Puck
Minstrels
・2 Arabesques
Premiere Arabesque (E major)
Deuxieme Arabesque (G major)
・Suite bergamasque
Prelude
Menuet
Clair de Lune
Passepied
Disc2
Claude Debussy
・Estampes
Pagodes
La soiree dans Grenade (The Evening in Granada)
Jardins sous la pluie (Gardens under the Rain)
・Preludes Book 2
Brouillards
Feuilles mortes
La puerta del Vino
≪Les fees sont d'exquises danseuses≫
Bruyeres
General Lavine - eccentric
La terrasse des audiences du clair de lune
Ondine
Hommage a S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
Canope
Les tierces alternees
Feux d'artifice
・L'isle joyeuse (The Happy Island)
Irina Mejoueva(Pf)
Disc1
前奏曲集 第1巻 / 2つのアラベスク / ベルガマスク組曲
Disc2
版画 / 前奏曲集 第2巻 / 喜びの島
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
メジューエワの昨今の録音は非の打ちどころがなくて論評に窮してしまう。そんな秀作を矢継ぎ早に出してくる彼女のバイタリティはどこから来るのであろうか。今回のこのドビュッシーのアルバムは、とても優秀で教科書的な規範を貫いて作られたものかというと全然違っていて、世の一般的なドビュッシー観を大きく変えてしまうようなチャレンジングな内容となっている。
出版会社のコメントやライナーには次のような観念的な麗句が並んでいる。
内なるヴィジョンの見事な音化。ドビュッシーの新しい物語が始まる
充実した録音活動を続けるイリーナ・メジューエワの2012年最新録音は、生誕150年を迎えたドビュッシーの作品集です。傑作の誉れ高い「前奏曲集」(全2巻24曲)を中心として、初期の佳品「2つのアラベスク」と「ベルガマスク組曲」、ドビュッシーが独自の音楽語法を確立したとされる「版画」、そして創作中期を代表する華やかな傑作「喜びの島」をカップリングした二枚組。一部の曲目はかつて録音がありましたが、大部分はメジューエワにとって初録音。新たなレパートリーに挑戦した意欲作です。透明感に満ちた音色、明瞭なフレージング、巧みなペダリングによる色彩の変化。細部のモチーフに新しい意味を見いだしながら重層的に楽曲を構築してゆく手法は、まさにメジューエワならではの卓抜さ。斬新であると同時にどこか懐かしさを感じさせる不思議なドビュッシーに仕上がっています。
■ライナーノートより
"ドビュッシーの新しい物語が始まる"
「…風景画に点景として描かれた人物たちがいつの間にか動き出し、様々な会話を始めたかのように、これまで気づかなかった物語が現れてきます。ドビュッシーが付した絵画的な標題が、新しい意味を帯びて音楽を浸し、心理のドラマを動かしているかのようです。」
(井上建夫)
以上は単なるセールストークかというと、実は的を射ているフレーズがいくつかある。例えば「細部のモチーフに新しい意味を見いだしながら重層的に楽曲を構築してゆく手法」、「ドビュッシーが付した絵画的な標題が、新しい意味を帯びて音楽を浸し、・・」はそのとおりであって、このアルバムをしっかり聴いたうえで論評している評論家、及びスクリプトを書いている人の良心と慧眼に敬服するのである。非常に珍しいことではあるが・・。
具体的にどんな演奏内容なのか? テキストで表現することは難しいのであるが、自分なりの観点から少しだけ述べよう。まず、全般的に譜面に忠実なインテンポなペースが保たれている。一般的なドビュッシー演奏と比較すると部分的にはダルで長ったるいパートがあるかもしれない。それは、殆どのドビュッシー弾きが、省略しても全体構図に影響を及ぼさぬと評価してアップテンポなデュナーミクでやり過ごす(とても速足に駆け抜ける)パッセージが数多くあるということ。メジューエワはこれらの「ト書き」部分に関しても相応の時間をかけて音を持続させているということがあげられる。例えばベルガマスクのパスピエや版画の雨の庭などが好例。
次に、音階の表現なのだが、特異な全音音階(6音音階)をそこかしこに使用した、いわゆる非機能和声(短調とも長調ともとれない曖昧模糊とした響き)がドビュッシー作品の特徴となり、また、アラベスクなどの当時の欧州から見ればエキゾチックな(今でいうところのエスニック、あるいはアジアン・テーストな)5音音階も多用される譜面にあって、メジューエワはこれらを殊更には強調せず、譜面通りにばらばらに弾いているのだ。つまり、左手もしくは右手に恣意的に力点を置くならば典型的なドビュッシー的な和声になるところ、敢えてそうではなくて左右均等に不協和音も協和音もそのままに曝け出している。こういった和声を聴くと、今まで聴いてきた、というか聴かされてきたドビュッシーのコード展開は実はいびつに強調されたものであったことがはっきりと聞き取れるのだ。例えば沈める寺院やベルガマスクのプレリュード、そしてもっと明確なのはアラベスクの2曲がそうだ。いままでムーディッシュに聴いてきたこれらの曲が全く別の曲に聴こえてしかたがない。
最後に、ドビュッシーの孤高の形質である朦朧とした靄のような雰囲気を醸すため、殆どすべてのピアニストはサスティンペダルを多用し、また、譜面上はほぼ全ての音符にスラーをかけているところ、非常に特徴的なのはメジューエワは明晰なノンレガートを貫いているということ。意外なことに、ドビュッシーが楽譜にスラーを明示した個所はそれほど多くはなく、従ってメジューエワのような原音再生主義の奏者がその通りに弾けばノンレガートになるはずだ。しかし世の多くのドビュッシー弾きやその名演奏とされるものに関してはほぼ例外なく完璧なレガートであって、霞棚引く茫洋とした音を紡いでいるのが現状だろう。しかし、メジューエワはそうではなくて左右手も、更には隣接する音価においても完全に分離した諧調で旋律を描き出している。この点からもまた、ドビュッシーが五線紙に籠めたと思われる、今まで聴いたこともないような和声やアーティキュレーションが詳(つまび)らかになるのだ。
以上のように、このアルバムにおけるメジューエワのドビュッシー解釈は一般からは少し離れたものであり、ドビュッシーがもうちょっと別な雰囲気を出したかったのではないか、と思われる点にフォーカスが当たっているのが最大の特徴と思われるのだ。また、こういった解釈を敢えて世に問うているメジューエワは、コマーシャリズムに単純には迎合しない姿勢を貫く稀有なピアニストであり、また優れた音楽研究者ないし傑出したピアノ教育者の一人とも言えるのではないだろうか。
(録音評)
若林工房 WAKA-4167&4168、通常CD。録音は2012年5月 & 9月、例によって彼女の録音本拠地である魚津の新川文化ホール、DSD録音とある。音質は極めて美しく、レンジはブロードであってピークもディップも殆どない。直接音も間接音も肌質が揃っており、スタインウェイの穏やかな側面が連綿と記録されている。これは録音技術の優秀さ、調律の適切性もさることながらメジューエワの驚異的に均質かつ破綻のないタッチと、全般的に優秀な演奏技巧によるところが大きい。派手さや煌びやかな華はないものの、とても優秀なピアノ録音といえる。このところの新川文化ホールのこのピアノは随分と落ち着いて場に馴染んできているようだ。ドビュッシーの特徴的形質をほぼ網羅しているこのプログラムは入門用として広く勧められるし、オーディオ的にも独奏楽器録音としては理想的な出来栄えとなっているのでお勧めだ。

♪ よい音楽を聴きましょう ♫