2012年 06月 06日
Lise de la Salle Recital@Kioi Hall |
Project 3×3と銘打ったシリーズ演奏会の一つとなるリサイタルで、震災のあった前回に次いで2回目となる試みだ。三人の新進気鋭ソリストが日本の三つの大都市(東京・大阪・名古屋)を巡って、一人が三年間に渡り演奏会を繰り返すという企画。面子は入れ替わりがあり、今年はパク・ヘユン(Vn)、ヤン・リシエツキ(Pf)、そしてここ5~6年にわたってMusicArenaが強く推しているリーズ・ドゥ・ラ・サール(Pf)となる。因みにリーズは昨年も参画している(=私は未聴)ので来年が最後となる模様。
紀尾井ホールに来たのは実に3年半ぶり。前の職場は半蔵門の麹町寄りだった。その親近感からかずっと紀尾井ホールの年次主催定期のチケット会員だったりして、若手有望ソリストのリサイタルや小規模室内楽を毎週のように楽しんだ音の良い永田音響設計の手になる馴染みの小ホールなのだ。そしていつもオフィスから徒歩で向かっていたし、仕事が立て込んでいる時は演奏会終了後に麹町の下のショットバーあたりで一杯ひっかけてオフィスへ戻って仕事を続けたりしていたものだ。
いまは職場も会社も変わってしまい、そしてオフィスも麻布十番に移ったことから、昨日は仕事を終わらせてからタクシーを捕まえ駆けつけるという体たらくである。まぁ、それでもATT(赤坂ツインタワー)脇を左折して溜池交差点を回避し見附/弁慶橋まで山越えで飛ばしてもらえば15分程度で到着する。
さて、リーズの東京リサイタルということで、この日が彼女の春の日本ツアー最終日だという。チケットは僅か3,000円という刮目の安さで気の毒な価格だ。偶然だが、神奈川方面のクラシック/オーディオのオフ会仲間であるPさんもkenjiさん夫妻も券を買われたという。私は券の売り出し前にe+に座席指定で予約していた。その座席とは、定期会員だった頃の思い出深い右バルコニー席だ。ここは奏者の上部雑音やステージ床ノイズが過剰に聞こえる場所で非常に生々しい臨場感が味わえる隠れた特等席。実は音楽的には適していないかも知れないがオーディオ的には数々の発見が毎度のようにあった本当に面白い席である。今回はリーズの正面からの顔の表情がばっちりと見え、しかもスタインウェイの漆黒の蓋の裏に映る腕と指も克明に見えるという経験則上では最もおいしい前列4番を選んでいた。なお、今回のプログラムはシューマンの子供の情景+ファンタジーC Maj. Op.17、そしてブレークを挟んでショパンのプレリュードOp.28全曲という重厚な建て付けだ。下世話な話、CDでいうと2.5枚分のプログラム分量が輸入盤1.2枚分の値段でたっぷり聴けるというのは格安すぎる。しかも東京都心でソリストはあのリーズ・・。
リーズが黒系のゆったりめのドレスで登場。ちょっとだけはにかみながら会釈をしてすぐにピアノに向かう。ちょっと間があって一息ついて子供の情景を弾き出す。ピアノが荒れている。リーズのタッチのせいではないことはすぐにわかった。最初は響板が暴れているふうに聞こえたが耳でトレースしているとどうやら下のG(ソ)~上のE(ミ)くらいまでの弦の調律が発散気味に合わせてあって、強打すると不規則な高調波成分を発しているようだ。そのため上下の倍音が歪んで混濁するのだ(=これはヤマハの小型アップライトに見られる典型的な音合わせ)。これには私自身ちょっと驚いた。ゲネプロ専用の捨てピアノのような音なのだ。通常、打鍵圧の弱い少女が多く登場するピアノの発表会向けのチューニングでよくあるブリリアントな調律パターンだ。しかし、リーズの聴感は凄くて、弾き始めて最初のフォルティッシモの一打でそれに気がついたらしくてインパクトを3dBくらい一気に落としたように聞こえた。どうしても外せないトロイメライに到達するまでに彼女はリカバリーを試みたのだろう。本当は一気呵成に叩きたいところ、汚く鳴かない適切な共振点を慎重に探りながらの冷静な打鍵が続いていく。ここでの音圧は彼女の腕力に照らせば明らかに抑圧的だ。そしてトロイメライを過ぎてから最終曲までに楽器を完全に制圧した。さすが・・。事なきを得た。
リーズが静かに終曲を〆め、緊張感が緩解した数秒後に感動のアプローズ・・。ステージ左袖扉がちょっと動いたので、間違いなく10 min.breakがあると信じて私が席を立とうとした瞬間、一礼、二礼ののち椅子に向かってすとんと座るリーズ。えっ? そのまま激しいファンタジーをやるのか? やるらしい・・。始まってしまった・・。ここまで冷や冷やするピアノリサイタルは少ないぞ・・。
調律は相変わらずおかしいままだが、どうしたわけか不快なハーモニクスは影を潜めている。やはり調律のせいではなくて響板の馴染みが不足していたのか・・? 否、リーズが当該領域の鍵盤タッチを適切にコントロールして高調波歪を抑制しているらしいのだ。特に弱音部における音の粒立ちは驚異的なリカバリーを見せ、歪成分は全く気にならない。しかし、2楽章のあのタフな部分では当該領域への強打は避けられない。それでも上下のダイナミクスをデフォルメし、中間部の歪をマスキングして最小限度に留めているような巧妙な弾き方であった。ピアノの調子さえ良ければ、恐らくはホールの壁を突き破るくらいのビームが飛散したことであろう。彼女は若いなりに必ずしも良くないコンディションでの演奏をたくさんしているせいか、こういった負の状況をものともしないふうであって、そこがまた凄みが感じられるところだ。恐らく、これら一連の所作は頭脳で分析した結果の行動ではなく、聴覚と脳幹部が短絡されたうえで指先にフィードバックされた真のプロフェッショナリズムなのであろうと勝手に想像した。ファンタジーに関する評価や感想は他の評論WebやBlogに詳しいだろうから割愛する。
~~~~~
20 min.breakに入った。昔と同じように正面玄関を出た左脇でセブンスターに火を付けて携帯のメールをチェックする。備え付け灰皿は撤去されているが以前の慣習からか喫煙は許容されているようだ。スマホのスクリーンにはタイトルでそれとわかる仕事メールが幾つも溜まっているが、もちろん黙殺。メールを開けると厄災も同時に開けることとなるから・・。ホールに戻って二階のホワイエへ登るとPさん、kenjiさん夫妻がいてドリンクのサーブを待っている。左右の列で空いている方に回ったらすぐに順番が来た。かつては毎回スプモーニを頼んでいたが、カウンタ内の女性は「それは何?」とのこと・・。背後のラックにはルビー色を湛えたカンパリの大瓶が鎮座しているのにスプモーニもカンパリ・ソーダも作れないらしい。諦めてサントリーの高級ビールを抜いてもらった。暫しの談笑ののち、バルコニー席に戻った。
~~~~~
ショパンが始まった。一音目から異変に気がつく。中央部の音域のチューニングが変化している。実は、複数の弦で構成される中低域~中高域のピアノ鍵盤の一つ一つが発する倍音成分というのは本当に微妙である。これらの調律が下手くそだとどんなに優秀なピアニストが弾いてもタコになるのだ。私らがビールを飲んでいる間に調律したのか? 恐らく、そうとしか考えられない劇的な変化が聴き取れた瞬間、この長大な24のプレリュードは幕を開けた。そうそう・・、これはいつもTHIELで聴いているnaïveの盤に吹き込まれているリーズの音なのだ。長大だと思っていたプレリュードはさくさくと進み、また、弾いているリーズの二の腕が上下左右に自由自在に飛翔する。さっきまでの窮屈なスタインウェイの音は、いくつかの呪縛を解かれたのち、強く弱く、また甘く辛くと微妙に姿を変化させながらホール全体にビームを放散させていくのだ。
この人のピアノは本当に巧い。純粋な技巧でいえば他にもいろんなアーティストが数多いるが、リーズの場合、余人をもって代え難いフレーバーとプレゼンスが備わっているのだ。
若くて豊かな才能を持ち、そしてそれらを最大限に発露させる人々だけがもちうる希少なブリリアンスを目の前で確認できた。見た目の麗しさだけでは判断できない音楽の深遠な世界がそこにある。
Photo: Copyright(c) 2012 kenjiさん
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♪ よい音楽を聴きましょう ♫
紀尾井ホールに来たのは実に3年半ぶり。前の職場は半蔵門の麹町寄りだった。その親近感からかずっと紀尾井ホールの年次主催定期のチケット会員だったりして、若手有望ソリストのリサイタルや小規模室内楽を毎週のように楽しんだ音の良い永田音響設計の手になる馴染みの小ホールなのだ。そしていつもオフィスから徒歩で向かっていたし、仕事が立て込んでいる時は演奏会終了後に麹町の下のショットバーあたりで一杯ひっかけてオフィスへ戻って仕事を続けたりしていたものだ。
いまは職場も会社も変わってしまい、そしてオフィスも麻布十番に移ったことから、昨日は仕事を終わらせてからタクシーを捕まえ駆けつけるという体たらくである。まぁ、それでもATT(赤坂ツインタワー)脇を左折して溜池交差点を回避し見附/弁慶橋まで山越えで飛ばしてもらえば15分程度で到着する。
さて、リーズの東京リサイタルということで、この日が彼女の春の日本ツアー最終日だという。チケットは僅か3,000円という刮目の安さで気の毒な価格だ。偶然だが、神奈川方面のクラシック/オーディオのオフ会仲間であるPさんもkenjiさん夫妻も券を買われたという。私は券の売り出し前にe+に座席指定で予約していた。その座席とは、定期会員だった頃の思い出深い右バルコニー席だ。ここは奏者の上部雑音やステージ床ノイズが過剰に聞こえる場所で非常に生々しい臨場感が味わえる隠れた特等席。実は音楽的には適していないかも知れないがオーディオ的には数々の発見が毎度のようにあった本当に面白い席である。今回はリーズの正面からの顔の表情がばっちりと見え、しかもスタインウェイの漆黒の蓋の裏に映る腕と指も克明に見えるという経験則上では最もおいしい前列4番を選んでいた。なお、今回のプログラムはシューマンの子供の情景+ファンタジーC Maj. Op.17、そしてブレークを挟んでショパンのプレリュードOp.28全曲という重厚な建て付けだ。下世話な話、CDでいうと2.5枚分のプログラム分量が輸入盤1.2枚分の値段でたっぷり聴けるというのは格安すぎる。しかも東京都心でソリストはあのリーズ・・。
リーズが黒系のゆったりめのドレスで登場。ちょっとだけはにかみながら会釈をしてすぐにピアノに向かう。ちょっと間があって一息ついて子供の情景を弾き出す。ピアノが荒れている。リーズのタッチのせいではないことはすぐにわかった。最初は響板が暴れているふうに聞こえたが耳でトレースしているとどうやら下のG(ソ)~上のE(ミ)くらいまでの弦の調律が発散気味に合わせてあって、強打すると不規則な高調波成分を発しているようだ。そのため上下の倍音が歪んで混濁するのだ(=これはヤマハの小型アップライトに見られる典型的な音合わせ)。これには私自身ちょっと驚いた。ゲネプロ専用の捨てピアノのような音なのだ。通常、打鍵圧の弱い少女が多く登場するピアノの発表会向けのチューニングでよくあるブリリアントな調律パターンだ。しかし、リーズの聴感は凄くて、弾き始めて最初のフォルティッシモの一打でそれに気がついたらしくてインパクトを3dBくらい一気に落としたように聞こえた。どうしても外せないトロイメライに到達するまでに彼女はリカバリーを試みたのだろう。本当は一気呵成に叩きたいところ、汚く鳴かない適切な共振点を慎重に探りながらの冷静な打鍵が続いていく。ここでの音圧は彼女の腕力に照らせば明らかに抑圧的だ。そしてトロイメライを過ぎてから最終曲までに楽器を完全に制圧した。さすが・・。事なきを得た。
リーズが静かに終曲を〆め、緊張感が緩解した数秒後に感動のアプローズ・・。ステージ左袖扉がちょっと動いたので、間違いなく10 min.breakがあると信じて私が席を立とうとした瞬間、一礼、二礼ののち椅子に向かってすとんと座るリーズ。えっ? そのまま激しいファンタジーをやるのか? やるらしい・・。始まってしまった・・。ここまで冷や冷やするピアノリサイタルは少ないぞ・・。
調律は相変わらずおかしいままだが、どうしたわけか不快なハーモニクスは影を潜めている。やはり調律のせいではなくて響板の馴染みが不足していたのか・・? 否、リーズが当該領域の鍵盤タッチを適切にコントロールして高調波歪を抑制しているらしいのだ。特に弱音部における音の粒立ちは驚異的なリカバリーを見せ、歪成分は全く気にならない。しかし、2楽章のあのタフな部分では当該領域への強打は避けられない。それでも上下のダイナミクスをデフォルメし、中間部の歪をマスキングして最小限度に留めているような巧妙な弾き方であった。ピアノの調子さえ良ければ、恐らくはホールの壁を突き破るくらいのビームが飛散したことであろう。彼女は若いなりに必ずしも良くないコンディションでの演奏をたくさんしているせいか、こういった負の状況をものともしないふうであって、そこがまた凄みが感じられるところだ。恐らく、これら一連の所作は頭脳で分析した結果の行動ではなく、聴覚と脳幹部が短絡されたうえで指先にフィードバックされた真のプロフェッショナリズムなのであろうと勝手に想像した。ファンタジーに関する評価や感想は他の評論WebやBlogに詳しいだろうから割愛する。
~~~~~
20 min.breakに入った。昔と同じように正面玄関を出た左脇でセブンスターに火を付けて携帯のメールをチェックする。備え付け灰皿は撤去されているが以前の慣習からか喫煙は許容されているようだ。スマホのスクリーンにはタイトルでそれとわかる仕事メールが幾つも溜まっているが、もちろん黙殺。メールを開けると厄災も同時に開けることとなるから・・。ホールに戻って二階のホワイエへ登るとPさん、kenjiさん夫妻がいてドリンクのサーブを待っている。左右の列で空いている方に回ったらすぐに順番が来た。かつては毎回スプモーニを頼んでいたが、カウンタ内の女性は「それは何?」とのこと・・。背後のラックにはルビー色を湛えたカンパリの大瓶が鎮座しているのにスプモーニもカンパリ・ソーダも作れないらしい。諦めてサントリーの高級ビールを抜いてもらった。暫しの談笑ののち、バルコニー席に戻った。
~~~~~
ショパンが始まった。一音目から異変に気がつく。中央部の音域のチューニングが変化している。実は、複数の弦で構成される中低域~中高域のピアノ鍵盤の一つ一つが発する倍音成分というのは本当に微妙である。これらの調律が下手くそだとどんなに優秀なピアニストが弾いてもタコになるのだ。私らがビールを飲んでいる間に調律したのか? 恐らく、そうとしか考えられない劇的な変化が聴き取れた瞬間、この長大な24のプレリュードは幕を開けた。そうそう・・、これはいつもTHIELで聴いているnaïveの盤に吹き込まれているリーズの音なのだ。長大だと思っていたプレリュードはさくさくと進み、また、弾いているリーズの二の腕が上下左右に自由自在に飛翔する。さっきまでの窮屈なスタインウェイの音は、いくつかの呪縛を解かれたのち、強く弱く、また甘く辛くと微妙に姿を変化させながらホール全体にビームを放散させていくのだ。
この人のピアノは本当に巧い。純粋な技巧でいえば他にもいろんなアーティストが数多いるが、リーズの場合、余人をもって代え難いフレーバーとプレゼンスが備わっているのだ。
若くて豊かな才能を持ち、そしてそれらを最大限に発露させる人々だけがもちうる希少なブリリアンスを目の前で確認できた。見た目の麗しさだけでは判断できない音楽の深遠な世界がそこにある。
Photo: Copyright(c) 2012 kenjiさん
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by primex64
| 2012-06-06 01:02
| Concert/Recital
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