J.S.Bach: Partita A min BWV1013 Etc@Céline Moinet |
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4958302
Céline Moinet: Solo Oboe
J.S.Bach: Partita in A minor for solo flute, BWV1013
Berio: Sequenza VII for oboe
Britten: Six Metamorphoses after Ovid for solo oboe, Op.49
Carter, E: Inner Song for oboe
C.P.E.Bach: Oboe Sonata in A minor, Wq.132, H.562
Céline Moinet (Ob)
・J.S.バッハ:無伴奏フルート・ソナタ イ短調 BWV1013
・ベリオ:セクエンツァ第7
・ブリテン:オヴィディウスによる6つの変容 Op.49
・カーター:インナーソング
・C.P.E.バッハ:フルート・ソナタ イ短調 Wq.132
セリーヌ・モワネ(オーボエ)
オーケストラにおけるObは、豊かな倍音成分とその安定性に着目されてチューニング時にはA音(真ん中のラの音)を発する役割を持つ。しかし、またObはオーケストラの中で独自の立ち位置を持つ優れた独奏楽器の一つでもある。
セリーヌ・モワネのこのCDのジャケット写真はカメラ・アングルのせいか、ごく普通の女性の姿に写っているが、本当はもっと別嬪のようで、そのせいか欧米では人気急上昇中という。
(右写真参照)
セリーヌ・モワネのHarmonia Mundiとの初めての協業は、200年以上隔たった(=つまりバッハからベリオまで)プログラム・レパートリーの中から絶妙な作品を組み合わせ、そして真の超絶技巧を駆使したものとなっている。つまりこの録音では、優雅なソノリティに乗せた非常に優れた音楽的コヒーレンス(一貫性)によって、バッハ父子の18世紀と、ブリテン、ベリオおよびエリオット・カーターの20世紀とを見事に共鳴させてみせているのだ。
セリーヌ・モワネは1984年にリール生まれ。パリ芸術学院のデービッド・ウォルターおよびモーリス・ブルグのクラスでObおよび室内楽を学んだ。さらに、彼女はマルセル・ポンセールおよびクセニア・レフラーからバロック式のObを学んだ。2004年と2005年にはクラウディオ・アバド率いるグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのメンバーとして管弦楽の修習を終了した。このキャリアの後、彼女は主要なドイツ国内の楽団からソリストとしてしばしば招聘されるようになり、2008年6月には、かの高名なシュターツカペレ・ドレスデンの主席オーボエニストに就任する。2011年の秋、彼女はウィーン・フィルからアジア/オーストラリアへの長期ツアーに招かれた。普段は本拠でソロおよび室内楽のジャンルで定期演奏会を催しているほか、ファビオ・ルイージに招かれたPMF音楽祭(札幌)ではリサイタルの上演とマスター・クラスの教鞭もとった経験を持つ。なお、モワネの使う楽器はパリのマリゴ社製。
BWV1013は、無伴奏Vnで言えばBWV1001~1006のソナタ&パルティータのプチ姉妹編のフルート・バージョンといえようか。それをOb独奏・無伴奏で吹いたのがこれだが、実に巧いのだ。完全なコントラプンクトゥス(対位法)が木管のリード縦笛を用いて成立している。なんとも凄いとしかいいようがないテクニック。低域と高域に対峙する各対旋律を均等になぞることにより成り立つバッハの対位法は、元々は左右の手によるクラヴィーアによる作品が基底にはある。しかし、VnやVcといった基本単音楽器であっても高速な操弓/操弦によってあたかも対旋律同士が同時進行している風に聴かせることは可能であり、それらは一般的に広く弾かれるものとなっている。このモワネの無伴奏はそれと殆ど同じ技法をObに持ち込んだもので、旋律進行における低域旋律のアクセントとそれによって形成される仮想和声がくっきりとした脳内残像となって対位法を編んでいく。
ベリオの作品は相当に前衛的ではあるが、前のバッハのObによる対位法を聴いた後だとすっきりと咀嚼できる作品である。つまり、鍵盤楽器で言えば左右手によって輪奏される対位法をベースとした作品であることが判るのだ。一聴するとまるでバラバラに吹かれているようで、実は低域部と高域部で均等に分担された旋律を脳内合成させて一つの音楽に聴かせるように仕組まれているのだ。この作品においては倍音奏法(ハーモニクス)、二重音、三重音といった多重音奏法、フラッター・タンギング(舌や声帯を震わせてそれでリードを不規則に共鳴させる技法)が用いられていて、あたかも3~4挺のObが合奏している風情が感じられる箇所がたくさん出てくる。単音楽器であるはずのObでなぜこれほど多彩なポリフォニーが出せるのかは詳しくは知らないが。
ブリテンの作品は前出のベリオのものよりかは前衛性は後退するがほぼ無調性の現代作品であることには違いはない。ただ、たゆたう不安定な情感と、不協和音の連続から想起させられる暗く重い情感とが相俟って、ブリテンのなんとも捉えどころのない鬱陵感が出ている佳作だ。なお、カーターのインナーソングは前衛作品ではあるが対位法的作品ではなくてどちらかというと音粒のまとまりと離散度合いを楽しむトーンクラスタに近い構造の曲である。C.P.E.バッハのFlソナタ イ短調は父親の芸風をほぼ踏襲しているオーソドックスな曲構造となっており、このアルバムを締めるには穏当で優しい作品だ。最後に至ってモワネの超絶技巧が炸裂し、多重音奏法によらない対位法が存分に楽しめるのだ。
ひと通り聴き終えてみると、このアルバムに篭められたという「18世紀と20世紀の共鳴」という深遠なテーマがちゃんと語られていて、かつ実践されていることに気が付く。音楽的にみて面白いテーマだし、我々が普段耳にする音型には意外な共通点があったりすることを発見し膝を打つ。
(録音評)
Harmonia Mundi HMC902118、CD-TEXT付き通常CD。録音は2011年4~5月、場所はベルリンのテルデックス・スタジオ。透徹された美しいサウンドであり、自然で清潔なリバーブ成分が心地良い。モワネの息遣いがそこはかとなく捉えられており、スタジオ収録にしては臨場感も豊かだし、Obの浸透する音色が立体的に録られている。間違いなく優秀録音に分類される一枚だ。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
♪ よい音楽を聴きましょう ♫