2013年 02月 24日
L'Art de Brigitte Engerer@Brigitte Engerer - Part 2 |
エンゲラーの6枚組追悼ボックスの後半となる。エンゲラーの訃報はここ日本ではあまり大きくは報じられなかったし、我が国の音楽シーンに残した足跡もあまり大きなものではなかった。エンゲラーの欧州でのデビューは鮮烈なものでありながら日本にはたまたま縁が薄かったと言うことだろうし、また壮年期から晩年にかけてスターダム路線で突っ走ったソリストではなかったため、メジャー路線を選好する日本のクラシックファンから見れば馴染みのある人物ではなかったと思う。しかし、私のようにエンゲラーの曲想や演奏スタイルにかなり共鳴し、そして愛聴していたファンはいると思うのだ。

http://tower.jp/item/3174064/
Brigitte Engerer - L'art de Brigitte Engerer
DISC 4 : Robert Schumann:
Carnaval, scenes mignonnes sur quatre notes pour piano op.9
Faschingsschwank aus Wein (Carnaval de Vienne), cinq tableaux pour piano op.26
DISC 5 : Franz Schubert:
Melodie hongroise, pour piano D.817
Trois Klavierstucke, pour piano D.946
N°1 en mi bemol mineur
N°2 en mi bemol majeur
N°3 en ut majeur
Quatre impromptus, pour piano op.90 D.899
N°1 en ut mineur
N°2 en mi bemol majeur
N°3 en sol bemol majeur
N°4 en la bemol majeur
DISC 6 : Franz Schubert & Franz Liszt
Schubert: Fantaisie en ut majeur "Wanderer" op.15 D.760
Allegro con fuoco, ma non troppo
Adagio
Presto
Allegro
Liszt: - Transcriptions de Schubert
Auf dem wasser zu singen
Fruhlingsglaube
Der Doppelganger
Aufenthalt
Litaney
Gretchen Am Spinnrade
Standchen
Brigitte Engerer(Pf)
[CD4]
シューマン:
謝肉祭 Op.9
ウィーンの謝肉祭の道化Op.26
[CD5]
シューベルト:
ハンガリー風のメロディ ロ短調D.817
3つの小品D.946
4つの即興曲D.899
[CD6]
シューベルト:
幻想曲ハ長調「さすらい人」D.760, シューベルト(リスト編):
水の上で歌う
春の想い
影法師
すみか
リタニー(連祷D343から)
糸を紡ぐグレートヒェン
セレナード
ブリジット・エンゲラー(P)
この6枚組はエンゲラーの若い頃の足跡を知る上では重要なボックスと思われるのだが、それでもまだ足りない気はしている。私は幸運なことにここに収録されている以外のエンゲラーの壮年期のソロアルバム、共演アルバムを数多く保有している。本来ならば現行レーベルの各社からダイジェストCDが出てきても良いかな、とは思っているのだが。なお後半においてもCD5とCD6の一部が既発のシューベルト作品集とかなり重複するため、被っている曲は割愛する。
CD4のシューマン作品集には超有名な二つが収録されている。一つが謝肉祭Op.9、そして個人的に大好きなウィーンの謝肉祭Op.26である。Op.26に関してはクラウディオ・アラウの演奏が王道として君臨するが、エンゲラーが弾いたウィーンの謝肉祭がかつて存在して廃盤になっていることは突き止めていた。ここに来てこれが出てきたとは私にとっては非常に幸運であった。エンゲラーは晩年こそ体型と風貌がおばさん型へと急激に変化してしまったが、若い頃は八頭身の絶世の美女で、かのカラヤンもやられてしまった(?)という、いわゆるいい女だったわけだ。このぴちぴちと跳ね飛ぶような謝肉祭とウィーンの謝肉祭の道化を聴いていると、バチッとした瞳で虚空を見詰め激しくも真摯に、そして時に憂鬱な表情を浮かべながらピアノに向かうエンゲラーの若い頃の溌剌とした姿が脳裏に投影されるのだ(勿論、若い頃の動画等は残っている由もないが)。どちらも硬派でよい演奏だが、ウィーンの方が明暗の描き分けが直截的で、それが鮮烈で印象深い演奏となっている。
後半の山場はやはり「さすらい人」D.760だ。これに関しては2007年9月にMIRAREに録音したものが手許にあるので聴き比べることができた。2007年盤を聴いた当時は太くてたゆたうような解釈と思っていたのであるが、若い頃のこの演奏の方が遙かに図太くて堂々たる内容となっている。勿論、僅かであるが荒削りと思わされる箇所は点在はしているけれども勢いという点においては生命力を感じるヴィヴィッドな解釈に終始していることが分かる。2007年録音とこの若い頃の1984年録音とでは骨格となる演奏本設計、使われている技法に関しては殆ど同じである。しかし、曲の秩序と完成度という点においては2007年録音に軍配が上がる。但し、2007年は色彩感や躍動感と言った点では抑制気味というか、ちょっとくすんで暗鬱なところがあって、1984年録音の方が明媚で屈託はない。どちらも味わいのあるよい演奏だ。
さすらい人は、最近のリリースでは一昨年のメジューエワ、若い頃のキーシンのものが記憶に残るが、エンゲラーが放っているこの独特のエナジー感と物語性という点においては比較のしようはない。
最後に入っている歌曲からのトランスクリプションは、こちらの追悼盤の方が何曲か多めに入っている。追加されているのは都会、海辺にて、水車小屋と小川、リスト編のさすらい。肉声で歌い上げる様に弾かれるリタニー、セレナードには切なく訥々と語りかけてくる特異な訴求力が感じられるのであった。特に、左手で奏でられる大河のように悠然たるスケールを聴くと、エンゲラーのピアノ演奏における非凡で希有な表現技法と幅の広さ・奥行きの深さを再度思い知るのであった。このような不世出のピアノ演奏家を失ったことは残念としか言いようがない。
(録音評)
DECCA 4810007、通常CDの6枚組。オリジナルの録音年代と音質は以下の通り:
CD1: 1981年
明るくて細い音調。間接音が比較的多く含まれておりアナログと言うよりは初期のPCMのような鮮烈で繊細な音質。ピアノは割と硬めのスタインウェイであり、かっちりとした風合いに仕上がっている。
CD2: 1982年 割愛
CD3: 1979年
CD1と類似の細身の仕上がりであるが音調は明るくも暗くもなくてニュートラル系。やはり硬めのピアノであるけれども低音弦の胴鳴りがきっちりと捉えられていて今風の広帯域高性能Hi-Fi調となっている。
CD4: 1983年
アナログマスタと思われる。一瞬聴くとナローで地味な音調だ。だが、この盤の音質はかなり良くて再生は難しいと思われる。インパルス成分が豊富で、再生系が暖まっていないとビビリやサチり(クリップ)が発生する可能性がある。逆に言うとサチっているからといって焦ることはなくて何度も鳴らして装置を慣らすと現代ピアノの持つ高性能な音が具(つぶさ)に味わうことが出来る。エンゲラーの瞬間的なタッチの強さとか、デュナーミクをどのようにかけているのかなどが手に取るように分かる。
CD5: 1983年 割愛
CD6: 1984年
CD4と同形質の音質。但し、音場というか残響というか、フローラルなプレゼンスが加わっているので非常に聴きやすく、かつ美しいピアノが収録されているし、それほど難再生とも思われない整理された大人の調音だ。というのも、CD4よりかは狙い方がオフマイクであり、クリップが起きるほどの強い音圧を発する場所は殆どない。
総括すると、最新の超高音質CD-DAに比べるべくもないのであるが、リマスタ技術はとても優れていて古いアナログ・マスタをそのまま再生した時の音とは全く違うものと言える。例えばヒスノイズはまず聴き取れないほど抑止されているし、レンジ感の狭さも感じられないように上下を拡張するなどして綺麗に補正されている。また今風に調音されているので古色蒼然としたLP時代特有の黴臭さが一掃されていて、これはリマスタ担当者の耳、センスの凄いところだと思う。オーディオ系の話題に上ることはまずないにせよ、音楽鑑賞を行う上でソースの古さという障碍はまったく感じられない。
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫

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Brigitte Engerer - L'art de Brigitte Engerer
DISC 4 : Robert Schumann:
Carnaval, scenes mignonnes sur quatre notes pour piano op.9
Faschingsschwank aus Wein (Carnaval de Vienne), cinq tableaux pour piano op.26
DISC 5 : Franz Schubert:
Melodie hongroise, pour piano D.817
Trois Klavierstucke, pour piano D.946
N°1 en mi bemol mineur
N°2 en mi bemol majeur
N°3 en ut majeur
Quatre impromptus, pour piano op.90 D.899
N°1 en ut mineur
N°2 en mi bemol majeur
N°3 en sol bemol majeur
N°4 en la bemol majeur
DISC 6 : Franz Schubert & Franz Liszt
Schubert: Fantaisie en ut majeur "Wanderer" op.15 D.760
Allegro con fuoco, ma non troppo
Adagio
Presto
Allegro
Liszt: - Transcriptions de Schubert
Auf dem wasser zu singen
Fruhlingsglaube
Der Doppelganger
Aufenthalt
Litaney
Gretchen Am Spinnrade
Standchen
Brigitte Engerer(Pf)
[CD4]
シューマン:
謝肉祭 Op.9
ウィーンの謝肉祭の道化Op.26
[CD5]
シューベルト:
ハンガリー風のメロディ ロ短調D.817
3つの小品D.946
4つの即興曲D.899
[CD6]
シューベルト:
幻想曲ハ長調「さすらい人」D.760, シューベルト(リスト編):
水の上で歌う
春の想い
影法師
すみか
リタニー(連祷D343から)
糸を紡ぐグレートヒェン
セレナード
ブリジット・エンゲラー(P)
この6枚組はエンゲラーの若い頃の足跡を知る上では重要なボックスと思われるのだが、それでもまだ足りない気はしている。私は幸運なことにここに収録されている以外のエンゲラーの壮年期のソロアルバム、共演アルバムを数多く保有している。本来ならば現行レーベルの各社からダイジェストCDが出てきても良いかな、とは思っているのだが。なお後半においてもCD5とCD6の一部が既発のシューベルト作品集とかなり重複するため、被っている曲は割愛する。
CD4のシューマン作品集には超有名な二つが収録されている。一つが謝肉祭Op.9、そして個人的に大好きなウィーンの謝肉祭Op.26である。Op.26に関してはクラウディオ・アラウの演奏が王道として君臨するが、エンゲラーが弾いたウィーンの謝肉祭がかつて存在して廃盤になっていることは突き止めていた。ここに来てこれが出てきたとは私にとっては非常に幸運であった。エンゲラーは晩年こそ体型と風貌がおばさん型へと急激に変化してしまったが、若い頃は八頭身の絶世の美女で、かのカラヤンもやられてしまった(?)という、いわゆるいい女だったわけだ。このぴちぴちと跳ね飛ぶような謝肉祭とウィーンの謝肉祭の道化を聴いていると、バチッとした瞳で虚空を見詰め激しくも真摯に、そして時に憂鬱な表情を浮かべながらピアノに向かうエンゲラーの若い頃の溌剌とした姿が脳裏に投影されるのだ(勿論、若い頃の動画等は残っている由もないが)。どちらも硬派でよい演奏だが、ウィーンの方が明暗の描き分けが直截的で、それが鮮烈で印象深い演奏となっている。
後半の山場はやはり「さすらい人」D.760だ。これに関しては2007年9月にMIRAREに録音したものが手許にあるので聴き比べることができた。2007年盤を聴いた当時は太くてたゆたうような解釈と思っていたのであるが、若い頃のこの演奏の方が遙かに図太くて堂々たる内容となっている。勿論、僅かであるが荒削りと思わされる箇所は点在はしているけれども勢いという点においては生命力を感じるヴィヴィッドな解釈に終始していることが分かる。2007年録音とこの若い頃の1984年録音とでは骨格となる演奏本設計、使われている技法に関しては殆ど同じである。しかし、曲の秩序と完成度という点においては2007年録音に軍配が上がる。但し、2007年は色彩感や躍動感と言った点では抑制気味というか、ちょっとくすんで暗鬱なところがあって、1984年録音の方が明媚で屈託はない。どちらも味わいのあるよい演奏だ。
さすらい人は、最近のリリースでは一昨年のメジューエワ、若い頃のキーシンのものが記憶に残るが、エンゲラーが放っているこの独特のエナジー感と物語性という点においては比較のしようはない。
最後に入っている歌曲からのトランスクリプションは、こちらの追悼盤の方が何曲か多めに入っている。追加されているのは都会、海辺にて、水車小屋と小川、リスト編のさすらい。肉声で歌い上げる様に弾かれるリタニー、セレナードには切なく訥々と語りかけてくる特異な訴求力が感じられるのであった。特に、左手で奏でられる大河のように悠然たるスケールを聴くと、エンゲラーのピアノ演奏における非凡で希有な表現技法と幅の広さ・奥行きの深さを再度思い知るのであった。このような不世出のピアノ演奏家を失ったことは残念としか言いようがない。
(録音評)
DECCA 4810007、通常CDの6枚組。オリジナルの録音年代と音質は以下の通り:
CD1: 1981年
明るくて細い音調。間接音が比較的多く含まれておりアナログと言うよりは初期のPCMのような鮮烈で繊細な音質。ピアノは割と硬めのスタインウェイであり、かっちりとした風合いに仕上がっている。
CD2: 1982年 割愛
CD3: 1979年
CD1と類似の細身の仕上がりであるが音調は明るくも暗くもなくてニュートラル系。やはり硬めのピアノであるけれども低音弦の胴鳴りがきっちりと捉えられていて今風の広帯域高性能Hi-Fi調となっている。
CD4: 1983年
アナログマスタと思われる。一瞬聴くとナローで地味な音調だ。だが、この盤の音質はかなり良くて再生は難しいと思われる。インパルス成分が豊富で、再生系が暖まっていないとビビリやサチり(クリップ)が発生する可能性がある。逆に言うとサチっているからといって焦ることはなくて何度も鳴らして装置を慣らすと現代ピアノの持つ高性能な音が具(つぶさ)に味わうことが出来る。エンゲラーの瞬間的なタッチの強さとか、デュナーミクをどのようにかけているのかなどが手に取るように分かる。
CD5: 1983年 割愛
CD6: 1984年
CD4と同形質の音質。但し、音場というか残響というか、フローラルなプレゼンスが加わっているので非常に聴きやすく、かつ美しいピアノが収録されているし、それほど難再生とも思われない整理された大人の調音だ。というのも、CD4よりかは狙い方がオフマイクであり、クリップが起きるほどの強い音圧を発する場所は殆どない。
総括すると、最新の超高音質CD-DAに比べるべくもないのであるが、リマスタ技術はとても優れていて古いアナログ・マスタをそのまま再生した時の音とは全く違うものと言える。例えばヒスノイズはまず聴き取れないほど抑止されているし、レンジ感の狭さも感じられないように上下を拡張するなどして綺麗に補正されている。また今風に調音されているので古色蒼然としたLP時代特有の黴臭さが一掃されていて、これはリマスタ担当者の耳、センスの凄いところだと思う。オーディオ系の話題に上ることはまずないにせよ、音楽鑑賞を行う上でソースの古さという障碍はまったく感じられない。
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by primex64
| 2013-02-24 18:17
| Solo - Pf
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