2012年 08月 23日
立山逍遥 #1 |
稲荷町~美女平
久しぶりの富山は非常に暑く、連日の猛暑日である。こんなときは標高2000メートルを超える立山の麓で涼を取るに限る。ということで、晴れ上がった朝、電車に乗って山を目指す。といっても大袈裟な旅行とはならない。
実家は富山地方鉄道(地鉄)の稲荷町という駅から徒歩で10分ほどの距離にある。まだ日が高くなる前の朝9:00前に稲荷町駅に着いた。折りよくやってきた地鉄・立山線の立山行き普通電車に乗る。稲荷町からは1時間弱の乗車となる。
このローカル私鉄に乗るのは何年振りであろうか。
乗客がまばらなこの電車は京阪電鉄から払下げられた車両2両で編成されゴトゴトと長閑に運行されている。まるで時間が止まってしまったかのような穏やかな田舎の風景が車窓を流れていく。
富山の街はいくつかの急な河川によって形成された扇状地の上に出来ている。
河川は土砂を多量に運ぶため、川底が上昇し、周囲の土地よりも水面が高いといういわゆる天井川となっている。
越中荏原を過ぎると電車は天井川の土手の急勾配を駆け登り常願寺川の鉄橋を渡り越中三郷、越中舟橋、そして地鉄本線と立山線が分岐する寺田駅に至る。
単線の地鉄電車は主要な駅で上り電車と擦れ違いを繰り返しつつ立山駅を目指す。
立山は山岳信仰の山であり、その御神体は海抜3003メートルの雄山山頂にある雄山神社である。冬季は雪に閉ざされ、また普段から参詣することが非常に困難な高地にあるため、下界には社務所が二つ設けられている。そのひとつが岩峅寺にあって、地鉄の岩峅寺駅はその参詣駅となっている。岩峅寺は地鉄立山線と上滝線の二つの路線が合流する要衝の駅でもある。
ここ岩峅寺は地理的には常願寺川扇状地の扇の要に位置する。つまり電車が岩峅寺を越えると、扇状地である富山平野と別れを告げ立山連峰の麓の山間部へと分け入っていくのだ。千垣を過ぎると再び常願寺川の鉄橋を渡るが、もうここは上流部となるので深い谷に架けられた鉄橋から下は目も眩む風景となる。電車は常願寺川の南岸を立山駅に向かってゆっくりと進む。
冬になるとこの一帯は雪深いスキー場として賑わう。北陸でも有数規模を誇る極楽坂スキー場の最寄駅である本宮を過ぎると間もなく終点の立山駅だ。立山駅の周辺は地名としては千寿ヶ原と呼ばれていて弥陀ヶ原台地(=立山が噴火を繰り返して形成された溶岩台地)の下方の突端部にあたる。溶岩が流れ出て固まった絶壁の麓に位置する千寿ヶ原で通常の陸上交通は終点となる。
ケーブルカーの立山駅は、立山黒部アルペンルートの富山側の起点とされ、ここの発券カウンターでは室堂、大観望、黒部湖を経由して扇沢、信濃大町までの切符を買うことも出来る。
千寿ヶ原から弥陀ヶ原台地の上方の突端である美女平までは最大斜度30度の立山ケーブルカーで登る。
今は桂台から弥陀ヶ原台地に至る乗合自動車専用道路が開通したが、それまでの交通の便はこの立山ケーブルのみであった。
このケーブルカーは現在では観光旅客用とされているが、もともとが関西電力黒部川第四発電所ダム建設前に建造された工事専用インクライン(鋼索鉄道)であり、いまでも大型貨車を連結して運転されている。
その昔はこの貨車にブルドーザーやショベルなどの建設重機や建設資材を満載して往復していたという。今では登山客の大型荷物やスキーくらいしか運んでいないようだが。
(続く)
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫
久しぶりの富山は非常に暑く、連日の猛暑日である。こんなときは標高2000メートルを超える立山の麓で涼を取るに限る。ということで、晴れ上がった朝、電車に乗って山を目指す。といっても大袈裟な旅行とはならない。
実家は富山地方鉄道(地鉄)の稲荷町という駅から徒歩で10分ほどの距離にある。まだ日が高くなる前の朝9:00前に稲荷町駅に着いた。折りよくやってきた地鉄・立山線の立山行き普通電車に乗る。稲荷町からは1時間弱の乗車となる。このローカル私鉄に乗るのは何年振りであろうか。
乗客がまばらなこの電車は京阪電鉄から払下げられた車両2両で編成されゴトゴトと長閑に運行されている。まるで時間が止まってしまったかのような穏やかな田舎の風景が車窓を流れていく。富山の街はいくつかの急な河川によって形成された扇状地の上に出来ている。
河川は土砂を多量に運ぶため、川底が上昇し、周囲の土地よりも水面が高いといういわゆる天井川となっている。
越中荏原を過ぎると電車は天井川の土手の急勾配を駆け登り常願寺川の鉄橋を渡り越中三郷、越中舟橋、そして地鉄本線と立山線が分岐する寺田駅に至る。単線の地鉄電車は主要な駅で上り電車と擦れ違いを繰り返しつつ立山駅を目指す。
立山は山岳信仰の山であり、その御神体は海抜3003メートルの雄山山頂にある雄山神社である。冬季は雪に閉ざされ、また普段から参詣することが非常に困難な高地にあるため、下界には社務所が二つ設けられている。そのひとつが岩峅寺にあって、地鉄の岩峅寺駅はその参詣駅となっている。岩峅寺は地鉄立山線と上滝線の二つの路線が合流する要衝の駅でもある。
ここ岩峅寺は地理的には常願寺川扇状地の扇の要に位置する。つまり電車が岩峅寺を越えると、扇状地である富山平野と別れを告げ立山連峰の麓の山間部へと分け入っていくのだ。千垣を過ぎると再び常願寺川の鉄橋を渡るが、もうここは上流部となるので深い谷に架けられた鉄橋から下は目も眩む風景となる。電車は常願寺川の南岸を立山駅に向かってゆっくりと進む。
冬になるとこの一帯は雪深いスキー場として賑わう。北陸でも有数規模を誇る極楽坂スキー場の最寄駅である本宮を過ぎると間もなく終点の立山駅だ。立山駅の周辺は地名としては千寿ヶ原と呼ばれていて弥陀ヶ原台地(=立山が噴火を繰り返して形成された溶岩台地)の下方の突端部にあたる。溶岩が流れ出て固まった絶壁の麓に位置する千寿ヶ原で通常の陸上交通は終点となる。
ケーブルカーの立山駅は、立山黒部アルペンルートの富山側の起点とされ、ここの発券カウンターでは室堂、大観望、黒部湖を経由して扇沢、信濃大町までの切符を買うことも出来る。千寿ヶ原から弥陀ヶ原台地の上方の突端である美女平までは最大斜度30度の立山ケーブルカーで登る。
今は桂台から弥陀ヶ原台地に至る乗合自動車専用道路が開通したが、それまでの交通の便はこの立山ケーブルのみであった。
このケーブルカーは現在では観光旅客用とされているが、もともとが関西電力黒部川第四発電所ダム建設前に建造された工事専用インクライン(鋼索鉄道)であり、いまでも大型貨車を連結して運転されている。その昔はこの貨車にブルドーザーやショベルなどの建設重機や建設資材を満載して往復していたという。今では登山客の大型荷物やスキーくらいしか運んでいないようだが。
(続く)
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by primex64
| 2012-08-23 21:38
| Trip
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